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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

45話「月日流れて」

 
 あてどない旅だった。強さとは何か、それは武芸の境地だろう。俺にはそれが何かわからない。ただ、外道だろうとなんだろうと、力を得るためには努力を惜しまないつもりだ。
 と言っても、むやみに殺生などする必要はない。一定レベルの妖怪の相手なら遊び半分にしてやった。鬼を倒した俺にとって、ほとんどの妖怪や人間の妖怪退治人の実力は物足りないと言わざるを得ない。妖力は十分以上に蓄えがあるので、人間をとっ捕まえて食う必要もなかった。日向ぼっこをすれば甲羅が光合成で妖力を生産してくれる。というか、俺はまだ自分の妖力全てを十全に扱えない状態なのだ。はっきり言って、そんなにいらない。
 俺が最初に行った修行は人間の観察である。なぜかと言えば、『程度の能力』を使いこなすためだ。人間がどのように目を使うのか、つまりは眼球の動かし方、顔の向け方、瞬きのし方から始まり、視界と首・胴・脚そして腕と手の連動、そこから発生する構造上の錯覚の起こし方を学んだ。このすべてが『注目を集める程度の能力』に通ずる。それらを学ぶことで、より自然に効率よく注目を作り出すことができる。
 さらに、心理的洞察も行った。どのような状況で人は動揺するか、疑問を持つか、関心を向けるか、喜怒哀楽の原因と発露、あげればきりがないが、感情に伴う様々な反応を事細かに調べ、まとめあげた。
 そこから実際に能力の研鑽を行う。まずは、人間の集落に妖怪とバレずに紛れこむことを目標とした。俺は妖力を隠すことが苦手だ。持っている妖力がでかすぎて隠しにくい。甲羅に妖力を詰め込めば、外に漏れないようなので、結構な量をごまかせる。しかし、ありったけ詰め込んでも、中妖怪程度の妖力は肉体に残るのだ。少し陰陽道に精通するものなら、簡単な結界で探知されてしまう。人間の集落には、こういった結界を張る妖怪退治人が一人はいるので、なかなか侵入しづらいのだ。ちなみに、昔は妖力を甲羅に移動させると甲羅の肥大化が起きたが、今は形状が固定化されたのか、大きさが変わることはない。
 そこで、俺の能力の出番である。なるべく、俺に注目が集まらないようにするのだ。だが、俺の能力は『注目を集める程度の能力』である。注目をそらすことが本義ではない。必ず俺が指定するものに注目が集まり、その結果として俺が注目されないということだ。だから、最初のうちはうまくいかなかった。人々の注目が不自然にどこかに集まってしまう。その結果、俺という存在が浮き彫りになる。それは強烈な違和感として人間の感覚に残る。同じ集落に長くとどまることはできそうになかった。
 その欠点をなくすため、改良に改良を重ねた。常に周囲の人物の動向の一つ一つに気を遣い、どんな細かなしぐさも見逃さない。視界に収まる範囲の環境を掌握し、そこに存在するすべての生命体の意識をムラなく、自然に、違和感なく俺以外のどこかに集中させることを目指した。それが可能になれば、俺は透明人間と化すことになる。
 無論、それを完璧にこなすことは不可能だ。俺にも限界という物がある。だが、なるべく理想に近づけるべく、鍛錬を惜しまなかった。すべては強くなるため、永琳を倒すためだ。
 そして今、俺は人間の村を渡り歩く行商人になりすましている。

 「安いよ、安いよー! 珍品、名品大特集! さあ、見ていってくれい!」

 まるっきり気配を消して目立たなくしようとするのは、逆に注目を集める。適度に胡散臭い方が逆に妖力を隠しやすい。人々の目には、俺の姿は珍品を売りつける少々詐欺師まがいの見世物商人と映っているだろう。
 他にも状況に合わせて数え切れないほどの工夫をしている。注目を集める対象を分散させるという荒業で、一秒の間に操作する視線の回数は百や二百じゃおさまらない。俺の頭が狂ってなければ、こんな狂気の技は誰も使えまい。ふっふっふ。どうも狂気という奴は、正常な思考を鈍らせる代わりに、何か突出した洞察力・観察力を俺にもたらしてくれる。皮肉なものだ。
 名づけて乙羅殺法『目そらしの術』あらため、『虚眼遁術』。どうだ、かっこいいだろう。
 この術を完成させるまでに100年かかったことは内緒だ。

 「やれやれ、今日も売れなかったなあ。店じまい店じまいっと」

 売れないのはいつものことだ。別に路銀を稼がなくても食うに困ることもなし、ただ、商人を装っているにすぎないので何も問題ない。やっぱ、人魚の肉とか鳳凰の爪とかあからさまに嘘とわかるようなものばっかりじゃダメだなあ。河童の手、くらいならなんとかなるか?

 「ちょっと、そこの商人」

 「はい?」

 これはまた珍しい、客だろうか。しかも、見たところ尼僧のようである。この夏のクソ熱い中、真っ黒い法衣と頭巾を頭からかぶっている。大きな頭巾のせいで顔は見えない。背丈と声からして随分小柄で若い尼さんのようだ。
 だが、なんか妙だ。俺の洞察力が、こいつは変だと訴えている。

 「お客さん、今日はもう店じまいなんですよ、へっへっへ」

 「少しでいい、見せてくれ」

 ここには尼さんの興味を引きそうなものなんてないはずだが。ああ、そういえば一つだけあったか。思った通り、尼さんは風呂敷の上に置かれた商品の中から、ある一つを指差す。

 「これは何だ?」

 「ああ、これね。お客さん、さすが目が高い! このなんか仏具っぽい奴は、縄文時代のかの名匠、八門太郎ぱちもんたろうの遺作ですよ。某平等院鳳凰堂みたいなところから手に入れた、信用のおける逸品! 見てくださいこの美しい形、仏様のなんかこうオーラみたいなものを感じるでしょう? 霊験あらたかでありがたーい雰囲気ですよね。いやほんと」

 この仏具、実は村の外の道端で拾ったものだ。まったくいい拾い物だった。なんと、神力がこもっているのだ。神力とは文字通り神の力。人間に信仰された神が得る力だ。一度、末神の神域に知らずに入ったときエライ目を受けたことがあるので存在だけは知っていた。霊験あらたかなのは事実である。持っているだけで肌がチクチクして妖怪にはちょっと辛い。正規の値段でも豪邸が買えるほどの値になるに違いない。ちょうど大きなモグラの穴に落ちていて、俺の超洞察力がなければしばらく誰も見つけられなかっただろう。

 「……いくらだ?」

 「でも、お高いんでしょ? と思っているあなた! ご安心ください。今回は特別大サービス! なんとこの登竜門を登りきる直前まで進んだという鯉の魚拓をセットでつけまして、えーっと、このくらいの値段でどうでしょう?」

 「……」

 ふっかけてみたが、尼さんの反応はない。やっぱり、見た目からして金もってそうにはないしな。この世界には妖怪のように神が実在するみたいで、信仰心に熱い者が多い。俺としては信仰よりも科学が発達してほしいので、ちょっとすっこんでてもらいたいところだが。でも、神様に恩を売っておくのも悪くない。どうせ元手はタダなんだし、金が欲しいわけでもないし、そんなにほしいのならこの尼さんにくれてやっても……

 「このバチあたりが! それはお前が持っていていいようなものではない! それを手放さなければ、お前に仏罰が下ることだろう!」

 「ええーっ!?」

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