5話「妖怪化」
「うわ、なんか幹から出てきたぞ。つかまえろ!」
「これが六島苞の心臓か。研究所に高く売れるぞ!」
地上では、人間たちの喜ぶ声が聞こえる。俺もおめでとうと一声かけてやりたいが、体がまだ動かないのでじっとしておこう。
しかし、ほどなくして辺りが騒がしくなってきた。
「なんだ、どうした!?」
「妖怪だ! 森の妖怪たちが出てきやがった!」
「ちっ! 妖怪封じのシールドがもたなかったようだな」
「どうする、まだ六島苞の木材を切り出してないぜ!?」
「……諦めよう。今の装備じゃ、やりあうのはきつい」
「ちくしょう、せっかくここまで来たってのに!」
「いや、収穫ならあったさ。六島苞の心臓を手に入れた。これだけでも目ん玉が飛び出るくらいの金になるぜ!」
人間たちは逃げるように帰って行った。六島苞は研究所というところに売られるらしい。元気でな。
その後、何かの気配がぞろぞろと俺の上に集まってくるのを感じた。妖力を感じる。ということは、こいつらが人間がさっき言っていた妖怪か。こんなに大勢の妖怪と接するのは初めてのことだ。今までに会った妖怪は、迂木と六島苞だけだからな。
「六島苞様が切られてしまったぞ!」
「なんということだ……これでは、森を守る結界がなくなってしまう」
「おのれ、人間どもめ!」
あれ? もしかして、六島苞って結構慕われてたのかな。こんなに多くの妖怪に悔やんでもらえるなんて。そういえば、結界を張ってたのは六島苞だったな。ということは、間接的にこの森の妖怪たちを守っていたということになるのだろうか。
あと、この妖怪たち普通に人語が話せるんだな。妖怪ってみんな念話で話すのかと思ってた。
「……いや、待て! 何か地中にいるぞ!」
「本当だ! とてつもない妖力を感じる。これは六島苞の妖力だ!」
あれあれ? まずいぞ、俺のことがばれてる。
言われて気づいたが、俺の体にはとんでもない量の妖力がため込まれていた。六島苞の芋にされていたせいだ。俺の体に六島苞の全妖力が結集されていることになる。
「切り株の下から感じる。六島苞様! そこにおられるのですか!?」
どうしよう。返事したほうがいいのかな。それはそれでややこしくなりそうだし。
「六島苞様が我々に何か残してくださったのかもしれん。掘り起こしてみよう!」
うわあ、結局面倒なことになりそうだな、おい。
* * *
それから大勢の妖怪たちが集まって、切り株を引っこ抜く作業が始まった。俺の体は相変わらず動かない。念話を使えば土の中からでも呼びかけることができるのだが、何と声をかければいいのかわからず、困り果てていた。そもそも六島苞とこの妖怪たちの関係ってどんなものだったんだ。
掘り起こし作業は難航したようだ。そりゃこれだけデカイ木である。切り株もでかい。根も広大にひろがっている。昼も夜も休みなく、妖怪たちは働いた。
三日目にして切り株の周りの土を取り除いていく作業がようやく終了し、それから引っ張り上げるため、奮闘しているらしい。話を聞いていると、てこ原理で持ち上げてロープで引きずりだす算段のようである。
「オーエス! オーエス!」
まるで祭りのような熱気で作業は続けられた。そして、5日目。ついにお披露目である。
「これが六島苞様の根っこか……」
「でっけえ岩がからまってやがる。だからあんなに重かったのか」
「まて、この岩から妖力を感じるぞ」
岩? 今の俺は岩に見えているのだろうか。
それより、問題なのはこれからどうするかということだ。依然として体はがっちりと何かに拘束されるように固まっていて、ピクリとも動かせない。さすがに俺も焦ってきた。このままずっと固まったままとか、ないよね。まさか、六島苞の呪いとか?
