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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

73話「スキマ妖怪」

 
 なんという幸運。チャンスが巡ってきた。これを逃す手はない。ようやく月に行けるのだ。
 このときのために努力してきた。終わらない悪夢から必死に目をそらし、憎悪の炎を燃やし続けた。いい加減、我慢の限界なんだ。俺は永琳に会いに行く。

 「もう別れの言葉は済ませたのかしら?」

 「ああ」

 俺はこの大妖怪について行くことにした。命蓮寺の連中とはこれでサヨナラだ。
 話が急すぎると引きとめられたが、俺は行く。戦いの準備をしなくてはならない。これまでのようにのんびりと寺で馬鹿をやって時間を潰すことはできないのだ。
 白蓮には感謝している。結局、俺がこの寺で覚えたことは念話の妖術符だけだった。実戦に投入するには程遠い、お粗末な術式。タイムリミットに間に合わなかったのだ。だが、それが無駄なことだったとは思わない。俺の新たな強さの可能性を教えてくれた。

 「自己紹介がまだだったわね。私は八雲紫よ」

 「知ってるだろうが、俺は乙羅葉裏。和製アサシンだ。今のところ、この流派は俺一人だけしかいないがな。よろしく頼むぜ」

 「ええ、よろしく」

 紫が宙に指を滑らせる。すると、空中にあの裂け目が現れた。

 「私の能力は『境界を操る程度の能力』よ。これは空間と空間の境界にある空間への入り口。私は“スキマ”と呼んでいるわ。ここを通ればどんな場所へでも行けるわ」

 「つまり、ワープホールってことか」

 つくづく規格外だな。まあ、月に攻め込もうというのだからこのくらい常識外れの妖怪である方が心強いというものだ。
 紫はためらいもなくスキマの中へと入っていく。まさか、俺もこの中に入らなくちゃならないのか?

 「おいおい、こんなところに入って本当に大丈夫なのかよ?」

 「普通の妖怪なら発狂するかもね。でも、あなたなら問題ないと思うわ」

 「すでに狂ってるから、ってか」

 俺は紫に続いてスキマに足を踏み入れる。スキマの中にはこちらを見つめる目がいくつもあった。気味が悪いことこの上ない。

 「葉裏さん」

 と、そこで外から声がかけられる。半分ほど体をスキマの中に収めた俺が振り返ると、そこには白蓮が立っていた。
 復讐のために生きる俺を、こいつは理解してくれない。しかし、どんな声をかけても俺が止まらないことはわかっているようだ。

 「あばよ。もう会うことはないかもしれないが、もしも俺が生きていたなら、再びこの寺を訪ねるよ」

 俺はそれだけ言い残して背を向けた。

 * * *

 「ぎゃあああああああ!?」

 俺、スキマ移動中……

 * * *

 「おえっぷ……」

 「かっこつけて別れた割には情けないわね」

 無茶言うな。あれは通るだけでふらふらになる。
 ずっと目をつぶって紫の手を握ってた。お化け屋敷に入った小さい子どもとその親状態。

 「んで、ここはどこなんだ?」

 「冥界よ」

 「えっと、それって何県だっけ?」

 冥界とは、死者の魂たちがたむろする場所である。

 「って、それじゃあ俺は死んでしまったということか!?」

 「そんなわけないでしょう」

 そんなわけはなかった。危ない危ない。こんなにあっけなく志半ばでくたばってはいられないのだ。俺にはまだまだやらなくちゃいけないことがある。

 「しかし冥界なんてところが本当にあったなんてなあ」

 「普通は来られない場所だから、知らなくても無理はないわ」

 「じゃあ天国とか地獄もあるのか?」

 「あるわよ。天界は最近、魂の受け入れを渋り出したから、成仏待ちの死者が増えて、この場所もだんだん狭くなってきてるのよね」

 一気に世界観が崩壊したよ。いや、妖怪とか神とかいる世界だからそりゃあ、冥界があってもおかしくないけどさ。魔界なんてものもあったんだし。そもそも俺の前世って、この世界とは似てるようで全然違うし。

 「そんで、このお屋敷はお前んちか?」

 そして目の前には大きな屋敷が建っている。まるでお城のようにでかい。門の前まで続く階段があるのだが、見下ろしても終わりが見えなかった。どこに続いてるんだ、これ。こんな立派な住処を持った妖怪なんて見たことも聞いたこともないが、この胡散臭い大妖怪ならなぜか納得できてしまうから不思議だ。

 「違うわよ。ここは私の友人の屋敷、“白玉楼”」

 紫が歩み寄ると、勝手に門が開いていく。紫の家ではないのか。俺はその後に続いて門をくぐる。

 「幽霊がいっぱいいるぞ」

 「当たり前でしょう。冥界なんだから」

 わらびもちみたいな白い饅頭が、あちこちにふよふよ浮かんでいる。俺も妖怪なので亡霊を見たことはある。しかし、ここにいる亡霊たちは地上の奴らとは雰囲気が違った。なんというか、落ちついている。地上の亡霊は負の霊気をところかまわずまき散らす、はた迷惑な連中だったが、ここの亡霊たちはそういった気配がまったくない。

 「冥界は閻魔から成仏や転生の指示を受けた亡霊が、一時的にとどまる場所なの。怨霊や悪霊の類は地獄に行けばいくらでも見られるわよ」

 「そうなの」

 わざわざそんなものを見たいとは思わない。おとなしくしてくれているのならそれに越したことはない。この亡霊たちは、一応この屋敷の働き手のようである。ただ浮遊しているだけで、仕事ができるようには見えないが。

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