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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

29話「お話しよう」

 
 「おい、花妖怪! 言っておいた薬草はちゃんと用意したんだろうな?」

 「は、はい! 今もってきます!」

 ある日、人間たちが俺たちの花畑に来た。小汚い着物を来た山賊のような連中だ。俺の世話を焼いてくれている花の妖怪は、以前に頼まれていたのであろう薬草をもっていく。

 「なんだこれだけか? もっとねえのかよ!」

 「も、もうありません……」

 季節は冬。木々は葉を落とし、雪化粧をしている。緑など生えているはずもない。彼女がもっていた薬草は、夏のうちに乾燥させて保存していたものだった。

 「ちっ! これだけじゃ全然足りねえ。お前、妖怪なんだろ? なんとかしろよ」

 「そんなの無理です」

 「使えん奴だ。あのなあ、お前みたいな弱小妖怪いつでも退治できるんだぞ? もっと人間様に誠意をもってだな……」

 「アニキ! こっちになんか草っぽいのが生えてますぜ!」

 人間の一人が花畑の雪をかき分けて、新芽を探す。春夏とにぎわいを見せたこの花畑も雪が積もり、さびしいものだった。ただ、地中には種が埋められている。春になればまた元気に育ち、美しい花を咲かせるだろう。その前に摘み取られなければの話だが。

 「そ、それは薬草ではありません! 採らないでください!」

 「まあ、薬草なんて誰も見分けつかないだろ。余計な草で水増しして売りつければ、なんとかなるか。よし、全部採っちまえ」

 「やめてください! ひどいことしないでくさい!」

 「うるせえ! お前は黙ってろ!」

 人間の一味の親玉らしき者が花の妖怪を蹴りつける。彼女は身を丸めて防御するだけで、反撃しようとはしなかった。そのうちに、手下の人間たちが花畑の芽を摘み取ってしまう。新雪の白い絨毯が敷かれていた畑は、人間たちに踏み荒らされて見るも無残なものだった。

 「春になったらまた来るぜ」

 人間たちは好き勝手をはたらくと、足早に引き返していった。起き上がった妖怪は、体についた雪をはらいおとす。そして、自分が丹精込めて育ててきた畑の惨状を見て、目に涙を浮かべた。

 「うぐっ、ひぐっ、なんでこんなことするのぉ……!」

 彼女は俺のもとへとやってくる。その根元でうずくまって泣き続けた。人間がここまで来たのは初めてだ。この場所は知られていなかったはずだが、いつの間にか彼女はあとをつけられていたのかもしれない。
 腹が立った。俺は今まで一度も彼女と口を聞いたことがない。彼女は最初から俺のことを言葉が話せないものと思っているようだ。俺も最初は彼女のことを無視していたから、話しかけるタイミングを逃したということもあって、これまで何も言わなかった。だが、今日ばかりは腹にすえかねる。

 『おい』

 「っ!? だ、だれ?」

 『俺は木だよ。木さんとでも呼べ』

 「もしかして、あなたなの!? お話しできるのね!」

 彼女はまだ泣きっ面だが、嬉しそうな笑顔になる。そんな顔してる場合じゃないだろう。

 『お前は馬鹿か』

 「へ?」

 『なんで人間にやり返さない』

 なによりもイラつくのは、こいつの態度だ。さっききた人間連中に言うことは、特にない。人間が妖怪を敵視することは当然だからだ。あいつらがやったことは間違ってない。問題はこいつにある。

 『妖怪は人間を襲うものだ。人間は妖怪を恐れるもの。それが俺たちの存在意義だろう。なのに、お前は人間を恐れている。ちゃんちゃらおかしいぜ』

 「で、でも、私、みんなと仲良くしたいんです。最初から理由もなく闘おうとするなんて、おかしいと思いませんか?」

 『お前の頭の方がおかしい。俺たちは理由なく人間を襲う。それが妖怪ってもんだろう。前提が間違ってるんだよ』

 「確かに、そうかもしれません。でも、私、思うんです。お花を見ると幸せな気持ちになりませんか? 生きていける元気をもらえると思いませんか? そんな気持ちにさせてくれる花たちは、すばらしいものだと思うんです。私は花畑を作って、いろんな人にこの気持ちを伝えたい。だから、人間さんとも仲良くしたいんです」

 『くだらーん』

 一言で切り捨てられた花の妖怪は、しゅんと背中を丸めて見るからに落ち込んだ。花なんてただの花だろう。それを見てどんな気分になるかなんて、見た本人の主観次第だ。それで、幸せになれるかなんてわからない。

 「なれますよ! 幸せになれます!」

 『それはお前のエゴだ。そんな押しつけがましい幸せなんて、俺だったら願い下げだね』

 泣きやんでいた彼女の目に、また涙が浮かんできた。

 「でも、私はっ、お花が好きなんですっ! そんなこと言われたって、諦めきれませんよお……!」

 『だったら、お前は考えを改めるべきだ。他人のためになにかしようだなんて思うな。お前は、お前のために花畑を作れ』

 「え……?」

 『妖怪がなんで人様に気を遣ってやらなきゃなんねえんだ? やりたいことがあるんなら、自分のためにやれよ。そんで、それを邪魔する奴は片っ端から排除しろ』

 他人のためにやることなんて、あとでいくらでも言い訳がきく。自分のためにやらないことは、いつまで経っても報われない。むしろ、彼女はその“幸せ”を押し付けるべきだ。妖怪は理不尽の象徴。それが妖怪らしいってものだ。

 『だが、そのためには力がいる。力がないと何もできない。何も守れない』

 「私にそんな力なんてありません……」

 『だったら、一生人間にこき使われる生活を送るだけだ。花畑も諦めろ』

 「……」

 彼女は黙り込んでしまった。これで何かが変わればいいが。
 柄にもなく説教垂れてしまった。俺が言える筋じゃないのにな。

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