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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

21話「逆襲」

 
 なんで急に攻撃をやめたのか、不審だった。レーザー攻撃は長時間連続しての使用ができないのか。それとも別の理由があるのか。俺は敵の様子を探るため、甲羅から頭を出す。
 塔との距離は離れていて、ここからでは何か変化が起こっているのか見ることができない。その代わり、月面を走って来た装甲車には動きがあった。何か、準備をしている。装甲車の屋根に巨大なパラボラアンテナのような物が設置されていた。何をする気だ。まあ、いい。とにかく今のうちに逃げなくては。

 『おい、さっさとここから離れ……』

 キィィィィン!

 その瞬間、脳内に怖気が駆け抜ける。体中の妖力がぐらぐらと熱くなり、暴れ出した。血が沸騰するようだ。全身に激痛が走る。

 『あがああっ!』

 俺はすぐに甲羅にこもった。だが、謎の攻撃は依然として俺を苦しめ続ける。体の中で、妖力が振動していた。内側から内臓を針で串刺しにされるような痛みで何も考えられなくなる。なにより、肉体よりも精神への被害が甚大だった。妖怪は生物よりも魂に近い存在だ。精神はより密接に肉体に結び付いている。俺の頭の中で俺の妖力が細切れになってめちゃくちゃくちゃに飛び回り、俺の精神を傷つけていた。
 ヤバイ。俺は生まれてこの方、感じたこともない最大級の危機に戦慄した。これは何だ。自分が何をされているのかもわからない。だが、とにかく逃げないと死ぬ。精神がボロボロになる。気を抜くと意識が遠くなる。

 「…………!!」

 俺は気合いで立ち上がった。甲羅から手足だけを出した間抜けな格好だが、そんなことを気にしている場合ではない。攻撃が来ている方向はわかる。あの人間たちが乗っている装甲車からだ。たぶん、さっき見たアンテナを使っているのだ。ということは電波的な何かか。
 ロバートとモニカは俺の足元で気絶していた。俺は二人の体をつかむと、全力でその場を離れた。二人を引きずりながら走ったので、地面にこすれたり石にぶつかったりしたかもしれないが、この一刻一秒を争う状況で文句は言わせない。俺だって必死なのだ。
 俺はなりふりかまわず、精神攻撃電波が届かなくなるまで走り続けた。

 * * *

 俺は岩場の陰にへたり込む。額には玉の汗をかいていた。壮絶な嘔吐感を抑えきれない。胃には何も入っていなかったが、気持ち悪さは一向に治まらなかった。
 これまで、俺は強敵と闘いながらもどこか余裕があった。俺は強者だ。負けない自信がある。確かに俺はなんでもできるスーパーマンではないが、最低限、自分の身を守ることができる。この甲羅さえあれば、どんな攻撃だって防げると思っていた。俺は自分の保身に絶対の自信を持っていたからこそ、他人の戦いに手を貸す余裕があったのだ。
 だが、今回はそうじゃなかった。あの精神電波は妖力を狂わせる。甲羅ではどうにもできなかった。俺の自信は粉々に砕かれたといってもいい。あれは対妖怪戦において恐ろしい威力を持った兵器となる。地球の妖怪は運がよかったのだ。あの兵器があれば、人妖大戦は俺たちの大敗、いや、戦いにすらならなかっただろう。
 周囲には、俺たちの他に玉兎はいなかった。確認する暇もなかったが、おそらく全員気絶させられたのだろう。もしかしたら、逃げのびた玉兎がいるかもしれないがそれを確かめる方法もない。モニカとロバートはしばらくして意識を取り戻したが、とても元気に動ける様子ではなかった。錯乱して意味のわからない言葉を口走っている。ようやく落ちついたころにはすっかり深夜になっていた。

 『ごめ、ん、ヨウリ、僕……』

 『いいから休め。人間の追手がいつ来るかわからない。今は体力の回復に専念しろ』

 本当なら早くもっと遠くに逃げたいところだが、二人はまだまともに歩けない。本当にやばくなったら、また引きずってでも連れて行くが。重力があんまりないから楽に運べるし。
 さて、困ったことになった。人間は俺たちより強い。ビームはなんとかなるとしても精神電波には太刀打ちできない。あの塔の要塞には精神電波装置がしかけてある。正面から挑むのは無謀だ。俺たちは逃げることしかできないのか。

 『ヨウリちゃん、あれ』

 『なんだ、どうした?』

 『あそこ、に、なにか、いる……』

 モニカが丘の上を指差す。まさか、追手がここまで来たのか。俺が目を凝らすと、そこには確かに何かいた。だが、人間ではない。デスフロッグだった。気味の悪いガマガエルたちがこちらに向かってくる。しかも、一匹や二匹ではない。その数はうじゃうじゃいた。

 『まったく、こんなときに!』

 俺は妖力弾を威嚇射撃する。しかし、デスフロッグは止まらない。すぐさま弾幕を張って近づけさせないようにする。地面も揺れているので、地下からも進んできているのだろう。そちらにも注意を怠らないようにする。

 『ん? なんだ、何か変だ』

 だが奴らは、これまで戦ってきたデスフロッグとは違う態度を取った。攻撃した俺に見向きもしないのだ。試しに妖力弾を撃つのをやめてみたが、俺たちのことなど眼中にないと言った様子で横を素通りしていく。他のデスフロッグも全部が一方向に顔を向け、ひたすら前に進んでいくだけである。

 『こいつらは何がしたいんだ』

 意味がわからず頭が痛くなってきた。だが、そのデスフロッグ達が進んでいる方向に気がつく。そちらは俺たちが今しがた逃げてきた場所だ。つまり、人間たちの要塞がある。もしかして、こいつらは人間を襲おうとしているのか。
 無謀な気もするが、やれるのではないかという希望もあった。地下から一斉に攻めればなんとかなるかもしれない。人間が対策を講じている可能性が高いが、何にしてもこれは好機だ。デスフロッグが攻め込む隙に乗じて、要塞の内部に入り込めるのではないだろうか。仮に精神攻撃電波を食らったとしても、力づくでアンテナを壊せばいいじゃないか。
 反撃の糸口が見えてきた。これは逆襲のチャンスだ。

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