目に見えない敵と戦うために――感染症のリスクを扱う

エボラ出血熱、デング熱……感染症の話題に事欠かなかった2014年。感染症のような見えない敵と戦うとき、医師は病気を治療するだけではなく、パニックに対峙する必要にも迫られる。今回は、『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)著者の岩田健太郎氏に、感染症のリスクをどのように見極め、パニックとどのように対峙するのか、お話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

 

 

「エボラ疑い」は発表すべきではなかった

 

――今回は、「感染病パニックを防げ リスク・コミュニケーション入門」の著者・岩田健太郎さんにお話を伺います。今年は、デング熱やエボラ出血熱など、感染病についての話題が多かったですね。

 

そうですね。2009年に神戸市でインフルエンザが流行しましたが、今年も、その時と同じようなパニックに陥っていました。今回、本を出版したのも、5年もたったのに何の学習もなかったのかと、この騒動に愕然としたからです。

 

 

――どのような点でそう感じられましたか。

 

たとえば、先日、リベリアから帰国した人が発熱し「エボラ疑い」の理由で入院し、それが大きく報じられました。結局、検査は陰性でしたが、大きな騒動になりましたよね。

 

そこで、国交省が疑い症例の時点で発表することに言及し、厚生労働省から当該人物の国籍や性別や年齢や職業などを情報開示することが発表されました。

 

エボラ出血熱の感染が疑われる入国後の患者が見つかった場合の情報開示方法

 

私は、疑い症例の時に発表すべきではないと思っています。エボラが発生しているのかも分かっていないのに、情報を流すことに意味があるのでしょうか。ましてや、性別や年齢など、なんの意味もありません。

 

もちろん「疑いがある」と言っているだけですので、嘘はついていません。ですが、嘘をついていなければOKというわけではありません。言葉の表面で嘘をついていなくても、「エボラ出血熱の感染疑い」を報道するのは、きわめてミスリーディングです。パニックをいたずらにあおっているだけで、リスク・コミュニケーションの観点から見ると、明らかな間違いです。

 

だいたい、あんなに報道されてしまったら、仮に病気を疑ったとしても名乗り出しづらくなってしまいますよね。そのことで医療機関への受診が遅れる可能性もあります。

 

 

iwata-c

 

 

パニックに対峙する

 

――「リスク・コミュニケーション」という言葉が出てきましたが、どのようなものなのでしょうか。

 

リスクと対峙する際には、リスクだけに対峙するのではなく、その周辺にあるものに配慮して効果的なコミュニケーションをする必要があります。

 

私は2001年にはアメリカで、医師をしていたのですが、9・11後に起きた「炭疽菌によるバイオテロ」対策に関与ことがあります。

 

当時、アメリカはパニックでした。「アラブ人っぽい人とすれ違った時、不思議なにおいがしたのだけど炭疽菌なのでは」と言われ「炭疽菌に臭いはありません」と答えたり。「買ったドーナツに白い粉がついていました」「それは砂糖です」とか、冗談のような問い合わせが殺到しました。

 

 

――落語のような話ですね(笑)。

 

「バイオテロ」の被害者は22名、死亡者は5名。他の感染症と比べても、きわめて少ない被害者数であるのに、全米だけでなく世界中がパニックに陥ってしまったのです。

 

その後も2003年には北京で「SARS」の診療に関わり、2009年には神戸市で最初に見つかった「新型インフルエンザ」症例の対策をしてきました。そこで感じたのは単に感染症の治療をするだけではなく、「パニック」に対峙することが大切だということです。

 

特に、感染症というのは目に見えません。目に見えないもの、なんだか分からないものはこわいんです。たとえば自動車ってこわくないですよね。自動車にはリスクがありますが、どのようなリスクがあるのかが分かっています。

 

 

――横断歩道ではきちんと止まるとか、対策が明確にありますよね。

 

しかし、感染症は目に見えないし正体もわからない。だからこそ、パニックに陥らないように気をつけなければいけません。もちろん、「パニック」が起きなければいいというわけではありません。感染症のリスクを過少に見積もってしまうことも問題です。大事なのは、専門家がリスクを検討し、「どのくらい恐れればいいのか」を示すことなんです。

 

 

「感染力」ってなに?

