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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

7話「戦いどころじゃない」

 
 整理しよう。
 聞くところによると、長い年月を生き、妖力が高まった妖怪は元の姿とは異なる形へと体を変化させることが多いらしい。これは自分の種族の普遍的な形状という範囲に固定されていた肉体と、妖力によって強靭になった精神の間で乖離が生じ、その違いを中和するために起こる現象のようだ。人型に体が変化する者は割と多い。だから、俺の体が人間っぽくなったことはそう珍しいことではない。
 どうして、美少女に変化したのか気になったが、そういえば俺は雌ガメだったし、さらに言えば、実は前世でも子どもの頃はこんな容姿をしていた。小さいころはよく女と間違われたものだ。もうとてつもなく昔の記憶なので、すっかり忘れていた。
 そこまではいい。納得できる。問題は、俺が完全に人化しなかったということだ。甲羅が残っている。非常に間抜け。

 「だあああ! ちくしょおおお!」

 「葉裏様、落ちついてください!」

 想像してほしい。幼い少女がカメの甲羅をすっぽり着用している姿を。かっこ悪すぎる。すごくかっこ悪い! 俺はどうしても我慢ならなかった。どうして、100%人間か、100%カメの体にしなかったのだ。なぜ混ぜたし。そんなハイブリッドは要らない。ガメラの甲羅の部分だけの特撮衣装を着ているような感じである。
 さらに、この甲羅、クソ重いのである。ものすっごい肩が凝る。俺がプレスをきめると、地面が陥没する。軽く歩くだけでズシンズシンと音がする。少女姿の俺がトコトコ歩くその擬音がズシンズシンだぞ。能力なんて使わなくても視線を一人占めだ。そんな物を背負って肩が凝るくらいくらいですむのだから、俺も強くはなっているのだろう。しかし、それとこれとは話が別。俺はこの甲羅をなんとかできないか必死に模索した。
 だが、うまくいかなかった。甲羅は背中側と腹側の二つのパーツがあり、どうにか分離できないか試してみたが、だめだ。この甲羅も体の一部である。引っぺがすことはできそうにない。甲羅の妖力をもっと吸い取って小さくできないか試してみたが、一向に変化がない。それに俺の現時点での肉体の容量では、これ以上妖力の移し替えはできそうになかった。妖力の飽和状態で吐きそうになる。それ已然の問題として、甲羅が小さくなったところで取り外すことができなければ意味がない。まったくの無駄骨だった。
 しかし、俺は諦めていない。何が何でもこの甲羅をはずしてみせる。それから、俺は人間との戦いなどそっちのけで、甲羅との戦いを繰り広げることになる。

 検証その1:高所からの落下

 「いくぜっ! おらああああ!」

 俺は高い崖の上から躊躇することなく飛び降りる。一瞬の浮遊感。そして、急速落下。地面に激突する前に、手足と頭を甲羅の中に引っ込める。ちなみに、どういうわけか甲羅の中は質量保存の法則を無視するかのような無限スペースになっている。どう考えても人体では構造上不可能な動きでにゅるんと甲羅の中にもぐりこむことができた。手に物を持ったままでも中に入れる。しかも、その物を甲羅の中に入れっぱなししておくことができるのだ。まるで、四次元ポケット。便利である。
 そして、崖から飛び降り甲羅の中に避難した俺は、見事崖下に着地する。すさまじい地響きがおき、隕石でも落下したかのようなクレーターができる。だが、甲羅は無傷。

 検証その2:崖上から岩を落とす。

 「こいやっ! おらああああ!」

 今度は妖怪たちに協力してもらい、崖の上から巨大な岩を転がして落としてもらった。その崖の下に俺がいるという寸法さ。
 岩は俺の甲羅に直撃した。殻の中に引っ込んでいた俺には、岩が落ちる音は聞こえたが、直撃を受けたというのに何の衝撃も感じない。むしろ、生き埋めになったことの方がこまったが、その岩は片手で持ち上げることができたので、無事脱出できた。甲羅に比べれば断然軽い。

 検証その3:火あぶり

 「やけやっ! おらああああ!」

 妖怪の中には、妖術によって火を起こせる奴が何匹かいた。そいつらにありったけの炎を出してもらい、甲羅を焼く。これがほんとの甲羅干しだ。
 甲羅の中にいる俺はまったく熱さを感じなかった。10分くらいこんがり焼かれたが、やはり無傷。先に妖怪たちの妖力の方が尽きた。俺の背中のマイホームは、安心の耐火設計のようである。
 他にも様々な苦行を自らに科したが、甲羅の防御力はそのことごとくに耐えきった。六島苞の妖力が詰め込まれた結果、妖力が結晶化して金属をも超える硬度になってしまったみたいだ。美しい緑色の光沢は色褪せることがない。
 ところで、妖怪たちは俺のマゾ苦行を見て、なぜか士気があがっている。検証によって様々な攻撃をことごとく跳ね返した行為は、俺の力を見せつけるパフォーマンスになったようである。事実、防御面に関しては今のところ不安はない。攻撃面でも以前に増してかなり強化されている。少女の見た目からは想像もつかないほどの怪力を発揮できる。この森には俺より強い妖怪はいないようだった。
 尊敬のまなざしで見られるのは面映ゆいところだが、なんにせよ士気が高まったのはいいことである。甲羅については、現状では手出しできそうにない。そろそろ、人間たちとの戦いに備えて本腰を入れていくか。だが、俺は絶対に諦めない。いつか、この甲羅を脱ぎ捨ててやる!
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