64話「百合百合しい」
(おい、葉裏)
(なんだね、ナズーリン)
(どうして私はこんな埃臭い場所に招待されているのか、説明してもらえるかな?)
俺とナズーリンが今いる場所は、寺の天井裏である。まさに忍者。だが、ホコリがすごい。いや、本物の暗殺者はこんなところを本当に出入りしていたのか。感服するな。あ、俺も一応、本物だった。
時刻は夜。もう、就寝する時間だ。なぜ、俺たちがこんなところにいるかというと、もちろん、寅丸と白蓮の様子を観察するためである。今日はいよいよ寅丸と白蓮の出会い記念日。この日のために、俺は寅丸に入念な演技指導を施してきた。ついにXデーが来たわけである。
できればこんな面倒な真似をせずに、『虚眼遁術』を使って寝室の中にどうどうと侵入したかったのだが、白蓮は『虚眼遁術』を見破る術をもっているので、それはできない。だったら、普通に隠れて観察しようというわけだ。まさか、天井裏に俺たちが潜んでいるとは、白蓮も思うまい。
ナズーリンを連れてきたのはついでである。面白い物を見せると言って、連れてきた。白蓮が慌てふためく様という絶好の見世物を、一人で楽しむというのも味気ないというもの。一輪を誘うことは論外なので、ナズーリンを誘ったというわけだ。
(よし、ここが寅丸たちの寝室の真上だな)
俺はあらかじめ用意していた寺の見取り図と自分たちの現在地を見合せながら進む。天井裏の板は薄い。少し体を動かすだけでミシミシと音がする。バレないか、心臓は常にドキドキだ。
ミシッ! ミシミシッ!
(ちょっと、ナズーリン! もう少し静かに!)
(うるさい奴だな。どうでもいいが、面白い物というのはいったい何のことだい?)
(それをこれから見せるんだって)
俺は短剣を取り出して、天井板の隙間に突き刺し、覗き穴を作る。あまり大きな穴を開けると気づかれてしまうので、最小限にしなければならない。窮屈だが、ナズーリンと二人で顔を寄せ合うようにして穴を覗き込んだ。
寝室には、二組の布団が敷かれている。そのうち一つはもっこりと膨れ上がっていた。中に寅丸がスタンバイしている。頭から布団をかぶっていて、外からは中の様子は見えない。
白蓮はまだ部屋に来ていないようだ。これも手はず通り、抜かりはない。わざと白蓮が遅れて部屋に入るように事前にセッティングはしておいた。後は、白蓮が来るのを待つのみだ。
そして、部屋の襖が開く。ついに、白蓮さん入場。これは目が離せません!
(これのどこが面白い物なんだい?)
(いいから! 黙って見ててよ!)
「星……あら、もう寝てしまったのかしら」
白蓮は布団にくるまる星に声をかけるが、返事はない。というか、今の季節は夏。せんべい布団だが、それでもこの季節に頭から布団をかぶるという苦行はいささか不自然かとも思ったが、しかたがない。三日ほど前から違和感がないように、寅丸には急に寒くなったので、という理由で掛け布団を出して寝るというカモフラージュはさせておいた。そのおかげか、白蓮は特に不審には思っていないようだ。
白蓮はネグリジェに着替えている。雰囲気は最高。そして、自分の布団にIN。いける、これはいけるぞ。今夜の天気は晴れだ。月明かりもちょうどいい具合に部屋の中を照らしている。ムードは抜群。さあ、寅丸よ。今こそお前の中に眠る野生の咆哮を呼び覚ますのだ!
寅丸の布団がぷるぷると震えだした。そして、がばりと払いのける。
「ひ、聖……」
寅丸の格好は実にエロエロしい。簡単に説明するなら、全裸の上から大きめのリボンを体に巻きつけただけというもの。そう、自分の体をプレゼントとしてリボンでラッピングして差し出すという古の奥義なり!
無論、大事なところはリボンで隠している。あしからず、ご了承ください。
「ん……星、起きていたのです、カッ!?」
白蓮が驚く。無理もない。隣にハレンチな格好をしたニャンコがいるのだ。誰でも驚く。
寅丸の肌は濡れていた。この熱いなか、布団にずっとくるまっていたのだ。汗で湿って上気し、とろけきった表情は、虎なのにこちらから襲いかかりたくなるほど妖艶である。
「え、あの、星? その格好はどうしたのです?」
「聖、覚えていますか? 今日が何の日だったか」
「ええ、今日は私があなたと出会った日でしたね。いつも、あなたが私に贈り物をくれるので、すっかり覚えてしまいました」
「そうです。だから、今年も聖に贈り物を捧げます」
「そ、そうですか。それはありがとうございます……あの、どうしてにじり寄って来ているのですか?」
俺の演技指導の通り、寅丸は白蓮にアタックしている。台本作成も舞台指揮も監督もすべて俺演出。さあ、これからR指定表現ぎりぎりの熱い夜が始まるのだ!
