9話「気になるアイツはイカしたブタ面」
さて、それからしばらくした後、援軍がこの森に到着した。
その様子は圧巻だった。なんとその数、5000匹である。百鬼夜行どころの騒ぎではない。地を埋め尽くさんばかりの妖怪たちがこの森へとやってきたのだ。正直、ここまで数をそろえてくれるとは思っていなかった。嬉しい誤算である。
遥か東の地から旅をしてきた彼らを、森で受け入れ、休ませた。妖怪の森はかつないほどのにぎわいを見せている。これだけの数が集まったということは、おそらく人間に知られているだろう。5000もの妖怪の行軍を隠すことなんてできない。軍を動かす以上、しかたのないことだ。六島苞が死んだことは人間側も知っているはずなので、拠点を失う危険を感じた妖怪たちが決起することは、向こうも予測していた可能性だろう。人間側も、妖怪たちが弔い合戦に来ると踏んで、戦いに備えていると考えていた方がよさそうだ。
俺は森の深部、六島苞の切り株が残る沢にいた。協力者である東の妖怪四天王、猪々獄に挨拶をするためだ。これだけの妖怪を引き連れて来てくれた彼には、感謝しなければならない。到着からほどなくして、猪々獄は現れた。名前からなんとなく予想がついていたが、ブタの妖怪である。
「よく来てくれた、猪々獄よ。俺はこの森をまとめる妖怪、葉裏だ。このたびの戦いに手を貸してくれることを深く感謝する」
「……お前は誰だブヒ? この森の長は北の妖怪四天王、六島苞ではなかったのかブヒ?」
猪々獄の見た目は、猪八戒のような感じと言えばわかるだろうか。人間とブタを掛け合わせたような容姿をしている。背中には5本の大槍を担いでいた。腹周りはだぶついているが、腕の筋肉はモリモリだ。しかも、その体格はかなりのもので、背は5メートル以上ありそうである。見かけ倒しではなく、妖力もすごい。さすがは四天王を名乗るだけのことはあり、六島苞とタメを張るくらいの実力があると一目でわかる。妖力の多さで言えば、俺の方が勝っているようだが、戦闘力で言えばどちらが上かわからない。
でも、語尾にブヒをつけるのはやめてほしい。
「六島苞は俺の異称だ。これからは葉裏と呼んでくれ」
「ふん、クソでかい木の妖怪だと聞いていたが、実際会ってみれば、なんともまあちびっこい亀妖怪だブヒ。こりゃあ、人間にやられるわけだ! ブヒヒヒヒヒ!」
猪々獄の挑発とも取れる軽口に、援軍の妖怪たちが合わせて笑いだす。それを見たこの森の妖怪たちは、自分たちの親玉を馬鹿にされ、怒り心頭といった表情になっている。ここで喧嘩させれば士気にも影響がでる。俺は怒り出す妖怪をなだめた。
「まあ、そう言うな。これからともに人間と戦おうと言うのだ。仲良くやっていこうじゃないか」
「人間をぶっ殺すことに関しちゃ、異論はねえブヒ。そのために俺様のかわいい手下どもをあつめてやったんだからな。だが、戦の前にはっきりさせておきたいことがあるブヒ。それは、俺様とお前、どちらが大将にふさわしいか、ということだ」
なるほど、それはもっともだ。トップが二人いたのでは、指揮系統が混乱する。混合軍を形成する以上、どちらの長の命令が優先されるか決めておかないといけない。
猪々獄は、背中から槍を一本抜きとり、ぶんぶんと振り回してその槍先を俺に向けた。
「俺様と勝負しろブヒ! 勝った方がこの軍の指揮をとる。どうだ?」
俺としては、指揮権を猪々獄に譲ってやってもいいと思っているが、この戦闘狂にそんな話は通じないだろう。それにここであっさり負けを認めると、それはそれでこの森にもともといた妖怪たちの士気が下がりそうだしな。
「いいだろう。受けて立つ!」
「ブッヒッヒ! そうこなくっちゃなあ。おら、お前は武器を構えなくていいのか?」
武器ねえ。正直、この森で調達できる武器なんて石器の斧くらいしかない。こん棒は俺の筋力をフルパワーで使って振ると一瞬で壊れてしまう。石器はそれよりも若干マシといった程度なので、使えるものがない。素手で殴った方がまだいい。
