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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

60話「ネズミまっしぐら」

 
 昨晩の回想。

 一輪「うおおおお! お前がっ、泣くまでっ、殴るのをっ、やめないっ!」

 葉裏「すんません! もうゆるしてください!」

 一輪「泣きわめけ。話はそれからだ」

 * * *

 ある日のこと。
 俺が懲りずにまたイタズラに精を出し、一輪に絞られてトボトボと寺の敷地を歩いていると、ナズーリンに会った。ナズーリンは変な長い棒を持っていた。何をしているのだろう。

 「おーい、ナズーリン。なにしてんだ?」

 「なんだ、君かね。これから食糧調達にいくところだよ」

 漬物販売で多少は潤ったとはいえ、寺は質素倹約を第一とする。贅沢をすることはない。そのため、山に行って食べられそうな物の収拾をするのはよくあることだ。

 「その棒はなんだよ」

 「これは“だうじんぐろっど”だ」

 「ОH! ダウジング! お前はエスパーだったのか」

 「ほう、君は“だうじんぐ”を知っているようだね」

 原理は知らないが、いろんなものを探知する方法だったような。ナズーリンはもともと『探し物を探し当てる程度の能力』を持っている。ナズーリンの手にかかればどんな探し物でも見つけられるだろう。ナズーリンが自分探しの旅とかしたらどうなるんだ?

 「本当の俺って、どこにいると思う?」

 「目の前にいるだろう」

 なるほど、なかなかテツガク的じゃないか。ナズーリンは呆れた様子でジト目の視線をこちらに向けてくる。

 「そんなことより、暇なら手伝ってくれないか。食糧集めは苦手なんだ。子分のネズミたちが探し当てたそばから食べつくしてしまうからね」

 「教育しなおせ。早急に」

 その子分たちのせいで、周りがどれだけ被害を受けていると思っているんだ。

 「俺は漬物製作という大事な使命がある。悪いが手伝えないな」

 「漬物なんてただ漬けるだけじゃないか。暇なもんだろう」

 「漬物を馬鹿にするな!」

 ただ漬けるだけでおいしい漬物が出来上がると思っているのか。なんともおめでたい頭をしている。唯一神ツッケモーノへのたゆまぬ祈りが、漬物を真のおいしさへと導くのだ。

 「はぁ……もういいよ。勝手にしたまえ。君に頼みごとをしたところで、ろくな結果になりそうにないからね」

 「ひどい言われよう」

 ナズーリンはダウジング棒を構えて歩き出した。棒がくいっと傾く方向へ進んでいく。自分の手で動かしているわけでもないのに、勝手に動いて勝手に探し物がある場所を指し示すなんて、やっぱり不思議だ。

 「ん?」

 ナズーリンの棒が大きな反応を示す。だが、ここはまだ寺の敷地の中。食糧なんて落ちているはずがない。失敗か? やっぱりダウジングなんて当てにならないな。
 ナズーリンはその反応が示す方向を見る。俺と目があった。ナズーリンがこちらに向かってくる。一体どうしたんだ。

 「おい、君」

 「なんだよ、食糧を探しに行くんじゃなかったのか?」

 「この“だうじんぐろっど”を見たまえ。君に対して過剰な反応を示している。これは相当な“れあ度”だ」

 俺に対して反応がある? え、まさか俺を食糧にする気か!? この妖怪ネズミ、子分に負けず劣らず肉食系なのか。俺のような草食系妖怪を、幾度もその毒牙にかけてきたに違いない。
 俺はすぐさま飛びのき、ナズーリンに相対する。

 「てめえ、とうとう化けの皮をはがしやがったな……だが、そうはいくか! 飛んで火に居る夏のネズミとは貴様のことよ。俺の乙羅暗殺拳法の真髄を味あわせてやろう!」

 「何を勘違いしているのかね。私が言いたいのは、君が食糧を隠し持っているのではないか、ということだよ」

 なに、そういうことか。俺は構えを解いた。
 しかし、食糧なんて隠してないぞ。だいたい、俺のどこにそんなものを隠し持つスペースが……あ。

 「そうか。あれのことかもしれん」

 「やっぱり隠していたんじゃないか。寺の者に黙って自分だけ食べ物を一人占めするなんて許されざる所業だぞ。ほら、さっさと渡すのだ」

 俺とナズーリンは台所に移動した。漬物桶の上に乗っている俺の甲羅を開けて、中を物色する。

 「前から気になっていたのだが、その物体はなんだい? 私の“だうじんぐ”によれば、かなり貴重な“れあめたる”であると判定が出たんだが」

 「マイホーム」

 やっぱり、甲羅の中にまだ食べ物が残っていた。『月人酒の友シリーズ』と、激辛みか……もうそのネタはそろそろ鮮度切れを通り越して、文字通り一億年の時を経た化石となっているはずだと思うが。どうだろう。
 ところで、『月人酒の友シリーズ』は様々なおつまみの種類を網羅している。何を差し出すのがいいだろうか。ナズーリンはネズミなので、チーズが好きかもしれない。チー鱈をあげよう。

