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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

34話「自傷行為」

 
 「葉裏さんのそのウサギさんの耳って、かわいいですね」

 「ああん!?」

 「ひうっ! ご、ごめんなさい!」

 いかん、つい殺気を放ってしまった。このウサ耳のせいでこっちは毎秒頭の狂う思いをしているのだ。褒められてもうれしくない。
 あれから俺たちは森の中をうろうろしながら気ままに生活を送っていた。元いた花畑は陰陽師が来て結界を張ってしまったのだ。別に簡単にぶっ壊せるのだが、この大事な時期に人との間に問題を起こしたくない。わざわざ自分から厄介事の種をまく必要はないだろう。
 幽香は自分の花畑がめちゃくちゃにされてしまったわけだが、意外と気にしていないようだ。また別の場所に作るつもりだと言う。俺の背中の木が、この地に恵みを与えていたようで、その木がなくなった結果、ここは元の痩せた土地にもどりそうだと言っていた。しばらくは、俺と一緒にここにとどまるが、いつかここから離れて畑に向いた土地を探すそうだ。ふらふらと森の中を歩き回る俺の後ろを、いつも雛鳥のようについてくる。

 「はっ! そうだ! ゆうかりん、俺のウサ耳をつかんでくれ!」

 そういえば、まだ一つ可能性を残していた。俺はウサ耳インターフェースから直接脳に下されるプログラムによって、自分でこのウサ耳をはずすような行動を取ることができない。
 しかし、他人である幽香になら俺のにっくきウサ耳をぶち抜いてくれるかもしれん!

 「えっと、これでいいですか?」

 「もっと強くにぎって!」

 俺はあれから毎晩、悪夢にうなされながら眠っている。いつのまにか、気がつけばウサ耳を触るくせがついていた。いつもいつもウサ耳を揉みまくっているうちに、耳はよれよれになり、もはやウサ耳なのかなんなのかわからない形になっている。
 さらに最悪なことに、俺のケツにはウサギの尻尾までついていた。これは、短パンの中に隠している。これもインターフェースの一部なのだろうか。

 「いいか、いちにのさんで、思いっきり引っ張ってくれ!」

 「ええ!? そ、そんなことしたら痛くないですか?」

 「痛くてもいいんだ! 手加減なんかせずに引っこ抜け!」

 「ほ、ほんとにいいんですね?」

 「ああ、やってくれ。……中途半端に力を入れるのだけはやめてくれよ。ひとおもいにブチッとやれよ!?」

 「わかりましたっ!」

 俺は腰をかがめ頭を突きだし、幽香は俺の耳を両手でつかんでいる。緊張の一瞬。なんか、失敗する雰囲気がバリバリ出てるが、俺はやる。やってやんよ!

 「いち、にの……さん!」

 「えいっ!」

 その瞬間、俺の脳内がショートする。原色ギトギトの極彩色が視界を埋め尽くし、世界がぐにゃぐにゃと秩序を失くした。

 『へでゅあべおQVBRYくぉWX2べBbあRばせおしずびいいいいいいい!!』

 これは、シャンパンボトルのコルクだ。ウサ耳はコルク栓。抜けば、頭蓋ボトルからサケがしぶきを上げて噴き出してしまう。受け止めるグラスなんてない。俺の能天気な自我が、外気に触れて劣化してしまう。

 【DAいじょブデSUKあ!? シッカRISIてくダさい!】

 俺は頭を押さえてうずくまる。頭頂部にはウサ耳がある。抜けなかったようだ。抜けていたら、俺は死んでいただろう。やっぱり、力技でこいつをどうにかするのは無理なようだ。

