恋姫無双とか勘弁して下さい (ミラベル)
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どうしてこうなった

 黄巾の乱。
 それは中国最初の宗教反乱。

 宦官の専制政治と政争により国は腐敗。
 各地では重税が課せられ、多くの民は苦しみに喘いでいた。
 更には旱魃・疫病・凶作といった天災が国を襲った。また異民族の侵略も重なり、漢は疲弊の上に疲弊を重ねていた。

 そして影響を最も受けたのは力無き民であった。

 生活の基盤が壊されて尚、重税は続いていく。
 飢えて弱り果て、精神的に追い詰められる彼らの精神的支柱となったのは宗教であった。

 その名を太平道。
 張角が作り上げた宗教教団。

 元は呪術的な治療を施す民間宗教団体に過ぎなかったが、この荒れた時代の中で急激に拡大していった。
 太平道は生活が立ち行かなくなった民達の受け皿となったからだ。
 最初は数百人の団体に過ぎなかったが、瞬く間に肥大化。ついには六十万を超えるに至るまで成長。

 そうしてついには国家転覆を企み、綿密な計画を練り上げ、ついには宦官にまで絡めとることに成功。
 しかしあと少しのところでこの計画は露見し、失敗。
 もはやこれまでと張角は号令を発し、各地で反乱を勃発させる。その頭に目印として黄色の布を巻いて。

 これが黄巾の乱の始まりである。


















 と、いうのが本物の黄巾の乱の話。
 こっからが恋姫版の黄巾の乱の話。

 恋姫世界の黄巾の乱は、ただのアイドルおっかけから始まった大乱である。

 張三兄弟ならぬ、張三姉妹という旅芸人がアイドルもどきの活動をしていた際に、『太平要術』という巻物をファンから貰ったことから話は始まる。

 なんとその『太平要術』は張三姉妹が望んでいた人々の心を掴む方法が書かれていたのだ。

 彼女達はその巻物を用いて得た歌や踊りを披露。
 それは摩訶不思議な人を引き込む力を持っており、瞬く間に人々の心を掴んでいった。

 そして多くの欲望が彼女達の純粋な「有名になりたい」という願いを中心に入り乱れ、黄巾党という名のファンクラブが膨張していった結果。

 黄巾の乱と呼ばれる反乱がこの世界で起こったのだ。

 人が多く集まれば、集団としての力は制御できなくなる。
 明確な規則もなく思うがままに、この乱れた世で不満不平に溢れて飢えた民を集めれば、それは反乱が起こってもおかしくはない。

 つまり、今の張三姉妹は都合の良い反乱の旗印にされてしまったのだ。

 「(勝手にやってくれ……)」

 で、その動き出してしまった黄巾の乱にちゃっかり私は参加してしまっていた。

 頭にもしっかりと、張三姉妹のグッズである黄巾を巻いている。
 今すぐにでもツバを吐きかけて地面に投げ捨て、何度も踏みにじってやりたかったが、そんなことしたら周りからフルボッコにされるのでしない。

 人外共ならともかく、凡夫かつ心がガラスで構成されている私が、数の暴力に勝てるわけがない。
 考えて不満を心のなかで述べるだけで、実際には行動しない。そんな一番質が悪いタイプがこの私だ。

 そもそもどうしてこうなったのか。

 答えは簡単だ。
 うちの村を含めた周囲の村々が、黄巾党というビッグウェーブに乗りやがったのだ。

 確かに、いくら私が獣を狩ろうと重税はまったく変わらないし、天災で来年の食料は危うい状況だ。
 だからといって黄巾族という名のタイタニックに乗ることないだろ。アホか。
 いや、そもそも教育を受けていない連中に、この乱がどれほど無謀で愚かか解るわけがないのだ。
 ただ周囲の熱狂に同調して、何の根拠もなくこの瞬間の安心のために選択したのだろう。

 早い話がワールドカップや、ハロウィンで周りの迷惑関係なく騒ぐバカどもと何も変わりはない。
 その理由が退屈しのぎから生活の困窮に変わっただけだ。本人に悪気がないから両方共に質が悪い。

 逃げたかったが、県令ですら黄巾族に取り込まれてしまった次第である。
 もう自分の意志ではどうにもならないところまで来てしまっているのだ。
 途中逃げようとも思ったが、顔を知られているから手配されかねない。

