「――御機嫌麗しゅう。鬼食流、フォクシィ・ザ・オーガイーターです」      そう名乗り終えるのを待っていたかのように、一陣の冷たい風が吹いた。フォクシィのと んがり帽子とマントが風に鳴った。  残り香のような微笑を口元に漂わせる赤髪のサムラウィッチを、ザスタードは面頬の奥か ら凝視する。   「――厭一刀流、永世十段(エーセージューダン)=Aウルスラ・ハインドです」    サムラウィッチの作法に従い、箒の上からウルスラが御辞儀を返した。  円陣を取ったゾンビの軍が、じわじわと圧力を増し始める。地鳴りのような足音を伴って、 後続の歩兵部隊が到着したのだ。騎馬隊が掲げる軍旗の後方で、堅固な包囲陣を展開する。  月はなく、星影もまばらな闇夜だが、煩わしさを感じるものはいない。この場に集ったの は悪魔に率いられた死者の軍団、それに剣と闇の魔女たちなのだから。   「永世十段=Aねえ」と呟きつつ、翡翠色の瞳は十重二十重の軍勢を見渡して、   「流石は幽鬼将軍の軍ね。さっきの砲撃で、もう少し数を減らせると踏んでいたのに」 「さるにても不埒な魔女よ。ネクロ・セクトラスまで斃してくれるとは喃。  だが、うぬが頼みの機動兵器も最早ない。――そも何を血迷うて戦を仕掛けて来たか。申 し開きがあればしてみよ。聞くだけは聞いてやろう」 「残念ながら」フォクシィは肩をすくめた。「ないのよね、それ」 「ない、だと?」    気だるげな答えに、ザスタードは両眼を燠火(おきび)のようにぎらつかせる。   「人も所も選ばず、ただ破壊と殺戮のみを為す乱賊悪徒と語る言葉など、サムラウィッチに ある訳ないでしょう。強いて言うなら、そうね――」と、フォクシィはわずかに残っていた 笑みを完全に消した。     「これから、貴方たちを一匹残らず斬り殲(つく)すわ。覚悟なさい」      ウルスラが忌々しげに唇を歪める。  フォクシィの周囲全ては凶気を漲らせる魔軍だ。いわば此処は死地だ。そこにたった一人 で立つ女が、何の怯えも見せず言い放ったのである。   「――申し開きをせよとは言ったが、増長慢の放言など許した覚えはないぞ」    静かすぎるほどの口調で言い、ザスタードは片手を上げた。ウルスラが「将軍」とやんわ り口を挟む。   「その女の身柄は、私どもにお渡し頂けるお約束ですわ」 「少し遊ばせい」    ザスタードは片手を振り下ろした。それが合図になった。      フォクシィの背後と左右に位置する騎馬隊から一騎ずつ、計三騎が飛び出したのである。 砂塵を蹴立てて見る間にフォクシィへと迫る。鞍上に跨るのは、いずれも槍やハルバードを 引っ下げた騎士鎧のゾンビだ。    フォクシィは振り返りもせず、流れるような所作で黒マントを脱いだ。露になる肩の白さ は、夜目ならずとも雪に紛う。  放り捨てられたマントは、地面に落ちる前に眩い光の粒子へ分解されて消失した。魔力で 編まれた品だったのだろう。  背後の馬蹄を意に介す風もなく、右手を左腰へ、左手を右腰へ宛がう。そこに例えば刀を 帯びていたとしたら、その柄を握るような構えだ。   「出でよ――」と、フォクシィはひそやかに口訣を唱えた。「鬼食の小太刀」    美しきサムラウィッチは地を蹴った。仰け反るように後ろへと。  優美な弧をえがき、ひと跳びで五メートルも飛ぶ。突然の跳躍に対して馳せ寄る三騎が反 応できたのは、彼らが生前も死後も非凡な騎兵たるの証だった。くり出される三本の槍先に 影のみをかすめさせ、フォクシィは猫科動物さながらに着地する。    即、両手の得物を構えて残心の勢を取った。――得物。そう、今の今まで無手だったフォ クシィの両手には、ふた振りの小太刀がある。  幽かな夜光を宿す短い刀身は、まるで白銀だ。鍔や柄の洗練された機械的な意匠は、この 二刀が高度なテクノロジーの産物でもあることを示している。    