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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

16話「寡黙なる職人ダンディズム」

 
 試合の勝負はあっけなくついた。俺の負けだ。俺はロバートへ向けて妖力弾を発射したが、それをことごとくかわされ、接近されてしまった。首に剣を突きつけられ、ジ・エンド。まあ、甲羅に引きこもれば俺の勝ちだっただろうが、そんな大人げないことはしない。

 『なあ、前から気になってたんだが、なんでお前らはそんなに速く動けるんだ?』

 ずっと疑問だった。宇宙空間で身動きすることは、水の中を泳ぐに等しいわずらわしさがある。俺は甲羅を脱いでウエイトダウンしてもロバートのスピードに追い付けなかった。重力が少ないと浮力がつく。すると、踏み込み際に地面から離れる時間が長くなる。宙に浮いている間、自分の体を制動することができない。速く動こうとして強く踏み込むと、そのまま進行方向に吹っ飛んでしまうのだ。かと言って弱い踏み込みでは、コントロールはできても緩慢な動きしかすることができない。
 その点、ロバートは違った。まるで、地上を動いているかのようなスムーズな動きで月面を駆ける。いや、それ以上だ。浮力すら利用して空中を泳ぐように移動することができる。

 『これは玉兎に伝わる体術だよ。『兎跳』、『兎狩』、『白兎』という三つの技を使いこなす術さ。ヨウリは『白兎』の技に関しては、すばらしい才能を持っているけど、それ以外があんまり得意じゃないみたいだね』

 『そんな技を使った覚えはないけど。もしかして、妖力弾のことか?』

 玉兎は妖力弾のことを『白兎』と呼ぶようだ。玉兎の戦士の中でも、俺ほどの弾幕を張れる奴はいない。言っちゃ悪いが、持っている妖力量の桁が違うからな。

 『『白兎』は三技の中でも最も使うことが難しい技とされているんだ。強い“フォース”を持つ者しか使うことのできないからね。僕は才能がないからまだ使えないんだ』

 あと、玉兎は妖力のことをフォースと呼んでいるようだ。スターウォ○ズか。

 『僕が速く動ける理由は『兎跳』を使っているからだよ。これは足の裏にフォースで足場を作って、それを蹴ることによって自在に動けるようになる移動術だ』

 『妖力の足場? そんなん不可能だろ』

 どれだけ緻密なコントロールが必要になるか、想像もつかない。下手をすれば妖力弾で自分を撃ち抜くことになる。

 『僕も修行を始めたころはできっこないと思ったけど、なんとか形だけは使えるようになったよ。まあ、全然未熟だけどね……』

 ロバートは自虐的なため息をつく。くそ、そんな技があるなら俺も使えるようになりたい。

 『もう一つ、『兎狩』って言ってたけど、どんな技なんだ?』

 『『兎狩』は攻撃の技だよ。拳にフォースを集中させて、攻撃が当たる瞬間に爆発させ、その勢いを乗せるようにして直接相手にフォースを叩きこむ技さ。うまくいけば、相手の肉体の奥深くにダメージを貫通させることができる。達人になると、剣に『兎狩』の効果を付与させ、強力な斬撃を常に放つことができるんだ。僕はまだ練習中だけど……』

 ロバートはため息をついて顔を手で覆う。なんか、こいつの顔を見てるとますます自分も玉兎三技を使いたくなってきた。

 『ちっ、このまま負けっぱなしなのは癪にさわるからな。俺にもその体術を教えてくれ』

 『え? あ、うん。僕でよかったら教えてあげるけど……』

 なんで、そこで顔を赤くするんだよ。

 * * *

 それから数日、俺はロバートから玉兎三技の手ほどきを受けた。『白兎』に関しては教えてもらう必要がないので、専ら『兎跳』と『兎狩』についてである。全然、できない。まだまだ練習がいるようだ。
 今は家族だんらんの時間、食事タイムである。ロバート一家と俺は同じ食卓を囲んで、一日一個のウサギモチをはむはむ食べる。

 『ヨウリちゃん、前に言ってたズボンが完成したの。さっそく着てみて!』

 モニカお手製の短パンを貰った。俺の今の服装は、ごわごわしたベストに、ごわごわした短パン、そして蔓で編まれたサンダルだ。見た目はともかく、動きやすくてよい。モニカには感謝した。お礼に抱きつかせろとせがまれたので、おとなしく抱かれておいた。

 『……』

 相変わらず、一家の大黒柱であるジョージは寡黙だ。俺はまだ二、三回くらいしか話をしたことがない。コミュ力乙。
 ん? なんだか、ジョージが俺の甲羅をじっと見ている。今は服を着替えたところだったので、脱ぎっぱなしにして床に転がしていた。

 『このアーマーは』

 おお、ジョージの声を久しぶりに聞いたな。俺の甲羅に興味があるようだ。

 『見たことのない素材でできている。さわってもいいか?』

 『いいよ』

 ジョージは甲羅を丁寧に観察し始めた。膝の上において、くるくる回しながら色々な方向から見ている。

 『っ! 重いな』

 気合いを入れて持ち上げると自分の目の高さに合わせて観察する。地上だと並みの妖怪では持ち上げられなかった甲羅だが、月の重力なら玉兎でも抱えられるようだ。だが、それでもきついのか、すぐに地面に下ろして息をついている。

 『このアーマーはだれが作った物なんだ?』

 『あー……さあな。拾い物だからな』

 本当のことを言っても信じてもらえなさそうなので、適当にごまかす。ジョージはそれっきり口を閉ざしたが、視線はチラチラと甲羅の方ばかり見ている。わかりやすい。

 『俺の甲羅がそんなに気になるか?』

 『……職業柄、つい、な。こんな金属は初めて見る』

 ジョージは武具職人だった。『金属を加工する程度の能力』という力があれば、まさに天職だろう。自分の知らない素材に興味をもつことはわからないでもない。
 あれ、そういえば、さっきジョージはなんて言った? 「こんな金属は初めて見る」って言わなかったか?

 『それは、金属なのか?』

 『ああ、俺が能力を使えば、金属とそうでない物を見分けることもできる。これは、色々と混ざっているが、金属の性質も持っている』

 いつの間に俺の甲羅は金属化したんだ。確かにピカピカ光沢が輝いてるけどさ。だが、そこで俺は重大な事実に気がついた。

 『と、いうことは、もしかしてこの甲羅を加工することができる?』

 ジョージの能力があれば、この甲羅の形を変えられる。つまり、このかっこ悪いフォルムをどうにかすることができる! 俺はかっこよくなれる!

 『……やってみないと、わからないが』

 『本当ですか!? お願いします! この通り!』

 俺は恥も外聞もなく土下座した。この甲羅がかっこよくなるのなら、どんなことだってする。悪魔に魂を売ってもいい。俺の態度が急変としたのを見て、この場にいた玉兎ファミリーは唖然としていた。

 『しかし、このアーマーの形は確かに無骨だが、防具としての機能性は悪くない。改善する点などない気がするが』

 『かっこよくしてください! とにかく、かっこよく!』

 ジョージは俺の要望に驚いているようだ。しかし、すぐに相好を崩し、ニヒルな笑顔を浮かべた。

 『わかった。やってみよう』

 『ありがとうござます!』

 ジョージさん、まじダンディー。惚れたぜ。

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