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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

2話「あっという間に時は過ぎ」

 
 それから俺のカメとして生活が始まった。
 はっきり言って、過酷だった。自然界は厳しい。生まれたての赤ちゃんなど、他の動物にとってかっこうの獲物である。常に捕食の危険にさらされているのだ。子ガメたちは、親ガメの足の下にずっと隠れていなければならない。
 幸運なことに、うちの親カメは子育てをしてくれた。カメって卵産んだらそのまま放置するイメージがあったのだが、このカメはそうではないようである。安心した。
 そしてうちのビッグマザーは、この付近の生態系の中でも上位にいるらしく、天敵と呼べる生き物はいないようだった。名前があるようで、迂木というそうだ。母ちゃんが腰を据えている内は安全である。その甲羅の下に潜んでいれば敵に襲われる心配はない。
 しかし、ずっとその場にとどまっていることはできない。エサを確保する必要がある。カメの生態について詳しくはないが、爬虫類だから授乳はしないのだろうな。どうやら、俺たちは雑食のようだ。大人になると草を食べて生きていけるようだが、子どものうちは肉しか食べられないらしい。迂木は子ガメたちのために狩りをする。
 意外なことに動きの遅い迂木にも狩りはできた。しかし、その方法が常軌を逸している。あるとき、水場に集まっていた野ウサギ目がけて口から光弾を発射したのだ。まさに怪獣である。なんでも、妖力という不思議エナジーを使っているらしい。うちの母親は妖怪だった。前からおかしいと思っていたが、どうもこの世界は俺が昔いた世界とは違うのかもしれない。
 ただ、相手も俊敏な野生動物である。そういった狩りはほとんど失敗に終わった。とにかく、迂木は動きが緩慢なのだ。それに、光弾は発射されれば一直線にターゲットに向かって飛んでいくが、禍々しい妖気の気配があふれ出すので、危険を感じ取った動物たちはたちどころに逃げてしまう。
 なので、俺たちが動物の肉を食う機会と言えば、運よく漁られていない死体を見つけたときくらいのものだ。いつもは虫を捕まえて食べる。地面に埋まっているイモムシなどを食べることが多い。迂木が妖気をこめて足をふみならすと、びっくりして地表に出てくるのだ。アリの巣なんかも狙い目である。
 ただ、こうして今では死体だの虫だのと平然と語れるが、最初はやはり相当の抵抗があった。現代日本で暮らしていた俺にとって、そんなゲテモノを食べるなんて無理だと思った。しかし、食わなければ飢えて死ぬ。まともにエサが取れない時期だってあるのだ。いつも十分にすべての子ガメにエサが行きわたるわけではない。子ガメたちもそれがわかっているから、他の奴らを押しのけてでもエサを独占しようとする。遠慮していたのは最初だけだった。バーゲンに群がる主婦がごとく、俺はエサをむさぼった。
 俺はエサを独占するようなことはなく、収穫が少ないときは最低限自分に必要な分だけを食べたが、他のカメはそうではない。弱い子ガメは衰弱し、力尽きていった。それに、移動中はどうしても他の動物に狙われる危険が高い。迂木は必死に俺たちを守ってくれるのだが、いかんせん動きがトロすぎる。さっと飛び出してきた狐に咥えられていった子ガメが何匹もいた。一瞬の隙をついて空から飛びかかってきた猛禽類に連れ去られた子ガメも何匹もいた。

 『くーそー! まーてー!』

 迂木は子ガメたちに愛情を注ぎ、死んでしまったり食べられたりしたときは怒り、悲しんでくれる。が、それはごく短い間だけだ。

 『まー、いーやー』

 思うに、迂木はアホなのだ。一応、人間に近い感情らしきものはあるが、基本的に動物の本能に忠実に生きている。俺たちの種は多産型である。子を多く残して、次世代に命をつなぐ。子が多く死に、わずかな生き残りしか大人になれないことは始めからわかっているのだ。迂木は例外的に長生きだったので妖怪化したようだが、もともとそう強い種というわけではないようだ。俺も長生きできれば妖怪化するのだろうか。いや、こうやって人間の記憶をもっている時点ですでに妖怪のような気もするが。
 ところで、俺は雌ガメとして生まれてしまったようだ。ただ、雄とか雌とか以前にカメだしな。確率二分の一の結果だ。いまさらどうしようもないことである。
 迂木は二百年くらい生きているらしい。たまに俺らと同種のカメと会うのだが、どのカメよりも巨大だ。長く生きれば生きるほど、体内の妖力が成長して強い妖怪になれるという。他の雌カメは、一度の子育てで最後まで育て上げることができる子の数はだいたい1匹か、2匹といったところである。迂木はさすが妖怪、優秀であり、今のところ俺を含めて7匹の子ガメが残っている。

 『かーしーこーいーのー』

 迂木は俺のことを『かしこいの』と呼ぶ。まだ、名前をつけられてはいない。他の子ガメたちも『ちっこいの』とか『すべすべの』としか呼ばれない。
 この迂木の言葉は“念話”という妖術らしい。テレパシーみたいなものだ。実際にしゃべっているわけではない。どういうわけか、俺は念話が使える。普通は妖怪化するくらい長生きしないと使えないそうだ。しかし、たまに生まれつき知能が高い突然変異のような固体がいるらしく、それかもしれないと言われた。迂木とは辛うじてコミュニケーションがとれるが、兄弟子ガメはまったく反応してくれない。
 そうそう、能力と言えば、どうも俺には特別な能力があるようなのだ。それは『程度の能力』と呼ばれている。これは、妖怪であるとかそういうことは関係なしに、先天的にもつ裏ワザ的なチカラだという。実は迂木も『身を守る程度の能力』というものを持っている。そのおかげで長生きできたそうだ。
 『程度の能力』を持つ者は、自ずとその効果と使い方を知る。俺の持つ能力は『注目を集める程度の能力』である。まじで使えない。以前俺が生きていた世界でなら使い道があったかもしれないが、今の俺はただのカメ。いたずらに注意を惹くようなことをすれば肉食動物の餌食になってしまう。
 そんな殺伐とした野生ライフを送っていた俺は、ある日、ついに迂木から名前をもらった。

 『かーしーこーいーのー。おーまーえーのーなーはー……』

 葉裏。葉っぱの裏と書いてヨウリと読む。俺の甲羅の色が濃い緑色だったのでそう名付けられた。日の光を浴びる明るい表側の色ではなく、暗くどんよりとした深い緑だったので葉裏である。
 他の子ガメたちも立派な名前をもらった。意味を理解できていないようだが。カメ社会に名前なんて不要である。迂木は妖怪として知能を持っていたために、自分の子ガメたちに名前を与えるということをしてみたようだ。俺以外の兄弟たちはなんのことかわかっていない様子である。
 迂木はアホなりに一生懸命名前を考えてくれたようなので、俺もこの名前を大切にしたいと思う。

 『じゃー、きょーかーらー、ひーとーりーだーちーしーてーねー』

 え、なんですと?

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