 村人全員ぶち殺そうかとも考えた。
 人を殺す事に対するためらいは最初に野盗を殺した時から亡くなった。
 某死の線が見える彼女も言っていたが、最初の一回目が大事なのだろう。

 と感情で行動しようとするも、理性がそれを押しとどめた。

 よくよく考えれば、ここらへんでそんなことできるのは周辺で自分しかいない。
 良くも悪くも人喰い虎の討伐以降、賊の襲撃を防ぐなどして周辺の村々には顔と名を知られてしまっている。

 田舎の情報網を舐めてはいけない。

 おねしょしたら翌日には、三つ先の村にまで話が広がっているのが田舎クオリティだ。田舎ヌクモリティなんてありゃしない、全部筒抜けだ。
 特にこの時代はラジオもテレビもネットもないから、話題に飢えまくっている。私のようなちょっと目立つ美人はそれだけで格好の噂の的だ。

 流石に周辺の村々まで皆殺しにすることは私では無理だ。

 なら入ったふりをして、しばらくしたら逃げようとも考えた。
 しかし黄巾党に入ってすぐトラブルが起こった。

 私は美人だ。
 ナルシストと勘違いされそうだが、客観的にみてもこれは間違いないはずだ。

 長い黒髪に透き通った肌。ツンとした鼻先。パッチリとした目と出るとこは出たスタイル。
 顔が精神的苦痛と胃痛で死んでいる事と、痛々しい裂傷が三本あることを除けば、抜群の美人として自信がある。

 ぶっちゃけ、こんな顔の女性と一夜共にできたら前世の自分は三十万ぐらい払っても良かった。それぐらいに美人なのだ。

 そんな女が野郎共の中心に放りこまれたのだから、トラブルが起きないわけがなかった。

 黄巾党は張三姉妹の追っかけ集団が正体。
 そうはいえども、いろいろな思惑を持った人間が集まっているのだ。
 困窮が原因であったら可愛いものだが、中には女を犯し財産を奪うという外道も多く参入している。

 そして私は今生では女だった。
 しかも美人。めっちゃ美人。

 女という理由で連日いちゃもんをつれられ、時には押し倒されそうになるという世紀末な日々。
 「ケェェェェェェェン!」と叫んでも誰も助けに来てくれるはずもなく、泣く泣く触れたくもない野郎の玉を潰しまくった。

 一体何人の玉を潰したのかもう覚えていない。
 足で踏み潰し、手で握りつぶし、頭で押しつぶし、いちゃもんや襲われる度にそうやって対処してきた。

 学がないDQN相手に話し合いで解決することが不可能なのは、今も昔も変わりがないのだ。
 あいつら痛い思いしないと絶対にわからないのだ。そして黄巾は人殺しも上等な平成と比べられないほどの超絶DQNが多すぎたのだ。
 しかも基礎教育すら受けてないから、現代よりも質が悪い。

 何が悲しくて男の棒なんぞ咥えなきゃいかんのだと、全員不能にしてやった。

 肉体的には女だが、精神的には男なんだぞ。
 初潮が来た時にはショックで三日は寝込んだぐらいに、心だってお豆腐メンタルなんだ。

 時には数人がかりでこられたが、流石に気を使えない素人数人程度に負けるほど耄碌してはいない。
 全員毒で動かなくなったところを、一人一人丁寧に潰していった。
 復讐で来やがった連中は、さらに強い毒で痛い目を見てもらった。
 どうなったかは知らないが、強い毒を使ったのだから、もうあんな気は起こさないぐらい懲りただろう。

 そうして撃退を重ねるうちに、やがて襲撃も亡くなっていき、村で生活した頃と同じように怖れるような目で見られるようになり、何故か黄巾党でまとめ役みたいな立場になっていた。

 ……どうしてこうなった。

 そんな扱いされたら、途中で「はい、私黄巾党やめますッ!」とか言って抜け出すこともできないではないか。

 捕虜となった黄巾党の連中に「こんなやつがいました」ってバラされかねないからだ。
 ただでさえ女の身で戦闘に参加出来ることは珍しく、黄巾党内では異色の存在として目立っていたというのに。

