木々が生い茂る森の中で一人の少年と一匹の魔物が対峙している。 狼の姿の魔物はうなり声を上げ少年を睨む。少年は魔物から目を離さずに得物である剣と盾を構える。 数瞬の沈黙の後、魔物は大きく口を開け少年へと駆けていく。少年はそれを横に跳ねてかわし、魔物に向かい剣を突き出す。そのまま剣の切っ先が魔物の胴体に深々と突き刺さり、甲高い悲鳴を上げた後、魔物は動かなくなった。 少年は剣を引き抜き、魔物の息の根が止まっているか慎重に剣の先で魔物をつつく。死んでいるのを確認すると少年はほっと息をついた。 「いらっしゃいませ。何をお引き取りしましょうか?」  少年が拠点にしている町、リザロに戻った少年――ジャズは町にある換金所に向かい、受付の男性に今日の戦利品の入った袋を渡した。  袋の中には先程狩った魔物――ヴォルフの毛皮や薬の材料になる野草、食材になる木の実やキノコが入っていた。 「それでは確認いたしますのでしばらくお待ちください」  そう言われたジャズは店内に設置してある椅子に座るとそのままテーブルにぐったりともたれかかった。  ジャズが冒険者となってから数週間が経った。  冒険者は夢のある職業である。  強大な魔物、金銀宝石などの財宝、まだ見ぬ地や景色、等々を求めて冒険者になる者が後を絶たない。  ジャズもそれにあこがれ冒険者になったくちである。  しかしそれは危険と隣り合わせでもある。  凶暴な魔物になすすべもなく殺される人、森やダンジョンで遭難しそのまま行方知れずになる人、欲に目がくらみ宝を巡り殺しあう人も少なくない。  それでも、冒険者というのは人を惹きつけるのだ。  ジャズはこれまでのことを思い返す。  魔物に襲われていた自分をとある男に助けられたこと。その人に師事してもらい修業をつけてもらったこと。修行が終わり男が去った後になって名前を聞くのを忘れていたこと。そして父と母から応援の言葉をもらい旅だったこと。 ――そして今の今まで大した成果がなかったことを  冒険者となってはじめのうちは、わからないことが多くまともに稼ぐこともできなかった。現在も、ある程度は稼げるように放ったがそれでも宿泊費や食費などの出費が稼ぎを上回り、旅立つ日に持って行ったお金を削りながら生活している。 「お待たせしました。こちらが今回の買い取り料金です」  ジャズは受付からお金を受け取ると店を後にした。  受け取った金額を見て、ジャズは大きなため息を吐くのだった。  ジャズが自分の泊まっている宿屋に着くころにはすっかり日が落ちていた。 「お帰り。何か食べるかい?」  宿屋の主人の言葉にジャズはうなずくと今日の分の宿泊費を払い、そのまま食堂へと向かった。  食事を終え、ジャズは自分が泊まっている部屋に戻りベッドに寝転がる。  ジャズは現状に不満を感じていた。  確かに最初のころと比べると、今は進歩したと言える。だが、もっと稼ぎたいと思うのが人情である。  ただ、まだ冒険者として駆け出しも駆け出しなのは自覚しているし、功を焦って危険な場所に向かう気もなかった。  地道にやっていくしかないのか。  ジャズは不本意ながらもそう結論付けてそのまま眠りについた。  次の日、いつもと同じようにジャズは金策のためリザロの町のはずれの森に狩りに出ていた。  ある程度作業が進み、ジャズは近くの木に背をもたれて休憩した。  その時、ジャズの視界を何かが横切り草むらへ消える。  魔物か、とジャズはすぐに立ち上がり何かが通り過ぎた後を追う。慎重に茂みから顔をのぞかせるとそこには金色に輝く毛皮を持つ小さな魔物の姿が。  ジャズは胸を高鳴らせる。  ジャズが見つけた魔物の名はコガネリス。臆病な性格の魔物であり、その黄金色に輝く毛皮と愛くるしい姿から貴族や金持ちのペットとして人気が高い。  