12話「宇宙に行ったカメ」
超展開すぎる。なんで宇宙。人間がそんな暴挙に出ることなど、予想できるはずがない。最初から宇宙に逃げることを計画していたのか。だから、あんな足止めにしかならないようなロボット兵しか前線に出さなかったのだ。結局、戦にすらならないまま妖怪と人間の戦争は終わった。
そして、俺は今、宇宙にいる。地球は本当に青かった。もはや茫然とするしかない。
あの大地震はロケットの発射音だった。思いのほか甲羅がめり込んでしまった俺は、死に物狂いで脱出を試みた。だが、時すでに遅し。なんとか抜けだしたときはすでに、地上は遥か眼下に小さく遠ざかっていた。俺が槍に乗って突き刺さった場所は、都市を丸ごと一つ運び出す超巨大ロケットの一部だったのだ。
今、自分がロケットのどの部分にいるのか見当がつかないが、外装の狭い隙間にもぐりこんで振り落とされないように必死に耐えている。大気はほとんどなくなっており、息苦しくてしかたがない。このまま宇宙空間に出たら窒息する。内部に行けば空気があるのだろうが、入口がどこかわからない。普通に入口から入っても、壊して中に入っても、人間に見つかることは必至である。さすがにこの逃げ場のない状況で人間に捕まったら俺でもおしまいだ。
ロケットの飛行速度はとんでもない。考える間もなく宇宙空間に出てしまった。息ができない。苦しい。もうそろそろ死ぬんじゃないかという苦しさが1分続き、5分続き、10分続き……
(あれ? 意外と長くもってるな)
息苦しさはあれど、いつまで経っても死ぬ気配がない。まあ、俺は妖怪なので生物の範疇を超えているのかもしれない。現に30分くらい経過したあたりから、呼吸の必要性を感じなくなった。妖怪は息をしなくても死なないらしい。
さて、俺はこれからどうすればいいのだろう。ここでロケットをつかむ手を放せばスペースデブリの仲間入りだ。いや、地球の重力にひっぱられて落下するだろう。摩擦で燃え尽きて死ぬ。甲羅の中に入っていれば持ちこたえるかもしれないが、試す勇気はない。
したがって、人間と一緒に月まで同行するしかない。というか、月なんて不毛の土地だろう。どうやって開拓する気だ。正気とは思えない。ここの人類はかなりSF色が強めだから、オーバーテクノロジーでなんとかするのかもしれないが、わざわざ地球を捨ててまで月に行くことになんの意味がある。確か、穢れがどうとか言っていたが、意味がわからない。俺たち妖怪からしてみれば、汚染物質を垂れ流す人間の方がよっぽど穢れの元凶じみている。
ロケットは地球の衛星軌道に乗ると、そこでいったんエンジンを停止させた。確か、この軌道上を動く運動を利用して燃料の節約をするんだっけ。すると、またもやロケットが大きく振動を始める。今度は何をする気だ。
しばらくしてわかったが、ロケットの三分の一ほどの部分が本体から切り離されていた。この切り離された部分に俺も乗っている。二つに分かれたロケットはどんどん離れていく。燃料をパージしたにしては規模が大きすぎる。もしかして、向こうの三分の二残った方を宇宙ステーションにして、こっちの小さい方を先に月に送るということか。
そして、俺がへばりついたロケットは月に到着した。小さい方とは言っても、その大きさは考えるのも馬鹿らしくなるほどだ。月に着くと、ロケットから無人探査ロボットが出てきた。俺はロボットに見つからないようにロケットから離れる。
(さて、いよいよ月に来てしまったな)
ため息を吐こうとしたが、うまくいかない。そういえば、空気がなかった。これでは言葉を話すこともできないな。話す相手がいないので困らないか。
人間の精神なら、たった一人仲間もなく身一つで月に放りだされれば、動揺なんてものじゃすまないだろう。しかし、妖怪の俺はなんだか気楽なものだった。社会という群れの中でしか生きていけない人間との種族的な違いというものだろうか。
とりあえず、俺も月を歩いて調べることにした。月面歩行は楽しい。悪いが人類より先に月の地面に足跡をつけさせてもらう。強く踏み込んでジャンプすると5メートルくらい浮き上がる。ふんよふんよして歩きづらいことこの上ないが。甲羅を脱ぐともっと高く飛べる。甲羅自体もかなり軽くなっていた。それでも手を放すとボトンと落ちるが。あれ、なんか重力のかかり方おかしくね?
人間だったら宇宙服着てないとここは歩けないよな。紫外線、直に浴びちゃってるけど、妖怪だから大丈夫だよね。甲羅も脱いで脇に抱えているので、全裸状態である。昔、宇宙は空気がないから内圧と外圧の差で体が爆発するって聞いたことがあるけど、あれは嘘らしい。
昔の人の伝承と言えば、月のウサギを思い出した。夜空に輝く月の模様は餅をつくウサギに見えるとか。地球には妖怪がいたんだし、月にウサギがいるなんてファンタジーがあってもいい気がする。よし、月のウサギを探してみよう。
『そこにいるのはだれです!?』
だが、探すまでもなく、俺は月のウサギ第一号に遭遇してしまったようだ。
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