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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

75話「ヒトキリッチング」

 
 幽々子はこの白玉楼にて、成仏転生待ちの亡霊たちの管理を閻魔から任されているらしい。管理と言っても、諸々の手続きが済めば自動的に亡霊は天界に送られる。ここにいる亡霊たちは地上の悪霊と違っておとなしいので、騒ぎを起こすこともない。そのため、特にする仕事はないのだという。
 開いている部屋ならいくらでもあるので、勝手に使って構わないと言われた。ただ、この屋敷に仕える亡霊たちは、使用人としてほとんど役に立たないらしく、自分の面倒は自分で見ろと言う。俺としては野宿でも全然平気なので、問題ない。一つだけ頼みとして、庭の一角にある鍛錬場を使わせてもらうことをお願いした。
 ぶっちゃけ、俺は冥界にとどまる必要はないのだが、白玉楼には月面戦争の首脳陣が集まる本部のようなので、ここにいれば戦いの動向をつかみやすいだろう。
 紫には、なぜ月人と戦争を起こすのか、その経緯や理由、そして肝心のどうやって月に乗り込むのかということなどなど聞きたいことは山ほどあったのだが、いつの間にか姿を消していた。幽々子いわく、そういう奴なのでしかたないとか。月面戦争の手はずは紫とその部下が整えているらしく、幽々子はまったく関与していないので詳しいことは知らないそうだ。非常に煮え切らないが、ここで待っていればまた会えるだろう。
 俺はさっそく戦いに備えるべく鍛錬場を目指して移動していた。

 「それにしてもここは広いな」

 命蓮寺など比べものにならないほど広くて豪華だ。庭も広大で、縁側から外へ目を向ければ、見事な枯山水を一望できる。これだけの庭を管理するのは大変だろう。亡霊にできるのだろうか。あの手も足もないわらびもちたちに、そんなことが可能とは思えないが。

 「んお、立派な桜の木だ」

 その庭に一本だけ大きな桜の木が立っていた。しかし、なぜか妖力を感じる。これも妖怪なのか。植物の妖怪に会うのはこれで二度目である。木の妖精になら会ったことがあるが。たいていは木単体で妖怪化することはなく、森全体が長い年月をかけてその土地に妖力をためていくことで多くの妖精を生み出すことが多い。人間の手が加えられていない自然が残る土地には人の畏怖が集まりやすいのだ。それによって妖力が溜まりやすく、自然そのものが妖精という形で妖力を具現化するのである。
 何が言いたいかというと、こうして妖怪化する単体の植物というのは珍しいということだ。

 「これだけ立派ならさぞかし見事な花をつけるだろうな」

 桜の花は人を陽気にさせる。それは一種の妖気とも言える。妖力を持った花は人を惹きつけてやまない魔性の美しさを持つと聞く。

 「その桜は花をつけないんですよ」

 そこで横合いから声がかけられた。目をやると、人間がいた。冥界に生きた人間がいるというのもおかしな話だ。いや、こいつは妖力を持っている。にもかかわらず、霊力もある。この二つの力は同時に持てないのではなかったか。

 「あんた、人間か、妖怪か?」

 「これは申し遅れました。私は魂魄妖忌と申します。半人半霊です」

 半人半霊。そんな種族は聞いたことがない。半妖ならぎりぎり知っている。人間と妖怪の合の子だ。それと同じようなものだろうか。おそらく、種族的に二つの力を持つことができる体質であるとしか説明できない。

 「母ちゃんが人間で、父ちゃんが妖怪だったってこと?」

 「いえ、これは生まれつきこういうものなのです。精神の一部が幽霊化した種族といった方がいいかもしれません。私も詳しいことは知らないのですが」

 「幽霊? 人間が死にかけたりしたらそんなことが起こるのかね?」

 「それはないかと。亡霊と幽霊は異なる存在ですので」

 「え、そうなの? 一緒だと思ってた」

 妖忌によると、亡霊は妄念にとらわれた死者の魂がなるもので、幽霊は“気質”が実体化したものだそうだ。気質とは外界の情報を理性の中に取り込む役割をするものらしい。必ずしも死者の念から発生するものではないとか。この白玉楼にいる使用人たちも幽霊らしい。
 うん、意味がわからない。

 「ところであんたは、ここの庭師なの?」

 半人半霊の姿は、普通の人間に見える。中肉中背の青年だった。人の良さそうな顔をした、見るからに害のなさそうな若者である。ただし、その髪は真っ白で、すぐそばに霊体が浮いている。白い饅頭のあれ。だから半霊というわけか。手には剪定ばさみを持っていた。

 「いえいえ、滅相もございません。私のような下賎な者が、このお屋敷の奉公にあがるなどとてもとても。私はしがない辻斬りでございます」

 「辻斬り?」

 「はい。左様で」

 にこにこと笑顔で恐ろしいことをのたまうな。だが、半分は妖怪なのだからそれもアリか。

 「幽々子様は大恩あるお方でして、こうして御恩返しをしているのです」

 「それって、ここで働いているのとは違うの?」

 「違うと思いますが」

 何が違うのか俺にはわからないが。まあ、本人が満足しているのなら口を挟むこともあるまい。
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