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<湯川鶴章>Pepper(ペッパー)に見る「弱いロボット」の魅力とは

ソフトバンクが今年(2014年)6月に発表した感情認識パーソナルロボット「Pepper(ペッパー)」は、これまでに開発されてきた典型的な人(ヒト)型ロボットとはいろいろと異なる点が多い。最大の違いは目指す方向性だ。これまでの人型ロボットの目標は、人間を模倣した運動機能を身につけることだったが、Pepperは自然なコミュニケーションができるようになることを目標にしている。

ヒトの運動機能の模倣を目指さないロボット


「Pepper(ペッパー)」は来年2月に税抜19万8000円で発売される予定

 なぜ人型ロボットに人間の運動機能を模倣させたいのか。それは、われわれの生活環境の中でロボットを使い、そのことで人間が“楽”をしたいからだ。

 われわれの生活環境は、当然ながら人間の姿、カタチに適したものに設計されている。ドアノブは人の手で回しやすいような大きさになっているし、階段は人間の歩幅に合わせて高さが決められてある。

 なのでロボットを人間と同じ背格好にして人間の運動機能を持たせることができれば、人間の生活環境の中にロボットをそのまま取り入れることができる。そしてそうすることで人間の肉体労働を肩代わりしてもらえるわけだ。

 一方でPepperは人間の肉体労働の代替としてではなく、人間との自然なコミュニーケーションを目指している。なので運動機能の模倣を目指していない。

 この部分がこれまでロボット工学の研究や、「ASIMO(アシモ=ホンダ開発)」や「SCHAFT(シャフト=日本のベンチャーが開発後、米グーグルが買収)」といったこれまでに開発された人型ロボットとは大きく異る点だ。

アイコンタクトを重視、2つの大きな目が特徴


顔の真ん中にある大きな目が特徴だ

 「二足歩行で階段を登れたとしても、万が一落下すれば周りの人間がケガする恐れがあります。また後ろから呼びかけられて振り返る動作も、二足歩行だと回転するのに時間がかかってしまうんです。そうしたことを考えて、早い段階で二足歩行を目指さないと割り切りました」とソフトバンクロボティックス株式会社でPepperの開発リーダー林要氏は言う。

 大きさも、人間の子供ほどの大きさにした。「人と話す上で、人と同じものが見えていること、大人と立って会話できる、というコンセプトにしました」。

 重視するのはアイコンタクトだ。「目が合わないとコミュニーケーションをしてもらえないんです」。


表情と声からその人の感情を察する感情認識機能で人の気持ちを理解しようとする

 Pepperには顔の真ん中に大きな目が2つあり、だれもがPepperの目を見て話しかける。

 これまでの人型ロボットはフルフェイスのヘルメットをかぶっているようなものが多かったが、「人間でもフルフェイスのヘルメットをかぶってる人と話をするのって、すごく緊張しますよね」と林氏は笑う。

 なので目の位置がはっきりと分かるデザインにしたのだという。

孫正義社長「監視員は不要、立入禁止領域を作るな」


ホンダが2000年に発表した「ASIMO(アシモ)」は二足歩行が可能

 これまでのロボットの実演は、ステージ上で行われることが多かった。なので触ることも、話しかけることもできなかった。展示フロアにロボットが置かれる場合でも、スイッチが切ってあるか、動作しているときには立ち入り禁止区域が設定してあり、監視員が立っていた。

 ソフトバンクショップに置かれているPepperには、店員が説明係として立っていることがあっても、監視しているわけではない。子供たちのグループが賑やかにやってきて、Pepperを触りまくって嵐のように去っていく。そんな光景が続いている。

 林氏はトヨタの出身だ。「(安全性に徹底的にこだわる)トヨタのようなところからきた(自分のような)人間にとっては、非常に怖い光景です」と笑う。「でも孫正義社長から、絶対に監視員不要にしろ、立ち入り禁止領域を作るな、という極めて強いリクエストがあったんです」。

 ロボットはいわばコンピュータ。フリーズすることもあるかもしれない。フリーズすると倒れて周辺の人にケガをさせかねない。「設計の最終段階で腰の部分にブレーキを入れることを急きょ決めました。フリーズしても周辺にいる人に倒れていかない設計にしています。これでまたコストが跳ね上がりました」と笑う。

「強いロボット」「弱いロボット」の違いを考える

 ロボット研究者の間で「強いロボット、弱いロボット」という概念が議論されるようになってきた。「強いロボット」とは、目的の行為を自分一人で完全にできてしまうロボットのこと。当然、これまでのロボット工学はこれを目指してきた。一方で「弱いロボット」は、人間側の歩み寄りを期待して作られているロボットだ。

 たとえば、街からゴミをなくすことを目的としたとき、強いロボットは、ゴミを見つけて歩み寄り、自分の手でゴミを拾い、ゴミ箱に入れる。この一連の作業を完璧にこなす。

 弱いロボットは、ゴミの存在を周辺の人間に知らせてから「ゴミを拾って」とかわいく言う。ゴミを拾うのは人間。つまり人間にある程度依存することで目的を達成するタイプのロボットだ。

 ゴミを拾うなどの単純な作業なら、強いロボットでも目的を達成できるだろう。しかし人間は千差万別。話す内容も千差万別。そんな複雑なシステムである人間との対話において、強いロボットのような完璧さで臨もうとすることが、本当に現実的なのだろうか。

「便利になる」とは別の方向性を目指すPepper

 人間は本当に強いロボットだけを求めているのだろうか。これまでの家電製品は、人を楽にさせることが目標だった。

 林氏は言う。「確かに洗濯機が便利になるのはいいことだけど、仕事がなくなることって本当に幸せなんでしょうか」。

 「ペットってなぜ飼われるんでしょう。身の回りの仕事が増えるんです。わざわざ苦労するんです。でも苦労することで、自分の存在感を味わうことができる。必要とされている感じを味わうことができる。楽になるということが、必ずしも幸せであるとは限らないと思うんです。そういう意味で、Pepperは弱いロボットとしての存在価値がそれなりにあるんじゃないかって思います」。

 人間とロボットが共存する近未来。ロボットは人間を肉体労働から解放するだけのものではなく、人間の心の豊かさを支援してくれる存在になっていくのかもしれない。その後者の領域を、Pepperは目指しているわけだ。

ITジャーナリスト

ゆかわ・つるあき、ITジャーナリスト。時事通信編集委員を経てネットメディア「TechWave」を創業。その後、フリーに。少人数勉強会TheWave湯川塾主宰。ブログはTheWave.jp