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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

68話「さすが高徳、次元が違う」

 
 (結局、沈んじゃったんですけど)

 俺は海の底へと飲みこもうとしてくる海流の中を泳いでいる。ナズーリンと寅丸は一瞬で溺れた。海流に流されないように脇に抱えて運ぶ。さっきの波にのまれて舟は木端微塵にされてしまった。
 俺は宇宙空間でさえ息を止めて生活していた。水中で溺れ死ぬことなどありえない。だが、改めて考えてみるとこれはちょっと変な能力だ。寅丸やナズーリンはしっかり溺れているわけだし、妖怪だから息をしなくても死なないというわけではなさそうである。俺は亀の妖怪だから、長く息を止めていられる性質が元からあったのかもしれない。
 一輪は泳げるようだが、この強烈な海流に誘いこまれれば多少泳げたぐらいで抜け出すことは困難だろう。俺は一輪の近くへ向かう。白蓮の姿は見えない。もっと深くの方に流されてしまったか。しかたがない、先にこいつらを海面に引き上げよう。

 「ごぼぼぼっ!」

 『つかまってろ! 一気に上に出るぞ!』

 一輪が体につかまったことを確認して、俺は暗殺体術を発動させる。
 殺法『黒兎空跳』。
 俺は水を軽く蹴った。ロケットのようなスピードで水を切り裂いて、海面へ飛び出し、さらに空高く舞い上がる。

 「ひゃっはー!」

 ここまで来れば後は自分でなんとかできるだろう。俺は抱えていた三人から手を放す。寅丸とナズーリンはまだ気絶しているが、一輪が運ぶだろう。

 「なに!? あの水流から脱出しただと!?」

 無事着水した俺はすぐに海中へ潜る。次は白蓮を助けなければ。
 しかし、その後ろを村紗が追いかけてきた。まあ、俺の方に注意を引きつけていれば、ナズーリンたちに被害が及ばないのでちょうどいい。ついでに能力を使って、村紗の注目を俺に集めておく。

 『まてー!』

 村紗を適当にあしらいつつ、激流の中で白蓮を探す。結構深くまで沈んでしまったようだ。白蓮のことだから多分、大丈夫だとは思うのだが。
 沈没した舟は波にのまれてバラバラになっている。その残骸の中に白い輝きがあった。あれは何だ。俺は目を凝らしてそこへ近づいて行く。

 『超人「聖白蓮」』

 白い光が一層強くなる。その中心にいたのは白蓮だ。何かの術を使ったのか、荒れ狂う波の中、微動だにせず漂っている。とてつもない力を感じる。妖力でも霊力でもない、おかしな力の波動だ。白蓮は何をしようとしているのか。
 すると、白蓮は水中を超高速で泳ぎ出した。とにかく速い。俺の泳ぎよりも速い。ここが海中だとは思えないほどのスピードで泳いでいる。

 『あ、あいつは何をしているんだ!?』

 『さあ?』

 追いついてきた村紗がこぼした疑問に、俺も答えられない。白蓮はびゅんびゅんと縦横無尽に海中を飛び回っている。その手には、壊れた舟の残骸が握られていた。なんと、その破片を一つずつ集めてきて組み直しているではないか。まさか、水中で舟を作りなおす気だとでもいうのか。信じられん。
 俺は白蓮のところへ向かう。

 『葉裏さん、他の皆さんは無事ですか?』

 『それは大丈夫だが、白蓮、まさかここで舟を作る気じゃないよな?』

 『そのつもりですが?』

 えらく簡単に言うもんだ。だが、その言葉が嘘ではないことがわかる。舟の残骸は不思議な力で組み上げられ、新たな形を与えられていく。改めて白蓮が化け物だったのだと気づく。
 だがこの調子だと、完成予想の舟は、元の俺たちが乗っていた舟よりかなり巨大なものになりそうである。明らかに材料が足りない気がするのだが。

 『困りました。材料不足です』

 『つっても、こんなところに木材なんてないぞ。海上の舟をぶっ壊すしかないな』

 『それは妙案ですね。葉裏さん、お願いできますか?』

 『はあ!? いや、冗談だったんだけど? お前、何言っちゃってんの?』

 その理屈は俺には理解できないが、しかし、面白い。海坊主の退治に来た俺たちが逆に舟を沈めることになるなんて、こいつは傑作だ。
 俺は海上へ向けて妖力弾の弾幕を撃つ。非殺傷に設定しておいたので、人間に当たっても死にはしないだろう。

