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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

36話「ガール・ミーツ・ガール」

 
 満月の夜が来た。俺は一昨日から一睡もできなかった。だが、絶好調だ。空に浮かぶ丸い月。その光を見るだけで、俺の心は高鳴った。嬉しくて、嬉しくて、思わずジャンプしたくなる。

 「ゆうかりん、行って来る。俺は行くぞ! 永琳に会うんだ!」

 「は、はい……気をつけてくださいね……」

 幽香に見送られて俺は森を飛び出した。蔦のサンダルを踏みしめて、夜の森を駆け抜ける。甲羅を装着し、腰のベルトには短剣と壊れたレーザー銃をねじ込んだ。そして、頭にはベレー帽。装備は完璧だ。
 都の門の前の木陰に隠れる。都はぐるりと塀に囲まれ、出入りのための門が四方に四つある。この囲いそのものが結界になっており、妖怪が侵入するとすぐに陰陽師に発見される。うまくかいくぐるには、小さな妖力しかもたない妖怪であるか、相当うまく妖力を隠し通せる者でなければならない。俺は妖力を隠すのが苦手だ。甲羅に押し込めば結構ごまかせるが、それでも元の妖力が大きすぎるため、すぐにバレてしまう。
 乗り込むタイミングはまだ後だ。今日は都中が月人の襲来に備えて殺気だっている。そのため、月からの使者が来れば、ここにいてもすぐにわかるだろう。本番の前に余計な体力を使いたくはない。月人はあなどれない相手だ。万全の態勢で挑まなければ。
 本当は今すぐ輝夜がいる屋敷に乗り込んで、陣取っていたい。我慢だ。我慢我慢我慢。我慢しろ。
 俺はこれ以上ないくらいに興奮していた。飛び出しそうになる体を何とか理性で押さえつける。徹夜で血走る赤い目で、瞬きもせずに月を見つめ続けた。月人はあそこからくる。一瞬たりとも目は離せない。月がゆっくりと中天にさしかかる。時間の流れが遅すぎる。早く来い! 早く来い!
 そして、そのときは来た。

 「来た……!」

 月の光の中に点が見えた。その点はだんだんと大きくなる。俺は笑顔になった。だめだ、もう笑顔にしかなれない。ようやくだ。ようやく、永琳に会える。俺の悪夢が終わる!
 俺は理性の縛りをかなぐり捨てる。頭で考えるよりも早く、体が動いていた。都の塀を飛び越えて、家々の屋根の上を走り抜ける。俺の甲羅の重量はとんでもない。そんな体重の俺が藁でできた家屋の屋根の上に飛び乗れば、すぐに陥没して落ちてしまう。だが、俺は踏み出した足が沈み込むよりも速く反対の足を踏み出して先に進んだ。水面に荒波を立てるかのように屋根を破壊しながら走り抜ける。
 俺は一直線に輝夜の屋敷へ駆けつけた。屋敷の前に降り立つと、警護の兵士たちが一斉にこちらに振り向く。

 「いーっひひひっひふへはほあほあほあひゃああっはふあああ!」

 笑い声を抑えきれない。もっと静かに登場する予定だったのに。

 「よ、妖怪だ! 妖怪が出たぞ!」

 「よりにもよって、こんなときに……!」

 「しかも、この妖気、ただものではないぞ!」

 兵士たちが刀を抜いて俺を包囲する。俺は妖力を活性化させて、体から瘴気を噴き出した。その禍々しさに恐れをなしたのか、構えるばかりで斬りかかっては来ない。
 そうするうちに、天からの使者の全容が見えた。形式ばったことに、空飛ぶ巨大な牛車での登場だ。その牛車から、癇に障る力があふれ出た。電磁波だ。その波長に触れた者は、事切れたように眠りに落ちる。警護の兵士たちは全員、一瞬にして無力化されてしまった。
 俺も眠くなった。強烈な催眠電波によって、思考がシャットアウトされそうになる。発狂電波の次は催眠電波かよ。月の宇宙人は、つくづく毒電波攻撃が好きな連中だ。
 俺は妖力をさらに活性化させた。“眠気”を“狂気”で押さえつける。さらに、腰から短剣を抜き、自分の腕に根元まで突き刺す。妖怪の体は頑丈だ。このくらいで死にはしない。痛みで眠気を吹き飛ばした。
 すぐさま輝夜の屋敷に乗り込む。縁側には、輝夜とその隣に立つ、え、ええ、え、

