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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

32話「瞬間享楽」

 
 俺は来た道を引き返し、森の木々に身を隠しながら走る。ここまで追いかけてきた妖怪退治人も、森の中までは追ってこれなかったようだ。
 空気がすがすがしい。晴々とした思いだ。輝夜が生きていた。そして、永琳が生きていたのだ。俺の不安定だった憎悪が再び燃え盛る。これで狂気を抑え込むことができる。憎悪という感情で狂気を塗りつぶせば、一応の正気を維持できる。それは、自分の中に封じこんだバケモノを鎖でつないだ紙一重の状態。狂気という犬を憎悪の鎖につなぐのだ。
 表面上は俺の人格が、なんとか性格を形成しているが、一歩内面に踏み込めばズタボロの精神が顔を出す。傷は膿み、腐り、いつまで経っても治らない。俺の頭の中の犬が暴れるからだ。だが、こいつを保健所にブチ込む算段がようやくついた。永琳が生きていた。この狂気もようやく終わる。

 「はやくしてくれええ! えーりん! えーりん!」

 俺は輝夜に永琳の生死について聞くつもりだった。俺の思った通りだ。月に行った人間のテクノロジーは常軌を逸していた。たぶん、寿命をながーく延ばす技術によって、永琳はまだ生きているのだ。輝夜は、そうだな……死体を冷凍保存して、あとはオーバーテクノロジーで生き返らせたとか、そんなところだろう。いや、輝夜のことなんてどうでもいい。とにかくえーりん! さらに輝夜は親切にも永琳が次の満月の夜に地上にやってくることを教えてくれたのだ。
 俺は走る。頭頂部にくっついたウサギの耳を両手で引っ張りながら走る。次の満月まであと何日だ。もう一分も待てない。永琳、早く来てくれ。よぼよぼのおばあちゃんになっていてもいい。お前が生きていてくれれば俺は救われるんだ。
 本当は殺してやりたい。八つ裂きにしてハラワタを引きずり出して、痛みに苦しむ様を見ながら少しずつ腸を食うんだ。名付けて内臓ポッキーゲーム。大腸と小腸は長いからならな。ちょっと時間がかかるかもしれないが、その待ち時間さえ愛おしい。そして、ついに十二指腸にたどりつき、俺は永琳の血まみれのおなかに顔をうずめながら濃厚なキスをするのだ!

 「だめだああああ! それじゃ、えーりん死んじゃうよおおおお!?」

 永琳を殺したら俺の狂気は治らない。他の月人間にも治せるかもしれないが、もし永琳にしか治せなかったらどうするんだ! だいたい、このウサ耳をはずす手術を永琳以外のだれに任せられる? 見ず知らずの他人に「ちょっとウサ耳はずしてください」なんて頼めるか? 手術中に麻酔をかけられている間に変なことされるに決まってる。

 「え、でもさ、永琳だって俺に変なことするかもしれないよ」

 しえねえよ! 永琳はそんなことしねえ! 俺は永琳のことを信じてんだよ!

 「絶対するって。俺が手術台に寝そべってる間に俺のあたまんなかもっとグチャグチャにされるぜ」

 だめだ。不安になってきた。
 このウサ耳、自分ではずせないかな。案外、ひっぱったらスポンって取れたりするんじゃね? やってみよう。

 『コノ行動ハ許可サレテイマセン』

 なんか頭の中に声が響いた。この行動は許可されていません、だと? 腕に力が入らず、それ以上ウサ耳を引っ張ることができない。つまり、俺は自分でウサ耳をはずすような行動をとることができない。

 「なんでだああああああああ!? ちくしょおおおお! えーりんのやろう絶対許さん! 絶対許さん! ゆるさなえ♪」

 どうすればいいんだ。どんどん不安になってきた。
 あの輝夜って俺が知っている輝夜だったのだろうか。もしかしたら、そっくりさんで全くの別人だったらどうする。そうだ、クローン人間とか。あれ、クローン輝夜だったらどうよ。ヤバイ、この仮説はテクノロジー的に達成難易度が低い。月の世界には輝夜MKⅡとかMKⅢとかいっぱいいるんじゃないか? だったら、永琳MKⅡとか永琳MKⅢもいるはずだ。

 「うへへ、えーりんがいっぱい、殺しほうだいだー! って、そんなこと言ってる場合違う!」

 GEROGEROGERO!

 あいつらの声が聞こえてきた。まずいな。ちょっと興奮しすぎた。落ちつかないと、狂気が暴れ出してしまう。なんだこの厨二設定。
 とにかく、まずは永琳本人に会ってみないと。話はそこからだ。俺なら本物の永琳を見分けられる。そして、永琳に交渉して俺のウサ耳をとってもらう。
 ソシテ、コトワラレタラ、コロソウ。

 * * *

 追手を振りきったので、俺はゆっくりと森を歩く。途中、見つけた小川で体を洗い、土を落とした。春の川の水は冷たい。甲羅は断熱効果があるのか、中身はあったかいのだが、むき出しの手足が寒い。一応、服は着ていた。モニカに作ってもらったゴワゴワのベストと短パンだ。どちらも袖と裾がないので、やっぱり寒い。それにしても、この服、丈夫だな。あれから一億年も経ったのに。もはや俺の体の一部と化しているようだ。
 とりあえず、俺は元いた花畑にもどって来た。そこに花の妖怪もいた。

 「あっ! 木さん!」

 俺の背中から生えていた木が倒れている。その上に腰をおろしていた花妖怪がこちらに駆け寄って来た。
 さて、こいつには何と説明しようか。念話を使うようになってからは、ちょくちょく話をしていたのだが、まだ俺の身の上話については何も教えていない。

 「大丈夫でしたか? 怪我はありませんか?」

 「大丈夫だ、問題ない」

 馬鹿正直に本当のことを話しても、信じてもらえないだろう。こちらもあのときのことは口にしたくない。適当にごまかすか。だが、その前に言っておかないといけないことがある。

 「あと、俺は木さんではない」

 「え? だって自分のこと木さんって呼べって……」

 「あれは嘘だ」

 「ええええ!?」

 「俺の名前は葉裏。カメの妖怪だ」

 花の妖怪は、俺のことを本当に木さんだと思っていたようだ。木って、お前、普通おかしいと思わないか。かなり純粋な奴みたいだ。

 「お前の名前も教えてくれないか?」

 「あ、はいっ! 私は風見幽香です。花の妖怪です!」

 こうして、俺たちは出会って数十年目にして、ようやくお互いの自己紹介を済ませたのであった。

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