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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

17話「戦いの狼煙」

 
 それから俺は毎日、ジョージの工房へ足を運んだ。毎日二回も行った。衝動を抑えきれず、三回行った日もあった。俺の甲羅の加工はとても難しいようだ。ジョージはまるで生き物と接しているようだと言った。

 『このアーマーは生きている。そして、これは自身の形が変わることを望んでいるように思う。もし、このアーマーが俺の能力を拒絶していたなら、加工は不可能だった』

 俺と甲羅は離れていても心は一つ。頑張って素敵なメタモルフォーゼをとげてくれ。ジョージは職人の遊び心というやつか、製作途中の甲羅を見せてくれなかった。完成したら見せるという。ジョージの野郎、俺の心をもてあそびやがって。だが、その焦らし、嫌いではない。

 『そうだ、アーマーの中を点検していたら、こんな物が出てきたのだが』

 しなびた激辛蜜柑だった。捨てておいてくれと頼んでおいた。

 『ほら! また集中が途切れてるよ! もっと体内のフォースを感じて!』

 そして、俺は日中のほとんどの時間を玉兎三技の鍛錬にあてていた。講師はロバートである。ロバートは、俺がジョージの工房のことを気にしているそぶりをみせると、なぜかすぐ怒る。口うるさいガキだ、まったく。

 『全然、フォースの循環ができてないよ。それじゃ、いつまで経っても技は使えないよ』

 玉兎はどうしてあんなに少ない妖力で三技という強力な術が使えるのか、不思議だった。その答えは妖力の運用のしかたにあるらしい。玉兎は少ない妖力を体の中で循環させることができる。その回転を徐々に速くしていくことで、体内にエンジンを作り出すのだ。そして、その回転力を極限まで高めたところで体外にバーストすることによって、爆発的なエネルギーを得ることができる。
 理屈はわかった。だが、実践はできない。俺にとって、妖力とは体の中に沈澱して静かにたゆたうモノでしかない。妖力弾はそこからすくった水を投げつけるような感覚で行う。妖力を回転させることはなんとかできるようになったが、ただくるくる回るだけだ。濁った汚い水槽の中の水をかき回すかの如くである。そこに爆発的なエネルギーが生まれる余地などない。むしろ、体の中を駆けまわる妖力の渦の影響で気分が悪くなるだけだった。

 『おえっ!』

 『ちょ、ヨウリ、大丈夫!?』

 早くも諦めかけている俺。妖力の循環とか、もしかして玉兎の固有技能なんじゃないか? できる気がしない。

 『今日はこのくらいにしておこうか』

 ロバートが俺の背中を撫でながら、帰宅を提案した。疲れた。今日は帰って寝よう。明日から頑張ろう、うん。

 『おおーい! たすけてくれーっ!』

 そのとき、どこからか助けを求める声が聞こえた。助けを求める声って、なんだかトラウマなんだよな。見れば、クレーターの丘の向こうから、一匹の玉兎がこちらに走ってきていた。

 『なにがあったんだろう』

 必死の形相で走って来た男は、衣服はボロボロで体も傷だらけだった。俺とロバートは警戒を強める。

 『た、たすけてくれ! 俺たちの村が、村がああ!』

 『落ちついてください。どうしたんですか?』

 『俺は隣村のセルニエスから来た……はあはあ! セルニエスがデスフロッグに襲われた!』

 『この時期に立て続けに襲撃が起こるなんて。それで、被害状況は?』

 『全滅だ! 村が全部、デスフロッグにのまれちまった!』

 『なんですって……!? そんな馬鹿な!?』

 これまでの平穏な日常は音を立てて崩れ去った。事態は急激に転換していく。

 * * *

 隣村から来たという玉兎の話によれば、現れたデスフロッグの数は100匹以上にのぼるという。この数は異常だった。これまでの半年に一回の襲撃では、多くても20匹程度しか現れていない。100匹もの大群で押し寄せた前例などなかった。
 村の長老たちは集まって会議を行っている。隣村が制圧されてしまった。もはやデスフロッグたちがこの村へやってくることは時間の問題である。玉兎の戦士たちは戦いの準備を始めた。ロバートとジョージは戦士として戦うようだ。

 『ヨウリはモニカと安全な場所にいて。デスフロッグは僕たちが食い止めるから』

 『いやいや、それには及ばないさ』

 『ヨウリ?』

 俺も一角の妖怪。外で戦があっているというのに、穴倉の中でぬくぬくと守られている気はない。

 『だめだ! 本当に危険なんだよ!?』

 『お前は俺の強さを知ってるだろ? 俺はデスフロッグなんぞに負けはしない』

 『で、でも……! 父さんからも何か言ってよ!』

 ジョージは無言だ。じっと目を閉じている。寝てるのかと思ったら、おもむろに動きだした。家の奥から何かを持ってくる。その緑色の輝きを見て、俺の胸が高鳴る。

 『あずかっていた物を返そう』

 それは、俺の甲羅だった。いびつな流線形の形は整えられ、ハニカム型六角形の直角的でメカメカしいデザインに。なんとなく原形は残っているが、甲羅はその姿を一新させていた。

 『こ、これは……』

 俺は高鳴る鼓動を押さえて、甲羅を装着する。従来の甲羅は体を中心に腹側と背中側の甲羅が巻きつくような構造になっていた。それが、重心をほとんど背中側に移し、タンクを背負っているような感覚に変わっている。腹側の側面部分は俺のボディラインに沿うようにすっきりと細くなり脚を出す二つの穴も距離が調節され、ガニ股になることもなくなった。そして、一番変わった点は腹側パーツの構造だ。なんと背中側のパーツのスペースにスライドして収納できるようになっているのだ。装着するときはパーツを引き出し、さらにそこから観音開きのように蓋が開き、その間に体を収めるようにして着る。これはもはや甲羅ではない。ジョージの言うとおり、“アーマー”だった。

 『す、すげえ……』

 『いい物を見せてもらった。感謝している。気に入ってもらえたか?』

 『すげええええ!! うおおおおおお!!』

 『よ、ヨウリ!? なんで泣いてるの!? 落ちついて!』

 俺はうれし泣きした。まさかここまでの作品を仕上げてくれるとは。感無量だった。確かにまだなんか変ではある。しかし、それでもこれは進化といっていい進歩だ。あのダサい甲羅がギリギリかっこいいと言えるまでの変化をとげた。これは奇跡だ。

 『おおおおお! これなら負ける気がしねえ! デスフロッグなんて100匹まとめてボコボコにしてやんよ!』

 俺のリミットは最高潮に達していた。

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