 せめて名前や顔を隠そうと思っても、村の連中は私の本名を知っている。
 そして何故か、ここ最近は顔が書かれた紙が黄巾党の女性を中心に出回っているのだ。

 黄巾党は飢えた民の逃げ道としての側面を持っている。
 その中には老人もいれば子供もいる。家族を連れて入るやつもいるから、女だっているのだ。
 そして女というだけで、ここでは危険に晒されてしまう。

 が、そこで何故か私の顔が書かれた絵が利用された。
 何でも、襲われそうになったらこの紙を見せれば相手が逃げ出すのだという。

 いや、実際に私は私以外にも、暴行されそうになっていた女達を度々救ったことがあった。
 別に放っておけばいいのだが、そのような光景に出くわすと何故か生理的に受け付けなかったのだ。

 例えるなら、目の前で恋人同士がイチャつきを始めたところを想像して欲しい。
 鬱陶しいだろ?何かムカつくだろ?無性に殴りたくなるし、他所でやれって思うだろ?

 どうせ悪いのはこいつらだからと、思う存分に婦女暴行の輩は見かける度に潰しまくった。

 途中から、女性に感謝されるのが嬉しくなって、自分からそういう連中を探して潰していた記憶がある。
 私の頭の中では感謝されて夜を共にするところまで妄想がしたが、よく考えたら私は女だった。竿がない。泣いた。

 また、絵が似てなかったら良かったのだが、何故かよく似ていた。

 何でや、原作だって張三姉妹の絵は化け物みたいにアレンジされてたじゃん。
 そう思ってよく考えてみると、後半はあいつらあまり表に顔を出していなかった。
 騒乱が激しくなるに連れて、まるでお姫様のように、後陣にて大切に守護されていたのだ。

 一方、私はもろ顔出しOKで黄巾党内で生活している。それも人が多く集まる前線を転居する始末。
 原因は火を見るより明らかであった。

 もう一度言いたい。
 ……どうしてこうなった。




 ■ ■ ■




 黄巾党の旗が翻る陣営を歩く女がいた。
 身長は七尺五寸(約172cm)ほど。格好は黄巾党の服装をまとっており、それ自体は集団に馴染んでいるために特徴はない。

 しかし、その美貌たるや中々のもの。

 風に靡いて流れる髪は濡鴉色。
 一本一本が宝石のように艶があって光物のようであり、昼間であっても輝いていた。
 陶磁器のように白い肌は、雪のように透き通っており触れれば壊れるのではないかと思うほど。

 服を押し上げる豊満な胸な胸。
 そして腰からお尻にかけての体の線は、男性からは熱のこもった視線、女性からは羨望の眼差しを誘う。

 黄巾党とはいえ、末端は賊の集まりと相違ない。
 本陣で張三姉妹の歌という名の洗脳を受け続けた者達ならともかく、ここに集う者達に張三姉妹への忠誠を誓うものはまずいない。

 食い詰めて止むに止まれず黄巾党になったか、ただひたすらに欲望を貪るために黄巾党になったか。
 そのようなならず者に近い者達がここに集まって陣を形成していた。

 そんな中を女が歩けばどうなるか、想像に容易い。
 その欲望に曝され、暴力を受けて性欲の受け口にされることは必然。

 しかし、ここにいる誰もが彼女に見とれることはあれど、襲って貪ろうなど考えようはずがなかった。

 「……」

 女の顔もまた体や髪と同じように美しかった。

 細い眉に西洋人形のような高い鼻。薄紅色の柔らかそうな唇。顔の線はすっと整っており、頬はまるで餅のようにぷっくらとしている。
 髪と同色の目は瞳が黒く輝き、まるで黒真珠のよう。

 だが、その顔には三つの激しい裂傷が平行に刻まれていた。
 そして表情はまるで氷のように凍てつき、感情を見せることは全くない。

 彼女と同じ村から来たという者達は、あれが人喰い虎を退治した際に刻まれた傷であると語った。
 しかも驚くことに、彼女はその時わずか六歳であったという。

 多くの者達がその話をつくり話だと笑おうとしたが、笑うことができなかった。
 村人たちは、皆一様に彼女の話をするときは、顔に恐怖の色を刻んでいたからだ。

 それでも何人かの男たちが彼女の美貌に釣られて彼女を襲った。
 止めろ、死にたいのかと必死に止める者達を「馬鹿だ」とあざ笑って行動してしまったのだ。

 その結果は凄惨なものであった。
 彼女を襲った者は皆一様に、男としての機能を失った。

 結巍は自身を害する者に対して、容赦がない事を村人達はずっと前から知っていたのだ。
 かつて隣の村の男が、彼女の顔の傷をからかった際に鼻を潰された。
 今度は復讐でしようと仲間を引き連れ、数人がかりで押さえつけようとするが、一蹴され全員が彼女の毒によって蝕まれることとなり、高熱に一週間魘され続けた。