 『ちょ、何してんのあんたら!?』

 『舟をぶっ壊しております。ひゃっはー!』

 『やめてえええ! 頭おかしいの!? 私の退治に来たんじゃないの!?』

 そして、逆に怨霊に諭されるというこの有様。俺自身、これで本当にいいのか疑問だが、あの徳の高い命蓮寺の尼僧である聖白蓮様がそうしろと仰っているのだから間違いはないのだ。我こそは正義を得たり、ふははは!

 『村紗水蜜さん』

 『な、なによ……』

 白蓮が村紗に話しかける。その表情はいつもの優しげな笑顔。どんな者だろうと慈愛に包み込むような温かな笑顔で村紗に告げる。

 『人も、妖怪も、皆平等です』

 『お前は何を言っているんだ』

 白蓮さんマジで徳が高すぎて、俺らレベルではその思考を理解することはできそうにない。さすがだ。村紗は白蓮の徳の高い言葉を聞いて唖然としていた。
 俺たちの頭上から舟の残骸がふわふわと落ちてくる。

 『それでは一気に完成させてしまいましょう。はああああああっ! マジカルミラクル法力全☆開!』

 白蓮が飛び出した。暗い海に輝く光は神々しい。俺と村紗は水中で船が作られていくというふざけた光景を横で黙って見ていることしかできなかった。

 * * *

 そして完成、戦艦ビャクレン丸!
 まるで空母のようなその巨大さと威圧感。超法力エンジンが生み出す推進力で無風状態でも海上を快速に運航します。木でできているとは思えない強化装甲は氷海さえも砕き進み、全方向へ砲撃可能な可動式キャノン砲搭載。水雷も発射できます。艦首にとりつけられた主砲・超法力マジカルバスター№763が火を噴けば、艦の前方約120度距離1キロメートルの範囲が灰燼に帰します。すげえ。
 船が無事に完成し、溺れかけていた人間をすべて回収して海上へ浮上した。
 村紗は本能的に白蓮を逆らってはいけない人と認識したようである。その判断は正しい。終始謝り続けてこれ以降、人間に危害を加えるようなことはしないと誓った。

 「もう暗い海の中を一人でさまよい続ける必要はありません。この船をあなたに差し上げます。どうか、これからは人間を襲うのではなく、助けあって暮らしてほしいのです」

 「はい、すみませんでした。まじで、すみませんでした。ゆるしてください」

 村紗は白蓮のありがたい説教を聞いて感銘を受けたようである。これでもう悪さをすることはないだろう。白蓮は船を村紗に渡す代わりに、人間たちの漁の手伝いをしろと言い渡した。漁村の人間が新しく舟を作って、自分たちでまた漁ができるようになるまでの間である。白蓮の菩薩のような慈悲にすっかり心酔した村紗は二つ返事でこれを了承した。一件落着である。

 「いやー、それにしても白蓮ってすごい奴だったんだな。まさかあんな手で事件を解決するなんて思いもしなかったぜ」

 「葉裏もようやく姐さんのすごさに気づいたか。これからはもっと姐さんのことを敬うんだぞ。じゃあ、そろそろ帰るとするか」

 時刻は夕時。西の空が赤く染まるころだ。海も空と同じ赤色になっていた。
 その波打ち際に一人佇む影が一つ。それは、雲山だった。そういえば、一人で長い間待たせてしまっていた。俺は雲山の近くへ向かう。

 「雲山、帰るよ」

 雲山は砂浜に体育座りをして真っ赤な海を眺めていた。その背中は哀愁をそそる。
 手元を見ると、木の棒を持って砂の上に何かの絵を描いている。それは俺も含めた命蓮寺の面々の落書きだった。その砂の上の絵は、波に洗われてかすんで消えていく。
 雲山は俺の声に気づいたようだ。顔を上げて、つぶらな瞳でこちらを見つめる。

 「うん、おうちかえる」

 俺は雲山の手を引いて白蓮たちのもとへと戻った。

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