37話「贖」
「うそ、だよね、えーりん、なんで……」
「あなたの病は私には治せない」
永琳は泣いていた。泣きながら、銃の引き金に手をかける。おそらく、レーザー銃だ。いくら妖怪といえども、頭部を焼き切られれば死ぬ。
「なにをいっているんだ? たすけてくれよ、えーりん」
「あなたの悪夢はあなた自身が生み出したもの。その苦しみを癒す方法は、ただ一つ」
嘘だ。俺は永琳を信じている。永琳ならできるはずなんだ。
「ごめんなさい。これはすべて、私の責任。だから、私が決着をつける。その悪夢を終わらせてあげる。私の手であなたを」
--このクソアマ。
「「殺す!」」
引き金が引かれる寸前、俺は四肢と頭部を甲羅の中へ引っ込めた。
憎い。
殺したい。
もう我慢できない。
狂気を集めろ。
感情が振り切れるまで。
怒り狂え。
『“エラー”が発生しました』
『GEROGEROGERO!』
「アガアアアアアアアッ!」
感覚なんてものに頼るからおかしくなるんだ。すべて怒りに任せてしまえ。憎しみを力に変えろ。愛と正義と友情と裏切りと悪と憎悪だよ。
俺は甲羅から飛び出した。視界を極彩色が埋め尽くす。モザイクだ。世界がモザイクにしか見えない。目の前にある二つの物体。青と赤の色をした棒と、黒色の棒がある。たぶん、永琳は前者だ。俺はすべての殺意をそこへ注いだ。
【xxxxxxxxxx!】
もう、なんて言ってるのかわからねえよ。とにかく殺す。
全身全霊、頭の先から足の先まで、すべての力を拳に集める。間違った。すべての憎しみだ。
思えば、最初から俺はこうしたかったんだ。永琳を見た瞬間から、ずっと殺意を殺していた。この状況はそれを解き放った帰結にすぎない。水が高いところから低いところへ流れるのと同じだ。
ああ、至福のとき。俺は永琳を殺せるんだ。例えるなら、仕事上がりにゆっくり風呂に浸かって、その後冷えたビールを飲み干す感じ。たまらない。このときが来るのをずっと待っていた。俺が殺した初めての人間は……そういえば、さっきの月人だった。俺の童貞は永琳に捧げられなかった。残念だが、しかたがない。許してくれ。
一瞬だ。一瞬で俺の拳は永琳の体を貫くはず。ちんけなシールドなんか目じゃない。さあ、永琳、食らってくれよ。
そして、俺の拳が、永琳の前で、
止まった。
『コノ対象ハ“マスター”登録サレテイマス。攻撃対象ニ指定デキマセン』
『GEROGEROGERO!』
は?
俺は目の前の青と赤の物体に向けて拳を振るう。当たらない。
蹴りならどうだ。当たらない。
なんで。どうして。いみがわからない。ふざけるな。あとちょっとだっただろ。え。まて。おかしい。あんまりだ。
感覚は憎悪でごまかすことによって、待機命令を無視できた。だが、最初から攻撃対象に指定できないって、それじゃあ打つ手がない。
俺の姿は永琳にどう映っている。殺気を放っておきながら、手足をぶんぶん振り回しておかしな動きをするだけの哀れな人形だ。なんてマヌケ。ははは、ははははははははははははははは!!
「う、そ、だ」
『GEROGEROEGRO!』
青と赤の棒と、黒の棒が移動する。すっと滑るように俺の前から離れていく。
「うそだああああああああああ!!」
俺の周りには、いつの間にか、白い棒がたくさん立ち並んでいた。なんだお前ら、今それどころじゃない。永琳を追いかけないと。白い棒は俺の行く手を遮ってくる。へし折る。片っ端から棒をへし折って行く。細切れにして食う。食べる。食する。
うまい。
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