滅多に人前に姿を現さず、とても捕まえるのが難しく貴重なことから、高額で取引されている。  あれを捕まえればしばらくは金に困らない!  そう思ったジャズは焦る気持ちを抑え、慎重にコガネリスを捕まえる隙を探る。  コガネリスは周囲を警戒しているのかきょろきょろとあたりを見回す。それをやめてジャズに背中を向けたと同時にジャズは一気に飛びかかる。  と、同時に他方の茂みからも誰かが飛び出した。 「え?!」  そのままジャズは誰かと激突してしまう。 「きゃあっ!」  二人は後ろに倒れ、しりもちをついた。  一瞬何が起きたかわからず混乱するが、すぐに周囲を見回しコガネリスを探す。が、どこにも見当たらない。逃げられたのだ。 「い、たた……」  振り向くとぶつかってきた相手、肩まで伸びた蒼色の髪を持つ少女が立ち上がっていた。  そしてジャズと同じように周囲を見回すと少女はジャズを睨みつける。 「あなたのせいで逃げられたじゃない! せっかく大金を手に入れるチャンスだったのに……!」  少女は怒りながらジャズを咎め始めた。  しかしそれはジャズにとっても同じこと。少女の言葉に腹を立てたジャズは、あれは自分が先に見つけたのだと言い返す。 「あれは私が先に見つけたの! そっちが後から来たんでしょ!」  負けじと少女も反論。そのまま二人は言い争いを始めてしまうのだった。    翌日、またいつものように森へ狩りへと向かうジャズだったが今日は機嫌が悪かった。  あの後、蒼髪の少女との喧嘩はどちらも折れることなく続き、別れたころには大幅に時間を食っていた。結果、魔物を見つけ狩る前に日が暮れてしまい稼ぎは大幅に減ってしまったのだ。  何とか怒りを忘れ狩りに専念しようとするが、体には出てしまい動作に無駄に力が入ってしまう。  野草を乱暴に引きちぎり袋に入れ、他に採取できる場所を探そうと歩き出すと。 「あっ」  昨日の少女と鉢合わせてしまった。 「ふん!」  少女は顔をそむけ歩き出す。ジャズも不機嫌な顔で歩き出す。が、二人は同じ方向へと歩みを進めていた。 「なんでついてくるのよ」  誰がついていくものか。  ジャズはそう言いたくなったが、昨日のようにまた喧嘩に無駄な時間を使いたくなかったので無視して足を少し速めて歩く。  それが気に入らなかったのか少女も足を速め、ジャズの先を越した。少女は勝ち誇ったような顔でジャズを見る  ジャズはそれに腹を立て、さらに速度を上げて少女を追い越す。少女もまた速度を上げる。  そのまま二人は速度を上げ、最終的には二人は全力で走りあっていた。 「じ、時間だけじゃなく体力も無駄にしたわ……」 ジャズと少女は息を切らせながらへたり込んでいた。 「なんだか段々と馬鹿馬鹿しくなってきた……」  少女の言葉にジャズも同意する。 「はぁ、こんなことしてないで早くお金を集めないと」  少女がそう言い終わる前に二人の耳に低いうなり声が響いた。  二人はすぐに立ち上がりそれぞれ獲物である剣と盾を構えて周囲を警戒する。  すると、木々の奥の方から大きな影が現れた。それはのしのしと足音を鳴らしながら二人へと近づいていく。  体長4メートルはあろうか、真っ赤な毛皮に覆われ体は巨大な岩、四肢は大木のようであった。鋭い牙の並ぶ口からは涎が垂れ落ち、目はギラギラとしている。 「あれは、ブラッドベア!」  少女はその魔物の姿を見て驚きの声を上げる。  ジャズも魔物の名前に聞き覚えがあった。  最近、リザロの町周辺に出没し旅人や冒険者などを襲う被害が発生しており町中に討伐の手配書が張り出されていたのだ。 「あれを倒せば大金が……!」  少女はブラッドベアを倒す気でいた。  ブラッドベアの毛皮は頑丈にできており、冒険者の装備としても需要があり高い値段で売れるのだ。  さらに、手配書に書かれていた褒賞金も高額であり、それらを合わせればかなりの大金を得ることができる。  