BACK NUMBER

通巻174号「四国にJクラブなんかできっこないと思っていました」
能田達規(漫画家)インタビュー<前篇>

(C)Tete_Utsunomiya

■目次

  • ●「ベッド1台で1万3000円?!」
     懸念されるブラジルの宿泊事情
  • ●「四国にJクラブなんかできっこないと思っていました」
     能田達規(漫画家)インタビュー<前篇>
  • ●篠原美也子(@room493)の月イチ雑食観戦記
     第3回「うたかたロケンローラー」
  • ●徹マガフォトギャラリー(サンパウロ篇)
  • ●京都サンガに襲いかかった「残酷の二重苦」
     徹マガ編集後記(ベッカム斉尾)

「四国にJクラブなんかできっこないと思っていました」
 能田達規(漫画家)インタビュー<前篇>

 さてお立ち会い。今号と次号では、漫画家の能田達規さんのインタビューをお届けする。自他共に認めるサッカーファンなら、能田先生について多くの説明は不要だろう。『ORANGE』『オーレ!』などのサッカーマンガの作者であり、愛媛FCのマスコット(オ~レくん、たま媛ちゃん、伊予柑太)のデザインを手がけ、さらにはJ’s GOAL関連のイラストでも、すっかりおなじみの能田先生。今回、満を持しての徹マガでのご登場と相成った。

 能田先生の作品で特徴的なのは、その先見性であると私は考えている。『ORANGE』では四国にプロサッカークラブが出現すること(連載当初、先生は愛媛FCの存在を知らなかった)、セカンドディビジョン(作品内の呼称はF2)の拡大などをいち早くマンガの世界で予見。そして先生の一連の作品では、全国津々浦々にサッカー専用スタジアムができるという世界観も提示されている。

 四国といえば、このほど徳島ヴォルティスがJ1昇格を、そしてカマタマーレ讃岐がJ2昇格をそれぞれ決めた。愛媛への郷土愛と「四国にJクラブなんかできない」という諦念という、二律背反の感情を創作エネルギーに変えて『ORANGE』を世に送り出した能田先生。来季のJリーグをめぐる状況は「現実がフィクションに追いつく」という、まさに能田ワールドの真骨頂であったと個人的には思っている。

 そこでインタビューの前篇では、先生の漫画家としてのキャリアのスタート、影響を受けた作家、さらには時代を先取りするような作風の背景にあるものについてお話を伺った。なお、インタビュー終了後には先生のご自宅にもお招きいただき、愛猫のコマちゃんも撮影させていただくことに成功した。能田先生にはこの場を借りて、あらためて御礼を申し上げたい。(取材日:11月6日)


(C)Tete_Utsunomiya

■デビューのきっかけはファミ通マンガ大賞

――今日はお忙しい中、お時間をいただいて恐縮です。こうしてお話を伺う間も、仕事場ではアシスタントさんが作業をされているんでしょうか?

能田 そうですね。今はアシスタント2人体制で『コミック版三国志』を進めているところです。

――能田先生というと、どうしてもサッカーのイメージが強いんですけど、三国志もやられているんですね

能田 僕、もともと『おまかせ!ピース電器店』っていう、ドラえもんみたいな漫画を描いていて、そっちが本職だったんですよね。

――なるほど。さっそくですが、先生がデビューされたきっかけを教えてください

能田 大学2年のときに、ファミ通マンガ大賞というものをいただいて、当時はアスキーという会社だったんですけど、そこでアスキーコミックという月刊漫画誌を創刊するのに作家の数が足りないということで、それで僕のところに連載の話が来たのが4年のころでしたね。そこで「がらくた屋まん太」というのを月イチで持たせてもらうことになりました。

――確か今、ネットでも読めますよね。それにしても基本的な質問で恐縮ですが、マンガ家がデビューするのは、けっこう大変なことだと思っているんですが、実際には人によって違うものなんですかね?

能田 そうですね。僕はすごい裏口で入ってとんとん拍子で上がっていったので、苦労を知らない感じだったんですけど(笑)。

――どなたかのアシスタントについたことは?

(続きはメルマガで)

購読のお申し込みはこちらから
詳しくはこちら 詳しくは