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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

63話「八苦を滅した……?」

 
 睡眠式読経を終えた白蓮は再び書斎へもどった。半分以上寝ていた俺は、慌てて白蓮の後を追って書斎へ入った。

 「はあ……最近、食べてばっかりで全然運動してませんねえ……おなか周りがちょっと心配です。葉裏さんがおいしいお漬物を作るので、ついついごはんがすすんでしまって……」

 そんな心配してたのか。というか、俺のせいなのか。白蓮は衣服をめくって脂肪チェックを始める。別に太っているようには見えないのだが。

 「室内でもできる、何かいい運動はないでしょうか……」

 白蓮は小食、というか、修行の末に食べ物を食べずに生きていける方法を見つけたらしい。なので、何も食べなくても生きていけるのだとか。だから、ちょっとでもカロリーを取ると太ってしまう体質なのだろうか。

 「……あ~ろは~おえ~♪」

 踊りだす白蓮。この前、俺が教えたフラダンスだ。気に入ってもらえて何よりである。

 「よし! それじゃあ、おやつの時間にしますか」

 おい、ちょっと待て。

 「これは頑張った自分へのご褒美ですから、食べても大丈夫ですよね。うんうん」

 白蓮は戸棚の奥に手を突っ込んで何か出そうとしている。明らかに太った原因はそれだろう。ダメだこいつ、早くなんとかしないと。

 「確かこの奥におせんべいが……あれ? あーっ!? ね、ネズミに食べられてますぅ!」

 戸棚から出てきたのはボロボロのせんべいカスだった。無残。おそらく、ナズーリンの部下のネズミの仕業と思われる。この件に関してはグッジョブだったと言っておこう。

 「えーん! ひどいーっ! 私のおせんべいがーっ!」

 たかがせんべい一枚に泣く高僧。もう、見てるこっちが悲しくなってきた。こんな白蓮の姿は見たくなかった。いつまでも高潔な彼女でいてほしかったよ。

 「ぐすっ……ナズーリンにはちゃんとネズミたちをしつけるように言っておきましょう……あ、そういえば、去年もこの時期にこんなことがありました。確か、星が私のためにお団子を作ってくれて、それをネズミたちに食べられてしまったのでした」

 白蓮は懐かしむように笑う。去年の記念日に、寅丸がプレゼントしたものは団子だったのか。そのチョイスはベストだった。今年も団子を作ってやれば、それでいい気がする。

 「ふふっ、星はまだあの日のことを覚えていてくれているのですね。毎年、贈り物を何にするか悩んでいるようですけど、私は星の気持ちがこもったものなら、なんでもうれしいのですが……」

 あーあ、結局一番おもしろくない答えが出てしまった。そういうイイハナシはいらないんだよ。

 「というわけで、葉裏さん。星にはそのように伝えてもらえますか?」

 (え、き、気づかれていた!?)

 いつの間にか白蓮の注目が俺に集まっている。さっきまで確かに白蓮は俺の存在に気づいていなかったはず。気づいていたなら注目が集まったはずだ。そして、その注目に俺が気づかないはずがない。
 『虚眼遁術』を見破られたということか。いったい、どうやって。

 「い、いつから気づいていたんだ? 俺に注目せずに、どうやって俺の存在を察知した?」

 「ふふふ、それは秘密です。ですが、何度かその術は見せてもらっていますから、対策を立てることは不可能ではありませんよ。特にここは聖域内ですからね。私にとって、有利な空間なのです」

 やっぱり、白蓮はすごい奴だった。これも法力のなせる業か。ということは、今までの白蓮の行動は俺に観察されていることを見越した演技、なのか?

 「おのれ、白蓮。この乙羅殺法『虚眼遁術』を看破するとは。ここはおぬしの生着替えを覗いていかぬことには気が済まぬ……」

 「覗きはいけませんよ。今ならニ割増量でお説教してさしあげてもいいのですが」

 「おぼえておけ! 次こそは貴様の素肌をこの目に焼き付けてやるわ!」

 何の変哲もない、ただの木箱はおとなしく退散するでござる。

 * * *

 潜入捜査終了。
 俺は依頼人である寅丸のところへ向かう。と言っても、報告することなど何もない。強いてあげるなら、団子をまた作ってやれと言ったところか。
 気持ちがこもっていればなんでもいいなんて、そんな月並みな回答なんて期待はずれもいいところである。まあ、あの白蓮のことだから、うすうすは予想していたところではあるが。

 「気持ちがこもっていれば、ねえ……」

 結局、寅丸がくれるものなら何でもいい気がする。寅丸からのプレゼントという点だけで、白蓮にしてみれば十分うれしいことなのだろう。そう、白蓮がほしいものは物ではなく、寅丸の気持ちなのであって……

 「寅丸の……気持ち……?」

 気持ちがこもっている。
 ↓
 ハートがこもっている。
 ↓
 ラブがこもっている。
 ↓
 寅丸LOVE!

