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2014.12.17

[書評]若者は本当にお金がないのか?統計データが語る意外な真実(久我尚子)

 表題通りの疑問を持っていたので、『若者は本当にお金がないのか?統計データが語る意外な真実』(久我尚子)(参照)を読んでみた。結論は、明快だった。


 統計データを見ると、今の若者は一概にお金がないとは言えない。一人暮らしの若者の所得はバブル期より増えている。若者を哀れんでいる現在の中高年の所得よりも多い。

cover
若者は本当に
お金がないのか?
統計データが語る
意外な真実 (光文社新書)
 ほほぉ、という感じである。
 これを統計で裏付けられて言われちゃうと、くさす人も人もいるだろうなと、今思って、アマゾンを覗いて見たら、案の定、酷評が目立った。
 こういう場合、実際にアマゾンで買った人の評に絞って見るほうがよいので、それに絞ると星5と星2のみ。その星2の評を読むと「国の報告書の分析を無批判に受け入れる姿勢も気になる」とあるのが微笑ましい。星5の評はしかし特に言及はない。それでも、総じて見れば、問題提起のあるよい本と言えるのではないかと思う。というか、私も読後、これは良書だなという印象を受けた。先入観を持たず広く読まれたらよいのではないだろうか。
 当然ながら統計データというのは読み取りが難しい。そのあたりも本書はいろいろ配慮されているようにも見受けられたが、この引用部の「おわり」にある、一種表題の結語についても、「一人暮らしの若者の所得」とあるように、つまりはそれなりに自立できているわけだから、所得があって当然である。ネットなどで今の若者にはお金がないという主張での若者は、自立できずに親元で暮らしているということではないだろうか、とも思えるだろう。そのあたりはどうか。
 無視されているわけではない。本文には書かれている。

 しかし、これはあくまで一人暮らしの単身世帯のことであり、親元に同居している若者の状況はわからない。現在、若者層では非正規雇用者が増えている。このご時世で一人暮らしができる若者というと、正規雇用で年収水準の高い若者である可能性が高い。

 それはどうか? 
 いくつか前提をおいているが、統計から著者の推論はこうなっている。

 つまり、厳しい経済状況にあると予想された非正規雇用者でも、男性の25歳以上では、家族世帯の大人より多くのお金を手にしており、20~24歳でも若い家族世帯の大人よりも多くのお金を手にしている。


正規雇用が多いバブル期の若者より、現在の非正規雇用者の若者のほうが、実際には多くのお金を手にしている層が多い。

 ネットとかの話題を見ていると、この結論は受け入れがたいだろうなと思う。
 私はというと、ああ、そうなんじゃないのかなと思う。
 繰り返すけど、こういう議論に異論はあると思うが、そう思うなら本書を読んで、データの地点からきちんと批判したらよいのではないだろうか。私としては多様な意見があるほうが世の中好ましいと思う。
 話は、では若者は何に金を使うのか、にも移っていく。
 ネットなどでもよく言われるように、自動車や高級品を若者は買っていないのだろうか。買えないのか?これも「おわりに」に明確に書かれている。

 また、若者は「海外離れ」や「留学離れ」をしているわけではない。「クルマ離れ」は一部で起きているが、一人暮らしの女性ではむしろ自動車保有率が高まっている。「アルコール離れ」は確かに20代では進んでいるが、若者だけの傾向ではない。

 どういうことかというと、若者は、費用対効果のよいものに各人がお金を使っているということのようだ。それはそうだろうくらいの当たり前の結論でもあるが。
 表題から見た本書への関心はそのくらいの射程なのだが、本書はむしろ、出版社側が狙った部分以外で、未婚化などについての議論も面白い。これも「おわりに」に端的に結論がある。

 さらに、現在、日本では未婚化・晩婚化、少子化が進行しているが、実は若者の大半は結婚を望んでいる。結婚に対する先延ばし感も薄らいでいる。恋愛・結婚の状況は、正規・非正規雇用の形態によって異なり、結婚には年収300万円の壁があるようだ。経済問題がある一方、結婚適齢期の男女の未婚理由の第1位は適当な相手にめぐり会わないことであり、恋愛の消極化という現代の若者らしい状況もうかがわれた。

