4話「目覚め」
『タスケテ! タスケテ!』
だれかの声がする。この声はどこかで聞いたことがある。
さて、俺はだれだったっけ。そうそう、葉裏だ。
俺が見た最後の記憶。できれば思い出したくないほどグロテスクな死に様だった。ということは、俺はまた転生したのだろうか。そういえば、この声は何だ? 脳内に響いてくる。
『タスケテ!』
(だれだよ、あんた。俺は眠いんだ)
ここは暗い。体も動かない。意識だけが鮮明だ。そして、俺の体の中に熱い何かが流れ込んでくる。そこで気がついた。熱い。体が焼けるように熱い。
(あちっ、あちちち! なんだ、なにが起こってるんだ?)
俺の目が覚めたのも、この熱さのせいだ。血管に溶けた鉄を流し込まれているような感覚である。もうこんな拷問はたくさんだ。確かに俺は前世で徳を積むようなことはしなかったが、こんなひどい目に遭わされるような業も積んだ覚えはない。
『ニンゲンガクル! コロサレル!』
この声、どこかで聞いたことがあると思ったら、俺に寄生しやがった巨木妖怪じゃないか。俺はまだ生きているのか?
俺は自分の意識を集中させる。ここは、俺の体だ。体中に木の根が張り巡らされている。なんだか、成長しているような気がするな。俺は寄生されながらも生きていた。いや、巨木に生かされていたのか?
俺の背中からは幹が生えている。意識は俺の体を離れて、そこをずっと上に登っていくことができた。今の俺はヤドリギと一心同体になっているのだろう。現在のヤドリギは、俺が最初に見たときの姿よりもずっと立派に育っていた。あれからどのくらいの年月が経ったんだ?
「ようやくたどり着いた。これが噂に名高いあの『見られずの霊樹・六島苞』か……」
「ああ、周辺の森に張ってあった結界は厄介だったが、なんとかなってよかったぜ。見ろよ、この大きさ、超一級品だ。こいつは金になるぜ」
ふと、幹の下あたりに意識をやると、人間がいた。久しぶりに会ってみたはいいが、なんか悪人臭がするな。素直に喜べない。どうやら、この木を切り倒すつまりらしい。なるほど、それで巨木妖怪の奴は慌てているのか。
六島苞なんてかっこいい名前で呼ばれているようだけど。結界とか張って人間対策はしていたようだが、破られたみたいだ。ざまあ、と言ってやろう。さっさと切り倒されるがいい。
それで、六島苞の奴はさっきから何をしているんだ?
『コノカラダハ、モウダメダヨ! タネヲノコサナイト!』
この体はもうダメだ。種を残さないと……って、こいつもしかして!?
俺は自分の体に意識をもどした。案の定だ。こいつは、自分の持つすべての妖力を俺の体に集めている。あのときと一緒だ。樹木という体を捨て、すべてを果実に結集させて逃げようとしているのだ。体が熱かったのは、妖力を流し込まれていたせいか。
(おい、こら! 人の体に何してんだ!? 俺は芋じゃねえぞ!)
『ジャマシナイデ! “ミ”ハ、デキタ。アトハ、“タネ”ヲイレルダケ……』
実はできた、後は種を入れるだけ、ってどういうことだ?
そのとき、幹の上部に俺の意識が違和感を感じ取った。今度は何だ。意識を向けると、そこにコブのような物ができていた。それが、だんだんと根元に向かって降りてくる。
よく調べてみると、それはなんと六島苞の命の結晶だった。そうか、これが種なんだ。実は果肉と種でできている。果肉には妖力がこめられており、種には六島苞自信の魂が宿っている。果肉の妖力を養分にして六島苞は成長するのだ。実を食べる者は、言うなれば土壌。そこに果肉の養分を振りまき、最上の苗床を作り出す。
前の六島苞と比べて、今は格段に妖力が上がっているのがわかる。そのあまりにも膨大な妖力は、枝に実らせることができないほど強大なため、地下に存在する俺の体を芋代わりにして妖力を蓄えていたらしい。あくどい。
つまり、種である“コブ”が俺の体に到達してしまえば、“実”が完成することになる。それだけはやめさせなければならない。つーか、やめろ!
