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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

15話「服を着よう」

 
 必死に地球のことについて喋りまくったせいだろうか、俺はおっちゃんウサギどもから憐みのこもった視線を集めていた。人を頭のかわいそうな子ども扱いしやがって。しかも、身寄りのない孤児と思われ、この村で面倒を見てもらうことになった。
 お世話になるのは、ロバートのウサギさん一家である。最初はさすがに厚かましいと思ったので断ったのだが、ロバートはぜひ家に来てほしいと言ってきた。まあ、力には自信があるので、俺にもやれる仕事はあるだろうし、一方的に養われるつもりはない。手伝えることは手伝おう。たくさんある横穴の一つ一つが各家庭の住まいになっているようで、さっそくお家にお邪魔した。ロバートの家は、父と姉との三人暮らしである。母親は随分前にデスフロッグに食われたらしい。なむ。

 『姉さん、ただいま』

 『おかえりなさい、ロバート。あら? そっちの女の子はだれ?』

 家で迎えてくれたのは、ロバートの姉のモニカという玉兎だった。ようやくまともなウサ耳女子に会えた。目の保養とは、まさにこのことだろう。

 『この子はヨウリ。わけあって、今日からうちで預かることになったんだ』

 『ええ!? ほんとに!?』

 『どうも、ヨウリです。地球の妖怪です』

 モニカはやっていた家事を放りだしてこちらに走って来た。なんだか目をキラキラさせてぷるぷる震えている。そして、何を思ったのか俺にいきなり抱きついてきた。

 『か、かわいい~!』

 すりすりと頬ずりしてくる。初対面の相手にこの過激なスキンシップ、気持ち悪い奴だ。まあ、美少女なので許す。モニカの胸がぷよぷよ自己主張しているので、とりあえず揉む。

 『おっぱいでかいな、モニカ』

 『かわいい~!』

 『ね、姉さん……』

 快く迎え入れてくれたようで何よりだ。互いの自己紹介を終えた後も、モニカは俺に抱きついて放れない。暑苦しい。俺は強引にモニカを引き剥がす。

 『やんっ! もう少しだけハグを~!』

 『やかましい。離れろ』

 『ちぇー。ところでヨウリちゃんのその格好……かわいいんだけど、少し変じゃない?』

 それについては同意せざるを得ない。この甲羅スタイルは紛れもなく変だ。だが、そう正面切って直球の言葉をぶつけられると、反論できなくてイラッとくる。むかついたので、甲羅を脱ぎ捨ててすっぽんぽんになってやった。ロバートが慌てて後ろを向く。

 『こら! ヨウリちゃん、年頃の女の子が簡単に肌をさらしちゃいけません! 待ってて、服を持ってくるから』

 モニカは服を用意してくれた。植物の繊維で編まれたワンピースだ。そういえば、まともな服を着るのはこれが初めてである。ワンピースはごわごわしていて着心地はあまりよくない。しかし、妖怪が服を作るというのは、なかなかに斬新である。妖怪はおしなべて物作りが下手な奴らばかりだと思っていたが、そうでもないらしい。

 『私のお下がりだけど、大きさもちょうどいいみたいね。取っておいてよかったわ』

 『スカートよりズボンの方がいいんだけど』

 これだと股部分の布が邪魔で甲羅を装着できない。ズボンなら邪魔にならないのだが。

 『そう? でも、お父さんやロバートのズボンはサイズが合わないだろうし……後で私が作ってあげるわ』

 『よろしく。あ、動きやすいように短パンにしといて』

 我ながら思うが図々しい。
 モニカたちと話していると、家にだれかが入って来た。渋い、いぶし銀のおじさまウサギだった。なんかバーボン、って感じの。ロバートとモニカの父親のようだ。名前はジョージ。俺がこの一家に世話になるということをロバートが話したが、少しも動じた様子はなかった。二言三言、言葉を交わしただけで後は何も言わない。別に嫌われているようではないので、単に寡黙な性格なのだろう。
 こうして、俺は月のウサギこと玉兎のとある一家に同居させてもらうことになったのであった。

 * * *

 それから数日が経ち、俺も玉兎たちの村に慣れてきた。玉兎は人間っぽい暮らしをしているが、やはり妖怪に近い種族である。食事は日に一回、地下の畑で取れた穀物からできるモチのような物を食べる。俺も御馳走になったが、結構うまかった。妖力が豊富に含まれており、これ一個で腹がふくれる。
 妖怪に必要なエネルギーは妖力である。妖力は自然界に満ちており、黙っていても体に取り込むことができる。だが、それだけでは足りない。もっと効率よく大量の力を手に入れる必要がる。そのため、妖怪にも“飢餓感”が存在する。空腹が過ぎれば存在が消滅してしまう。
 一番手っ取り早い方法は、力ある他者を捕食することだ。新鮮な生命ならなおよい。俺はそれしか妖力を得る方法を知らなかったのだが、森の妖怪たちは別の方法で飢えをしのいでいる者もいた。捕食ができない弱い妖怪は、人間をおどかしてそこに生まれた恐怖の感情を食う。妖力は闇の力である。恐れや怒り、憎しみといった負の感情が生まれると、そこに集まりやすい性質があるのだ。ただ、この方法で集められる妖力は少ない。
 そうそう、ところで俺は物を食べなくても死なない体になっていた。六島苞と融合していた影響か、俺は光合成で妖力を生産できるのである。日向ぼっこで甲羅干しすると、お腹が膨れる。俺の甲羅は光妖力合成機能を持っていた。植物の妖怪の特徴なのか、捕食をしなくても生きていける。
 玉兎たちは、道具作りが得意な妖怪だった。植物の繊維やデスフロッグの皮を用いて衣服や防具を作り、驚くべきことに熱を使わずに金属を加工する妖術を持っていた。どうやって作るのか気になったが、工房には入れてもらえなかったので、方法はわからなかった。ジョージはこの村一番の武具職人らしく、『金属を加工する程度の能力』を持っているので材料さえあれば、どんな剣でも作り出せるという。

 『父さんは一流の剣職人だし、剣術の達人でもあるんだ。僕の目標だよ』

 『ふーん』

 俺とロバートは巣穴の外、月面に来ていた。穴倉の中にずっと引きこもっているとなんだか元気がなくなる。ひなたぼっこは気持ちがいい。六島苞に寄生されていた時代の名残かもしれない。光合成で元気ハツラツ。
 俺は村の自警団に臨時入団している。最初は玉兎の大人たちに見た目でみくびられていたが、妖力弾をぶっ放して見せると態度が変わった。と言っても、デスフロッグの襲撃は最近あったばかりなので、今はそこまで忙しい時期ではないようだ。半年に一回くらいのペースで襲撃があるらしい。一応、周辺のパトロールの任務を与えられたので、ロバートと一緒に村近辺を歩いて回っている。

 『そうだ、ヨウリ。よかったら、僕と手合わせしてくれないかな?』

 ロバートは強くなりたいという向上心が人一倍あるようだ。暇を見つけては剣の練習をしているところを見かける。まあ、暇なので少し付き合ってやるか。

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