だが、ブラッドベアを狩るというのは簡単なことではない。  固い体毛と皮膚はこちらの攻撃を阻み、丸太のような脚、鋭い牙と強靭なアゴはもちろんのことあの質量でまともにぶつかれば無事では済まない。  ジャズは逃げ出したくなったが、女の子を一人置いて逃げるというのは良心が痛むし男の沽券に関わる。それに何よりもし、あの魔物を倒せれば大金を手に入る。  ジャズは少女に近寄って剣の腕前を聞く。 「小さいころからお父さんから習ってたから大丈夫。そっちはどう?」  ジャズも少女の問いに答える。 「一年!? たった一年しか習ってないの!? 大丈夫?」  少女の言葉にジャズは多分と曖昧にしか返事ができなかった。 「まあいいわ、とにかくよろしく、ええと……」  言いよどむ少女にジャズは自分の名前を名乗った。 「ジャズって言うのね。私はメイリア、それじゃいくわよ!」  少女が名前を告げた直後、ブラッドベアに向かって走り出した。  ブラッドベアは腕を振り上げメイリアめがけて勢いよく振り下ろす。メイリアは寸でのところでかわし、そのまま剣を腕にめがけて横に振る。しかし、固い皮膚にさえぎられ浅い傷と体毛をわずかに散らすだけだった。  その後もメイリアは何度か魔物の攻撃をかわしつつ剣をふるうが致命傷を与えることができない。 「こいつ、固いっ」 メイリアの戦いを呆然と見ていたジャズは彼女の声にはっと我に返り、メイリアに加勢するために走った。  ジャズはメイリアに気を取られている魔物の背後を取り斬りつける。痛みで背後の敵に気がついたブラッドベアは素早く後ろに体を向ける。ジャズはすぐに後ろへ下がるが地面から中途半端に出た石に足を取られて転んでしまう。 「くっ!」  メイリアは慌ててこちらに魔物の気がそれるように攻撃するが魔物はそれを無視してジャズめがけて突っ込んでくる。立ち上がってよける暇はないと判断したジャズは地面を横に転がる。間一髪、ジャズは魔物と激突することなく何とかかわした。背後にあった木がブラッドベアの突撃をくらいミシミシと音を立てて倒れる。その隙にジャズは体勢を立て直した。 「何やってるの!」  メイリアの叱責の声にジャズは返す言葉がなかった。  ブラッドベアは何事もなかったかのように振り返り二人を睨む。 「あんまりダメージはないみたいね……」  ブラッドベアは体中に切り傷がついているが様子を見る限り弱っているようには見えない。それどころか彼の怒りを買うだけのようだった。  危機感を覚えたジャズはメイリアに逃げるように言う。 「逃げるなら一人で逃げて。私だけでもやるから」  だがメイリアはそれを一蹴し、魔物へ視線を向けた。 「このまま長期戦になったらこっちが不利……。なにか一気に仕留められる方法があればいいんだけど……」  メイリアの呟きにジャズは一つだけ方法があると告げた。 「大丈夫? 正直不安なんだけど……」  メイリアは訝しそうな顔でジャズを見る。  ジャズは苦い顔をしながらもメイリアにやるのか問う。 「まあ、試してみるしかないわね。それでどうするの?」  ジャズはメイリアに魔物を自分から背を向けるように惹きつけてほしいと告げる。 「それだけでいいのね?」  ジャズはうなずく。 「わかったわ」  直後、ブラッドベアは二人をめがけて一直線に突っ込む。  ジャズとメイリアはそれを横に跳んでかわした。 「それじゃあ、頼んだわよ!」  メイリアはすぐに魔物に向かい攻撃を仕掛ける。ブラッドベアは腕を振り回し、時には顔を突き出しかみつこうとする。メイリアはそれを上手くかわしていく。  そしてブラッドベアがジャズに背を向けた瞬間、ジャズは剣を標的へと向けて意識を集中させる。その瞬間ジャズの身体を赤い光が包み込む。そしてジャズはそのまま魔物めがけて突進する。そのスピードは明らかに尋常ではなかった。  