濁った血飛沫が奔騰した。青黒い、ゾンビの血である。    やや遅れて軽い音が、次いで重い音がそれぞれ三つ、魔馬が駆け抜けた後の地面で生じた。  何かが魔馬から落下した音だ。前者は切断された騎兵三人分の首から上であり、後者は馬 上からずり落ちた三人分の首から下だった。――交差の刹那に揮われた、双つ小太刀のはた らきであった。    そしてフォクシィが異なる相より抜刀せしこの小太刀こそ、彼女の異名でもある高周波ブ レードに他ならぬ。曰くその銘――『大和・鬼食狐火(やまと・おにはみきつねび)』。      大地が重く、低くどよもし始めた。  周囲の全軍が動き出したのだ。ザスタードらや騎馬隊に代わり、歩兵が前面に出て来てい る。四層、五層にも達する包囲陣で一気に押し包む腹だろう。    前触れなしにフォクシィは風と化した。歩兵部隊の波へ斬りこんだのである。  身をかがめての獣じみた疾走。そこ目掛けて、四方八方から恐るべき刃金が――ツーハン デッドソード、ククリ刀、ハンドアックスに狼牙棒、ジャマダハルが降って来る。  それら全てを回避し、或いは捌き、いなしてのけるフォクシィの二刀と拳足は、その合間 に綺羅星の如く瞬いた。      右袈裟。左袈裟。胴薙ぎ。後ろ廻し蹴り。斬り下ろし。直突き。逆手斬り。ブレード光波。 ブレード光波。足払い。刺突。斬り上げ。一刀両断。水面蹴り。双手刺突。十字斬り下ろし。 兜割り。肩から背中をぶつける体当たり。裏拳。挟み胴薙ぎ。正拳逆突き。後方宙返り蹴り。 五連突き。首投げ。顔面踏み潰し。ブレード光波。そして回転して三百六十度を斬る、斬る!      とんがり帽子が地を馳せ空躍るところ、歩兵部隊は木っ端微塵になった。疾駆するのと斬 るのを一如とし、吹き抜けるは一陣のつむじ風――生ける死びとへ真の死を齎す、剣の嵐だ。  ――このゾンビの軍勢は、ザスタードが収集した戦士の骸で構成される。全て一騎当千、 精兵中の精兵といっていい。  それでも、こうなる。  迅業に迅業をかけ合わせる即閃必殺の鬼食流には、フォクシィ・ザ・オーガイーターには、 百や千の兵では相手にならないのだ。        燦然と火花が散った。  腐れ崩れた顔面の侍が薙ぎつけ来た一刀は、左の小太刀だけで横に流す。二刀は間断なく 格子状の光となった。  縦四条、横五条の剣光に添って、侍の全身が細かな肉塊に裁断された。青黒い血と臓腑の シャワーなど一滴たりともその身に受けず、次の敵へ向かおうとしたフォクシィは、不意に 方向を転じて真横へ跳んだ。  全身を錐揉み回転させる跳躍の周囲で、けたたましい銃鳴と火線が爆ぜる。  複数の騎影が放った銃撃だった。突破されつつある歩兵部隊の支援に回った騎馬隊だ。ど れも軽装の鎧をつけた騎士だが、ある者はショットガン、またある者はリボルバーの短銃二 挺を両手に構えている。  耳を聾する銃声と火線の隙間を縫い、フォクシィは旋転を継続した。回転の赴くままに舞 わせた二刀からブレード光波が放たれる。  風を切り、一斉掃射の銃弾をも断った何発もの斬撃波は、それだけに止まらず射手たちを 馬上から斬って落として銃撃を終息させた。    地に降りたフォクシィの掌中で、二刀は生き物のように回転し、逆手に持ち変えられた。  前方から殺到して来る小隊を一瞥し、訝しげな表情になる。      異変が生じた。翡翠色の視線の先で、突如大地が割れたのだ。  フォクシィの前方、小隊の突撃と真正面からぶつかる地点でだ。そこから地面を裂いて躍 り出た人影が、小隊の先頭へ瞬息の斬打を見舞ったのである。  地中よりの奇襲を回避できず、獣皮を被った蛮族風の戦士が頭頂部から股間までを切り裂 かれて、どす黒い臓腑を散乱させる。  フォクシィの眼が光った。この梨割りは、いかな達人をも瞠目させるに足る手並みであっ たのだ。    突進してきた小隊全員がたたらを踏み、飛び退いた。