(な、こ、これはどういうことかね。何が起きているというのだ?)
(一匹の虎とその飼い主のラヴストーリーの幕開けさ。いいや、クライマックスと言った方がいいか)
俺もナズーリンも食い入るように穴から下を覗き見る。
どんどん近付いて行く二人の距離。白蓮は足を伸ばしたままの姿勢で少しずつ後ろに下がって行くが、寅丸も這ってそれを追いかける。
「聖っ! 逃げないでください、聖っ!」
「きゃっ!」
寅丸が強く体を乗り出した。寅丸が白蓮を押し倒すような体勢になる。薄い寝間着一枚を隔てて、二人の肌が密着する。
(よし! いけ! そこだ!)
(はわわわわ……)
寅丸が白蓮の手に自分の手を重ねる。まさかの恋人握り。これは俺の指示ではない。二人の手が深く絡み合う。寅丸は獲物を捕まえた肉食獣のように、白蓮の体を逃さない。
「どうして、星……急にこんな……」
「聖が、聖が私にやさしくするからいけないんですよ……私のことを認めてもらいたくて、ずっとあなたの傍であなたのことを見てきました。だから、私のすべてを聖に受け止めてほしい!」
「星……」
二人の顔が紅潮し、その距離が近づいて行く。いよいよ、ご主人さまとペットいう関係を乗り越えた二人が最後の一線を越える!
俺とナズーリンは狭い覗き穴から少しでも中の様子をよく見ようと、押し合いへし合いしている。
(葉裏、そんなに押さないでよ。見えないじゃないか)
(こっちだって見づれえんだよ! 今いいところなんだから!)
(ワシにも、ワシにも見せるのじゃああ!)
(だから、お前は引っ込んでろ雲山……って、ええええ!? なんでお前がここに!?)
いつの間にか変なのが混ざってやがる。真っ白筋肉ハゲダルマ入道、雲山である。どこから湧いてきやがった。
(今日の昼、葉裏がワシにかわゆらしい大きいリボンをくれと言ってきたじゃろ? ワシのエロセンサーがビンビン作動しておってのう。気になったから来てみた)
(てめえは呼んでねえんだよ! さっさと帰れ! ここは男子禁制女子限定の秘密の花園だあ! おめえみたいなオッサンが来たら絵が汚れるだろうが!)
(なんでじゃ! ワシだけ仲間外れにする気か!? そうはさせんぞ! 力づくでも見る!)
ミシミシミシイィッ!
雲山が覗き穴を占領せんと体当たりを仕掛けてくる。だが、ここは天井裏。薄い板の上でどたどたと騒ごうものなら物音は下まで筒抜けだ。それに加えて、雲山の体重が問題だった。こいつ、雲のくせに重い。見た目通りの体重があるのだ。小柄な幼女である俺とナズーリンなら天井板の上に乗っていても平気だったが、雲山の体重には耐えられない。
(やめろ! それ以上暴れたら、天井が……あ)
バキイィッ!
「「「うわあああああ!?」」」
とうとう底が抜けた。俺たちは、三人まとめて下の部屋に落下する。俺とナズーリンが畳に叩きつけられ、その上から雲山がのしかかる。すぐさま雲山を突き飛ばした。
「いってえ……はっ!?」
そこでこちらに向けられる二つの視線に気づいた。白蓮が笑顔でこちらに近づいてくる。あれ、おかしいな。どうみても笑顔なのに、笑顔に見えないぞ。俺は冷や汗が止まらない。
「葉裏さん」
「は、はひっ!」
「これはあなたの差し金ですね?」
「いやあ、差し金というか、俺は寅丸のバックアップをしたにすぎないというか、それは多少の演技指導はしましたけど、寅丸一世一代のプレゼント企画を盛り上げるために一肌脱いだだけといいますか……」
「お説教、6時間コースです」
「ええええ!? そんな殺生な!」
その後、俺とナズーリンと雲山は正座させられて日の出まで白蓮のありがたい説教を聞くという拷問を受けた。ナズーリン、巻き込んで南無三。
「あ、あの、私はどうしたらいいんでしょうか?」
「とりあえず、服を着たらいいと思うよ」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。