剣は魔物の背中を深く突き刺さる。ブラッドベアは大音量の悲鳴を上げ、地に倒れ伏した。 「やった!」  メイリアは歓喜の声を上げる。ジャズも勝てたことに安堵の息を吐く。 「それにしてもあなた、魔法なんて使えたのね」  魔法とは体内にある魔力を行使する術である。  魔法自体は使おうと思えば誰にでも使えるが、使うことができるようになるまでには短くない期間の修練が必要である。さらに、使えるようになっても大半の人は生まれ持っている魔力量がわずかしかなくまともに使えるように魔力を増やすにはこれまた長い期間の修行が必要だ。  ジャズは苦笑しながら、自分は今のですべての魔力を使ったと答える。それに、見る限り単純な実力ならメイリアの方が上だとも言う。 「まあね、私とあなたじゃ修行の期間が違うんだし」  悔しいが確かにそのとおりである、とジャズは思った。  彼女は小さいころ(何時ごろからかはわからないが)から父から剣を習っていたという。現にブラッドベアとの戦闘でメイリアは危なげなく戦いを進めていた。  それに対してジャズは旅の剣士に一年、もっと言えばその人が修行をつけてくれたのは最初の半年だけであとの半分は自分だけで行っていたのだ。実力に差ができるのは当然と言えよう。  そういえば、とジャズはメイリアも魔法が使えるのか聞いた。 「私は魔法は使えない。ただ……」  メイリアが言いかけたそのとき、何かが動く音がした。  二人が振り向くと、仕留めたはずのブラッドベアが血を滴らせながら立ち上がっていた。そしてメイリアめがけて腕を振り下ろす。 「っ!?」  気が緩んでいたメイリアは動くことができない。できるのは反射的に目をつむることだけだった。  だが彼女が感じたのは魔物の爪に裂かれる痛みではなく何かに抱きしめられる感触と後ろへ倒れる感覚。 「いっ、た」  背中をしたたかに打ち付けたメイリアが見たものは、自分に覆いかぶさるジャズの姿だった。 「ちょっと、ジャズ……!?」  メイリアがジャズの身体に触れるとぬめった感触が。触れた手の平を見るとそれは真っ赤に染まっていた。 「ジャズ! しっかりして!」  メイリアはジャズに必死に呼びかけるが返事はない。ブラッドベアは止めを刺そうと距離を詰めてくる。  魔物から距離を取ろうとメイリアは地面の土をつかむとブラッドベアの顔面めがけて投げつける。投げた土が顔にかかり目に入ったブラッドベアは頭をふるい掌で顔をこする。  その隙にメイリアはジャズのわきに手を入れ持ち上げ引きずる。  ある程度距離を離すとメイリアはジャズの傷を見る。背中は爪で深くえぐられ出血も激しく呼吸も荒い。メイリアはうろたえた。 「このままじゃ、血の流し過ぎで死んじゃう……!」  今すぐジャズの治療をしたいメイリアだが、背後からはブラッドベアが迫っている。どうするべきかとメイリアは思考を巡らせる。そして数瞬の間の後、彼女は決心を固め、顔を引き締めた。 「……すぐに終わらせるから、死んじゃダメよ!」  そのままメイリアは距離を詰められる前にブラッドベアの元へと駆けていく。 「ハァッ!」  メイリアはブラッドベアへ何度も斬撃を浴びせる。だがやはり固い体毛と皮膚の前では思うようなダメージを与えられない。 「あんまり時間かけてられないのに! どうすれば……」  メイリアはいったん距離を取りブラッドベアの血が流れている背を見た。 (ジャズは魔法を使って身体能力を強化したおかげで剣をあの魔物に刺すことができた。あいつを倒すには力ずくにあの身体を突き破るしかない)  しかし、メイリアは魔法は使えない。  どうしようかと考えているメイリアはふと周囲を見ると、不意に打開策が閃く。 「こんな簡単な方法があったなんて!」  すぐさまメイリアはブラッドベアの方へと走る。そして剣を振りブラッドベアへと攻撃する。