虚ろな眼球に闖入者を映し、機械仕 掛けのように各々が武器を構える。  つ、と人影はフォクシィの前に出た。  甲冑を纏っている。闇そのもののように黒く――フォクシィの位置からは背中側しか見え ないが、戦国武者を思わせる装いだ。  右手に下げているのは太刀――それもひどく野太い。ゾンビを真っ二つにしたのもむべな り、尋常のサイズではなかった。   「――地面から離れて!」    短く、鋭い叫びを黒い武者はフォクシィへ放った。女の声だった。  躊躇わずフォクシィは跳躍した。跳躍は手近の騎兵が突進と共に突き入れて来たランスの 上を踏み台代わりに、逆手の斬撃となって騎兵の首を飛ばす。  更に乗り手を失った馬首を蹴った勢いで、より高みへと昇る。蹴り足に風の魔力を内在さ せたのか、ほとんど浮揚といっていい挙動だ。  大太刀を翻した武者は、切先を自分の足元の地面へ向けて突き立てた。  その動作に何らかの危険を察知したのか、ザスタードが「散れい!」と命じるより先に黒 い武者は叫んだ。   「爆吐地鳴衝(ばくとじめいしょう)ッ!」    青白い閃光が爆発した。  百の雷に等しい電光の奔流――その源は、黒い女武者が突き立てた大太刀であった。      雷は大太刀を中心とした放射状に拡散し、歩兵と騎馬を絡め取った。腐肉が、膿のような 血液が煮えたぎり、濁った眼球は爆ぜ割れる。兵も魔馬も出鱈目に四肢を痙攣させて、灼か れながら倒れ伏した。  荒れ狂う多頭の龍じみた雷の渦は、ただの電撃ではない。超高圧電流という形態を取った 闇の魔力がその正体なのだ。    この雷は大太刀を伝って全て地表に流れていた。故に範囲内で雷撃から逃れ得ているのは 宙を飛んだフォクシィと、魔法の箒を駆って抜け目なく滞空の高度を上げたウルスラ、そし て雷の余波を浴びながら、跨った馬ともども微動だにせぬザスタードだけである。  ――仔細に観察すれば、ザスタードは雷に直接触れている訳ではない。黒い機動甲冑とそ の周囲との間に見えない壁でもあるかのように、雷は全く届いていない。これは高位魔族が 生来有する強固な抗魔力障壁なのだった。      生じた時と同じく唐突に、雷の狂乱は消えた。  腐肉の焼け焦げる悪臭と白煙とが、辺り一帯を靄のように包んでいる。ふわりと天から舞 い降りて来たフォクシィは、黒い女武者の傍に立った。  半径二十メートル以上に効果を及ぼした電撃はザスタード軍全てに届いた訳ではないが、 それでも相当数が黒焦げとなっていた。    フォクシィは女武者が飛び出て来た穴をちらと見た。恐らく、先の巨大昆虫型怪獣が掘り 抜いた地底のトンネルを利用したのだろう。  視線を、地面から大太刀を引き抜く女武者へ戻し、上から下までしげしげと眺める。  彼女がその身に鎧(よろ)うのは、黒々と光る戦国の甲冑だ。兜の額では月輪のように大 前立てが輝く。  右手に握った大太刀は、小柄な人の背丈もある。それでいて、重さだけで叩き切る類いの 武器ではない。刃の鋭さは見るものを総毛立たせるほどなのだ。  黒い甲冑から、この大太刀から、フォクシィは凄まじいまでの闇の魔力を感知している。  ――さっきの竹刀だ、とフォクシィは内心で結論づけた。魔力で擬装していた竹刀の真の 姿がこれなのだろう。    そう、だからこの大いなる魔剣を持つ女武者の正体は彼女≠セ。ブロックバスターのコ クピットで隣りに座り、共に戦った赤ジャージの女。  フォクシィが瞬きしたのは、かりそめの相棒の印象がさっきまでと激変していたからだ。  兜からこぼれる長い髪が、鎧と同じ漆黒へ変わっている点だけではない。伝法な振る舞い や野暮ったい服の所為で目立たなかった、本来の美貌がありのままの形で表出されているの である。  あらゆる光を吸い込み、煌めかせて宿す大きな黒瞳。柳葉のような眉。きりりと引き締ま った鼻梁の線。