 「はい、ナズーリン」

 「これは何だね? くんくん……独特のにおいをしているが……」

 受け取ったチー鱈を、ぱくりとほおばるナズーリン。もむもむと噛む。そして、動きが止まる。

 「ほわああぁ……」

 なんという至福の表情。なんだこのかわいい生物。さっきまでの小憎たらしいクールなキャラの影はなく、幸福があふれ出すような満面の笑みである。心なしか、キラキラと虹色のオーラまで輝いている気がする。
 そうだ! これは滅多にないチャンス。ナズーリンのネズ耳を触りまくろう!
 いつもは警戒して、絶対に触らせてくれないナズーリンのネズ耳。俺は慎重に丁寧にやさしく耳に触れる。そして、撫でまくる!

 「ほわああぁ、ぁ、ふぁっ……って、君は何をしているのかね」

 ばしりと手をはたき落とされる。もう気がついたか。残念。
 くしくしと自分の耳の位置を整えるナズーリン。さっきまでの放心状態などなかったかのように、コホンと一つ咳払いをして佇まいをただす。

 「それで、その美味なる食べ物は一体なんなのだ?」

 「これ? チー鱈だけど、気に入った?」

 「い、いや、まあちょっと珍しかったから、気になっただけだよ。それよりも、今までそんな食べ物を隠し持ち、一人占めしていたとはいい度胸じゃないか。こんなことをして許されると思っているのかい?」

 「ダメなの?」

 「いけないね、君はいけない妖怪だよ。ああ、まったくなげかわしい。こんなことが他の者たちに知られたら、断罪されていたところだよ。とくにご主人は食べ物に関しては容赦しない性格をしているからね。今ごろ宝塔の錆と消えていたはずさ」

 「そっかー」

 「でもまあ、君は運がよかった。私は君のことを直ちにどうこうしようとは考えていない。無論、君は恥ずべき行為をした者として処断されなければならないのだが、しかし、こんなおいしいものを取っておきたいと考える君の気持も理解できる。温情の余地はあるだろう。そこで、だ。どうだろう、私がそのチー鱈をいったん預かり、皆に事の次第を話す。もちろん、君に言われもない非難が集まらないように最善を尽くそう。どうだい、悪い話ではないだろう?」

 「つまり、共犯になれってことですね」

 ナズーリンは目をそらす。すっと俺の持つチー鱈に手を伸ばしてきた。俺はナズーリンの手をかわす。

 「共犯とは人聞きが悪いな。君はこの寺にやってきたばかりの新入り。先輩妖怪に対してそれなりの敬意を払った態度を取ろうとは思わないかね」

 「つまり、賄賂ということですね」

 ナズーリンがしつこくチー鱈を狙って手を伸ばしてくる。もう遠慮がなくなってきた。俺は素早い身のこなしでかわしていく。

 「君のような、はっ、不審な妖怪の持つ食べ物など、ちいっ、どんな毒が入っているかわからない! 皆が食べる前に、私が毒見をしようというのだ!」

 「それなら、さっき食べたじゃん」

 「あれだけでは不十分だ! もっとよこすのだ!」

 いつの間にか集まってきている子分のネズミたち。俺の足元に群がってくる。そこまでして食べたいのか。本当は食べさせてあげてもいいのだが、躍起になるナズーリンがかわいいのであげたくない。

 「あ、葉裏にナズーリン。どうしたんですか? 喧嘩はダメですよ!」

 「ちっ、こんなときに……」

 そこに寅丸が通りかかった。ナズーリンはあからさまな舌打ちをする。お前のご主人なんだろ、こいつ。

 「寅丸、こっちに来いよ。おいしいものをあげよう」

 「ホントですか!? やったー!」

 「なにっ!?」

 近づいてきた寅丸にチー鱈を食わせる。ナズーリンはその横で物欲しそう、かつ恨めしそうな目でこちらを見てくる。

 「わー、これ何ですか? いただきまーす! もぐもぐ……」

 「よーしよしよしよし!」

 「がおー♪ ごろごろ……」

 チー鱈を食べる寅丸の頭と喉を、ムツゴロウさんがごとく撫でまわす。寅丸は俺よりも身長が高いので、幼女に撫でまわされるお姉さんといった構図になっている。

 「ご主人ばっかりずるい! 私にも!」

 「よーしよしよしよし!」

 「ほわあぁぁ……」

 ナズーリンにもチー鱈を渡し、どさくさにまぎれて頭を撫でる。チー鱈を食べている間は食事に集中しているので、無防備だ。気分は動物園の飼育員。

 「ワシも、ワシも! ワシにもちょーだーい!」

 「よーしよしよ…ふんっ!」

 「ぐぼはあっ!」

 ただし雲山、テメーはダメだ。ナチュラルに混ざってきた雲山には俺の拳を食わせてやった。
 悪気はなかった。
 
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