 その事件に「お前の実力であれば、毒を喰らわせること無く勝てただろう。どうして毒まで用いたのか」と尋ねた村人がいた。
 事実村人の言葉は正しかった。彼女であれば毒を使わなくとも、彼らを抑えることは容易かった。

 「死ななかったからいいだろう」

 彼女は答えた。村人は震えた。

 死ななかったから良いと。
 あの高熱では下手をすれば死ぬこともあった。若者は貴重な労働力であり、数人も殺せば自己防衛という理由では済まされない。
 そうなれば起こるのは村々の争いだ。

 結巍の智慧が優れていることは周知の事実。
 つまり彼女は意図的にそれを解っていて尚、若者達に毒を用いたのだ。
 もし争いが起こったらどうなったか、そう考えるだけで村人は震えが止まらなかった。

 そんな事を知らない男性としての誇りが奪われてしまった黄巾党の男達。

 彼らは今度は復讐を考えた。
 村人たちはそれを知って尚、もう二度と彼らを止めようとは思わなかった。
 彼らは結末がどうなるかもう解っていた。そしてそれはそのとおりになった
 復讐にかられて彼女を襲った者達の末路は、実に哀れなものであった。

 言葉がの呂律が回らなくなってしまった男がいた。その男はもう二度と、普通に話すことができなかった。
 頭をやられて気狂いになってしまった男がいた。その男はもう二度と、正気を取り戻さなかった。
 足が、腕が上手く動かせなくなった男がいた。その男はもう二度と、手足を自由に動かせなくなった。

 体が変色したものがいた。
 部位が腫れ上がり、晴れが引かないものがいた。
 歯が全て抜け落ちたものがいた。
 肌が破れ、血が体中から流れ出るものがいた。
 髪の毛が抜け落ちて、気が狂わんばかりの激痛に毎夜襲われるものがいた。

 結巍の毒にやられたのだ。
 いったい死んだほうがマシだったと思った男が何人いたことか。ああ、あの時に村人の話を笑わずに聞いておけばよかったと思った男が何人いたことか。

 結巍の毒は、医者ですらも恐れる。
 彼女が幼少の時から多くの忌み嫌われる呪術師から得た知識は、彼女の中で華を開き独自の調合方法を編み出すに至った。

 最早その毒から生まれる症状は悪夢そのもの。
 同時に現れる複数の症状は、医者といえどとても対処しきれるものではない。
 彼女の毒は教授した呪術師にさえ、これは手に負えないと恐れられた代物だ。

 怯えた黄巾党の者達が、どうしてそこまでしたのかと尋ねると、彼女はまたしても言った。彼らは尋ねた事を後悔した。

 「死ななかったからいいじゃないか。これで少しは懲りただろう」

 初めてその者達は、結巍が微かに笑えむ姿を見た。
 蠱惑的で美しく、傷も相まって悍ましい笑みであった。

 懲りた?何を言っているのだ。
 体とは違って心刻まれる恐怖はそう簡単に癒えるものではない。まして彼らは体にも二度と癒えぬ傷を刻まれたのだ。

 確かに彼女の毒では誰も死ななかった。
 しかし彼女の作った毒ではなく、自身が与えた悪意という名の毒は多くの男を死に追いやった。
 その事実をこの女が知らないはずがあるまい。

 そして彼女は黄巾党内、身内であっても恐れられるようになった。

 彼女は決して女性を犯そうとする外道の輩を許さなかった。黄巾党の和を乱す者を許さなかった。

 「DQNは害にしかならん」

 彼女はそう言って味方であっても、有能さを示したものであっても容赦なく、不逞の輩は全て彼女により男としての機能を奪われた。
 武の心得があり、自らの武功を誇って彼女を下そうとしたものもいたが、例外なくその結果は哀れなもの。

