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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

6話「人化」

 
 ちょっと熱くなりすぎたと思ったら、いつの間にか俺は妖怪のリーダーになっていた。
 もともとそんな気はこれっぽっちもなかったのだが、乗りかかった船に乗らされてしまった感が否めない。まあ、六島苞に対する罪悪感も少しはあったのかもしれない。この力はもともとあいつの力だ。あいつはこの力をこの森を守るために使っていた。それはもちろん打算があったとは思うが。力は持つだけで責任を生む。俺にはこの森の妖怪たちをあおった責任もあるのだ。その言質くらいきっちり自分で面倒みたいと思うのだ。
 はっきり言って、六島苞の力を奪ったことを後悔なんてしていない。奪われた方が悪いのだ。もともと自分の力ではないからと言って遠慮する気もない。これは紛れもなく、今の俺の力に他ならないのだから。そして、六島苞の背負ってきた物を俺が引き受けなければならない義務感なんてものは微塵も感じていない。
 正直な話、これはただの傲慢なのかもしれない。俺がちっぽけなカメだったころ、生きることに必死でそれ以外のことなんて考えている余裕はなかった。しかし、今はこうして何の因果か有り余るほどの力を手に入れた。その余裕があるから、なんとなく、妖怪のリーダーという重役を引き受けてしまったのだろうか。
 まあ、そんな俺の気持ちの話はさておいて、妖怪の森は人間との決戦に向けた準備に入っていた。元人間として、妖怪と殺し合うことにためらいはあるのかというと……ない。不思議なものだ。人を殺すことに嫌悪を感じない。善良な人間を進んで殺したいとは思わないが、その程度の感情だ。妖怪にとって、人殺しは種族的な禁忌ではない。むしろ、人間は科学が発達する以前まで妖怪の食糧にされていた。俺はやはり、身も心も妖怪になってしまったということだろうか。
 結界がなくなって森はじわじわと化学物質による汚染を受け始めている。早急に都を襲う作戦を立てなければならない。
 だが、その前に……

 (いつになったら、俺は動けるようになるんだ?)

 俺が親玉に就任してから三日、いまだに体を動かすことができない状況が続いている。妖怪たちには、封印が解けたばかりで慣れていないだけだと言い訳してきたが、さすがにそれも限界だろう。
 この三日、俺は自分自身の体を徹底的に調べていた。そして、わかったことがいくつかある。
 まず、俺が動けない理由。それはそう苦労せずに判明した。原因は甲羅の重さだ。なぜか、俺の甲羅がめちゃっくちゃ巨大化している。全長10メートルくらいである。そのせいで重すぎて動けないのだ。
 さらに、甲羅の大きさは巨大化したのに、肝心の俺の体そのものは大きくなっていないのである。いや、正確には大きくなっていないわけではない。15センチのミドリガメだったころと比べれば格段に成長している。1メートルちょっとくらいにはなっているような気がする。しかし、それでも甲羅の大きさと比較すれば極小と言わざるを得ない。したがって手足が外に出せない。体がすっぽり甲羅の中に埋もれてしまっている状態なのだ。
 なぜ、こんな体になってしまったのか。その原因も自分なりに仮説は立った。
 マイビッグマザーは妖怪だった。二百年生き続けて妖怪になった。もし、俺の妖力成長率が迂木と同程度だとすれば、俺は確実に二百歳を超える年月を生きていると計算できる。それほどまでに俺の妖力は成長していた。迂木の体の大きさは軽自動車くらいあったが、俺の体はせいぜい1メートル。確かに体長で言えば迂木の方が大きかったが、内包する妖力の量では俺がまさる。かつての記憶と照らし合わせて見ても、明らかに俺の妖力の方が大きい。
 それは、六島苞の妖力を取り込んだのだから当然だと言われそうだが、少し待ってくれ。さっきの話は六島苞の妖力を抜きにした話である。つまり、俺自身が一つの個体として長い年月を生きたために得ることができた妖力についてのことだ。
 では、六島苞の妖力はどこにいったのかというと、それが問題である。なんと、すべて俺の甲羅にため込まれていた。すなわち、俺の肉体は俺自身が得た妖力で成長したが、俺の甲羅は六島苞の妖力を詰め込まれた結果、ぱんぱんに膨れ上がってしまった、というわけである。そのため、肉体と甲羅との間の成長に不均等が生じたのだ。
 この不均等を解決するため方法は一つしか思い浮かばない。甲羅の妖力を俺の肉体に移し替えるのだ。そうすることで甲羅は縮小し、ちょうどいいサイズにもどる。
 六島苞の妖力を自分の体に取り込むことについては問題なかった。長い間くっついていたせいか、取り込んでも違和感はない。しかし、大変だったのはその量である。とにかく、甲羅の中の妖力が多い。どれだけ肉体に移し替えても小さくならない。いくら拒絶反応が出ないからと言っても、常時輸血状態ではさすがに気持ち悪くなってくる。しかも、このエネルギーは熱力学の法則に忠実なようで、エネルギーが高い方から低い方へと移動しやすい性質があった。そのため、気を抜くとドンドコもっさり妖力を甲羅から肉体へ送りつけられてしまう。妖力の移動は細心の注意を払って少しずつ行わなければならなかった。

 「なんだか、葉裏様の体が小さくなっていないか?」

 「え? た、確かに心なしか縮んだ気がする……葉裏様、いかがなさいましたか!?」

 『だ、大丈夫だ、気にするな……ゲフッ!』

 その後も順調に移し替えは進んだ。確実に甲羅の大きさは小さくなっている。だが、なぜか俺の肉体の方はどれだけ妖力を吸っても肥大化しなかった。妖力の多さが体長と比例しているわけではないのか。
 どんどん小さくなる俺を見て、妖怪たちが心配している。とりあえず、動きやすいように姿を最適化していると言っておいた。
 そして七日目。俺はついに日の光を拝むことになる。

 「う、うう……」

 「葉裏様!」

 妖力の摂りすぎで頭がくらくらする。俺の周りには妖怪たちが集まっているようだ。

 「なんとか、外に出られたみたいだな……あれ? 俺、人語を話せるぞ?」

 カメだったときは当然、人の言葉など話せなかったが、妖怪化した影響だろうか、ちゃんと言葉を発音できる。まあ、喋れて困ることはない。

 「どうだ、これが今まで封印されていた俺の真の姿だ!」

 今の俺は、きっとマイビッグマザーのように美しいカメにバージョンアップしているはずだ。妖怪たちもあまりの神々しさに絶句して……

 「「「……」」」

 絶句している。なんだ? 思っていた反応と違う。俺の姿はどうなっているんだ?
 少しずつ光に慣れてきた目で、自分の姿を確認する。甲羅は暗緑色で宝石のように輝き、手足は真っ白くすべすべでぷにぷにした肌である。

 「えっ!? ちょっと待て!」

 俺は二足歩行で駆け出し、近くの水辺へと向かう。そして、水面に映る自分をその目で見た。
 少女だ。美少女がいる。甲羅と同じ深い緑色の髪に瞳で、整った顔立ち。肌は陶器のように白くなめらか。そして、何より目立つのは甲羅だ。体がすっぽり甲羅の中に収まっており、それぞれの穴から頭と手足が出ている状態、つまり、ガメラの着ぐるみでも着ているかのような格好なのだ。

 「なんじゃこりゃあああああ!?」

 俺の精神はかつてない大ダメージを受けてしまった。

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