「俺の武器はこの体一つさ!」
「上等だブヒ! 俺様は東の妖怪四天王、猪々獄! いざ、尋常に勝負っ!」
名乗りを終えた猪々獄は剛速の槍を突きだしてきた。はやい! 俺は反応できずにモロに突きを食らってしまった。俺の腹の甲羅装甲がその攻撃を防ぐが、突きの威力はすさまじく、体が後方に吹き飛ばされる。
「ぐっうう! なんて衝撃だ……!」
槍を食らった腹のあたりがジンジンと痛む。初めて肉体にダメージを通された。相変わらず甲羅に傷はついていないが、衝撃が内部まで届いている。このブタ、やりおる。
「……驚いたブヒ。まさか俺様の槍を無傷で防ぐとは! それに、その体の重さ、はんぱねえブヒ。俺様の手の方が痺れちまったブヒ。妖怪四天王の名は伊達じゃねえってことか。ブッヒヒヒヒヒ! こいつは面白くなってきたブヒ!」
今度は俺の方から仕掛ける。さっきは猪々獄の突きに対応できなかったが、それは俺の経験不足が原因であって、やろうと思えば素早く動ける。俺は猪々獄の懐に踏み込み、拳を放つ。
「くらえ!」
「はあ! なんだその攻撃は! 遅すぎるブヒ!」
「なに!?」
脂肪でたぷたぷの巨体のくせに、こいつは俺の拳を難なくかわした。確実に俺より速く動ける。それを認めなければならない。拳を突きだした俺の体勢は隙だらけだ。そこに鋭い槍が連続して襲いかかってくる。
「ちいいいいっ!」
俺は甲羅ガードで猛攻を耐える。ぐおう! モーレツゥ!
甲羅で防いでも自転車とぶつかったくらいの衝撃は通る。地味に痛い。
パンチが届かないとなれば、他の手で攻めなくては。俺は妖力弾を放った。迂木が使っていた技と同じものだ。妖力をたんまりもっている今の俺なら何発でも打ち出すことができる。妖力弾は確かに速い。しかし、威力が弱かった。猪々獄に当たっても全然ダメージを与えた様子はない。相手も高い妖力を持っているので、当たる直前に相殺されているのだろう。それにほとんど避けられている。
「ふぬっ! その甲羅は厄介だブヒ。ならば! 甲羅以外の場所を狙うブヒ!」
今度は甲羅から露出している手足を狙ってきた。ま、当然だよな。こちらもその手は読んでいた。右腕目がけて突きだされた槍。俺は右腕を甲羅に収納する。
「な、なんだブヒ!?」
「はっはっは! そう簡単にやられるか!」
猪々獄は予想外の動きをされたことに驚いている。そこにわずかな隙ができた。今だ!
俺は甲羅の中に入れていた木の実を取り出す。これは、散歩中に見つけた物だ。蜜柑のような見た目をしているので、食べられるのかと思って少しかじってみたところ、壮絶な辛さに悶えることになった。これは何かの武器に使えるかもしれないと思って甲羅の中に大量に入れておいたのだ。
それを空中に放り、妖力弾で打ち抜いて炸裂させた。
「なんだこれは、うわあああ! 目がしみるううう!」
果汁が周囲に飛び散り、猪々獄の目に入った。俺は頭を甲羅に引っ込めて回避した。よし、この隙に攻撃だ。
頭を収納しているので前が見えないが、前方に感じる猪々獄の妖力はわかるので位置は特定できる。そこ目がけて渾身の蹴りを入れる。
「ぐふうっ!」
やわらかい肉を蹴る感触がした。頭を出すと、腹を押さえてよろめく猪々獄がいた。追撃しようとすると、さっと後ろに飛び退ってかわされる。そう何度も奇襲は通用しないか。
「はあはあ! やってくれたな、子亀妖怪! もう容赦はせんブヒ!」
今の一撃は効果があったようだが、猪々獄を倒すには至らなかった。タフな奴だ。目潰しのせいで涙目になって見えない視界もすぐに回復するだろう。
「当たり前だ! 最初から容赦なんかすんじゃねえ! 全力で来い!」
これは長期戦になりそうだな。
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