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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

14話「夢のウサ耳ランド(棒読み)」

 
 『うわ、べっとべとだなこれ』

 俺はデスフロッグの胃袋から生還を果たすことができた。ぐちょぐちょの粘液と飛び散った臓物で甲羅が汚れてしまったが。

 『……』

 さて、俺がふと視線をやると、月ウサギが剣を振りかぶった体勢のまま固まっていた。信じられない物でも見たかのような表情だ。

 『おーい、大丈夫かー?』

 『はっ!? それはこちらのセリフです! あなたは無事なのですか!?』

 『見ての通りだ』

 デスフロッグの妖力は俺の足元にも及ばない。妖怪の森にいた仲間たちを基準すれば、下の上くらいの強さだ。せいぜい毒が気持ち悪いところくらいしか厄介な点はなかった。
 そんな俺の様子を見て、月ウサギは呆れている。

 『本当にあなたが何者なのか気になります』

 『俺の名前は葉裏だ。さっきも言ったが地球の妖怪だ』

 『ヨウリさん、ですか。僕はロバートと言います。あなたには聞きたいことがたくさんあるのですが……とりあえず、移動しましょう。ついて来てください。村に案内します』

 村があるらしい。妖怪の村、というのはなんかひっかかる言い方だ。村とは人間が作るものである。妖怪は群れをつくることはあるが、その住処はせいぜい“巣”といったところだ。まあ、今のところ友好的に受け入れてくれているようなので、おとなしくついて行くことにしよう。

 * * *

 月ウサギの村は地下にあった。月のクレーターの中心にカモフラージュした巣穴の入り口がある。その中に入って行くと、そこには別世界が広がっていた。
 地下の空間はかなりの広さがある。光源は火ではなく、青白く光る石だった。驚いたことに植物が生えている。水もないのにどうやって生きているのかと思ったが、どうやらこの植物、ただの草ではない。妖力を感じた。これも妖怪の一種なのか。もう何でもありだな。
 村には結構な数の月ウサギの姿があった。大人も子どもも男も女も、みんな頭にウサ耳が生えている。これは妖怪っていうか宇宙人って言った方がしっくりくるな。地球の妖怪と違って、実に人間らしい暮らしをしているのがわかる。ここに生息している植物も、月ウサギたちが管理して育てているのだろう。
 村に入ってきた俺を、月ウサギたちは興味深そうに見つめてくる。不思議と警戒はしていない。もっと排他的な雰囲気があると思ったのだが、よそ者である俺のことを拒絶する様子はない。それよりも、好奇心の方がまさっているといった感じだろか。
 ロバートは話しかけてくる月ウサギたちをやんわりとあしらいつつ、穴の奥へと進んでいく。奥にはいくつもの横穴があった。その中の一つに入る。

 『ロバートです。巡回からもどりました』

 『入れ』

 横穴のさらに奥に進むと、先がすだれのようなもので仕切ってある。ドアの代わりみたいなもんだろう。ロバートに続いて俺も奥へと進む。そこには、数人の月ウサギがいた。年配の男ばっかりである。無論、こいつらにもウサ耳がある。誰得。

 『どうした、何か異常があったのか? ……その者は誰だ?』

 ウサ耳おっちゃんの一人がさっそく俺の方を見て疑問をぶつけてきた。さて、どうやって話をつけようか。

 『彼女はヨウリ。巡回中に出会いました。その直後、デスフロッグの襲撃を受けたのですが、彼女の協力でデスフロッグを倒すことができました』

 『なんと。そうであったか。ロバート一人の力では、デスフロッグを倒すことはできなかっただろう。礼を言う』

 『いや、まあ、どういたしまして』

 『して、そなたはどこの村の者だ? この村を訪ねてここまで来たのか?』

 『……ちょっと、信じられないかもしれないが、俺の話を聞いてくれ』

 それから、俺はここに来た経緯を話した。俺は地球にいたこと。そこで人間と戦ったこと。人間は月へ向かうため、ロケットに乗って宇宙へ出たこと。そして、俺はそのロケットにしがみついて不本意ながらここへ来てしまったこと。
 すべてを話し終えた俺に、月ウサギたちが向けた目は怪訝なものだった。

 『にわかには信じられん話だ。我々にとってアースは死後の魂が向かう天上の地。仮にそなたがアースからやって来たとなれば、そなたは天上に住まう存在ということになる』

 『地球はそんなたいしたところじゃねえよ。まあ、こことはだいぶ違うが、俺はあんたらと同じ妖怪だ』

 『わからぬ。ヨウカイとはなんだ? そなたは玉兎なのか、それとも我らとは異なる存在だと言うのか』

 月ウサギの正式名称は『玉兎』というらしい。しかし、なんで妖怪という概念が伝わらないんだ? 俺もこいつらも肉体に妖力が宿っている。だったら、同じ妖怪なんじゃないのか。

 『妖怪ってのは、俺たちみたいな奴らのことを指す総称だ。お前たちは玉兎って言うんだろ? それも妖怪の一種ってわけ。あと、デスフロッグとか言う奴もな』

 『……我らとデスフロッグをいっしょくたにされるとは。なんともおかしな物の考え方をする。やはり、我らには理解できん』

 なんか話がかみ合わないな。なんで、こんな簡単なことが伝わらない。
 いや、そういえば、『妖怪』って言葉はなぜあるんだ。それって、『人間』と対になる意味があるから成立しているんじゃないか。対立する存在があって、それぞれにそれを表す名前がつけられただけにすぎない。人間がいなければ、そもそも妖怪なんて言葉は生まれなかったはずだ。

 『えっと、ここには玉兎とデスフロッグと、それから他にどんな奴らがいるんだ? 人間はいるのか?』

 『この地には、我々玉兎とその宿敵デスフッログしかいない。ニンゲンという者も聞いたことがない』

 なるほど、月には妖怪ウサギと妖怪カエルしかいないのか。人間が生活できる環境じゃないからな。だったら、玉兎たちが自分を妖怪と定義しない理由にも納得がいく。しかし、二種類の妖怪しかいないなんて、地球と比べるとなんとも多様性がない場所だな。

 『すまないが、そなたの話を信じることができん。アースからこの地へ渡る船を作るなど、それこそ神のなせる業だ。そなたは自分がアースから来た存在だと言うが、耳を失った玉兎にしか見えない』

 『ウサ耳なんて最初から生えてねーって』

 俺は根気強く説明を続けたが、やっぱり信じてもらえなかった。別に俺は自分がどんな存在と認識されようとかまわないし、玉兎の世界観にけちをつける気もないのだが、一つ気にかかることがあるのだ。それは、人間についてのことである。
 人間は貪欲に環境を食いつぶして成長していく種族である。前世に俺がいた世界では、侵略する側とされる側、その争いの結果が悲惨なものに終わることは歴史が証明している。人間が月の先住民に敬意を払って接するというのは考えにくいと思ってしまうのが正直な感想だ。同じ妖怪として、玉兎が人間にやられるのを黙止するのは気が引ける。
 けど、信じてもらえないのならしかたがない。一応、警告はしたのだ。後は玉兎たちの判断にゆだねよう。

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