30話「希望の光」
春になったら来ると言っていたが、約束通り、また人間がここへ来た。
最近は俺の考えを受け入れ始めたのか、花の妖怪は人間との接触を拒むようになった。まだこちらからけしかけるほどの度胸はないが、後は本人の成長次第だろう。
冬の間は草木が育たないので人間側との関わりは薄かったが、春になって啓蟄がごとく人間も活動を始めたようだ。
「木さん! 木さん!」
こいつは何を言ってるんだ? 奇声の練習か?
「木さん! 返事をしてください!」
『ああ、そうか。木さんって俺のことか』
そういえばちゃんとした名前を教えてなかった。まあ、別に困らないので今のままでいいか。俺もこの妖怪の名前知らないし。
「この森に人間たちが入ってくるのを見ました! この花畑の方向に向かって来ています。私、どうすればいいのか……」
『普通に追い払えよ』
「それができたら苦労しません!」
元気に断言するな。彼女は人型の姿をとれるだけあって、相応の妖力をもっているはずなんだが。
ほどなくしてやって来た人間たちは団体と言っていいくらいの数がいた。警備の兵のような格好の奴らが多い。その中に、冬に一度ここへやってきた人間もいた。そいつらがこの団体の道案内をしたようだ。
「ここが噂の妖怪が棲む地か」
「へい、そうでございあす」
一人だけ、馬に乗っている人間がいる。そいつだけは着物の質が他とは違って豪華だった。この中で一番偉い奴なのだろう。
ただ豪華とは言ってもちょっと色がついた程度の着物だ。花妖怪の話を聞くうちに前から気になっていたのだが、どうもこの時代の人間たちの文明レベルは低すぎる。俺が眠りにつく以前の地上の人間の文化はもっと発展していた。あれからとてつもない年月が経ったのだから、今頃はSF映画のようなスーパー未来都市があふれかえっていてもおかしくない。もしかして、それこそSF映画のように地球の文明は一度滅亡して、再び人間の発展が起き始めているということなのか。
「おほん! 我は藤原不比等様の使者である。お前が都で噂になっておる花の妖怪で相違ないか?」
「は、はいっ!」
「聞けばおぬし、妖怪でありながら人に施しを与えるとか。なにを企んでおるのか知らぬが、ちょうどよい。我が主が求める品、“蓬莱の玉の枝”を差し出せ。さすれば、今日のところは見逃してしんぜよう」
「ほうらいのたまのえ? なんですかそれ?」
「隠しだてしても無駄であるぞ! 早く渡すのだ!」
まったく滅茶苦茶なこと言いやがる。花妖怪は本当にそれが何なのかわからないと言っているのだが、偉そうな人間は一向に詳細を説明しようとしない。ただ差し出せと迫るばかりだ。
「ここには陰陽師も連れてきておる。嘘をつけばお前など一ひねりだぞ?」
「ほ、本当に知らないんですよう!」
なんか厚ぼったい服を着た連中が札をかざしながら前に出てくる。札からは嫌な気配がした。妖怪とは相いれない代物だということはすぐにわかる。妖力とは異なる、別の力が宿っている。あれはなんなのだろうか。
花妖怪もその札の力に気押されているようだ。泣きべそをかいて知らないと連呼する。その様子を見た人間は、陰陽師たちを下げさせた。
「浅ましき妖怪よ。すでに調べはついておるのだ。そこに生えている木こそ、“蓬莱の玉の枝”のなる木であろう!」
そう言って人間が俺を指差す。いや、違うし。俺はそんなわけのわからん名前はしていない。
「その木を切り倒させてもらうぞ」
「だめです! この木さんはこの土地に恵みをもたらす大切な木なんです!」
「そのようなこと、陰陽師の占いには出ておらぬ。おとなしく譲渡せば、お前の命は助けてやってもよいのだぞ?」
花妖怪は怯えていたが、俺の幹にしがみついて一歩も引かなかった。斧を持った人間たちが近づいてきても、頑として動かない。
「ええい、そこをどけ! これは藤原不比等様よりたまわった命であるぞ! それに逆らうとは、なんと不届きな妖怪よ」
「どうして木さんを切り倒さなくちゃならないんですか!? 納得がいきません!?」
「我が主はかぐや姫様への求婚の約束として、“蓬莱の玉の枝”を差し上げることを誓われたのだ! 期限はもう間もない。なんとしてでも用意せねばならんのだ!」
勝手な言い分だな。しかし、かぐや姫か。月で会ったあいつの名前を思い出す。
俺は永琳のことは憎んでいるが、あいつのことは好きでも嫌いでもない。仮にあいつが生きていたとしても、ただの人間とただの妖怪というだけの関係でしかなかっただろう。
かぐや姫への求婚……たしか、高校のとき古典で竹取物語を読んだな。もうほとんど覚えていないが、そんな内容の話があったはず。五人の貴族がかぐや姫に求婚したが、その課題として伝説上の宝物を持ってこいとパシられる。火ネズミのなんとかとか、仏のあれとか、もう思い出せん。その中に“蓬莱の玉の枝”もあったはずだ。当然、貴族たちは本物を用意できずに贋作を持って来てごまかそうとするが、すべて見抜かれてしまうという話だったと思う。
と、いうことは、今は前世の世界でいう平安時代に当たるのか? そもそも竹取物語なんておとぎ話だ。ただ、ここは妖怪が実在する世界である。かぐや姫みたいに月からやってきた宇宙人の話が本当だったとしても、今さら驚かな……
まて、月から来た、だと?
