41話「同衾しました」
「萃香!」
木を吹き飛ばしながら現れたのは、またしても鬼だった。背の高い若い女の鬼だ。体操服みたいなデザインの上着とスカートを着ている。額には、一角獣のように立派な角があり、☆マークがついている。
「萃香! どうしたんだ、しっかりしろ! 萃香!」
「へぶっ! へぶへぶうっ!」
俺と闘った鬼の少女の名を呼びかけ、気付けには少しばかり強すぎるではないかという威力のビンタを食らわせている。もう鬼の少女の顔面のHPは、やばいことになっていそうなのだが。
鬼の少女は、白目をむいて気絶した。決定打はさっきのビンタっぽい。
「だれがこんなことを……お前かっ!」
「ふええええん」
横に倒れていた俺の存在に気づいたのか、鬼のような形相、いや本物の鬼だが、とにかく怒りをあらわにして睨みつけてくる。俺の髪の毛をつかんで引っ張り上げ、拳を握りしめている。弁解などできない。また殴られるのか。
「やめろ、ゆうぎ! そいちゅは、わらひの……ともらひだっ!」
だが、そこで待ったがかかった。俺を殴ろうとしていた鬼は、驚いた顔をして俺をつかんでいた手を放す。どうやら、俺はまた命拾いしたようだ。
* * *
ひとまず、身動きの取れない俺と萃香は、勇儀という鬼に抱えられて巣穴まで運ばれた。山の中腹にある中規模の洞窟だ。中はコウモリなどの動物は棲みついておらず、きれいに整備されていた。妖力を感じる炎が壁の穴で燃えており、中は明るい。鬼火というやつだろうか。
「悪いな、萃香。山向こうの谷の沢に、おいしい山菜があるって聞いて、昨晩はそれを採りに行ってたんだ。明け方に帰って来て、お前の山に大妖怪の襲撃があったって仲間たちが言うもんだから慌てて来てみれば……間に合わなかったみたいだ」
「なあに、いいっていいって」
俺と萃香は、布団に寝かせられているのだが、布団が一つしかなかったようで、二人で一緒に使うはめになった。俺はそこらへんの床に放置されていても、いや、そのほうがよかったのだが、なぜか萃香は俺のことを気に入っているようで、布団に引きずり込まれた。角が邪魔で居心地は最悪だ。
「それで決着は、ついたんだな?」
「ああ、こいつは強かったぜえ!」
萃香が俺の肩に手を回してくる。角が邪魔だ。
それにしても、どうしてこの鬼たちは俺を殺さないのだろう。俺はこいつらの仲間の鬼たちを殺してしまったのに。
「ぐすっ、おこってないのか?」
「怒る? 仲間を殺したことか? そのけじめなら、さっきつけたばかりじゃんか。仲間が死んだのは、あいつらが弱かったってだけのことよ。まあ、弔いくらいはしてやるけどな」
「萃香が許したんなら、アタシが口を挟むことは何もないね」
鬼というのは、なんとも単純明快な考え方をする奴らのようだ。そこまですっぱり割り切って考えられるのもうらやましい。
「さあ、闘いは終わったんだ。酒を飲むぞ~!」
「ちょっと、萃香。あんたまだ動けないんだから……」
「これが飲まずにいられますかっての! 勇儀、酒盛りの準備だ!」
勇儀はため息をつきつつも、もう慣れっこだと言わんばかりの苦笑いをする。鬼が酒好きだというのは本当らしい。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったな。改めて自己紹介だ。あたしは伊吹萃香。で、こいつは星熊勇儀。見ての通り、鬼だ」
「なんとも簡単な説明だな」
「他に言うこともないだろ? それで、お前の名前はなんて言うんだ?」
「……葉裏」
「よし、葉裏! 今日は飲むぞ! 飲み明かすぞ!」
「朝日が昇ったばっかりなんだけど……」
元気な奴らだ。俺もちょっとだけ、元気が出た。
* * *
俺の甲羅は山頂に置きっ放しになっていたので、勇儀に取ってきてもらった。
「ぜえ、はあ、ちょっとこれ重すぎだろ……」
「だらしないな、勇儀は」
俺の甲羅は鬼にとっても重かったようで、一度坂道の途中で落っことしてしまい、木をなぎ倒しながら麓まで転がってしまったようだ。そこから勇儀が担ぎあげてもってきてくれたようだが、洞窟にもどって来たときはすっかり息があがっていた。
勇儀は、俺の短剣も見つけてもってきてくれた。鞘と剣が闘いの途中でどこかへ飛んで行ってしまっていたのだ。あのときの俺の奇行は今思い出してもぞっとする。自分の目玉に剣をブッ刺すとか狂いすぎだろ。アクセルの加減を間違えた。あのまま突っ走っていたら、もとにもどれなかたはずだ。そのうち、元の俺がどうだったのかさえわからなくなる。あんな無茶はもうしないと心に決めた。
でも、永琳を前にしたら自分を抑えきれるか不安だが……
「ほら、葉裏も飲め!」
萃香のひょうたんからは、とめどなく酒が出てくる。そういう仕組みらしい。最初は自分で飲もうとしていた萃香だったが、やはりまだ体が動かないようでぼたぼたと酒を布団の上にこぼすばかりだった。しまいにはキレて暴れ出した。狭い洞窟の中で巨大化はやめてほしい。今は勇儀がおちょこを持って萃香に飲ませている。
俺も当然体が動かないのだ。勇儀に酒を飲ませてもらうしかない。なんでこんな介護されるような状況になっているのか、自分でも理解できない。勇儀も断れよ。
場の雰囲気に流されるまま、酒を飲む。飲んでから気づいたが、俺はこの永い妖怪人生のうち酒なんて口にしたことは一度もなかった。胃が焼けるように痛い。酒って痛い飲み物なのか。それとも、鬼の酒だからだろうか。全然おいしくないのだが、勧められるままに飲んだ。こうなったらやけ酒だ。
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