一撃与えるとメイリアは反撃が来る前にすぐに距離を取る。ブラッドベアはメイリアに向けて駆け襲いかかる。メイリアは魔物の攻撃を上手くかわしていく。  何度かそれを繰り返すと、メイリアはブラッドベアの懐に飛び込み顔を斬りつける。斬撃は魔物の目に当たりブラッドベアは悶絶した。  その隙に近くにある木に駆け寄り素早く登る。 「そぉりゃっ!」 木の上の太い枝の部分まで登りきるとそのままブラッドベアめがけて飛び降り剣を突き出した。 剣はブラッドベアの首の裏へと突き刺さりのどを貫く。ブラッドベアは断末魔を上げることなく沈黙した。 「やったの……?」  魔物を仕留められたのか、メイリアは慎重に様子を見る。数秒後、何の反応もない魔物に対しメイリアはほっと息をついた。 「そうだ、ジャズを……!」  メイリアは慌ててジャズの元へ駆け寄ると、血が流れる傷へと手をかざした。 「今すぐ治してあげるから……」  目を閉じ意識を集中する。メイリアの手から白い光があふれジャズを優しく包み込む。するとジャズの背中の傷がみるみるとふさがっていく。そして傷は跡形もなくなり、荒かった呼吸も収まる。青白かった顔色も生気が戻っている。  メイリアはジャズの体を包む光を収めると無事に治療が終わったことに安堵するのだった。  目を開けば空には満天の星空。ジャズが意識を取り戻すと最初に目に入った光景がそれだった。頭には枕の代わりか折りたたまれた布が置いてある。体を起こし周囲を見ると焚火の炎が燃え上がっている。 そして後ろを見ると巨大な魔物の姿が。驚愕したジャズは思わず飛び上がり慌てて魔物から離れる。 「フフッ」  ジャズの背後から誰かが笑う声がする。後ろを向けば両手いっぱいに細い枝を抱えたメイリアがいた。 「目が覚めた? どこか痛いところはない?」  そういえば、とジャズは自分がメイリアをかばって背中に傷を負ったのを思い出して背中に手を這わせるが、痛みはまったくなく傷跡があるような感触もない。うろ覚えだがかなりの重傷だった。とても無事で済むとは思えない。ジャズは首をかしげた。 「その様子だと、ちゃんと効いてたみたいね」  メイリアの言葉にジャズは一つの考えが浮かび、それをメイリアに聞いた。 「そう、私、回復魔法が使えるの」  回復魔法は通常の魔力とは別に法力と呼ばれるもので行使する。  鍛えれば伸ばすことができる魔力と違い、法力は生まれながら持っている人と持っていない人がおり、持っていない人はどうあがいても回復魔法を使うことができない。  一応、魔力を法力に替える装具は存在するがメイリアはそれを所持していない。 「お母さんが凄い法力の持ち主らしくてね、私にもそれが受け継がれてるの」 そう言ったメイリアの表情はどこか寂しそうだった。 ジャズはなんとなく察し、深く聞くことはせず、後ろに振り向きブラッドベアの死骸を見やる。 巨大な体に太い腕、太く鋭い歯の生えた凶暴な顔。改めて見て、よくもこんな魔物を倒せたものだとジャズはしみじみと思う。 「それじゃ、私は寝るから、見張りはよろしくね」  メイリアは言うが早いか布をかぶり地面に横になる。ジャズはいきなり言われて戸惑う。 「あなたが気を失ってる間、ずっと看てたんだからそのくらい当然でしょ?」  メイリアの言うとおり、ジャズが目を覚ますまでの間、彼女は周囲を見張ったり水を汲んだり火を起こすための薪を集めたりしていたのだ。  ジャズに反論の余地はなかった。  仕方ないとジャズはブラッドベアの死骸を背もたれにして座るのだった。  それから数時間が経ち、特に異変もなく、周囲を歩いて見回るも特に怪しい気配もない。あまりに何も起きないことに退屈したジャズは、ふと眠りについているメイリアへと近づき顔をのぞいた。彼女の無防備な寝顔はとても可愛らしく思わずジャズはときめいてしまう。