妖怪たちには、俺の姿はでかい岩に見えるらしい。絡みつく木の根を取り払い、水で洗ってきれいにしてくれたようだ。あざっす。
「さて、取り出してみたはいいものの、これが何なのかさっぱりわからないな」
「翡翠のように綺麗な緑色だな。欲深い人間たちならば、途方もない価値で扱うだろう。もしかして中に何か入ってるんじゃないか?」
「……壊してみるか?」
「バカな! 六島苞様のバチがあたったらどうする!?」
「もう根っこも掘り出しちまったんだし、今さらじゃねえか」
『いやまてまて!』
「「「!!!」」」
しまった! 妖怪たちが物騒なことを言いだすから、つい念話で話しかけてしまった。
「これは念話……! ということは、六島苞様なのですか!?」
『あー、なんだそのー……俺は六島苞だっ!』
しまった! 勢いに任せてつい口から出まかせを言っちゃった。
「おお! 六島苞様は生きておられたのですね!?」
『い、いや、俺はまあ、六島苞であって六島苞ではないというか』
「どういうことでしょうか?」
くそう、ここまできたら出まかせで全部押し切るしかない!
『六島苞と呼ばれた物は、俺の表層にすぎん。俺は強すぎる力を自ら封じ込めるために、あえてあのような姿をとっていたのだよ! 人間たちが表層部分を刈り取ったため、封印が解けてしまったようだな』
「なんと! そうでありましたか! さすがは六島苞様です!」
半分以上嘘だが、いいや。どうせ、ばれやしないさ。
だが、いつまでも六島苞様と呼ばれ続けるのはさすがに嫌だな。
『その六島苞という名だが……それはあくまで俺の表層につけられた名前だ。俺の名前は葉裏という』
「そうでございましたか。失礼いたしました、葉裏様」
『うむ。それで、俺は長らく眠りについていたので、最近の事情について疎い。というか、ぶっちゃけあんたら、だれですか?』
「ええ!? 我々のことを覚えてないのですか?」
『お前たちと接していたのは、表層だからな。俺自身は眠っていたのだ。まず、俺がどれだけの時間眠りについていたのか知りたいな』
「さようですか。しかし、そう言われましても、六島苞……葉裏様は我々のような有象無象の妖怪とは一線を画する存在であります。どれだけの悠久の時を生きてこられたか、我々には想像だにできません。少なくとも数千年はくだらないのではないでしょうか」
どうも、かなりの時間、俺は冬虫夏草状態だったようだ。
でも、確か前に六島苞に会ったときは、一万年生きたって言ってたな。少なくとも、それだけ分の妖力が俺の中にあるということになる。
『で、人間がいるようだな。奴らとはどういう関係なのだ?』
「はい! 人間は我々妖怪の宿敵です! 傲慢なる人間は我々のすみかを脅かし、無秩序に森を切り開き、河を汚します! 駆逐すべき存在です! あろうことか、葉裏様に手をかけようとするとは、何と不届きな……」
『俺が結界を張っていたはずだろ? それはどうなった?』
「葉裏様の結界は永らくこの森を守護してくださいました。人間どもも、手出しができないほどの強力なものです。我々は油断していました。人間はカガクという恐ろしい術を使います。おそらく、葉裏様の結界は人間のカガクの力によって破られたのではないかと思われます」
妖怪の妖術と人間の科学が対峙する世界なのか。六島苞ってめちゃ強い妖怪なんだろ? その力を無効化するとか、人間側強すぎじゃね?
『結界を破られた原因はわかったのか?』
「はい。この森の結界は葉裏様の“小株”によって形成されています。一か所だけ、小株が枯らされていました。何かの薬を使って小株を攻撃したでしょう。人間の薬は植物に多大なる被害を与えます。普段は小株を見張る妖怪がいるのですが、警備の隙を突かれました。面目次第もありません」
なるほど、六島苞の小株で結界は作られていたのか。なら、あの人間たちは草枯らしでもまいたのだろう。植物系妖怪の弱点を突いたわけだ。
『六島苞……俺の表層は強かっただろ? 人間たちに対して結界以外の対抗策はなかったのか?』
「ええ、六島苞様は確かに強大な力をお持ちでしたが、それは守りの力でした。この森は人間の都に最も近い妖怪の拠点です。人間の都から発せられる“カガクブッシツ”によって、通常なら枯れ果ててしまうはずの森を、六島苞様が結界の力で浄化されていたのです。我々がここに住めるのも六島苞様の結界のおかげでした」