――戦を先導する女神の、凛冽なまでの美々しさだった。        すう、とウルスラの箒が下降して来た。今まで通り、ザスタードの傍で浮遊する。  女武者を睨んでザスタードは吠えた。突発的な異常事態にも、動じた様子はまるでない。   「何奴!」 「――問われて名乗るもおこがましいが」と、大魔剣を肩に担ぐように構えた黒い女武者は、 死者の軍団と、それを統べる魔人と魔女とを見据え返した。  爛、と兜の下の双眸が光る。     「天下御免の殲国剣侠――サムライン! ここに見ッ! 参ッ!!」      朗々と名乗りを上げた悪に敢然と立ち向かう者たち(バトルヒーローズ)≠フ一人―― 殲国剣侠サムラインは、フォクシィへ横目を遣る。  切れ長のその目だけが少し笑った。「神に逢うては神を斬り」と言い、続ける。   「悪魔に逢うては悪魔を殺す――だった? サムラウィッチの理(ことわり)は」   「サムライン」とフォクシィは低い声を洩らした。「奥義書の預言(スケジュール)には記 されていない名。ザスタードと同じく。――そうか、今この状況も創造神の差配という訳ね。 ぶれた天秤を修正させる為の……」     「仲間がおったか。――これほどの武を持つ女どもが二人とは喃」    ニヤリと笑ったザスタードは「面白い」と言った。   「これまでの無礼は差し許す。うぬら二人、我に仕えよ。我が軍の一将として、また我が側 女(そばめ)としてな。特別に生者のまま在るがよいぞ」    ウルスラが不興げにザスタードを見る。  フォクシィは何の抑揚もない声で「すっごい好待遇」と言った。サムラインは冷やかに、   「お前がこれから攻めようとしている街、あそこをどうする気?」 「一人残らず殺す。強きもの弱きもの、等しく生命は全て我が糧なれば」    ザスタードは言下に答えた。邪悪そのものの声だった。  フォクシィは小さく鼻を鳴らす。   「さっき言ったでしょう。大体こういう手合いなのよ、地獄の住人っていうのは」 「確かに。愚問だった」 「なれば、返答や如何に?」    畳みかけるようなザスタードの問いへ、二人の女は揃って、凛たる声を張り上げる。     「――断じて否!!」      一拍置き、幽鬼将軍は呵々と笑った。   「で、あるか。ならば死ねい。死びとにしてから、改めてうぬらの屍を愛でてくれる」    フォクシィの、サムラインの、三つの刃が持ち上がる。  吶喊もなく、死びとの軍団は一斉に湧き立ち、雪崩れかかって来た。戦端は再び開かれた。          曲刀(シャムシール)を振りかぶったのは、黒いターバンにゆったりとした長衣の戦士だ った。風車のような連撃を上体の動きのみで避け、フォクシィは素早く前傾する。地面につ いた両手と片足を軸に体ごと旋転、相手の刃に斬らせたのは空だけだ。  同時にもう片方の足で繰り出した流麗なる後ろ廻し蹴りは、見事相手の顎を粉砕していた。 姿勢を崩した相手を左の一刀が追い、ターバンから胸までを垂直に断つ。    崩れ落ちるターバンの戦士を乗り越え、今度はコンバットナイフを手に迷彩服の兵士が飛 びかかって来る。目まぐるしい突きをかわすのは、それ以上に細かな足捌きだ。  刺突と刺突の間隙を捉えて半歩を詰めた。  大地を割りかねないほど深く、腰を沈めての踏み込みだ。小太刀の柄を立てて握ったまま、 フォクシィは右拳を水平に突き込む。  否、これは突く拳ではない。刺す為の拳だ。  唸る右拳を鳩尾にぶち込まれ、兵士は朋輩を巻き添えにしながら五メートルも後方の地面 へ激突した。直撃を受けた兵士は小刻みに体を痙攣させ、立ち上がる様子はない。  中段突きの衝撃力は兵士の体内を駆け巡り、全身の骨肉を完膚無きまでに砕いたのだ。こ うなっては、いくらゾンビといえど立ち上がることは出来まい。    ひゅん、と左右の小太刀を振り、フォクシィは周囲で蠢く死びとの軍勢を睥睨する。