24話「最後の夢」
輝夜の元気はどんどんなくなっていった。命の灯が燃え尽きようとしているのがわかる。本当は、一目見たときからわかっていた。その脆弱な命は消えかかっている。もともと、助からない命だったのだ。彼女の病は命を食いつぶし、終わりを迎えようとしていた。
「かぐやね、さみしかったんだ、とうさまも、かあさまも、おしごとがいそがしくて、すぐにどこかにいっちゃう」
モニカの腕の中で、輝夜は話しつづけていた。体調が崩れたことに自分でも気づいているだろう。それを悟らせないように話し続ける。バレバレだが。
『さっき友達が来てくれるから寂しくないって、言ってたじゃん』
「そう、えーりんが、きてくれるの。えーりんは、かぐやのいちばんの、ともだち。あたまがすっごく、いいんだよ。けほっ! けほっ!」
咳きこむ輝夜の背中をモニカがさすった。モニカは笑顔だが、ぎこちない。こっちもバレバレだ。
「でも、えーりんは、かぐやのびょうきをなおす、おくすりをつくるっていって、さいきん、あってくれないの。えーりんは、かぐやのこと、きらいになっちゃたのかな?」
『そんなわけねえだろ。お前はこんなところに来ずに、えーりんと一緒にいればよかったんだよ』
「そう、かも。かぐや、わがままいって、ここにきたの。ここはとうさまの、しごとばだから、つきにいきたいって、わが、まま、いって、とうさまと、いっしょにいたかったから……」
輝夜の父親も娘の死期が近いことを知り、最後の時間を共にすごそうと思っていたのかもしれない。死ぬ前に月の景色を見せてやりたかったのかもな。
「だから、さみしいのは、いや、なの、いっしょに、いて……」
『安心しろ。お前が眠るまで一緒にいてやるって、約束しただろ』
「そうだ、ね。かぐや、もう、ねむくなって、きちゃった。おやす、み……」
あっけなかった。すうっと輝夜の体から生命の力が抜けていく。モニカは気づいていなかったが、その瞬間、輝夜の体はただのモノになっていた。輝夜はモニカの腕の中で、眠るように息をひきとった。
* * *
俺とモニカは、輝夜の体をベッドにもどして部屋の外に出た。泣きじゃくるモニカを慰めるのは大変だ。それにしても、自分の一族を危機に追い込もうとしている種族にこれだけ愛情を注げるモニカは、大物なのか、馬鹿なのか。たぶん両方だ。
モニカの泣き声を聞きつけて飛んできたロバートにも事情を話す。ロバートは微妙な顔をしていた。
『さて、もうここにこれ以上とどまり続けるのは危険だ。すぐにでもここを離れよう』
まだ調べたいことは色々ある。輝夜にも人間に関する情報はあまり聞き出せなかった。特に軍事的な情報についてはもっと集めたいところだが、それよりも今は一刻も早くここを出るべきだ。
窓の外を見ると、朝日が地平線の向こうに昇りかけている。随分と長い時間ここにいたことになる。まったく、やけに感傷的になってしまったものだ。
ふと、外の風景の中に、何かうごめく物がいた。まさか敵が来たのかと注視すると、そこにいたのは玉兎だった。クレーターの丘の向こうから、ひょこひょこと数え切れないほどの玉兎たちがこの塔を目指してやってくる。
『仲間たちだ! どうしてここに来たんだ?』
『ここはもともと玉兎の村があった場所なんだろ? 仲間を引き連れて取り返しに来た、とか?』
考えてもわからない。とにかく、外に出て聞いてみよう。ああ、もし人間のことを知っているのだとしたら、耳のない俺は人間と疑われるかもしれないな。そうだ、ロバートにもらった帽子をかぶろう。これなら玉兎の戦士に……幼い戦士に見えないこともない。人間は野外で活動するときは宇宙服を着なければならないので、耳が生えているかどうかなんてわからなかったかもしれないが。
『もしかしたら、あのなかに父さんもいるかもしれない! おーい!』
塔から出た俺たちは毒の霧に注意しながら玉兎たちの方へと走る。しかし、妙な格好をした玉兎たちだ。規格化された軍服のような服装を、全員がしている。ロバートたちがいた村の玉兎はもっと原始的な服装の者ばかりだったが、他の村では技術が進んでいるところもあるのだろうか。
『いや、待て、何かおかしい』
あの玉兎、銃を持っているぞ!
気づいた時には手遅れだった。周囲を銃器を持った玉兎たちに包囲されていた。玉兎に銃を生産できるほどの技術力はないはず。だとすれば、この銃は人間が玉兎たちに与えた物になる。もしや、人間と密約を結び、協力している玉兎たちがいたということか。
だが、あの妖怪嫌いの人間たちがそんなことを考えるだろうか。
『降伏セヨ。抵抗スル場合ハ武力ヲモッテ殲滅スル』
いや、もっとおかしなところがある。この玉兎たち、表情がない。どいつもこいつも能面のように無表情だ。そして、一番おかしな点はウサ耳だった。明らかに作り物じみている。まるで取ってつけたかのような違和感しかない。ぬいぐるみの耳を縫い付けたような印象だ。こいつら、本当に玉兎なのか?
『父さん……父さんがいる!』
『なに!? どこだ!?』
ロバートが指差した方向に、見えた。その顔は確かにジョージのものだった。だが、ジョージではない。俺の知っているジョージは寡黙でしゃべるのが苦手な奴だが、自分の息子に銃を向けるような男ではない。その頭には、やはり作り物の耳が生えていた。
こうなったらしかたがない。強行突破だ。俺は妖力弾を放つため、精神を集中させる。
だがそのとき、わずかに俺の頭上から殺気を感じた気がした。頭上って、空だぞ。いや、まさか……!
『ちくしょう、そこまでするか』
俺たちの真上に三機の小型宇宙船が飛んでいた。この位置からじゃ、妖力弾はとどかない。だが、やるしかあるまい。俺は上空に向けて弾を放つべく手を構える。
だが、それをあざ笑うかのように、天から狂気の電波が放たれた。精神攻撃電波。それも、俺が前に食らったものとは比べものにならないほどの強力な電波だった。俺は体を駆け抜ける激痛に逆らうことができず、膝をつく。脳が痛覚という感覚のみによって占領されていく。
倒れ伏す俺たちの周囲には、軍服を来た玉兎たちが平然として立っていた。そいつらは俺たちを拘束する。その記憶を最後に、俺の意識はかすんでいった。
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