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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

25話「運命の出会い」

 
 ぼんやりと意識が浮上する。ここはどこだ。俺は確か、人間に捕まった。俺は死んだのか。いや、まだ死んではいない。俺は俺自身の命を感じる。ゆっくりと目を開けると、万華鏡のように回る視界が焦点を結び始めた。

 「あら、お目覚めのようね、妖怪さん。ああ、月の妖怪は言葉が通じないのだったわね。でも、そんなことは些細な問題だわ。人間に捕まった気分はどうかしら?」

 目の前にいるのは、小さな女の子だった。輝夜と同じくらいの歳だろうか。それにしては小賢しい雰囲気がぷんぷんしている。その少女は赤と青の二つの色をした変わった服装だった。

 「月の妖怪はウサギとカエルだけだと思っていたけど、あなたみたいな新種もいたのね。解剖して調べるのが楽しみだわ。ギリギリ死なない程度で許してあげるから安心してね」

 「うるせえ、全部聞こえてんだよ」

 俺の体はかたいベッドに固定されていた。それも当然か。これは手術台だ。甲羅は脱がされ、部屋の隅に置かれている。手足は四方に伸ばされ、頑丈な金具で固定されていた。俺が本気を出せばこれくらい壊せないはずはないんだが、どうにも力が入らない。何をしやがった。

 「あら、あなた私たちの言葉がわかるの? 興味深いわね。あと、あなたの体に特性の痺れ薬を打っておいたから。5時間は効果が続くと思うわ」

 「そいつはご丁寧にどーも。だが、そんなこと言われたからって、諦めきれるかよッ!」

 俺は力の限り手足を踏ん張った。奥歯がつぶれるくらい食いしばって力を込める。だが、いけるかと思った瞬間、しゃれにならない電流が俺の体を通って行く。

 「あびゃびゃびゃびゃああああ!!」

 「あははは、言い忘れてたけど、無理に動こうとすると枷から高圧電流が流れるようになてるから」

 「ごおお……オーマイガッ!」

 なんてこったい、万事休す。こいつは俺をどうする気なんだ。実験のモルモット? 冗談じゃない。そんなことをさせるくらいならひと思いに殺された方がましだ。

 「ねえ、助けてほしい?」

 「ほしいです! まじで!」

 「うふふ、ダメよ」

 このクソガキが。手足が自由なら泣いて謝らせるところだ。だが、それよりも俺はこいつの醸し出す空気が気に入らない。ただならない負の感情が見える。とうてい子ども一人が抱えるには重すぎる闇。

 「……お前は何者だ?」

 「自己紹介が遅れたわね。私は、そう……八意永琳とでも呼んでちょうだい」

 「えーりん?」

 その名前には聞きおぼえがあった。輝夜が言っていた友達だ。確か、輝夜の一番の友達の名前だったはず。

 「お前がえーりんなのか? ほんとに?」

 「そうよ。どうしてそんな反応をするのかしら?」

 「はあ、輝夜の友達って聞いてたからどんな人間なのかと思ったら、とんでもねえアバズレ……うぬぐあああ!!」

 それ以上言葉は続かなかった。永琳が手元にあったコントローラーのスイッチを入れた。そして、俺は電撃を食らう。俺が暴れなくても、任意に電気で痛めつけることは可能なのか。10秒くらいは電撃が続いただろうか。体中がガクガク痙攣して歯がカチカチ鳴った。くそが、これじゃこんがりグリルにされちまう。

 「なにすんじゃコラア!」

 「うるさい、黙れ。下賎な妖怪の分際で、そのきたならしい口で輝夜の名前を呼ばないで」

 永琳は今までの張り付けたような笑顔を止めていた。血も凍るような無表情、だが、その奥には激しい憎悪の炎が燃えている。

 「今回の作戦でたくさんの人が亡くなったわ。あなたたちが襲撃したせいでね。その罪は重いわよ」

 「勝手に人のせいにすんな。人間がやられたのは、人間の自業自得だ」

 「そうね。確かに人間は傲慢だわ。私だってこんな一方的な侵略であなたたちと接することになったことを憂いている。正直言って、上層部のやり方は気にくわないわ。もっと穏便な方法があったでしょう」