六島苞の妖術は戦闘向きではなかったようだ。拠点を作るのには優れているが、一度内部に侵入されると手出しができなかったのだろう。
なんかやばい気がしてきた。六島苞、性格は悪いけど、妖怪の社会に貢献してたんだな。どうしよう、あっさり死んじゃったよ。
「そういうわけでして、今、この森には結界がない状態なのです。お目覚めのところ、申し訳ありませんが、なにとぞ新しい結界を葉裏様に作っていただきたいのですが」
『え? あー、結界? ハハッ! 結界ね、結界! ……ちょっと、無理かなー、なんつて』
「え……」
妖怪たちの顔は見えないのだが、辺りがざわざわと騒がしくなる。それもそうだ。いきなり自分たちの住む森が安全ではなくなると言われたのだから、動揺しないわけがない。
「な、なぜなのです!? 警備を怠った我々への罰でしょうか!?」
『いや、そうじゃない。あの結界を張っていたのは確かに俺の表層だが、その表層である六島苞が死んだのは事実だ。今の俺には結界を張る術が使えない』
これは正直に話すしかない。使えないものは使えないのだ。嘘をついてもすぐにわかる。妖怪たちは絶望したかのような悲鳴を上げ始めた。ど、どうしよう……
「で、では、この森はもうおしまい、なのでしょうか……?」
『……』
「このまま人間に追い立てられるがまま、ここを立ち去るしかないとおっしゃるのですか!?」
『……』
「葉裏様! 我々はこれからどうすればいいのですか!」
『……』
「ああ、六島苞様が生きていらっしゃったのなら、こんな思いはしなくてもすんだのに!」
『……』
「もしかして、葉裏様は六島苞様と同一の存在ではないのではないですか?」
『な、なにをコンキョにソンナこという!』
「そうだ、六島苞様と葉裏様が同じ存在だというのなら、どうして同じ結界の術が使えないんだ! おかしいじゃないか!」
『だから、それは俺の表層がだな……』
「表層、表層ってオラたちには意味がわかんねえよ! もっとわかるように説明してくれ!」
「そうだ! ちゃんとした説明をしろ!」
「あなたはこの森を守る存在ではなかったのですか!?」
「俺たちはあんたのことをずっと信じてきたのに」
ええい、うるさい。なんだこいつらは。政治家にクレームをつけるプロ市民か。
妖怪たちの訴えはだんだんとただの罵声になっていく。いい加減、俺も頭に血が上ってきた。好き勝手に言いやがって。俺に何の責任がある。俺はただ生きようとしただけだ。だいたい、お前たちが文句を言うべき相手は俺じゃないだろ。お前たちの敵は人間じゃないのか。
『かーーーーーーーっつ!』
俺は能力を使った。それまで怒鳴り声をあげていた妖怪たちは、ぴたりと声を止めた。一斉に俺に視線が集まる。皆が俺に“注目”した。
『ぴーぴー泣きわめくんじゃねえよ、お前らは生まれたての子ガメか!? いつまでも六島苞様が守ってくれるからこの森は安心だあ!? 甘ったれるんじゃねえ! お前らはいつまで六島苞のすねをかじる気だ!? 妖怪なんだろ! 強いんだろ!? だったら、立ち向かえばいいじゃねえか! 人間どもをブッ潰してやればそれで済む話だろが!』
俺はマイビッグマザーを思い出した。小さな俺たち兄弟を残して去って行った迂木。俺たちゃ所詮畜生だ。ボンボンおぼっちゃまじゃあるまいし、泣きわめけば誰かが助けてくれるなんて考えること自体が間違ってる。
「で、でも、俺たちだけじゃ人間には勝てない……この森に妖怪が住めるのは、結界があったからで……」
『六島苞は俺だって言っただろ。あいつの力は、今、俺の中にある。あいつは結界術を使えたが、俺が使える力は違うのさ』
「葉裏様は、どんな力が使えるのですか!? もしや、かつての六島苞様を上回るほどの力が……」
『さあな。使ったことないからわからん』
「「「ズコー!」」」
なんだお前ら、ノリノリじゃん。
『だが、俺が強力なチカラを持っていることは確かだ。だったら、対抗策はいくらでも立つ。そうだろ』
妖怪たちは静かに俺の話に耳を傾けていた。俺の説得は無駄ではなかったようだ。徐々に気力を取り戻していく様子がわかる。
『人間なんてとるに足りねえ! 俺ら妖怪の底力を見せつけてやるんだよ! わかったか、野郎ども!』
「「「ウオー!!」」」
こうして、俺はこの森をまとめる妖怪の親玉になった。
って、なんでだよ!?
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