 結巍は教団の規律を乱す者は決して許さない。
 例え豪のものであっても、彼女には逆らってはいけない。そう言われるようになった。
 
 いつしか、黄巾党の女達は彼女の姿絵を持つようになった。
 男はその絵を恐れ、女はその絵により守られた。

 中にはそれを知って尚、気にせぬ輩もいたが、暴行を受けた女が結巍に報告すればたちまち刑は行われる。
 殺して口封じをしようにも、結巍を恐れた者達は自らも巻き込まれるのではないかと、進んで密告していった。

 やがて男でさえも彼女の絵を持つものが現れた。

 彼女は黄巾党の規律の象徴であり、揺るがぬ力の象徴。
 いつ死ぬかも解らぬ戦場において、彼女の絵は自らの信念を誓う対象、精神の支えとして受け入れられたのだ。

 男も女も、結巍の絵を持ち、その絵に願い感謝する、
 それは真に黄巾党に志を持って入った者達にとって、張三姉妹につぐ信仰の偶像だった。

 彼女が歩けば、誰もが道を開ける。
 彼女が歩けば誰もが彼女を畏れ敬う。

 あるものは彼女の強さに、あるものは彼女の非情さに、あるものは彼女の美貌に、彼女の規律ある在り方に惹かれる。

 それには打算もあるかもしれない。
 しかしその根底にあるものもまた、彼女に付いて行けば生き残れるという安心だった。

 彼女がこの黄巾党で一つ抜きん出た存在と認められることに、そう時間はかからなかった。





 ■ ■ ■




 なんか最近、男まで私の絵を持っているものをちらほら見かける。

 何故だ、そんなに人気なのか。
 それとも夜のおかずにされているのか?ふざけんな玉潰すぞ。

 いや、確かに玉は潰しまくったが、同意の上だったら何も問題は無いんだよ?
 俺だって男だったから性的欲求がサル並みになるのは分かるし、潔癖症な女程理解がないというわけではないんだから。

 そうだ、そういえば私に向けられる視線の種類も少し変わってきた。
 これまでは怯えるような視線を一心に浴びていたのだが、何故か羨望の視線が増えてきたのだ。

 いや、確かに性的な欲望がこもった目で見られると虫唾が走る。玉を潰してやりたくなる。
 しかし、だからといってそんな憧れに近い視線を向けられても戸惑うのだ。

 近頃は何故か私に軍備やら、補給物資の話が舞い込んでくるし、どう動くべきかなんて方針まで聞かれるようになった。
 確かにこの軍には飯代程度の金銭の計算はできても、組織を運営する金銭の管理ができるものはいない。
 ついでに農民ばかりで、戦という戦い方を知っている者も皆無に等しい。

 あんまりにもそんな話が舞い込んでくるので、ある時にどうして私みたいな一般兵士にそんな事聞くのかと尋ねた。

 村の連中がばらしたみたいだ。

 あれ?全部あいつらが悪いんじゃね?と思って剣を取ったが後の祭りだ。
 ここで殺しに行っても仲間殺しの罪で、今度は私が黄巾党に殺されてしまう。
 官軍にも追いかけられ、黄巾党からも狙われたんじゃ生きていけない。

 仕方がないので、適当に「天地人という役割を作り、三位一体となって一人の兵士にかかっていけ」と某漫画そのまんま伝えた。
 どうせお前ら難しいこと言っても解らんし、訓練だってろくにしないんだからと、旧日本軍ばりの根性論を付け加えて語ったら何か感動していた。

 ダメだ。こんな馬鹿どもしか味方にいないと思うと、悲しくて泣けてくる。
 その場で思わず涙を零してしまったら、何故か全員もらい泣きしていた。
 泣くぐらいなら今すぐ私をここから開放してください、マジで。

 他にも商人との交渉だったり、村々を取りまとめて黄巾党として編成するなど雑用は全部任された。
 悲しいかな。適当にやればいいのに、日本人としての勤勉さを残してしまっていたのが仇となり、結局それらも全部こなしてしまった。

 「いやです」ってはっきり言えるぐらいしっかりしてしているんなら、今頃ここにいないっての。
 「いやです」っていうのは簡単だが、「じゃあどうするの」って答えに返せない程度に無能で凡夫なんだよ私は。