 永琳は感情のない瞳でゴミでも見るかのように俺を見下している。だったら俺も同じように見返してやるだけだ。互いのボルテージがだんだんと高まっていく。

 「でもね、私にも守りたいものがあった。たとえ、あなたたちを滅ぼすことになっても譲れないものが。そのためならどんなことだってやる覚悟があった。その私の至高の目的をあなたたちが奪った」

 「輝夜のことか?」

 永琳がぎりっと歯をくいしめる。もはや心のうちの憎悪を隠す様子はなかった。永琳が電撃のスイッチを押す。俺は激痛を気合いで押し込めた。こんな奴のために悲鳴をあげて喜ばせてやる気はない。

 「そうよ! あの襲撃がなければ輝夜は生きられた! 全部あなたたちのせいでしょ!?」

 「ぐうっ! 輝夜が死んだのは病気のせいだっ! 俺のせいじゃない!」

 「違うわ! あの子の病気を治す薬を私は研究していた! もう少し時間があれば、あの子を助けられた! その時間をあなたが奪ったのよ!」

 「適当なこと言ってんじゃねえよ! あの病気はもう治せないほど輝夜の魂に食い込んでいた! だったら、あと何日あれば薬は完成したんだ!? 何時間!? 何秒!? 言ってみろよ!? おらあ!」

 永琳は答えられない。それが何よりの返答だった。永琳は悔しさにうめき、涙を流していた。結局、間に合わなかったということでしかない。それを永琳自信が納得できないのだ。どれだけ頭が良くても、こいつはまだ子どもだ。自分の感情を制御できずにいる。

 「黙りなさい! そもそもなんであなたは輝夜の名前を知っているのよ? どうして私の名前を? 輝夜から聞き出したの? どんな方法で?」

 「話をした、だけだっ!」

 「……嘘よ。嘘に決まってるわ。輝夜はね、とっても臆病なのよ。人見知りする子なの。あなたみたいな妖怪と普通に話ができるわけないでしょう? そんな見え透いた嘘をついて私を騙そうとしても無駄なの! どうせ、身の毛もよだつようなむごたらしい拷問をして無理やりしゃべらせたに違いない! ただでさえ、弱ってる輝夜に、ひどいことして殺したに決まってるのよ!」

 いい加減、俺も頭に来た。こちとらガキの戯言に付き合わされて、無実の罪をでっち上げられ、その上電撃パーティーの真っ最中だぞ。俺は輝夜の最期を見届けてやった。それも俺に出来る限りの最大級の配慮をした上でだ。そのお礼がこの罵倒か? 反吐が出る。

 「……知りたいか? 輝夜の最期」

 「ッ!! あああああああっ!」

 永琳はコントローラーを床に叩きつける。その衝撃で壊れたのか、電撃は止まった。だが、永琳の憎しみの炎は先ほどに増して熱く燃え上がっている。無表情から怒りをあらわにし、その次は笑顔にもどっていた。怖いくらいの笑顔。

 「やれやれ、手加減してくれよ。人間だったらさっきの電撃で30回は死んでるぞ」

 「あはははは! このくらいでへこたれてちゃダメよ。あなたにはもっと苦しんでもらわないと。輝夜が受けた分の苦痛をあなたにも味わってもらうわ。そうじゃなきゃ、不公平でしょう?」

