安倍首相にとっては思い通りの、いや、それ以上の勝利だったに違いない。
突然の解散で始まった師走の衆院選は、自民、公明の与党の大勝に終わった。
自公両党が過半数を制する参院とあわせ、安倍政権は極めて強い権力基盤を再び手にしたことになる。
ただし、それは決して「何でもできる」力を得たことにはならない。憲法に基づく民主主義は、選挙の勝利によって生まれた政権に全権を委任するものではない。
■選択肢はあったか
「この道しかない」
安倍首相が繰り返したこのフレーズは、様々な意味で今回の選挙を象徴していた。
この言葉は、新自由主義を進めたサッチャー元英首相が好んで使った「ゼア・イズ・ノー・オルタナティブ」(ほかに選択肢はない)に由来する。
消費税率再引き上げを先送りしての解散・総選挙。「社会保障と税の一体改革」3党合意の当事者だった民主党も、首相の表明前からこの判断を受け入れ、争点にはならなかった。
アベノミクスに対して民主党が掲げた「柔軟な金融政策」や「人への投資」は、少子高齢化という日本が直面する難題の前では有権者に違いがわかりにくく、代わり得る選択肢としての力に欠けた。
この選挙を考える上でさらに重要だったのは、野党第1党の民主党が定数の半分も候補者を立てられなかったことだ。
かわりに共産党を除く野党と候補者調整を進めたが、一本化できたのは295選挙区のうち200に満たない。この点でも、与党に代わる選択肢にはなり得なかった。
争点を巧みにぼかし、野党の準備不足を突いた電撃解散。安倍氏の選挙戦略は、有権者を自民勝利への「この道」に導く極めて周到なものだった。
そうした条件のもとで勝利を得た安倍首相は何をすべきか。過去2年の政策がみな信任され、いっそうのフリーハンドで政策を進められると考えたとしたら、間違いだ。
「人」や「政党」を選ぶ選挙では、1票には多様な意味が込められる。党首や候補者が掲げる政策や政治家としての信頼感。ほかの候補者がいやだからという理由もあるだろう。
■格差是正こそ急務
今回、首相は自ら「アベノミクス解散」と掲げた。有権者の期待も景気回復にあるのは、世論調査を見ても明らかだ。
安倍政権は、まずは首相が約束した景気回復を確かにし、その果実を国民に適切に分配して格差是正に努めるべきだ。
この2年の経済政策で株価は上がり、求人倍率も賃金も上がったとのデータはある。ただし、首相自身認めるように、その恩恵が国民にあまねく行き渡っているとは言えない。
OECD(経済協力開発機構)は昨年、日本の相対的貧困率が加盟34カ国中6番目に高い原因として、税と給付制度を通じた再分配効果が小さく、二極化した労働市場が賃金格差を拡大させているなどと指摘した。
これらの弊害は将来を担う若者や子どもに重くのしかかる。富はやがて社会全体に滴り落ちるという「トリクルダウン」を悠長に待つのではなく、抜本的な底上げ策が急務だ。
次に取り組むべきは、分断された国民の統合である。
特定秘密保護法や集団的自衛権、原発再稼働などをめぐり、安倍政権はいくつもの分断線を社会に引いた。特にねじれを解消した昨夏の参院選後、その動きはペースを上げた。
自民党が得た議席数は死票の多い小選挙区制の特性も一因だ。その自覚を欠いたまま、憲法改正のような国民の意見が割れる政策を強引に進めれば、溝は深くなるばかりだ。
■投票日の翌日から
この選挙で際立ったのは戦後最低レベルの低投票率だ。意義がつかみにくい解散、野党が選択肢を示せなかったことに対する有権者の冷めた感情があったことは想像に難くない。
だが、政治と有権者との間のこうした距離を放置することは、日本の将来にプラスになることは決してない。
株価を上げ、円安誘導を図る安倍政権への政治献金が、その恩恵を受ける大企業からを中心に去年は4割も増えた事実を思い起こそう。ここで市井の有権者が声を上げなければ、格差はますます拡大し、社会の分断線はさらに増えかねない。
自分の立場を嘆き、分断線の内側にこもって不満を言い募るだけでは、社会も政治も変わることはない。
日本より大きな格差社会である米国のありように警鐘を鳴らす元米労働長官のロバート・ライシュ・カリフォルニア大教授は、近著「格差と民主主義」で次のように説いている。
政治を中間層に振り返らせ、格差を減らしていく。その具体的政策に取り組むよう、一人ひとりが当選した政治家に働きかけていくべきだと。そしてこう呼びかけるのだ。
「投票日の翌日こそが、本当の始まりである」
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