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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

46話「ネズミのお使い」

 
 人々の視線がこちらに集まる。まずい。俺は必死に注目を散らそうとするが、ダメだ。俺の処理能力を超えている。脳内回路が焼き切れそうになる。
 こういう予想だにしないハプニングにこの妖術は弱いのだ。まさか尼さんが、商品の値段が高すぎて買えないからといって逆ギレするとは思わなかった。

 「ぐおおお! む、無理ッス!」

 目ん玉が左右でぐちゃぐちゃに回転しそうになる。無理だ。術が解ける。一度注目が集まると、なし崩し的に俺の存在全体が注目される。俺の能力は注目を集めることに特化しており、散らすことは苦手なのだ。ここは集落の中、つまり結界内だ。すぐに妖怪がいるとバレてしまう。
 俺は甲羅ごと風呂敷をたたんで担ぎあげ、結界の外に向かって駆け出す。

 「な、お前は妖怪なのか!?」

 あーあ、バレちゃった。もう、しばらくはこの村には立ち寄れないな。
 走り出した俺の後を、尼さんがついてきた。本気で走れば引き離せると思うが、ちょっとむかついたのでからかってやろう。俺の商売を邪魔したお返しだ。
 適度な距離を保つようにスピードを合わせて、近くの林へ入り込む。この奥なら人目にもつくまい。俺はちょうどいいところでくるりと体を反転させ、一回二回と地面を蹴って着地する。

 「まて、この泥棒妖怪! ご主人の宝塔を返せ!」

 「泥棒とは人聞きが悪い。まったく商売あがったりだ。この埋め合わせはしてくれるんだろうな?」

 「そもそも妖怪が人里で商いをすることが間違っているのだ。さあ、おとなしく宝塔を渡すのだ」

 宝塔というのはあの仏具のことか。これが何なのか知っていて取り戻そうとしている。様子を見るに、相当大事な物のようだ。ますますタダで返すのが惜しくなってくる。人間相手にだれが親切にしてやるものか。

 「ちっ、しかたない。力づくでも取り返させてもらうぞ!」

 尼さんは闘う気満々のようだ。実はさっきから気になっていた。この尼さんの霊力はなんか変だ。一見しただけではわからないが、“百見”すればすぐにわかる。この霊力、どこか歪んでいる。おお、なんかこれかっこいい気がしてきた。

 「よし、この技、乙羅殺法『百見心眼』と名づけよう」

 「何言ってるんだ、君は」

 まあ、ただの洞察力なんだけど。とにかく、霊力が変という話。何度か陰陽道に通じる妖怪退治人と闘ったことがあるが、それとは違う。何かを隠しているような気がする。

 「相手が妖怪なら、姿を隠す必要もない。とうっ!」

 尼さんが法衣を脱ぎ捨てた。お色気戦法か?
 中から出てきたものを見て驚く。少女の形をした姿、そして頭に生えた耳、おしりの尻尾。なんと妖怪だ。妖力も感じる。黒いスカートとケープを身につけたネズミっ娘だった。

 「なんだ、妖怪かよ」

 「なんだとはなんだ!」

 拍子抜けした。もっとえげつない何かが出てくると思ったよ。実はおっさんだったとか。
 俺は風呂敷の中から宝塔を取り出す。

 「そうだ、妖怪! それを渡せ!」

 「はい」

 「あ、どうもありがとう……って、なんであっさり渡した!?」

 いちいち反応が面白い奴だ。渡せと言われたから渡したのに。

 「人間だったら悪戯してやろうと思ったけど、妖怪なら話は別だ。そもそも、村で叫ばなければ素直に渡してたのに」

 「えー、私が悪いのか?」

 ネズミ妖怪は恐る恐ると言った様子で宝塔を受け取る。罠でもしかけてあるのではないかと思っているのだろう。

 「それより、なんでそんなもの探してたんだ? あと、どうやって人間に化けてた?」

 「これは私のご主人がなくした大切なものだ……はあ、まったくいつも気をつけろとあれほど言っているのに……人間に化けていたのは、法力のチカラだ」

 「法力?」

 陰陽道ではないのか。最近は仏教が広まってきたからその影響か。しかし、いずれにしろ妖怪とは無縁の術だろう。俺はこれまでに、何度も陰陽道を習得しようと挑戦してきた。しかし、結果は惨敗。妖力を陰陽術に利用することはできなかった。
 それをこのちんまい子ネズミ妖怪はなしたというのか。解せん。

 「興味が出た。俺の名前は乙羅葉裏。お前はなんて言うんだ?」

 「ナズーリンだが、何をする気だ? 言っておくが、金はないぞ」

 「おお、そうだった。それは俺の商品だった。ということは、お前は俺に代金を払わないといけないな」

 「これはもともとご主人のものだったのだ!」

 「拾ったのは俺だ。その時点からそれは俺の物。それをどう処分しようが、俺の勝手だろ」

 「ちっ、なんて意地汚い妖怪だ。悪いが今払えるお金は私のお小遣いくらいしか……」

 ナズーリン涙目。別に俺は金なんかほしくない。

 「金はいらん。その代わり、お前が知ってるその『法力』って奴を教えろ」

 「はあ?」

 ナズーリンは盛大に首をかしげていた。

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