 このあたりは本文のほうも読みながらいろいろ考えさせられた。
 一つ、なるほどなと思ったのは、現在の若者は、30歳までは結婚を待っている、ということで、一種のそういう時代の空気のような支配があるのだろう。私が若い頃はそれが25歳だったが30年くらいで5歳後ろにずれたのだろう。
 本書で示されている「年収300万円の壁」がまた面白い指摘である。本文を読むと、男女ともにということではなく、「男性の年収と既婚率は比例しており」とあるように、基本的に男性の年収を指しているとみてよい。そこを越えると、「一気に既婚率は上昇する」ともある。
 この場合、女性はどうなのかというのがわからないが、仮にアルバイトなどで相手の女性が年収100万少しくらいの層を想定すると、男が年収200万円でも女性に年収200万もあれば、なんとか結婚してやっていこうという日本社会は描けるのではないかと私は思った。
 というわけで、ツイッターでつぶやいたら、「ぬるい」と言われて、「そんな男と結婚する女はねーよ」のごとく言われた。
 あのね、男の年収に期待する女を求めるような社会はやめよーぜという意味だったのだが、通じなかったのであった。
 ほか、それはデフレ志向だ、とも言われたが、デフレを脱するというのは名目の変動なのだから、年収300万同士でもかまわない。ようするに、男女、同じくらいの年収でやっていく社会を構想していくほうがいいという話である。
 さて、私としてはそう考えたのだが、著者はどうか?
 少子化については、麻生さんが言うような、若者が「産まないからいけない」的な議論は否定されていて、統計からは、結婚すれば子どもは生んでいる実態がわかる。とすると、少子化というのは、産む産まないというより、未婚化の問題である。

 少子化の大きな要因が未婚化であるならば、若者の雇用の安定化を図ることと、出会いの場を提供することが、より効果的な少子化対策となるのではないだろうか。

 としている。この場合の「雇用の安定化」だが、メディアやネットでは、旧来の左派の枠組みが強いため正規雇用を示唆されることが多いが、本書にあるように非正規雇用は現実には増えている。ただ、これがデフレ現象の派生で、デフレが止まることで正規雇用が増えるかとなると、どうだろうか。
 いずれにせよ、ここで興味深いのが、政府側の少子化対策についてこう言及されていることだ。

 また、少子化対策は、既婚夫婦であれば必ずその恩恵を受けられるというわけではなく、一部の夫婦しか対象になっていないものもある。
 育休の普及・定着・パパ・ママ育休プラスなどの育休に関連するものは、主に正規雇用者の夫婦を対象にしたもので、非正規雇用は恩恵を受けにくい。

 簡単に自分の受け止めたところを言えば、政策としての少子化対策は、正規雇用の既婚夫婦がターゲットになっているが、むしろ、非正規雇用の未婚者をターゲットにしたほうがよい、ということだろう。もっと言ってしまえば、結婚制度に関わりなく、生まれてきた子どもをもっと補助する社会にしていけばよいのではないか。
 さて、筆者は淡々と議論を進めているようでいながら、微妙に関心の動かし方に興味深い点が感じられる。本書については、どちらかというと出版側から求められて書いたようで、実際の著者の関心は、現代日本の女性に向いているようだ。
 率直なところ、そのあたりの話題が読みたいと思う。
 もっと率直に言えば、それが書かれたら、本書どころではない非難を浴びるのではないかとも懸念する。でも、データを示して読み取れるものがあったら読み取ってみるほうが、現実認識には役立つだろうと思うので、期待したい。
 あと蛇足でいうとなんだけど、ネットで言われる「若者」の意見というのは、もはや実際には若者ではないんじゃないか。40代近いんじゃないかと思えた。
 本書のデータからは、ネットなどから見えるものとは違う、新しい日本人の若者の像が見えてくる。
 と同時に、これも露骨に言うとなんだけど、「30歳までは結婚したい」として期限を「40歳まで」延期してみたけど、特になんにもなくて、じゃあ、40歳以降の人生として結婚をどうするのかというのが、現状ネットに溢れた議論なんじゃないか。新聞雑誌が老人向けメディアになっているように、いわゆるネットの議論は30代から40代のような中年が中心になっているんじゃないだろうか。
 
 

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コメント

単身世帯ならお金はあるでしょ、と思います
若くして結婚したらどうなってしまうのか…男女同じくらいの年収は子供ができたらとてもじゃないけれど保てないのではという不安…妻がフルタイムで家事育児仕事してくれるのでない限り、結婚するメリットがたいしてないのでは…
一人で好きなことにお金使う方がよほど楽しいです
兄は田舎の親と同居してくれてて手取り10万ちょっと、私とは違う理由でとても結婚は考えられないそうで
老人の世代内格差はあると聞きますが、若者の格差についても読んでみたいです

投稿: 30代 | 2014.12.18 01:31

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