(とまれー!)
『ワッセ! ワッセ!』
だが、俺は無力だった。俺と六島苞とでは、生命としての格が違うようである。俺の意識と違って、六島苞の意識は“コブ”という形で実体化している。現に幹の中を移動しているコブを、実体のない意識の集まりでしかない俺が止めることはできない。俺自身の体もいまや六島苞の根っこに絡みとられて支配されてしまっている。抵抗はできない。
残す可能性として、実体のある連中に止めてもらうしか他に道はない。つまり、人間たちに木を切り倒してもらうのだ。種は幹の中をゆっくりと下降している。根にたどりつく前に切り離してしまえば俺の勝ちだ。
『人間たちよ! 俺の声を聞けい!』
「な、なんだこの声は!?」
俺は念話が通じないか試してみた。うまくいったようだ。人間たちは動揺している。
『俺の結界を破ったことは褒めてやろう。だが! お前たちの思い通りにはならんぞ!』
「もしかして、六島苞がしゃべってるのか?」
「これは妖怪が使う念話という術だ。なるほど、こいつにも自我というものがあるようだ」
よし、次は俺の能力を使って、注目を集める。俺と六島苞は一心同体。つまりは、俺の能力の適用範囲に六島苞もいることになる。俺は六島苞の魂が宿る結晶に“注目を集めた”。
「ん? なあ、何か感じないか?」
「お前もか? そうだな、存在感、とでも言えばいいのか……あのあたりに強い気配を感じる」
「おお! オレもそう思ってたんだ!」
「私は霊感があまり強くないのだが、それでも感じ取れるほどの大きな存在だ。幹の中に何かいるのか? ん? しかも、幹の中をゆっくりと……下に向かって移動していないか!?」
ここまでくれば、後は俺の演技次第だ。頼むから、早く伐採してくれよ!
『な、何を言っているのだ! 下等な人間風情が! 俺は何も隠してなどいないぞ!』
「なんだ、こいつ動揺し始めたな。ははーん、そうか、わかったぞ」
「なにがわかったんだ?」
「これだけの存在感、おそらくこれは妖怪の“心臓”だ」
「なんだそれは?」
「妖怪の核、魂みたいなものだ。こいつ、心臓をとられまいと地下に隠そうとしているのさ」
「なんだと!? じゃあ、さっさと切っちまわねえとな!」
その調子だ! やれ、ひとおもいにやってくれ!
たが、問題は時間だな。ゆっくりではあると言っても、確実にコブは降りてきている。早く切らないと手遅れになってしまう。
そこで、人間たちはチェンソーを取り出した。ブオブオとエンジンをふかせる。よっしゃ! 文明の利器最高! これならいける!
『まて! まってくれ! 頼むからそれだけは……!』
「こっちにも都合があるんでな。悪いが、それはできねえ相談だ!」
ブイイイイイギュアアアアッ!
とうとう幹に刃が入った。その振動は、俺にも痛みとなって伝わってくる。まだ、俺と六島苞はつながったままなのだ。痛みも共有している。しかし、ここで弱音を吐くことはできない。これも荒療治だ。我慢我慢!
『ヤメテ! キラナイデ! イタイ! タスケテ!』
……ちょっと、可哀そうな気もするけど、お前も俺にとんでもないことしてくれたからなあ。自業自得だ。
チェンソーはさして抵抗もなく、ずぶずぶと幹に食い込んでいく。自分の体の一部を切り離される感覚はぞっとしない。目の前で腕をぶつ切りにされているようなものだ。痛みに気絶しそうになる。耐えろ、俺……!
そして、メキメキというきしむ音がしたかと思うと、どずううんと木が倒れる音が響いた。俺は自分の体の中に六島苞の存在を感じない。
(勝った……!)
俺は勝利の味を噛みしめた。
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