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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

56話「トムジェリ2回戦」

 
 さて、今日も妖術符の勉強を頑張った。こんがらがった頭の疲れを癒すのには、風呂に浸かってゆっくり休むのが一番だ。そんなわけで、俺は風呂に入りに来た。
 最近の俺のマイブームは、他の女性陣が入っている最中に風呂へ突撃し、一緒に入浴することである。背中を流してやると言って、さりげなくおっぱいを揉むことを一日の終わりの楽しみとしている。風呂場の明かりはついている。だれか入浴しているようだ。さっそく突撃しよう。
 今日はだれが入っているのだろうか。白蓮と寅丸の二人ならアタリだ。あいつらの乳はデカイ。白蓮の場合いきなり入ってきた俺を、おねえさんのように大人っぽく悪戯をたしなめつつ、最後はなんだかんだで一緒に風呂に入ることを許してくれる。寅丸はそういうことを何も気にしないので、普通に堂々と入る。スキンシップも多少過剰に行っても平気だ。
 ナズーリンと一輪の場合は少し手間がかかる。ナズーリンはその幼児体型から見てわかる通り、貧乳だ。だが、俺は貧乳も好きだ。その俺の舐めまわすような視線に下心を鋭く感じ取るナズーリンは、ガードが固い。一輪にいたっては、顔を真っ赤にして出ていけと叫ぶ。女同士なのに。ちょっとくらいいいではないかと思う。頭巾をとって、青い髪を下ろした一輪は一見の価値ありである。しょうがないので、そのときは『虚眼遁術』を用いる。この術、便利だ。

 「さーて、今日のオパーイは、だーれっかなー♪」

 帽子はかぶったまま、服を脱ぎ去り、風呂場の戸を開ける。そこには、白肌筋肉オヤジこと雲山がいた。キャーウンザーン!

 「おお、葉裏。どうしたのだ、まだ風呂は開いていないぞ。それとも何か、ワシと一緒に入る気か? はっはっは! 葉裏はしかたのない奴だ。ワシの筋肉に包まれた、筋肉入浴を存分に楽しむがy」

 ドシュウウバババババスドドドオプアンプアンレベエエエウニャンウニャンファラファラモンモンモオオモルウウウウン!! ピチュウウン!!

 俺は風呂から出た。廊下を歩いていると、ナズーリンに会う。

 「おい、葉裏。君ね、いくらこの寺が女性妖怪ばかりだと言っても、風呂上がりに全裸で外を出歩くのはどうかと思うよ。雲山だっているんだから。ん? 何か風呂場の煙突から、ものすごい煙が出てないか?」

 「気にするな」

 白蓮の着替えを覗きに行こう。

 * * *

 ぷう~~……ん

 パシッ!

 「ちぃ! 逃がしたか!」

 今は、就寝時間。俺とナズーリンは、寝室で夏に訪れるあの大敵との壮絶なる死闘を繰り広げていた。

 「もう! この羽音を聞いただけでむずかゆくなるよ!」

 「蚊取り線香はないのか!? ノーマットは!?」

 暗い部屋の中で、俺たちは神経を研ぎ澄まして蚊の羽音に耳を傾けている。横になってなどいられない。奴らは凶悪な吸血鬼。気を抜けば、知らぬうちに血を吸い取られ、後に残るのは忌々しいかゆみだけ。なんとしてでもここで仕留めておかなければ、俺たちに安眠の地はない。

 「こんなときこそ、俺のアサシンマジックを有効活用すべきとき! はあ、殺法『百見心眼』!」

 俺の能力は『注目』に対して敏感だ。相手の注目を集めるということは、注目そのものを把握するということ。俺は対象が何に注目しているかを知ることができる。存在する注目から逆に相手の位置を探りだすことなど造作もない。俺は室内の蚊の『注目』を探った。

 「いた! ターゲットの数は3!」

 パシッ! パシッ!

 「1、2、後一匹は……ナズーリン、お前の腕に今、止まろうとしている!」

 「なんだって!?」

 パシッ!

 ナズーリンが自分の腕を叩く。俺たちは呼吸を止めて、耳を澄ました。

 シーン……

 もうあの神経を逆なでする羽音は聞こえない。俺たちは安息の地を勝ち取ったのだ。

 「「いえーい!」」

 ナズーリンとハイタッチする。

 「いやはや、君の忍法というものが、はじめて役に立った気がするよ。礼を言う」

 「いいってことよ。明日も早いし、今日はもう寝よう」

 「ああ、そうだね」

 これで安心して心おきなく眠れるというものだ。俺たちはそれぞれの布団に寝そべる。ああ、安眠できることの幸せ。なんと気持ちの良いことか。

 チューチュー

 こうして耳を澄ませば、間近にネズミの声も聞こえ、ゆったりと布団の上に横たえた体の耳元でガジガジと心地よいサウンドが俺をさらなる深い眠りへといざな…… 

 「わねえよ!」

 俺は素早く耳元に食いつくネズミの首根っこを捕まえた。あぶねえ、蚊に気を取られてすっかり忘れていた。この部屋には蚊どころじゃない安眠妨害因子がいたよ。ナズーリンの部下の肉食ネズミだ。こいつら、俺がすやすや寝ようものなら、真っ先に耳にかじりついてくる。油断も隙もない。ナズーリンにはなんとかしてくれと言っているのだが、彼女もこのネズミたちの食欲には手がつけられないらしく困っているのだとか。飼い主の責任!
 寝る部屋を移ることも考えたのだ。白蓮と寅丸の寝室にいって、二人のおっぱいもとい、肉布団に挟まれながら寝るというささやかな希望もあった。だが、ここで諦めたら負けかなと思った。ナズーリンを一人残して、俺だけ桃源郷に行くことなんてできない!

 「よくもまあ、いつもいつも俺の耳にたかってくれたよなあ? そんなに俺の耳はおいしかったでちゅかあ?」

 ぢゅっ、ぢゅー!

 慌てて逃げようとするネズミのしっぽをつかんでぶら下げる。自然界は弱肉強食。食うか食われるかの世界。そっちが食う気で向かってきたのなら、俺もその気概に応えるまで。逆にこちらから食ろうてくれるわ!
 しっぽをつかんだままネズミを高く掲げ、その下に俺が口を開けて構える。このまましっぽを放せば、ネズミは俺の口の中にぽとりと落ちてきて、後はムシャムシャ食べるだけだ。実に単純なシステムでしょう。ネズミはつぶらな瞳でやめてくれと懇願しているが、知ったこっちゃない。ナズーリンも青ざめた顔色でこちらを見ているが、知ったこっちゃない。

 「あーー……ん?」

 あれ? ナズーリンがこちらを見ているだと!? やばい!
 俺は慌ててネズミのしっぽを放した。ネズミは畳の上に降りると、ナズーリンの腕の中に飛び込んだ。

 「あ、いや、まって、ナズーリンこれには深いわけがあって、いや、そこまで特別深くもないんだけど……」

 ナズーリンはネズミを懐に大事そうに抱えると、布団をずりずりと部屋の端の方に引っ張って移動させる。そして、俺に背を向けるようにして寝た。

 「君がそんなことをする妖怪だったとは思わなかったよ」

 「ナズーーリーーン!」

 その日、俺は安眠を得ると同時に、何か大切なものを失った。

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