 「なるほど! そういうことか!」

 合点がいったぜ。俺は寅丸のもとへ走る。今日の料理当番は寅丸のはず。俺は台所へ急いだ。

 「はう~、おいしそうです~、じゅるり」<がお~

 「とーらーまーるー!」

 「ひゃうっ!? よ、葉裏さん、どうしたんですか?」

 「どうしたもこうしたもねえよ! 白蓮の欲しい物が判明したぜ!」

 「本当ですか!?」

 「ああ、白蓮が欲しい物、それは……」

 「それは……?」

 寅丸は固唾をのんで俺の言葉を待つ。俺は勢いよく、びしりと指を寅丸に突きつけた。

 「それは、寅丸ッ! お前自身だ!」

 「……へ?」

 寅丸は、わけがわからないと言った表情をしている。かまととぶってんじゃねえ。この鈍感妖怪が!

 「白蓮はお前のラァヴを欲しているのさ。つまり、お前が欲しいということ。お前のすべてを手に入れたいということだ!」

 つまり、解説するとこういうことになる!
 聖『あら、星さん、タイが曲がっていましてよ』
 星『ひ、聖おねえさま……ありがとうございます……』
 聖『うふふ、私としたことが手が滑って……失敗してしまいましたわ』
 星『あっ、だ、だめです! おねえさまああぁ……』
 こうして美しき一輪の白百合のつぼみが花開いたのであった。

 「は、へ……いや、そんな、馬鹿な……」

 寅丸は少しずつ状況を飲みこんでいったのか、顔がトマトのように赤くなっていく。そして、完熟度が最高潮に達し、ついに爆発した。

 「うそですー! ありえませんそんなこと絶対にありえません! 聖が私のことをそんなふうに思っているなんて……いやああああ!」

 「ちょ、落ちつけ! 暴れるな!」

 「葉裏は嘘つきです! 私のことをからかっているんですね!? そうなんでしょう! 確かに聖はいつも私に優しくしてくれますけど、それは他のみなさんにも言えることですし、それにそういうおおおお、女の子どうしてそんなそんなGAOOOO!」

 俺は寅丸に首根っこをつかまれ、ぶんぶん振り回される。首がもげるって。目が回って吐き気がしてきた。

 「た、大切なことはそんなことじゃない! お前の気持ちだろ! お前は白蓮のことをどう思ってるんだよ!?」

 寅丸の動きがぴたりと止まった。ようやく揺さぶりから解放される。しんどい。

 「私が、聖をどう思っているか、ですか……?」

 「そうだ。白蓮はお前のことを求めている。お前はその気持ちに応えられるか?」

 「わ、わたし、は……聖は、私の大事な人です。私はいつも、聖に助けられてきました。とても、尊敬しています。聖のことが大好きです。でも、それは純粋な好意であって、そういう邪な感情ではない……はずです……ない……はず、なのにっ!」

 ――どうして私の胸はこんなに苦しいの?――
 ――それが、恋ってやつなのさ――

 ぽろぽろと涙をこぼす寅丸の肩に手を置く。よーし、あと少しだ。あと少しで俺の計画は完成する!

 「ぐすっ……葉裏、私はどうすればいいのでしょう?」

 「安心しろ。俺がお前らの恋を、完全バックアップしてやるぜ! だから、もう泣くんじゃねえ」

 「葉裏……はいっ! 私、頑張ります!」

 俺たちは夕焼け空に輝く一番星を見上げる。寅丸、お前はあの星を目指して突っ走れ。空に手が届くほどの真っ直ぐな想い。必ず、白蓮にも届くはずだぜ。
 くはー、白蓮の焦る顔が目に浮かぶ。げひひひひ。

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