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「なんでウチがビール会社に呑み込まれるんだ!」「なだ万」買収 ――老舗がのれんを売り渡すとき 創業184年の歴史は、いともあっけなく

現代ビジネス 12月6日(土)6時2分配信

のれんのデフレ化

 同社はここ数十年、料亭の売り上げ不振を惣菜・弁当などの多角経営でカバーするというパターンを繰り返してきた。

 現在、「なだ万」は料亭を国内に27店舗、海外でも中国やシンガポールなどに7店舗を出店している。だが、全国の百貨店やデパートで惣菜・弁当を販売する「なだ万厨房」は37店舗と、料亭の数を上回る。この構図が、まさに「なだ万」の体質をあらわしている。

 「今振り返ると、事の発端はやはりバブル崩壊でした。'93年以降、料亭に来るお客さんは目に見えて少なくなってしまった。『なだ万厨房』が次々に出店されはじめたのは、それからです。特に'96~'98年にかけては、約20店舗もの新規店を出店する、まさにラッシュが続きました。

 当時、『なだ万』ブランドの食品が料亭よりも格安で味わえる、ということで『なだ万厨房』は人気を博し、料亭の失速をカバーしました」(「なだ万」関係者)

 その後も「なだ万」には経営危機が訪れるが、窮地を救ったのは、またも惣菜・弁当事業だった。

 「'07年に『船場吉兆』で食品の偽装表示が発覚し大問題になりましたが、その影響は業界全体に波及し、どこも客数が激減しました。

 さらに'08年には『なだ万・グランドハイアット福岡店』で食中毒事件が起きた。同時期に発生したリーマン・ショックの影響もあり、経営はますます苦しくなった。そこで再びオーナー一族は『なだ万厨房』の新規出店に力を入れ始めたのです」(前出の関係者)

 それ以降も、「なだ万」ブランドでラッピングされた惣菜・弁当が、「本体」である料亭の不調を補塡する経営体質は、変わらなかった。現在はおせちなどのインターネットでの取り寄せサービスも行い、通販にも注力している。

 料亭だけでは経営が成り立たない以上、「なだ万」を企業として存続させるためには、多角経営や拡大方針は止むをえない選択だったのかもしれない。

 しかし、売り上げのために廉価な商品を販売し、ブランドを安売りするかのような経営手法は、同時に老舗料亭をむしばむ「諸刃の剣」にもなった。

 「『なだ万厨房』は料亭部門に比べて利益率が圧倒的に低い。労多くして実入り少なしで、社員も次第に疲弊していきました。

 そもそも『なだ万』に入社してくる料理人には、修業を積み、いつか自分で店を持ちたいという志を持った人が多い。それが厨房部門に配属させられ、弁当を詰めるだけの仕事しかできなければ、嫌気がさすのも当然でしょう。そんな経営を続けると、料亭にとって『命綱』である料理人の腕を落とすことにも繋がってしまう。実際、今の『なだ万』に幻滅して辞めていく板前は多いんです」(前出の関係者)

 つまり、「なだ万」は上流階級御用達のブランドから一般大衆化し、「のれんのデフレ」を起こしてしまったのだ。

 「たとえば今、コンビニで『なだ万』監修の味噌汁が売られていますが、それが本当に『なだ万』のためになるのだろうかと疑問に思います。

 老舗料亭の味というのは、その店でなければ味わえないところに価値がある。料理の味はもちろん、盛られた器や店の雰囲気、料理人との会話を通して五感で楽しむものです。ルイ・ヴィトンは決してコンビニで商品を売ったりしません。デパ地下やコンビニ、インターネットへの事業展開が結果的に『なだ万』の格を下げ、ブランドの劣化を招いたのは否定できないでしょう」(前出の丹下氏)

 「なだ万」が経営多角化に方向転換したのには、オーナー一族の世代交代も大きな転機となったという。

 「大阪の商家というのは、通例として長男は跡を継がないケースが多い。現社長の正幸さんも、妻であり女将である祐子さんの婿養子です。'89年に先代から彼らの代になって、良くも悪くも『なだ万』は変わった。先代は事業展開といってもホテルへの出店にとどめていました。次々に拡大戦略を仕掛けるようになったのは、今の社長と女将になってからでした」(「なだ万」出身で、現在独立し料理店を営む元社員)

 そこには、経営者として企業を生き残らせなければならないという、苦渋の決断があったはずだ。

 「おそらく、正幸さんや祐子さんらオーナー一族は、『なだ万』ののれんを切り売りして生き延びるような方針に、限界を感じていたのでしょう。

 今や高級料亭の需要は縮小し、さらに惣菜・弁当販売でブランド力が低下するなかで、将来的な先細りは目に見えています。200年近く続く伝統は守っていかなければなりませんが、単独で打てる手はもはや限られている。その狭間で出した結論が、『のれん売り渡し』だったのでしょう。大企業の傘下に入り、庇護を受けることで、将来へ一縷の望みを繋いだのかもしれません」(前出の関係者)

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最終更新:12月6日(土)6時2分

現代ビジネス

 

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