18話「と、思ったけどダメでした」
『ヨウリ、村の外から来たお前を、この村の戦いに巻き込んでしまったことは申し訳ないと思っている』
『気にすんな。一食一飯の恩義ってやつだ』
ジョージはいつにもまして辛気臭そうな顔をしている。
『これは餞別だ』
渡された物は短剣だった。ナイフと言うには少し刃渡りが長く、剣と言うには短い。鞘から抜くと、刀身は漆黒色に鈍く光っていた。
『地下深くで採れたルナタイトを使った。手入れをせずとも、錆びず、刃こぼれはしない』
剣なんて使ったことがないが、もらえるものはありがたくもらっておこう。俺は腰のベルトに短剣の鞘を通してさげる。
『あー! 父さんずるい! ぼ、僕もあとで何か贈るからね!』
『まあ、ロバートったらヤキモチ焼いちゃって』
ロバートとモニカが何か言っている。なにかにつけて、ロバートは父親に対抗意識を燃やしているな。めんどくさい奴だ。
『長老からの通達だ! 村の者は全員、穴の外に集まれ!』
遠くでだれかが叫んでいた。集会でもやるのだろうか。俺たちも他の玉兎のたちの流れに乗って、穴の外へと出てきた。そして、全員が集まったことを確認すると、年老いた玉兎が前に出て演説を始めた。
『皆の者、知っての通り、この村に我らが宿敵デスフロッグの群れが来襲しようとしている。これはこの村創始以来の未曾有の危機。そこで長老衆は決断をした。デスフロッグを罠にかける』
話を聞いていた玉兎たちは騒ぎ始める。デスフロッグの群れを押しとどめるような罠をいかにして仕掛けるのか。
『デスフロッグが村を襲わんとしたそのとき、『兎爆石』を起動させるのじゃ』
ざわめきは急速に大きくなっていった。絶望するかのような悲鳴を上げ始める者まで出始める。
『ロバート、『兎爆石』ってなんだ?』
『村の長老が代々封印している石だよ。そこには膨大なフォースが蓄えられており、封印を解いたが最後、地を覆すような爆発を起こすとか』
『それって、村がふっとばね?』
村を犠牲にする覚悟があるということか。石は村の地下深くに固定されており、持ち出すことはできない。敵が村に殺到したそのときを狙って、村ごと爆破し、一網打尽にするという計画のようだ。デスフロッグは地下に潜って移動する。地下の住民をすべて避難させ、からっぽになった村にデスフロッグを誘導できればかなり有利に戦いを進められる。
しかし、当然反対する者が大勢いた。自分たちが住んでいた村がなくなってしまうのだ。それに、封印を解くためには長老が『兎爆石』の傍にいないといけないという。つまり、長老の命を犠牲にする作戦なのだ。
『静まれ、皆の者。100体ものデスフロッグの群れに、我らが抗う手段はもうこれしか残っておらん。おそらく、この罠が成功したとしても、すべてのデスフロッグを殺すことはできない。生き残った奴らは地上に這い出し、我らに牙をむくだろう。戦士たちは戦いに備えよ。必ず、勝つのだ!』
俺が全力を出せば、デスフロッグを100匹倒すことができるだろうか。それは可能だろう。しかし、地下から襲い来る敵から村を守りとおせるかと言えば、それはできそうにない。俺は地下の敵の相手ができるスキルなんて持っていないのだ。戦士たちを全員守りきることもできないだろう。俺がここで出しゃばったところで、長老を説得なんてできない。あれは覚悟を決めた顔だった。彼らにとって、デスフロッグとはそれだけの存在なのだ。
俺が妖怪だからだろうか、それとも玉兎ではないからだろうか。薄情だと思わなくもないが、声高に自分の主張を垂れ流す気もない。長老の決断は、最善手だ。
『やれやれ』
俺は肩をすくめた。
* * *
地下の穴倉から最低限必要な物資を外に運び出す。クレーター丘の上に長老を除く玉兎の全員が避難し終わった。いつデスフロッグが来てもおかしくない状況だ。悠長に穴の中で構えていることはできない。
『大変なことになっちゃったね』
『まーな』
ロバートは無理に明るい雰囲気を保とうとしているように見えた。いつものうざったさがない。
『はいこれ、ヨウリにあげる』
ロバートは何か差し出してきた。さっきの約束を律儀に守ったのか、プレゼントのようである。それは帽子だった。ベレー帽に似ている。漫画家がかぶっているというより、軍人の物っぽい。
『なんだこれ?』
『それは戦いで耳を失くした戦士のための帽子なんだ。デスフロッグの毒にやられて切り落とさないといけなくなった戦士はたくさんいる。そんな戦士は最前線で戦った勇気をたたえられて、この帽子を贈られるんだ』
『そんな名誉ある帽子、恐れ多くてかぶれねえよ』
俺に似合いそうにないしな。でも、ロバートは俺にウサ耳がないことを気にかけて、この帽子をくれたのだろうか。変な気、遣いやがって。
『ま、気が向いたらそのうちかぶる』
『そう』
ロバートは苦笑していた。俺は甲羅の中に帽子をしまう。せっかくの贈り物だ。大事にしないとな。
* * *
その日の夜、大きな地震が起こった。奴らが来たかと立ち上がったとき、さっき起こった地震がちっぽけに思えるほどの揺れが大地に広がった。そして、玉兎の巣穴があった場所に天を突くような白い炎が立ち上った。
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