 というかだ。そこでぱっぱと革新的で素晴らしい意見が出せるぐらいなら、最初から実力主義の魏や呉に自信を持って行っている。

 それにこのような軍の命運を左右する仕事に手を抜いたら、私が死ぬ確率が一気にはね上がってしまう。
 せめて本陣まで追い詰められて、黄巾党が滅ぼされるまではこの肉壁共に私を守ってもらわなければ困る。

 確か恋姫では、最後に陣営勢揃いで黄巾党を追い詰めて滅ぼすはずだ。

 結巍が狙われるのは「黄巾党」という肩書がついているからだ。
 その肩書さえ失ってしまえば、あとはユルユルの恋姫世界だ。なんとかなるはず。
 特に蜀は情に訴えれば勝てるはずだ、何か生い立ちとか悲壮感百割マシで語ればいける。

 史実でも黄巾党が滅ぼされた後に分かれた賊もどき共が、いろいろなところで士官に成功している。
 あんなむさ苦しい悪役顔でさえ問題ないのだから、顔に傷はあっても美しい私も許されるに違いない。
 滅亡する時に砦から抜けだして逃げてやる。他の連中なんざ知ったことじゃない。

 ごめんね張三姉妹。
 全部漢の政治が悪いんだ、いや、マジで。

 そんな未来を想像してほんわか仕事を今日も行う。

 どうせこういう事務仕事は恋姫エンドを迎えたら、どっかに所属してやる予定だったものだ。
 その予行練習だと思えばいい。諦めたらそこで終わりだ、前向きに明るく私は生きていくんだ。
 せっかく美人に生まれたのだから、お化粧して野郎どもをたくさん騙して金銭を巻き上げてやる。

 ……あ?おいおい、お前これって軍の指揮官が承認しなくちゃいけない竹簡だろうが。
 何で平兵士の私のところにこんなものをよこすんだよ。とっとと担当者に持っていけ。

 「え、あの」

 なんだよ、言いたいことがあるのならはっきり言えっての。

 「その、この軍の責任者は結巍様に他なりません」

 ……はい?

 「結巍様の考案なされた天地人は各地で同志達の力となっております。さらに結巍様が提案なされた黄巾党としての軍事方針もまた、中央で取り入れられてその功績が認められました」

 おい、何勝手に素人が書いた軍略を基礎方針にしちゃってるの?
 あんなの二刻ぐらいでささっと書いたやつじゃん、何か意見ないかって聞かれたから適当に仕上げたやつじゃん。
 何で誰も止めないわけッ!?あんなのちょっとした知恵者が見れば穴だらけの……穴、だらけの。

 うん、そんな頭のいい人なら史実の黄巾の乱ならまだしも、どう考えても先行きがない恋姫のこんな反乱に参加するわけないわ。

 いや、まて。それよりも私が責任者ってどういうことだッ!?

 「功績を上げ、規律を重んじ、戦術に詳しく武を誇る。さらには軍を運営する手腕を備えた結巍様が、その功績によって指揮官になられることは不思議ではありません。むしろ私どもにとっては、遅すぎたと思うほどです」

 何だその笑顔は、私に死ねと?死ねっていうのか?
 私の頬が引きつり、思わず乾いた笑いが溢れる。
 目の前の兵士はそんな私を見てさらに誇らしげに笑みを浮かべた。

 そんな事しているうちに外からモブ兵が天幕へ飛び込んできやがった。
 おい、何勝手に入ってきてんだ。ノックは社会人の常識だぞ。いや、それよりもまず私は身の安全を図るためにすぐにここから脱走をだな。

 「結巍様、大変ですッ!都に潜んだ同志から、官軍がこちらへ向けて出軍したと報告がッ!」

 「なっ!?結巍様、すぐに皆を集め出陣の用意をッ!」

 「そんな、まだ弓の矢も槍も全然足りないというのにッ!?」

 「え、援軍を要請しなければ。お、おい、すぐに伝令を通じて連携を……結巍様ッ!」

 「「「結巍様ッ!」」」

 あーあー、聞こえない。聞こえないったら聞こえないってばッ!?



早速のご感想、ありがとうございました。

農民「黄巾党というビッグウェーブ、乗るしか無い!」(意欲)
結巍「黄巾党というビッグウェーブ、乗るしか無い!」(悲壮)


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