54話「発想の勝利」
漬物石探しを雲山に一任した俺は、甲羅磨きに精を出していた。たまには俺のナイスなこの相棒をいたわって、きれいに磨き上げてやるのもいいだろう。
と、そこへ一輪がやってくる。お昼ごはんができたのだろうか。いや、なんか肩をいからせながら凶暴なオーラを発しているな。何事だ。
「葉裏、ちょっと来い!」
一輪は俺の首根っこをつかみ上げると、俺を引きずりながらどこかへ連れて行く。なんだ、頼まれごとをサボったことを怒るにしては少し度が過ぎないか。そりゃ、雲山にまかせっきりにした俺も少しは悪いとは思うが、ここまで怒らなくてもいいじゃないか。
一輪が連れてきた先には、雲山がいた。なんだか、さっきまでの威勢はなく、しょんぼりしている。どうしたんだ一体。
「これを見ろ!」
一輪が指差したのは、さっき雲山が鍛錬とか言って木端微塵にした石だ。これがなんだというんだ。
「まったくお前は漬物石をこんなにして! これじゃあ、もう使えないだろ!」
「えええええ!?」
それが漬物石だったの? あと、なんで俺が怒られるんだよ。それを砕いたのは雲山だろ。
「まあ、それは不幸な事故だったな。でも、雲山がやったことだから俺は関係ない」
「隠そうとしても無駄だ。すべて雲山から話は聞いた」
は? 話ってなんだよ。雲山の方に顔を向けると、目をそらされた。
「お前が面白半分に漬物石を砕いたんだろう? 雲山がそれを目撃してたんだ」
「ちょ、ちょっとまてえええい! ふざけんじゃねえ!? それを壊したの雲山だ!」
「あのなあ、葉裏。雲山は最初からこれが漬物石だって知ってたんだぞ? いくら雲山でも、そんなことするわけないだろ?」
……このエロハゲオヤジ、俺をはめやがったな! 雲山はブツブツつぶやくように何か言っている。
「ぼ、ボク見ました。葉裏が『筋肉の修行だー』とか言って、この石を砕きました」
「ほらみろ、やっぱりお前の仕業じゃないか」
「狂気開放! 殺法『黒兎核狩』!」
黒き呪いを纏いし右手が閃光のごとく瞬いた。次の瞬間、雲山の腹に風穴が開き、全身が呪いに包まれて黒い炎が燃え上がる。
「ぐああああああ!!」
「雲山!?」
「あ、ごめん。つい、条件反射で」
雲山は泡を吹いて気絶した。たぶん、死んでないだろう。雲だし。
「まったく、漬物石を壊したことは知らなかったのだろうし、もう別にいいが、そのことを隠そうとするとは何事だ。きちんと反省しているのか?」
雲山を半殺しにしたことはやっぱりノータッチなんだな。
「だから! 俺じゃなくて雲山がやったんだよ!」
「……はあ、もういい。さっさと代わりの漬物石を探してきてくれ」
カッチィーン。こいつ、俺の言うこと全然信じてないな。そうかい、そっちがそういう態度とるんだったら、こっちにも考えがあるよ!
「はいはい、漬物石ね。お安いご用ですよ。それならもう準備していますから、ええ、ええ」
「そうだったか。じゃあ、早く持って来てくれ」
* * *
台所前に移動した俺と一輪。今回、俺が用意した品はこちら。
土に埋もれて一億年、大地の恵みを受けて育った深緑色の輝き。とあるカメ妖怪が愛用したと言われる由緒正しい伝説の甲羅です。肌に優しい植物性。
俺はそのナイスな漬物石をそっと、やさしく漬物桶の上に置く。
「そいッ!」
メゴシャアア!
桶は脆くも崩れ去った。はじけとんだ野菜と糠が地面に散らばる。その光景を無表情で見つめる一輪。
「HAHAHA! いやー、ちょっと桶の耐久度が足りなかったみたいだ。いやー、失敗失敗……」
ふっ、俺を怒らせた代償にしちゃあ、安いもんだが、今日はこのくらいで許してやろうじゃないか。さて、一輪の奴どんな反応をとるか楽しみだ。
だが、俺の予想に反して、一輪は無反応だった。俺の方を向きもせず、台所へ戻ろうとする。
「片づけておけ。お前の昼飯は抜きだ」
それだけ言うと、一輪は中に入って行った。
「……」
気まずい。いつもの一輪なら、烈火のごとく怒鳴り声を上げて、髪の毛を逆立てながら俺に往復ビンタ! こうかはばつぐんだ! ってな具合に、わかりやすい反応を見せるのに。
「……別に昼飯とか食べなくてもおなか減らないし……」
俺は地面に飛び散った野菜を拾う。糠臭い。
一輪、マジでキレてたな。でも、俺は悪くない。すべての元凶は雲山だろ。なんで俺が怒られなくちゃならないんだ。あー、イライラする。ただが漬物くらいで目くじら立てなくても……
泥で汚れた野菜は、桶が真っ先に壊れた影響か、横に飛び出したため潰されずに済んだものが多い。だが、一部は甲羅の下敷きになり、もう食べられないほど原形を失くしたペースト状になっている。
「食べ物を粗末にしたところは、俺が悪かったな」
俺は野菜を拾って甲羅の中へ入れた。それを台所へ届けず、岩山の方へ走りだした。
* * *
「はあああ! あたたたたた! あたァッ!」
レッスン1:頑丈で手ごろな大きさの岩を見つけます。レッスン2:素手で中をくりぬきます。レッスン3:石の桶が完成です。
「よーし、こんなもんか」
桶と言うよりは皿に近い形になったが、野菜の量もそう多くないので、これでいいだろう。俺は石桶の中に野菜を入れ、その上に厚い板を乗せ、さらにその上に甲羅を乗せた。
俺の甲羅はスペシャルである。どんな攻撃にも耐え、どんな金属よりも重く、どんな宝石よりも美しい。であれば、漬物石程度の利用法ができないわけがあるか。いや、ない! 俺のスペシャルな甲羅で潰された漬物なら、きっとスペシャルな出来上がりになるはず。さっきは桶が脆かったために失敗したが、今度は頑丈そうな岩を使ったので、強度は問題ないはずだ。
「うおおおお、俺の甲羅に秘められし、漬物エネルギーよ! この漬物に、祝福を与えたまえ!」
俺の甲羅は肌に優しい植物性。そして、漬物の原材料である野菜も植物。相性は最高にいい。甲羅の植物性妖力が、じっくりじんわりと野菜へ染み出し、究極の漬物へと変貌を遂げるはず。
「漬物神へ捧げる舞を踊ろう!」
妖怪である俺が、神に祈るとは焼きが回ったか。しかし、すべてはおいしい漬物を作るため。そのためならば、恥を忍んで神へ祈ろう。なるほど、命蓮寺の妖怪たちが仏門に入った理由はこういうことか。ようやく俺にもわかってきたぜ!
「つ~け~も~の~や~。い~と~お~か~し~、つ~け~も~の~や~」
俺は漬物への熱い想いを舞に託す。額に汗を流し、踊りながら石桶の周囲を何周も回った。俺の体内に神聖な気が満ちていくようだ。これが、解脱か。
【おいしい漬物を、ツクルノデス!】
俺は唯一神ツッケモーノの啓示を受けた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。