 

――では、リスクはどのように判断されるのでしょうか。感染力を見積もったりするのかなぁと思ったのですが。

 

実は、「感染力」という言葉は存在しないんですよ。ぼくもよく「エボラは感染力が強いのですか?」と聞かれることがあるのですが、「感染力」という概念自体が存在しないので答えることができません。

 

「感染力」というのは、非常にあいまいな言葉で、その多くが「リスクが起きる可能性」と「起きた時の影響の大きさ」を一緒にしてしまっています。しかし、リスク・コミュニケーションでは、その両者を分けて考えなければいけません。

 

たとえば、自動車事故と飛行機事故を比べてみましょう。

 

まずは自動車事故。「リスクが起きる可能性」は非常に高いと言えます。車をこすったり、ぶつけたりしたことのある人はかなり多いのではないでしょうか。ですが、「起きた時の影響の大きさ」は車がへこんだりと、軽いものですんでいる人も多いと言えます。

 

一方で、飛行機事故の「リスクが起きる可能性」は非常に低いですよね。ですが、「起きたときの影響」を考えてみると、甚大な被害が及び、死亡する確率は非常に高い。

 

その意味で言うとするならば、エボラ出血熱は飛行機事故に似ています。エボラ・ウイルスは体液との接触が主な感染経路で、ヒトからヒトにうつる可能性は少なく、「リスクが起きる可能性」は非常に低いと言えます。しかし、発症すると死亡率が60~90%と言われ、効果のはっきりしている予防接種や治療薬は開発されていません。「起きた時の影響の大きさ」は極めて大きいといえます。

 

このように、「リスクが起きる可能性」と「起きた時の影響の大きさ」を分けて、個別に考えることは非常に大切です。それを一緒にして「感染力」と言ってしまうことで、「どのくらい恐れればいいのか」を見誤ることになってしまいます。

 

 

――なるほど、エボラは重い症状が出る病気であるからと言って、それが大流行するかどうかは別問題なのですね。

 

そうです。実際に、日本ではまだ一人も患者が出ていません。エボラ出血熱ばかりが騒がれていますが、本来対策すべきは「自動車事故」の方です。例えば日本では年間11万人が肺炎で亡くなっています。さらに、毎年1000人以上のHIVの患者が発生しています。

 

感染症対策としては、一人も患者がいないエボラより、肺炎やHIVの対策をした方がいいに決まっていますよね。しかし、メディアは恒常的に起こっていることには目を向けません。

 

 

――うーん、そうですね。

 

めったに起きないからこそ注目するんです。犬が人を噛んでも報道しないけれど、人が犬を噛んだら報道する。さらに言えば、「人が犬を噛んだらどうするのか」マニュアルを一生懸命つくって、犬が人を噛まないようにする対策には目を向けない。

 

今、発表する側も、メディアがどう言っているのかを基準にして自分たちの対応策を決めています。ですが、それは間違いです。メディアがどう報道しようと、自分たちの伝えることを粛々と伝えるべきです。今の発表する側の動機は「マスコミが騒いでいるから」に端を発しているように思えますね。【次ページにつづく】

 


1 2

vol.161 特集:ギャンブル

・木曽崇「入門!カジノ合法化と統合型リゾート 『日本版カジノのすべて』著者・木曽崇氏インタビュー」

・POKKA吉田「ぱちんこ、換金、課税――警察庁と政治家のバトル」

・津田岳宏「百害あって一利なし、賭博罪の本音と建前」

・川越敏司「くじによる議員選出はギャンブルにすぎないか?――ゲーム理論による考察」

・木原直哉「ポーカーは『ギャンブル』ではなく『投資』である――ポーカー世界チャンピオンに聞く!」

・片岡剛士「経済ニュースの基礎知識TOP5」