そして彼女の顔や髪に触れてみようかという衝動に駆られる。だが、もし目が覚めれば面倒なことになると考えると実行することはできなかった。  結局、そのまま彼女から離れブラッドベアの死骸に寄り掛かり、胸の急な鼓動を落ち着かせようと目をつむる。すると急な睡魔が襲いジャズはそのまま眠りに落ちてしまった。 「ちょっと! なに寝てるのよ!」  翌朝、見張りの途中に寝てしまったジャズはメイリアにたたき起こされ叱られたのだった。  リザロにある酒場にて、二人の男女が椅子に座りそわそわと落ち着きがない様子でテーブルを見る。二人の目線の先には複数の箱と袋が置かれていた。 「これ、私たちの物なのよね……」  メイリアの呟きにジャズはコクコクとうなずく。  そう、これはブラッドベアの討伐による褒賞金と魔物からはぎ取った毛皮などを売り払って手に入れた金である。  これを自分たちで手に入れたのかと思うと二人は興奮を隠せない。  だがいつまでもそわそわしていても仕方がない。ジャズは報酬を二人で等分することにした。  ところが。 「待った」  メイリアはジャズの方にある袋の一つを自分の方へと寄せる。ジャズは訳が分からず彼女の方を見る。 「いいでしょ? 私があの魔物を倒したんだから」  勝ち誇った顔をするメイリアに対しジャズは眉を吊り上げ、自分は魔物の攻撃から彼女をかばったのだと奪われた袋を戻す。 「でもそれを治したのは私よ」  そう言ってメイリアは再び袋を自分の方へと寄せる。  ジャズは負けじとメイリアが油断してなかったらあんな怪我はしなかったと反論し再び袋を奪い返す。 「そもそもそっちがちゃんと魔物を倒せなかったからあんなことになったんでしょ?」  ジャズは言葉を詰まらせた。  メイリアは三度ジャズから袋を取り寄せる。  ジャズは何とか言い返そうと頭を回転させるが何も言葉が浮かばない。結局そのまま自分の取り分の一部が彼女に取られるのを苦い顔で見ていることしかできなかった。 「一つ相談があるんだけど」  早速手に入れた金で注文した料理を食べていると、突然メイリアが口を開く。  ジャズはいまだに不満そうな顔でメイリアの顔を見る。 「そんなに睨むことないじゃない。そっちにも悪い話じゃないと思うんだけどな」  ジャズは怪訝そうな顔をするも、とりあえず聞くだけ聞いてやろうとメイリアに話を促す。 「私たち、パーティを組まない?」  メイリアの提案にジャズの食事の手が止まる。そして再び怪訝そうな顔を彼女に向けた。 「私たちみたいな駆け出しの冒険者がこれからも一人でやっていくのは危険だし、進歩するのも難しいと思うの。でも二人でもパーティを組めば多少はましになるはず。それに前にも言ったけど私は治癒法術が使えるから組まない手はないと思わない?」  メイリアの提案にジャズは確かに、と思案する。  彼女の治癒法術のすごさは自分が体感しており、冒険が楽になるには違いない。 しかし、彼女はジャズより剣の腕が立ち、強力な治癒法術を持つ。ジャズと組むメリットは少ないはずである。 「正直言うとやっぱり一人は不安なのよ。それに、一人より二人の方が冒険も楽しくならない?」  メイリアは笑みを浮かべてジャズを見る。  年相応の少女の顔にジャズは直視できずに眼をそらす。 「それで、組むの? 組まないの?」  メイリアはジャズの様子に気づかず選択を迫る。  数秒の思慮の後、ジャズはメイリアとパーティを組むことを決めた。 「よし! それじゃあ改めてよろしくね、ジャズ!」  メイリアは椅子から立ち上がるとジャズへと手を差し出す。  ジャズはその手を呆然と見る。 「握手よ握手! これから一緒に冒険する仲になるんだから!」  メイリアにそう言われジャズも椅子から立ち上がりメイリアの手をつかみ握手を交わした。  彼女の手はとてもなめらかで柔らかだった。