13話「うれしくないウサ耳」
目の前に現れたそいつは、人間の男に近い形をしていた。最初は人間に見つかったのか慌てたが、どうやら人間ではないらしい。妖力を感じた。こいつは妖怪だ。
顔立ちもなんだかヨーロッパの人っぽい彫りの深い感じだ。アングロサクソン系というのか。都にいた人間たちは純日本風の顔立ちだったから新鮮だ。金髪碧眼のイケメンである。ただ、残念なことに頭頂部にウサギの耳らしきものがくっついていた。バニーガールの耳を想像していただきたい。あれがもっとリアルになったみたいなの。ピクピク動いてるし、偽物ではなさそうである。
月のウサギがイケメンウサ耳男とは、非常にがっかりだ。腐女子なら喜ぶのだろうか。
『あなたは何者です! その、どうして裸なのですか!?』
そういえば、この月ウサギは服を着ていた。妖怪の森にいた連中はあんまり人型の者がいなかったし、居ても人外っぽいのばっかりだったので、服を着るという慣習がなかった。せいぜい、腰布としてぼろきれを巻く程度である。俺は甲羅を脱ぐと完全な人型の妖怪だが、常にフルヌード生活を送っていた。月ウサギは、なんというか中世ヨーロッパの兵士のような格好である。こいつらには服を着る文化があるのだろう。
確かに見た目年頃の少女がすっぽんぽんなのは、健常な感覚からすれば色々とまずいな。だが、顔を赤らめて視線をそらすイケメン月ウサギの様子がなんかむかついた。警戒は解かないが、直視はできず、頬を赤く染めながら初心な少年の甘酸っぱい思春期模様を体現したかのようなその表情。そんなサービスはいらねえんだよ。
『悪い悪い、服着るから』
俺は服、というか甲羅を着る。ナチュラルに念話で会話したが、空気がないのだからそれも当然か。念話は音を媒体にせず、相手の頭の中に直接言葉の概念を伝えることができる妖術なので、月ウサギ語がわからない俺でも意思疎通ができる。
『変わった服装ですね。それに、どうしてあなたには耳がないのですか?』
『俺はウサギの妖怪じゃないからな。もとから耳はない』
『?? 何を言っているのかわかりません。あなたの言葉の概念が理解できません』
『あー、俺は月の妖怪じゃないんだ。信じられないかもしれないが、俺は地球から来た』
そう言って、俺は空に見える地球を指差す。だが、月ウサギは苦笑いをするばかりだ。
『からかっているのですか? アースからここへやってきたなんて、おとぎ話ではあるまいし』
やはり、簡単には信じてくれないようだ。俺はどう説明しようかと頭を悩ませる。
『それよりも、ここに居ては危険ですよ。昨日、この付近でデスフロッグとの戦闘が行われました。もしかすると、狩り残しがいるかもしれません』
『ですふろっぐ? なんだそれ?』
『はあ……デスフロッグを知らないなんて、どこの箱入りお嬢様ですか? とにかく、ここは危険なので、村に避難して……』
そのとき、俺はわずかな殺気を感じ取った。妖怪の殺気は、妖力が微量にこめられるのでわかりやすい。どこから来ているのかと耳を澄ます。
『どうしました?』
『静かに! 近くに何かいるぞ!』
月ウサギの方は気づいていないようだ。俺が警戒の声をかけた瞬間、それは現れた。なんと、地面を突き破って。
『な、なに!? 下から!?』
何か巨大な影が地中から飛び出してきた。まったく、気づかなかった。そうか、音で接近を探ろうとしていたが、そんなことをしても無駄だ。ここには音がない。
出てきたのは、でっかいガマガエルの妖怪だった。緑と紫が混じったマーブル模様の体皮、ぶつぶつと飛び出たイボとギョロ目、人間なんて一口で平らげてしまいそうな大きな口、間違いなく妖怪である。
『ガマアアアッ!』
『デスフロッグ……! ここは僕が注意を引きつけます。その隙にあなたは逃げてください!』
イケメン無理すんな。妖力から見て、実力はあちらの方が上手だ。ただ、月ウサギは両刃の西洋剣を装備していた。見たところ立派な剣である。武器があればなんとか対抗できるかもしれない。しかし、それでもこちらに分が悪い闘いになるだろう。
妖怪ガマガエルはデスフロッグという名前らしい。気持ち悪い動きでぴょんぴょん飛びながらこちらに向かってくる。無音なのがシュールだ。
『来い、デスフロッグ! 僕が相手だ! はあああっ!』
月ウサギが剣を構えて踏み出す。その動きは予想外に速かった。一足で敵の側面に移動し、その太い足を切りつける。球状に丸まった血がぽこぽこと飛び散った。
『ガッ、ガマアアアッ!?』
意外に強いな。動きのキレが違う。苦戦するかと思われた闘いは終始、月ウサギの優勢が続いていた。ただ、見た目通りデスフロッグは体力があるようだ。月ウサギの攻撃は、致命的なダメージを与えるに至らない。
『どうして逃げないのですか!? 早く逃げて!』
はっ、俺は他人ごとのようにその場に突っ立ったまんまだった。俺も加勢した方がいいよな。せっかく出会った月ウサギに死なれては困る。色々聞きたいことがあるのだ。
『ガマッ!』
そこで、やられっぱなしだったデスフロッグに動きがあった。体表から得体のしれない気味の悪い色をした粘液を分泌し始めたのだ。見るからに毒ですと主張している色あいだ。これには月ウサギも手が出せないのか、後ろに下がって距離を取る。
しかし、デスフロッグはその隙を見逃さなかった。大きな口をかぱりと開くと、そこから勢いよく長い舌が飛び出す。カメレオンのように伸びた舌は月ウサギの足にからみついた。
『しまった!』
『ガマアッ!』
月ウサギがデスフロッグの口の中に引きずり込まれようとしている。これはまずいな。俺はすぐさま伸びきった舌に向けて妖力弾を撃ち出した。
『ガフアッ!?』
獲物を仕留めた気になっていたデスフロッグは、思わぬ攻撃を受けて動揺した。焦りで月ウサギをつかんでいた舌を放してしまう。月ウサギはその一瞬で逃げ出すことができたようだ。
しかし、デスフロッグは次に俺を標的に選んだらしい。こちらにビシビシ殺気を放ってくる。口をかぱりと開いた。これはカメレオン攻撃がくるな。俺は横に飛んでかわそうとした。
『あ、あれ? 体がうまく動かせない』
しかし、ここが月だということをすっかり失念していた。体が軽すぎて地面を蹴っても浮遊感が邪魔して思うように移動できない。さっきの月ウサギの戦闘を見ていたせいで感覚がおかしくなっていた。どうして月ウサギはあんなにシャープな動きができたんだ?
『やばっ!?』
『ガマアアアッ!』
避けられなかった。舌が俺の胴体に巻きつく。そのまま踏ん張ることもできず、デスフロッグの口へと運びこまれる。
『やめろ!』
月ウサギが叫ぶが、デスフロッグが言うことを聞くはずもない。俺はとっさに甲羅の中にもぐりこむ。まあ、これで食われてもなんとかなるだろ。
ごっくんされた俺はデスフロッグの胃に収まった。それじゃあ、カエル爆竹花火ごっこを始めるとしよう。
『妖力弾、回転掃射!』
俺はデスフロッグの胃の中で甲羅ローリング走法を行う。ついでに妖力弾のおまけつきだ。内側からの攻撃には、さすがに耐えられまい。
『グエエエエエエエッ!』
おなかがパーン!
断末魔の悲鳴とともにデスフロッグは破裂したのであった。
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