「その木から離れるのだ! お前も一緒に切り倒されたいか!」
「嫌です! どっちも嫌ですう!」
「しかたない、陰陽師たちよ、この妖怪を始末……っ!? な、なんだこの揺れは!?」
かぐや姫は竹から生まれ、絶世の美女へと成長する。様々な男性から求婚を受けるが、それをすべて断る。なぜなら、彼女は月の世界の人間であり、月へ帰らなければならないさだめにあるからだ。
これははたして偶然の一致か? 確かに俺はあのとき、輝夜が死ぬところを見た。だったら、ここで話題に上がっているかぐや姫はまったくの別人なのか? そうだとしても、月の世界となんらかの関係をもつ人物なのかもしれない。そいつとコンタクトがとれれば、俺に植え付けられた狂気を取り除く方法がわかるかもしれない。
そして、もしもかぐや姫が輝夜本人だったとすれば、彼女は死んでおらず、億もの年月を生きたことになる。つまり、永琳も生きている可能性がある……!
「なんだ、何が起こっているのだ!」
「ひええええっ!」
ああ! もう考えてもわからねえ! 自分の目で確かめなければ!
俺は、全身の力を振り絞って体を起こす。巨木の根の下に封じられた甲羅から手足を伸ばし、思いっきり地面を突き飛ばした。
轟音とともに体が軽くなる。俺の甲羅から生えていた木がへし折れて倒れたのだ。土の中から這い出た俺は、甲羅に絡みつく根っこを引っこ抜く。
久しぶりの外気だ。そこには、あごが外れそうなくらい驚愕した表情の人間たちと、花の妖怪がいた。まあ、気持ちはわかるが、今はそれどころじゃない。かぐや姫のことだ。
「…アア……ウガ…ヒィ!」
くそ、喉が詰まって声が出せん。俺は息を思いっきり吸い込むと、喉の調子を整えるために叫び声をあげる。
「……ガァァァァアアアアアアアッ!」
痰が取れた。よし、これでたぶん普通に喋れる。
だが、人間たちに俺の叫び声は刺激が強すぎたようだ。得体のしれない妖怪の絶叫を聞いて恐れをなしたのか、我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
残ったのは、俺と花の妖怪と、腰を抜かした偉そうな使者を名乗る人間一人である。一人いれば十分だ。俺は人間の方へ近づいて行く。
「ひいっ!? だ、だれかおらんのか! 陰陽師はどうした!? はやくこの妖怪を退治しろ!」
「妖怪としてここまで恐怖してもらえることは実に気分がいいのだが、俺はただ話を聞きたいだけだ。かぐや姫はどこにいる?」
「な、なんだと!? なぜそのようなことを聞く!?」
「お前は聞かれたことに答えりゃいいんだ。かぐや姫は、どこにいる!」
俺は人間の着物をつかんで、怒鳴りつけながら揺さぶる。人間は目を白黒させて慌てている。あんまりやると気絶しそうだな。もどかしい。
「み、都だ!」
「詳しい場所は!?」
「口では説明できん!」
めんどくせえ。俺はひょいと人間を肩の上に担ぎあげる。
「な、なにをする!」
「お前は道案内人兼人質だ。かぐや姫がいるところまで案内してもらうぞ」
「そんな!」
こいつが身分の高い奴なら人質の価値があるのだろうが、使者だからな。どれくらい牽制効果があるかわからない。まあ、そんときは力技で押し通るしかない。
「あ、あの、木さん!」
俺が人間の都まで駆け出そうとすると、後ろから声をかけられた。花の妖怪だ。俺のことを心配そうな表情で見てくる。
「あとで事情を話す。お前は人間に見つからないように隠れていろ」
俺は花妖怪を無視して、背中の人間の絶叫を森に響かせながら韋駄天のごとく走りだした。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。