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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

52話「白熱の雑巾がけレース」

 
 寺の朝は早い。日も昇らぬ早朝に起こされた俺は、寝ぼけまなこで掃除をさせられている。

 「ぼけっとするな。ちゃかちゃか働け」

 「へいへい」

 妖怪の体になってから、寝ないと思えば結構何日でも徹夜できるのだが、一度寝てしまうとその感覚に引きずられるのか、眠気が残る。実際、何時間何日でも寝られてしまうのだ。俺は生まれてからほとんどの時間を眠った状態で過ごしてきたからな。

 「ほら、次は廊下の雑巾がけだ」

 こういうときの一輪はやる気に満ちあふれている。さすがいいんちょだ。
 命蓮寺の廊下は長い。これを全部水拭きする頃にはお昼近くになってるぞ。さっそく意欲がなくなってきた。やりました感だけ見せて、適当に終わらせよう。

 「ほら、そこ拭き残しがあるぞ! ちゃんとやれ」

 「へいへい!」

 うるせえなあ。なんでそんな細かいところまで見てるんだ。そんなにしっかり掃除しなくても十分きれいな廊下だよ。
 俺はクラウチングスタートの体勢から高速で廊下を駆け抜ける忍法を開発した。名付けて、忍法『高速雑巾走法』。これはかっこ悪いな。二軍落ち。

 「待て! もっと丁寧にやれと言っているだろう!」

 一輪が後ろから雑巾がけをしながら追いかけてくる。俺の高速雑巾走法に追い付くとは、やるな。

 「だが、甘い! このコーナーリングについてこれるか!」

 廊下の角をドリフトしながら曲がる。雑巾から煙が出そうなほどの摩擦熱。外に向かって吹き飛ばされそうなほどのGが体を襲う。だが、ここで体勢を崩すわけにはいかない。一歩でも足を踏み外せばクラッシュは確実。きりもみしながら機体はバラバラになる。そのスリルがたまらない。

 「待たんかーっ!」

 しかし、俺の後ろに一輪はぴったりつけてきた。それも俺と同じく雑巾がけをしながらだ。あのコーナーをこのスピードでクリアしただと……! ふっ、俺はどうやら認識を改めなければならないらしい。この勝負の行く末、俺にもわからなくなってきたぜ!
 猛スピードで背景が後方へ流れていく。もはやドッドドッドという俺と一輪の足音しか聞こえない。俺たちはひたすらにスピードを求めた。廊下を駆け抜ける風になる!

 「うおっ、な、何事だ!?」

 と、そこにナズーリン登場。プォンとドップラー効果で走行音をなびかせながら、その横を通り過ぎた。その突風によってナズーリンのスカートがめくりあがる。見えたッ! 中はドロワーズ!

 「ちくしょおおおおお!!」

 だが、ドロチラも、それはそれでいいものだ。
 一輪が猛烈な追い上げを見せてきた。俺は前に出られないように、右へ左へと巧みに体をずらし、妨害する。しかし、そのせいで前方の注意がおろそかになっていた。

 「ふあー、今日もいい天気にゃあああああああ!?」

 今、何か撥ね飛ばしたな。廊下を横切ろうとした黄色い物体が庭へ吹っ飛んでいく。
 思わぬ障害物のため、俺のスピードががくっと落ちた。その隙に一輪が追い上げる。ついに俺たちは横に並んだ。

 「「うおおおおおおお!!」」

 踊る四肢の脈動。一進一退のせめぎ合い。俺たちの目標は廊下の終焉、すなわちゴールを目指すというただ一点に集約されていた。それは雑巾がけという単なる掃除の概念を超越した、魂の飢えを満たさんとするあくなき挑戦。本能のままに駆ける野生の叫び。さあ、パトスを燃やせ! 雌雄を決するときがきた! 今ここに、雑巾がけ最速王者の栄光が輝く!

 「そうはさせるかあああ!」

 俺たちの前に立ちはだかる最後の壁、雲山。
 雲山が廊下を遮るように手を広げて待ちかまえる。
 俺たちはそれでもスピードを落とさなかった。いや、むしろ上げた。音速の壁を越えた(ような気がした)俺たちは、ソニックブーム(あふれ出る妖力)を纏いながら雲山へ迫る。
 俺たちは宙へ飛んだ。雑巾をかけるということは、すなわち地面に這いつくばって進まなければならないという制約。だが、もはや俺たちにそのような次元の楔など不要。制約から解放された俺たちは、そのステージを空中へと移し、さらなる次元の高みへと続くロードを駆け抜ける。
 俺は足を前に突き出し、ドロップキックの体勢をとる。一輪は腕を横に伸ばした。その腕は、吸い込まれるように雲山の首へ向かう。ラリアットだ。俺たちの攻撃は同時に雲山へ直撃した。

 「うーーごーーあーーーー!!(スローモーション再生)」

 時間の流れが遅くなる。ゆったりとした時の流れに乗って、俺たちの攻撃は完全に雲山をとらえていた。そして、時は動き出す。

 ドシューン!

 雲山の体は後方へ飛んだ。俺たちは慣性に従い、その場にとどまる。雲山が廊下の上を滑るように吹き飛ばされていく。その行先は、廊下の終焉。確か、その場所には厠があったはず。その扉に向かって一直線に突撃する。

 「ふう、スッキリしまし……」

 しかし! なんということだろう。その厠のドアがゆっくりと開いていく。そこから出てこようとしているのは、あろうことか命蓮寺の主、聖白蓮! 俺と一輪の目は驚愕に見開かれた。このままでは大惨事が起きる。だが、雲山の速度は落ちることなく厠へと向かっている。
 何も知らない白蓮。そこへ猛烈な体当たりをしかけようとしている雲山。そして、その原因を作った俺と一輪。絡み合う運命は、どのような結末を生み出すというのか。
 次回決着!

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