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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

44話「旅立ち」

 
 「よし、決めた。俺、アサシンになる!」

 「アサシン?」

 昔、俺がまだ平凡な人間だった頃、マンガとかゲームとかで登場する暗殺者にそういう名前のものがあった。確か、実在したと言われる殺し屋集団をモチーフにした名前だったと思う。
 別に俺は暗殺者のことなんか何も知らない。どんな殺しの術を使うのかも全くわからない。でも、今、この時代は前世の頃に生きた俺の感覚で言えばとてつもなく過去の世界なのだ。だったら、俺が先駆者を名乗って、好き放題に自分流の暗殺術を開発したっていいじゃないか。妖怪暗殺拳法だ。文句を言う奴もいまい。

 「アサシンってなに?」

 「アサシンは影から影へ、闇に潜み、必殺の一撃で敵を暗殺する最強の隠密部隊だ。諜報活動にも優れ、様々な道具を駆使し、敵を撹乱できる」

 「おおー、なんかわからないけど、すごい気がする」

 こうして自分の進む道を決めて見ると、心機一転、名乗り口上のようなものが欲しくなるな。今の葉裏という名前だけでは寂しいだろう。せっかくだからここで名字も決めてしまおう。俺は何と名乗ろうか。特徴を全面に出した名前の方が印象に残りやすい。俺と言えば亀妖怪。亀妖怪と言えばやはり一番の特徴は甲羅だ。ならここはシンプルに「甲羅葉裏」にしてみるか。いや、それも少し味気ない。もう少しひねってみよう。甲羅甲羅……甲とくれば次は乙、丙、丁。甲羅を背負った亀が、そこから一歩踏み出し外に出た、だから甲の字の一つ先、乙の字を使って「乙羅」なんてどうだ。おお、これはいいかもしれない。
 あ、そう言えば、アサシンって確実に日本発祥の言葉じゃないよな。勝手に使ったら本家に悪いか。じゃあ、区別するために「和製アサシン」と名乗ろう。

 「というわけで、俺はこれから最強の暗殺者、『和製アサシン』を名乗る。和製アサシン、頭目、乙羅葉裏! どう、かっこよくね?」

 「かっこいい……か? まあ、葉裏がそれでいいならいいんじゃない」

 「乙羅殺法、『目そらしの術』! 食らえ、チー鱈手裏剣!」

 「なにっ!?」

 投げつけた手裏剣に、萃香が反応する。猫のような素早さで手裏剣をぱしっとつかんだ。しかし、それはチー鱈ではなく、ただの葉っぱ。普通ならすぐに気づいて無視されるような嘘だが、俺は能力を使って『注目を集めた』。俺の作る注目はその場に適した“信憑性”を捏造する。最初から嘘だと気づいていれば効果がないが、嘘だと発覚するまで錯覚は続くのだ。萃香は葉っぱを確認するまで、それが本当にチー鱈に見えていたことになる。
 これが俺が考えたインチキ暗殺術、『目そらしの術』だ。和製アサシンが生み出した記念すべき最初の術である。

 「まあ、ここまで元気になれば、もう心配はいらないな」

 萃香は葉っぱを捨てながら言う。その隣にいるのは、勇儀。萃香と闘った日から一週間が経った。俺は今日、この山を旅立つ。しばらく、俺は旅に出ようと思っている。修行の旅だ。いつまでの安穏とこの地に居座っているわけにはいかない。俺は強くなる。どんな手段を使ってでも永琳を倒すと誓った。そのための乙賀忍法だ。これは月人に対抗するための術。永琳を倒すための術。ゆえに、最強の術となる。そうしなければならない。

 「旅に出る前に、あたしとも一勝負してほしかったんだが」

 「もう、鬼と闘うのはこりごりだ。こっちの身が持たねえよ」

 勇儀にも別れの言葉を告げる。この山の鬼たちと再び会うのは当分先のことになるだろう。もう二度と会わないかもしれない。いいさ、妖怪なんてそんなものだ。勝手気ままにやらせてもらう。
 俺は背中に甲羅を背負った。装着はしない。装着部はスライド収納し、緑の六角形のオブジェとなった甲羅。当分、こいつも封印することにした。俺は甲羅から出た亀。ぬくぬくと自分の家に引きこもっていては成長などしない。背中に背負っていれば、背後からの攻撃は防げるだろう。その程度の守りで十分だ。
 ただ、この甲羅、非常に持ちにくい。とにかく重いので、しっかり持たないとすぐに落っこちる。最初は縄でしばって(これがほんとの亀甲縛り)持ち上げようとしたが、一瞬でブチ切れた。しかたがないので、鬼の鎖を少しもらった。鬼が手枷や足枷に使う鎖らしい。萃香や勇儀も鎖をつけているし、鬼の流行りなのかもしれない。鬼の力にも耐えられる特別製なので、切れることもない。これでぐるぐる巻きにして体にくくりつけた。
 服装はいつもの通り、ゴワゴワのベストに短パン。ちゃんと洗濯した。勇儀が。
 蔦のサンダルを履き、ウサ耳を中に入れて帽子をかぶる。腰には短剣、背中には甲羅。装備は万端だ。

 「じゃ、行ってくるぜ!」

 「おう、また闘おうな!」

 「いつでも遊びに来いよ」

 俺は鬼たちに見送られて山を降りて行った。

 * * *

 と、旅に出る前に、もうひとり、挨拶しておかないといけない奴がいる。
 俺は山を降りて都の反対側にある森へ来た。ここは俺が地上で目覚めた場所。幽香に会いに来たのだ。あいつのことだから、俺のことを心配していると思う。出かける前に声をかけていこう。

 「ゆーかりーん!」

 「ああっ!? 葉裏さーん!」

 幽香は元気そうだった。幽香ももうすぐこの森を出て、新しい畑を作る場所を探すという。

 「実は葉裏さんがこの森を出た後に、人間の妖怪退治人が森へやってきたんです。私、襲われそうになったんですけど、勇気をもってやっつけました!」

 「そうか、ゆうかりんは偉いな」

 「こう、えい! って、軽く突き飛ばしたつもりだったんですけど、思ったより力んじゃって【検閲により削除】しちゃったんですけど、なんというか……意外と嫌いじゃない感覚というか、むしろ、ちょっとキモチイイかも、とか思っちゃって、きゃー! す、すみません、私何言ってるかわからないですう!」

 「え、あ、そう」

 「葉裏さん! 私、葉裏さんの言葉で妖怪としての自信が持てました! やっぱり、私たち妖怪と人間さんは相いれないものですよね。これからもどんどん、人間さんたちを【検閲により削除】していきたいです」

 思ったよりも元気そうでなによりだ。少々、バイオレンスな風味が出てしまったようだが、それが彼女のもともとの気質だったのだろう。妖怪としては何も問題ないので、何も言わないことにする。

 「そして、自分だけの素敵な花畑を作ってみせます! だから、私の花畑が完成したら、葉裏さんにも見てほしいんです……」

 「ああ、いつかお前の花畑を俺にも見せてくれ」

 「ほんとですか!? 約束ですよ。葉裏さんにもらったお花の種も、ちゃんと育ててみせますから!」

 こうして幽香との別れも済んだ。もう思い残すことはない。後はひたすら自己研鑽あるのみ。まっていろ、永琳。俺は必ず、お前に追いついて見せる!

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