 * * *

 月人は強い。
 その科学技術は俺の前世とは比べものにならないほど進んでいる。一億年前で、それだけの技術をもっていたのだ。月人も文明が地上と異なる発展を遂げたのなら、今頃月にどんな世界が広がっているのか想像もつかない。
 俺はたまに人間のもとへ近づいた。情報収集するためだ。都に近づくと陰陽師に妖力を察知されるので、姿を隠しながら森に面した道の近くに潜み、通りかかる人間の話を盗み聞く。それによると、かぐや姫は次の満月の夜に、月からの迎えが来て、月の世界へ帰ってしまうのだという。それを知った帝が、かぐや姫の月への帰還を阻止すべく、兵を集めているようだ。
 このあたりは、俺の知っている昔話と内容が一致する。次の満月、それは永琳が地上へ来る日だ。つまり、永琳は輝夜を月へ連れ戻すためにここへ来るということなのだろう。竹取物語では、人間は月人の力の前に無力化される。それを可能にする技術があるのだ。
 その月人に、俺は一匹で立ち向かわなければならない。普通に考えれば、無謀である。だが、やらなければならない。なんとしてでも永琳との接触を果たさなければならないのだ。
 そのためには、力が要る。月人に対抗するだけの戦闘力が要る。

 「ふぅ、せいっ!」

 俺は妖力弾の練習をした。妖力の量は無尽蔵だ。一日中、全開でぶっ放しても妖力切れは起きないだろう。
 だが、これだけではだめだ。威力が弱すぎる。何発撃てようが、一発にこめられる威力には限界がある。これでは月人のシールドに阻まれてしまうだろう。
 妖力弾はあくまで補助的に使うことになる。やはり、肉弾戦を主体に考えるべきだ。妖力の増加に伴って、筋力も増した。素手で岩を砕くことなど造作もない。当たればいかに月人といえども、致命傷は避けられない。当たれば、の話だが。
 そこで、俺が考えついたのは、かつてロバートに教わった月のウサギの武術『玉兎三技』を使えないかという案だった。

 「……」

 まずは精神を集中し、妖力の動きに意識を向ける。
 “フォースの循環”が可能となれば、爆発的な効率をもったエネルギーの運用ができる。三技のすべてをこの短期間で習得することはできないだろうが、その運用法だけでも使えるようになれば多少は使えるようになるはずだ。
 フォースとは、すなわち妖力。それを体内で回転させる。かつての俺は、ロバートに教えられてもこの技を身につけることができなかった。体の中の妖力は緩やかに対流するばかりで、エネルギーからエネルギーを生み出すことなど不可能だと思っていた。
 だが、その考えは誤りだ。“フォースの循環”とは、言いかえれば、妖力の活性化現象。つまり、妖力は通常ではそのエネルギーを完全に使用可能な状態になっていないのだ。いや、妖怪はあえて活性化を無意識のうちに封じ込めている。そうしなければ、開放された力に精神を壊されてしまうからだ。

 「ぐ、おおお……!」

 月のウサギは活性化に伴う精神への影響に耐性があった。だから、少ない妖力でもそれを何倍にも増幅させ、使用することができる。
 俺が妖力を活性化できない理由は簡単だ。ビビっている。妖力のプールで水遊びする程度の度胸しかないから使えない。本気で活性化しようと望むなら、そのストッパーをはずさなければいけない。水槽は肉体。水は妖力。回転の力は妖力を回す。水槽の外にこぼれるくらいの勢いで臓物をかき回さなければならない。そうでなければ、体外に自分の妖力を実体化させ、自在に形成させることなどできるはずがない。それはつまり、自分という殻を自ら破壊する行為だ。精神の崩壊と循環のエネルギーとの狭間で、己を律することができる者のみが、この力を得ることができる。
 妖力弾はただの妖力の排出行為でしかない。おしっこをひっかけるのと一緒だ。膀胱に尿が溜まっていれば、猿でもできる。それと異なり、妖力の活性化は内面から精神を破壊する。その結果、自己意識の破壊によって、自分という存在の定義があいまいになる。そこをうまく利用し、自己の定義を拡大解釈するのだ。それによって、肉体という縛りを超えて、体外に自己の妖力の影響を及ぼすことができる。妖力で肉体が形成されている部分が大きい妖怪という種族だからこそできる、規格外の荒技だ。
 こうして改めて原理を考えてみると、どうあがいてもできそうにない。だが、俺は幸か不幸か、いや、不幸にも妖力過活性化電磁波を思い出すのも億劫になるほどの長期にわたって浴び続けた。そのせいで、活性化が精神に及ぼす影響を、嫌というほど味わっている。
 あとは、自己意識の破壊に慣れ、存在の拡大解釈ができるようになれば、活性化の力を自分のものにすることができる。
 俺はそれから毎日、狂気と闘いながら瞑想を繰り返した。

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