40話「嵐が過ぎれば」
なんでこんなに強いんだよ。反則だろ。腕も脚も胴も切り落とした。でも死なない。目の前の鬼の少女は、どれだけ致命傷を与えようとも復活する。
俺の精神はこの闘いの中で、自己破壊の次の段階へと進むことができた。存在の拡大解釈だ。俺という存在の破壊と再生が繰り返される。その不安定な状態こそが“俺”だ。その感覚をつかめば、玉兎三技の使用は簡単にできた。俺の体の周囲に妖力を形成する。つまりそれは、“一瞬先の俺”を作り出すことだ。そのヴィジョンを明確に頭の中に描き、妖力を操れば、そこに現実と理想の齟齬が生まれる。後はその二つが統合されるまで待てばいい。自然な修正力によって、妖力の形成が現実化する。そのとき生まれるエネルギーは計り知れない。
この力があれば、どんなことだってできる。目の前の敵を容易く排除できる。そのはずだ。なのに、どうして。
手が砕かれて、もう短剣をもつことができない。原形を失くした腕をがむしゃらに振るって殴りつけるだけだ。二回に一回はかわされる。当たっても倒れない。逆に反撃されてこちらが吹き飛ばされる。相手もだんだんと動きにキレがなくなってきた。傷は回復しているが、ダメージは与えているはず。もう少し耐えれば俺が勝つ。
拳を撃ちにいった俺の前で、少女の体が二つに分かれた。またか。分身だ。二人になった少女は左右から俺に攻撃してくる。いったいどんな妖術だ。分身って、単純に戦力二倍だろ。ふざけんな。俺は二方向からの攻撃に、ボコボコ殴られるしかない。めくらめっぽうに腕を振り回す。やめろ。どっかいけ。俺の前から消えろ。
「はあはあはあ!」
「gigigi……」
俺は勝たなくちゃならない。こいつを倒して永琳に会いに行く。こんなところで死ぬわけにはいかない。この中ボスを倒せば、きっと永琳が……
そういえば、永琳はどこに行ったんだろう。
「よそ見ぃ、すんなああっ!」
また殴られる。いや、それどころじゃない。永琳はどこだ。俺は、こんなところでこんな奴と闘っている場合か? 違うだろ。永琳を探さなくちゃ。早くしないと、月に帰ってしまう。帰らせてなるものか。永琳は俺のものだ。誰にも渡さない。
「A-riげn,A-rinごほっ!,A-riぐぶn A-rin,Aぎあ!-rin,A-がrin」
「てめえ、はあはあ! 勝負の最中に、はあ! どこに行こうとしてんだっ!」
鬼の少女は俺に馬乗りになって顔面に連打を食らわせてくる。俺も殴り返した。互いに防御なんてしない。一発一発に全力をこめた一撃を相手の顔面に叩き込む。鈍い衝撃が頭部を揺らす。一秒ごとに意識が白む。目の前が白く染まっていく。
いや、違う。これは光だ。光が森の闇を取りはらっていく。朝日が昇った。
空に、月は、もうない。
「……えーりん……」
ぷつりと糸が切れた。腕が上がらない。今までずっと感覚を殺していた。限界を超えた肉体を憎悪で無理やり動かし続けた。燃料切れだ。心が空っぽになっている。
鬼の少女は動かなくなった俺を、なおも殴り続けた。もう、攻撃を食らっても、痙攣するくらいの反応しかできない。それでも殴られる。
「『まいった』って、いえ!」
殴られる、殴られる、殴られる。
「まけを……はあ……みちょめろっ!」
そうだ、とっくに永琳はここにはいない。逃げられた。もう追いつけない。あの女、逃げやがった。俺がどれだけお前のことを求めてきたと思ってるんだ。どれだけ焦がれてきたと思っている。ちくしょう、逃げられた! あいつは逃げて、俺はまたひとり。
俺は……
「……ま、け、た……」
もう、永琳を殺せない。
「あたちの、かちだああああっ!!」
鬼が吠える。俺の体を踏みつぶし、勝利の鬨をあげる。俺の口もとが歪む。への字に歪む。悔しい。涙がとまらない。情けない嗚咽を我慢できない。俺は泣きじゃくることしかできなかった。
* * *
てっきり殺されるかと思っていたのだが、どっこい俺は生かされた。
鬼は俺の肩を持って、どこかに運ぼうとしているようだ。獲物は巣穴に持ち帰ってゆっくり食らう主義なのか。
「はあ、ふう、まっちぇろ、もうすぐ、らから、はあ」
だが、不思議と悪いように扱われてはいなかった。むしろ、彼女は俺の体をいたわっている。ぴくりとも動かない俺を、気遣うように丁寧に運ぶ。だが、彼女の体力も限界のようだ。足はふらつき、がくがくと震えている。甲羅を背負っていない俺の体なんて、ただの人間の少女と変わらないほどしかない。鬼の力があれば羽のように軽々と持ち上げるはずだ。それができないということは、くたばる寸前まで追い込まれているということ。そんな状態になっても、俺のことを見捨てようとはしなかった。
ついに鬼は、倒れた。ばたりと地面に寝転がる。俺の体も動かない。二人して枯れ葉のにおいのする地面に横たわった。
「ふひい、らめら、ちょっと、きゅうけい、ひよう……」
「うぐっ、ぐすっ、ふああ」
俺はまだ泣いていた。これじゃ、本当にか弱い人間の女の子みたいだ。だが、どうにも涙がとまらない。
妖怪の体というのは常識外に頑丈である。このまま休んでいれば、体力はすぐに回復するだろう。即死するような致命傷でないかぎり、どんな深い傷も案外すぐに回復するのだ。
だが、ここは鬼がはびこる山。そこらじゅうに妖怪の影がある。傷つき、動けない俺たちを狙う輩がいるということは、当然予想しておくべきだった。
「ケケケ! 何事かと思えば、お山の大将がこんなところでへばってるぜ!」
「まさか化け物に化け物呼ばわりされる、あの酒呑童子がこの様とは」
「珍しいこともあったもんだ! こいつはまさに千載一遇って奴だ!」
小妖怪たちがわらわらと集まってくる。極上の妖力を持った大妖怪が二匹もまな板の上の鯉状態なのだ。放っておくわけがない。
「にゃんだあ? おまえら、あたちとやろうってのか!?」
顔面を何十発も殴られ、腫れあがった青あざだらけの鬼の少女は呂律が回らない。それでも気合いで起き上がり、ファイティングポーズをとる。
「へぷうっ!?」
しかし、小妖怪が撃ってきた妖力弾を避けることもできず、顔面で受け止める。そのまま、後ろに倒れて動かなくなる。
「やったぞ! 鬼の大将を倒した!」
「げへへ、こりゃ一生もんのうまい飯だぜ」
「何言ってやがんだ! あれは俺のもんだ!」
「なんだあ? 一人占めする気か!?」
「俺が倒したんだから俺のもんだ!」
「じゃあ、そのお前をぶっ殺せば俺のもんだな!」
だが、頭の悪い小妖怪たちは、誰が食べるかで喧嘩になり、俺たちをそっちのけで戦いはじめた。
「すーーいーーかーー!!」
そのとき、遠くから聞こえる誰かの声。その声は徐々に大きくなりながらこちらへ近づいてくる。どかんどかんと轟音のする方を見れば、森の木々が紙切れのように伐採されながら宙を飛んでいる。
「や、やべえ! 隣山の星熊童子だ!」
「逃げろおお!」
一目散に逃げていく小妖怪たち。今度は何が来るって言うんだ?
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