挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

57話「なんでもお悩み相談室」

 
 どうやら、俺謹製漬物は巷で大好評らしい。
 命蓮寺を財政難から救おうプロジェクト発足にともない、第一弾として俺の漬物が人里で販売されることになった。それまでにも寺に来た訪問客に無料で配布していたのだが、もらったリピーターの噂が噂を呼び、命蓮寺の漬物は絶品だと話題になった。買い付けに来る貴族がいるほどの反響だったのだ。
 そこで、甲羅を脱げば完全な人型体系であり、能力を使って人目をごまかしながら行商をしていた経験のある俺は、妖怪だと悟られることもなく人里に下りて漬物を売りさばいた。半日漬けただけで超絶うまい漬物が出来上がるのだからボロイ商売だ。漬物神より祝福を受けし俺の甲羅は石桶の上で常時フル稼働中である。
 こうして俺は命蓮寺の運営に一役買い、漬物マイスターとしての確固たる地位を築き上げたわけだが、少し待っていただきたい。俺はこの寺に妖術を学びにきたのであって、漬物製造販売をしにきたわけではないのだ。俺の貴重な勉強時間が漬物事業で圧迫されるのはいかがなものか。

 「で、今度は俺に何をさせる気だ?」

 「そう構えるな。少し訪問客の話を聞いてもらうだけの簡単な仕事だ」

 ここは人も妖怪も区別せずに受け入れるという風変わりな寺。特に、人間から迫害を受けて助けを求めにくる妖怪が多い。様々な悩みを抱えた妖怪たちがくるのだ。無論、この寺の方針上、その妖怪たちに加勢して人間をやっつけると言った暴力的な解決策はとれない。せいぜい、逃げてきた妖怪たちを一時的に匿って、相談を聞く程度のことしかできないのだ。
 だが、心の内を吐露して悩みを打ち明けるだけでも気が休まると思うのは、人間だけではない。そんな悩み多き妖怪たちがこの寺に集まってくるのだ。

 「はあ……なんで俺がそんな貧弱妖怪どもの相談を聞いてやらにゃならんのだ」

 「お前も姐さんに世話になっている身だろう。言ってしまえば、お前もその貧弱妖怪たちと同じくこの寺を頼ってここへ来たわけだ。だったら、この命蓮寺のために一肌脱ごうと思わないのか?」

 いつもは白蓮が相談役なのだが、今日は人里に下りて布教イベントをするようで寺に居ない。ナズーリンと寅丸と一輪もそれに同行するようだ。ということは、今日は俺と雲山で寺の留守番をすることになる。

 「相談役とかめんどくせえ。雲山に頼めよ」

 「正気か」

 正気を疑われちまったよ。まあ、俺は狂ってるんだけどさ。
 結局俺が今日一日、命蓮寺なんでもお悩み相談室を引き受けることになってしまった。

 * * *

 悩める妖怪その1:封獣ぬえ

 相談室に入ってきたのは、黒いワンピースに黒ニーソをはいた少女だった。背中にヘンテコな羽が生えているので、思いっきり妖怪だとわかる。でも、一見して何の妖怪かさっぱりわからない。謎妖怪とでも呼んでおこう。

 「やあやあ! なんかここで妖怪の悩みをなんでも聞いてもらえるって聞いたから来てみたんだけど」

 「はいはい、妖怪なんでも相談所はここですよ。さあ、悩める子羊よ。今こそ懺悔の時です」

 いやに明るい。まるで観光客のような気楽さ。こいつほんとに悩みがあるのか。遊びに来たんじゃないだろうな。しばくぞ、こら。

 「あのさ、私って人間をからかうのが好きなんだけど、いつも加減ができなくて、ついやりすぎちゃうんだよね。だから何だか都で私を封印する計画が持ち上がってるみたい。いやー、まいったねこりゃ」

 「さいですか。なら、もう都に近づかなければいいのでは?」

 「えー、だって妖怪なんて人間襲ってなんぼでしょ? それじゃつまんないじゃん」

 まあ、こいつの言い分は妖怪としてもっともである。だが、都は陰陽師たちのホームだ。あらかじめ準備をされて待ちかまえられていては、大妖怪といえども太刀打ちできないだろう。

 「なるほど、それは困りましたが、そんなことよりこの命蓮寺特製漬物を一度ご賞味あれ」

 「あ、これって都でも噂になってるんだよねー。一度食べてみたかったんだ! ぱくっ……おいひー♪」

 「うまいでしょう? つまり、そういうことです」

 「?」

 謎妖怪は漬物をつまみながら、頭の上にハテナを浮かべたような表情をする。しかたない、説明してやろう。

 「この漬物を見てください。神の祝福を受けたこのすばらしい出来を。かつては大地に根を張り、その枝や根に実らせたみずみずしい野菜たち。それらはもぎ取られ、糠に突っ込まれ、狭い桶の中に閉じ込められ、漬物石で押しつぶされるのです。ですが、その苦行を乗り越えるからこそ、おいしい漬物ができあがる」

 「だから?」

 「つまり、これは封印と同じなんです。漬物は封印されるからこそ、うまさが凝縮されおいしくなる。妖怪も同じです。力の強い妖怪は永い年月の間、封印されることによってその封印が解けた後のストーリーのおいしさが増すのです。なんかすごい封印されてた大妖怪が再び蘇り、地上に恐怖をまき散らす悪の権化と化すとか、燃える展開でしょう?」

 「なるほどね! 確かに胸熱の展開だね! じゃあ、私もここはあえて都の陰陽師たちに封印されてみようかな……って、そんあわけあるかーい! もう、まじめに相談した私が馬鹿だったよ。帰って、また人間をいじめよーっと」

 「まて、さっき食った漬物の代金を置いていけ」

 俺の顔面に漬物がぶつけられた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