 くそ、今度はどんなびっくりどっきりマシーンが飛び出してくるんだよ。俺はいつまでガキのお遊びに付き合えばいいんだ。

 「実はもう、あなたをどう痛めつけるか、その方法は最初から決めてたの。あなたの頭の上にあるソレよ。ああ、首が動かせないから見えないわよね。今、鏡に映してあげるわ」

 永琳はそう言って手術台の上の大きな鏡を動かす。俺はそこに移る俺自身の姿を見た。そして、俺の頭の上あたりに置かれた装置の存在についても。

 「な、なんだ? これはウサ耳か?」

 それは、作り物のウサ耳だ。そう、俺が捕えられたとき、俺たちを包囲していた玉兎たちが耳につけていたあれだ。

 「これはねえ、『ウサギ型月妖怪用インターフェース』って言うのよ。急ごしらえだからこんなデザインになっちゃったの」

 「は? 何の話だよ?」

 「あなたも受けたことがあるでしょう、妖怪の妖力を狂わせる電磁波。これはその応用で作ったものよ」

 俺が苦しめられたあの電波の正式名称は『妖力過活性化電磁波』というそうだ。妖怪の妖力を特殊な電磁波によって外部から操作できないかという研究のもと作りあげられた。もともとは妖力を不活性化し、妖術を封じるための兵器を作る研究だったが、逆に活性化させることしかできなかった。
 だが、その効果は思わぬ結果をもたらす。普通の妖怪ではこの妖力の活性化に順応できず、精神が壊れて発狂するのだ。こうして完成した兵器が『妖力過活性化電磁波』である。そして、人間は月にて玉兎という特殊な妖怪のサンプルを入手した。玉兎は妖力の活性化にある程度順応できるという体質を持っていたのだ。

 (なるほど、それが“フォースの循環”か)

 それについては心当たりがあった。玉兎三技を使うために必要な妖力の運用法だ。フォースの循環とは、妖力の活性化のことだったのだ。だから、玉兎は少ない妖力で高い威力の技を使うことができたのである。

 「このインターフェースをウサギ妖怪の頭に移植することによって、適度に調節された妖力過活性化電磁波を脳内に発信できる。すると、ウサギ妖怪は常に軽度の“発狂状態”を維持できるようになるの。そうやって精神が程良く摩耗する状態を作り出し、その隙間にこちらが用意したプログラムを書き込むことで、何でも言うことを聞く操り人形となるのよ」

 「おいおい、なに平然とトンデモナイ説明してくれちゃってんの!?」

 だいたい、それは玉兎だから耐えられるって話だろう。俺の精神が妖力活性化に順応できる保証はない。いや、確実に精神を殺される。あんな痛みに耐えられるはずがない!

 「待て! いくらガキだからって、やって良いことと悪いことの区別くらいつくだろ! これはぶっちぎりに悪いことだ!」

 「ごめんなさい、私、まだ子どもだからわからないの」

 永琳が手元の機械を操作する。すると、ゆっくりとウサ耳が俺の頭に向かって近づいてくる。あれが頭に植え付けられれば、あの地獄の苦しみをこれからずっと味あわされ続けることになる。俺はこれ以上ないくらいに焦った。

 「ふざけるな! お前は自分が何をしているのかわかってるのか!? あの電波はマジでやばいんだよ! 今すぐやめろ!」

 「うふふ、知ってるわよ。実験に使った妖怪の末路は何度も見てきたから。怖いでしょう? それにね、このインターフェースは私が特別に調整したのよ。通常の100倍の強さの電磁波が発生するように、ね」

 俺は暴れた。手枷足枷から電流が走るが、そんなことどうでもいい。こいつは俺を殺す気だ。しかも、最も残虐な方法で。

 「やめろ、死ぬ! そんなことされたら死んでしまう!」

 「大丈夫、私の計算だと一日くらいは持つはずよ。簡単に調べてみたけど、あなたって結構頑丈みたいだから」

 「一日!? 嫌だ! そんなことするくらいだったら普通に殺せ! 今すぐ殺してくれ!」

 「あはは、それじゃあ罰にならないでしょう? あなたには罪を償ってもらわないと」

 ウサ耳が俺の頭に迫る。なんだこのアホみたいな状況。そんなかっこ悪いもの頭にくっつけて俺は死ぬのか。笑えない。

 「頼む、なんでもする……謝れって言うんならいくらでも謝る! お前の言うことを聞く! お願いだからこれを止めてくれ!」

 「……輝夜もあなたにそんなふうに命乞いしたのかしら? もしあなたが私の立場だったら、そんな願い、聞き入れると思う?」

 「俺は輝夜を殺していない! 輝夜の最期を、あいつが安心できるように見守ってやった! お前は勘違いしているんだ! 俺は何もしてな、あ……!」

 頭頂部にウサ耳がくっついた。その瞬間、脳みその中を何かに蹂躙された。視界が歪む。視覚が変わる。色とりどりの極彩色で展開していく。激痛を通り越した先にあったのは絶望だった。

 【ソうだ、云いワスれてTAワ。セッカくUサギサんRASIKUなったンデスもNO、尻尾もTYAんとツケてアGENAITO≫

 ずぐんとケツに何かが食いつく。その衝撃で俺の目の前は砂嵐になった。もう何も見えない。聞こえない。深く深く、意識が沈む。どこまでも下に落ちていった。

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