 「えーりん」

 永琳がこちらを見た。きょとんとした表情で、俺の顔を見つめる。そして、その表情は次第に驚愕の色に染まっていく。
 俺の顔はそれに合わせて、どんどん笑顔になった。たぶん、ひきつってうまく笑えていないと思うけど、笑顔だ。歓喜した。永琳は俺のことを覚えている。億年経った今でも、俺のことを覚えていてくれた!
 この感情をどう表現すればいいのかわからない。俺の全身の細胞が湧きたち、震えている。そう、これは神と対峙した信者のよう。永琳は俺を悪夢から解放してくれる神なのだ。

 「あ、ああ、えり、た、け」

 声がうまく出せない。ほら、早く言わないと。
 俺は一歩一歩かみしめるように前へ進み出た。永琳はなぜか、それに合わせて後ろに下がる。逃げなくていい。俺はお前と話がしたいだけなんだ。
 だが、俺の前に何かが立ち塞がった。永琳が見えないじゃないか。邪魔だ。消えろ。

 「-----!」

 血しぶきが舞う。なんか邪魔な物があると思ったら、人間だった。月人だ。俺があんなに恐れていた月人。それが俺の腕の一払いで肉塊になった。結局、こんなものなのか。がっかりしたよ。何のために強くなろうとしたのかわからない。でも、いいんだ。永琳に会えたんだから、すべてはどうでもいいことだ。

 「えーりん、俺だよ。覚えてるんだろ?」

 「いや、来ないで」

 永琳の声だ! 永琳は幼かったあのころと比べて、随分と大人っぽく成長していた。永琳が綺麗に育ってくれて俺もうれしい。

 「ほら、見てくれ。お前が俺に植え付けた地獄だ」

 俺はベレー帽を取り、ウサ耳を見せる。永琳の顔が青くなった。永琳はきっと、俺にこんな物を取り付けたことを後悔しているんだ。だから、頼めばきっとはずしてくれるはず。俺の狂気びょうきをきれいさっぱり治してくれるに違いない。
 俺は永琳を怖がらせないように、エガオを心がけながら、ゆっくりゆっくりと近づいて行く。

 「ひぃ……来ないでって言ってるでしょ!?」

 『命令認識。待機シマス』

 俺の頭の中に声が響いた。その途端、俺の足が動かなくなる。あれ? おかしいな。これじゃ、永琳のところに行けない。永琳が何かしたのか? 永琳の奴、きっと照れてるんだ。だから、俺にいじわるするんだ。
 俺は脳内に直接下される命令を無視して、足を踏み出す。

 『“エラー”ガ発生シマシタ』

 まだ命令は有効なのか、俺の足は棒のように固まって動かない。でも、無視した。コンクリートで固められたみたいに動かしにくい足を前に踏み出す。一歩あるくだけで、プレス機で脚を粉砕されているような感覚が走る。でも、気にしない。ぎこちなくだが、前に進む。そのうち脚の感覚がなくなってしまった。しかたがないので、四つん這いになって、前に進む。

 「……永琳、これはどういうことなの? この妖怪は何? なぜ、あなたはそんなに怯えているの?」

 「ち、違うの! 私は悪くない……! 私は輝夜のことを思って、だからそんなつもりはなかったの……!」

 もう、腕の感覚もなくなった。匍匐前進もできない。腹ばいの格好で寝そべったまま、首を動かして何とか前に進めないか試してみたが、ダメだ。口の中に土が入るばかりで、進めやしない。

 「えーりん、もういじわるはよしてくれよ。たすけてくれよ。たすけて、えーりん」

 「やめて……もうやめて……」

 大丈夫、俺は永琳を信じている。永琳ならできる。もう俺は、怒ってないんだ。だから、はやく、はやくはやく、はやくしてくれ。そうしないと、もうおさえきれそうにない。いまのうちに、おれがじっとしているうちに……はやく。

 「まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかったわ。ちょっとしたサプライズになれば、くらいのつもりだったんだけど……永琳、しっかりしなさい。まあ、玉兎が地上にいるのはびっくりしたけど、たかが妖怪一匹程度に怖がりすぎよ。それに勝手に自滅してるじゃない」

 「……」

 「まったく、しょうがないわね。私たちは、こんなことに時間を取っていられないのよ。さっさとここから逃げないと……永琳?」

 「……」

 どうしたんだ? 俺は気になって首を動かした。永琳の方を見上げる。
 永琳は俺に向けて、銃を構えていた。
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