2014-12-13

青二才功罪の「功」の部分についてちょっとだけ

http://anond.hatelabo.jp/20141213103732

んーまぁ、間違ったことは書いてないと思う。青二才面白さ、滑稽さという点ではこんな感じだろう。

ただ、青二才面白さとは別のところで、青二才功罪の「功」の部分についてちょっとだけ語りたいと思う。

青二才は3%が功で残り97%が罪、みたいなどうしようもない子なのだけれど、

それでも意識すればちゃんと功の部分はあると俺は思ってて。

それは何かって言うと、他人に何を言われようとも「自己表現」し続けてるってことと、

ドブさらいみたいな仕事をしてくれてるっていう二点ね。


まず一つ目。自己表現文章の上手さは関係ないってことを示してくれていること。個性を伝えるのに流暢な文章を書く必要なんてない、ということを身をもって示してくれてるのってすごい勇気づけられる。

青二才って文章が信じられないくらいすっごいヘッタクソだよね。3年も書いてるのにいい加減基礎的な文章構造くらい理解しろっていいたくなるレベルで、その結果としていまだにタイトルこそ勢いいいものの、本文がそれについてこれなくて竜頭蛇尾みたいになってて読んで損したって思うことがほとんどなんだよね。

でもさ、自己表現はできてるよね。つまり、書いてる人間がどういう人間かはこの上なくよく分かるよね。どういう人間かわかるというだけで、人間として好ましいとは全く思わないけど、でも青二才がどういう人間かはとてもよくわかるよね。増田で書いても、青二才文章は冒頭数行みたら誰が書いたかわかったっていわれるくらい個性あるよね。こういうひとって他にそんなにいないと思うんだよね。そのことは素直にすごいって思うんだよね。

いちいち言わなくてもいいことを言ってそれが許されると勘違いしてそうな空気の読めてなさとか、むしろそのことを勲章か何かだと勘違いしてそうな頭のネジの飛び具合とか、他にも色々と、本当に頭悪いと思うし社会不適合だし絶対友達になりたくないなって感じる。

大事なことだから二度言うと、人間としては救いようのない屑だと思うし絶対友達にはなりたくない。

でも、逆に言うと、そこまで思わせてくれるくらい自己表現してんだよね。はてなとか見てると、現実にはどんな風に生きてるのかよくわからん人ばっかりだから、全てむき出しの青二才見てると癒やされるんだよね。

二点目。ドブさらい。あるいは火中の栗を拾うみたいな役割果たしてくれてること。いっちょ噛みしたいけど、自分twitter言及するにはためらわれるような微妙でめんどくさい話題について、青二才が全力で絡んでいってくれてるおかげで、青二才に突っ込む形で間接的にコメントできるのってすっきりするんだよね。そういう場を提供してくれてる。

青二才の言ってることってだいたい的はずれなんだけど、逆に的はずれな感じでめんどくさい話題に絡みに行ってくれてるお陰で、俺も言いたいことが言える。ブロゴスとか日経オンラインコラムとかだと、喋ってる人のほうが自分より偉そうだから発言するの躊躇しちゃうけど、ニートしかもよくわかってない感じの人がギャーギャーと喚いてくれてたら、その件についてヒトコト言うハードルがすごく下がる。俺は全然興味ないけど、躁うつ病の話とかもそういうことなんだろうね。 その件について何か言いたいけどいちいち自分で言うのがめんどくさい人にとって、発言するきっかけ作ってる。 それは結構価値が有ることだと思うんだよね。

青二才って、記事の内容はレベルが低すぎて全く役には立たないけど、特定話題について言及したいけど躊躇してる人の口を開かせるきっかけ作りをしているという意味では存在価値高いと思うんだよね。で、ひとこと言いたい気分の時に利用させてもらうことで、そのお返しにおひねりではてブくれてやるくらいは別にいいかな、って俺は思うよ。 


そんなわけで、良い点より欠点のほうが多すぎるのが難点だけど、青二才果たして役割をいろんな人がやってくれるとブログもっと面白くなりそうなんだけど、実際のところは青二才くらいヒマじゃないと無理なんだろうね。



まとめ。

青二才は死んでも友達にはなりたくない人間の屑だが存在意義はある。

一つが文章が下手でも自己表現はできるとういお手本として。

もう一つが、めんどくさい話題について語りたい時の踏み台として。

こちらからは以上です。

トラックバック - http://anond.hatelabo.jp/20141213221812

記事への反応(ブックマークコメント)