その 向こうで躍動する、黒い女武者の姿を見透かした。      サムラインの大太刀――『一文字暗黒星』の唸りは、ただひと振りのものに間違いなかっ た。それなのに肉を断つ音は三つ連続し、ゾンビ兵の首もまた三つ跳ね飛んだのである。  ひと太刀で三体が斃されたのだ。名うての精兵が、一合も刃を交えられずに。    サムラインは横薙ぎの剣尖を戻した。戻すその動きで四体目の胴と腰とを泣き別れにさせ る。攻め太刀はそのまま跳躍へと継続し、次の対手には上段の殺刃となって浴びせられた。  防ごうとしたウォーハンマーごと、全身鎧ごと両斬され、五体目の重装歩兵が今度は縦方 向に二つの肉塊と成り果てる。  フォクシィの小太刀が白銀の双頭蛇ならば、サムラインの大太刀は黒鉄の大蛇だろう。  かたや、ふた振りの小太刀は剣の嵐を齎す。こなた、大太刀は剣の怒涛だ。巨岩をも砕か んとする大波めいて、迅さより重さを旨とした太刀筋は必ず複数を屠り去ってのけるのだ。      そのくせ、敵を思うさま斬殺していく昂りはサムラインの美麗な面にはない。代わりにど こか沈痛というべき色が薄く刷かれている。  太刀を右八双につけた。はや己が築いた屍の山に視線を走らせ、サムラインは瞑目する。  唇から静謐に紡がれたのは、死闘の渦中らしからぬ言葉だった。それは弔いであった。     「眠れ。今度こそ、悪魔に目醒めさせられたりしないように――」      不意に目蓋がカッと開き、『一文字暗黒星』は白光と化した。  相撃つ刃金の金属音が鋭角的なこだまとなった時――上空から襲いかかった飛影は、サム ラインの至近をかすめて大きく離れている。  黒いマントがはためく。半裸も悩ましい肢体に僅かな緑鱗の鎧を纏ったダーク・サムラウ ィッチ、ウルスラ・ハインドである。  猛スピードで滑空して来た箒からは飛び降り、箒の方は放り捨てている。七房の髪が水中 花のように浮き上がり、先端に取りつけられた槍の穂先が光を滴らせた。今、サムラインと 斬り結んだのはこれらの内のどれかだろう。   「戦場でセンチメントをやる奴。ふざけてるのかい」    吐き捨て、ウルスラは背に斜め差しにした棒状のものへ右手をかけた。  二メートル以上もあるそれを抜き取る動作には、遅滞も隙もなかった。ぶん、と一閃させ る。両端に嵌められていた鞘が跳ね飛び、二つの鋭利な刀身が露になった。    ――長巻という武器がある。通常の刀とほぼ同じ刃に、それより長い柄をつけた大型刀剣 だが、ウルスラのこれは柄の両端に刀身を設えた代物だ。屈強な男でも扱いかねるであろう 重量を、ウルスラは腕の一部のように容易く廻している。  両刃の長巻は、小脇に抱えられて静止した。サムラインは短く言った。   「己の筋を通す。それだけよ」 「表流の連中が喜びそうな事を言うじゃないか。ますます気に入らないねえ」    長巻の苛烈な剣閃は、だがサムラインとは別の方向へ叩きつけられた。    幾条かの剣光が交叉し――長巻は振り抜く中途の姿勢で固着した。上下の両刃を発止と噛 み止めているのは、白銀の二刀小太刀だ。横合いから割って入ったフォクシィである。  彼我の均衡を保つ膂力がいかに恐るべきものか、微塵も窺わせぬ涼しい顔でフォクシィは サムラインへ言った。   「ここは私が引き受けるわ。貴女は大将首を取りに行きなさいな」 「――承知」    サムラインは頷き、素早く踵を返した。見る間にゾンビ兵の波の中へと駆け去る。  ウルスラはそちらを追おうとはしなかった。もっとも今現在、鍔迫り合いの真っ最中では ある。代わりに白刃を挟んだフォクシィへ、ねっとりとした視線を投じた。   「初めてちゃんと話せるねえ、鬼食の君」 「二度言わなきゃ駄目? 別に話すことはないわよ、こちらには」 「そりゃあ結構。私もくだくだしい話は嫌いさ」 「その割には、何度もつまらないちょっかいを出してきたこと」    甲高い残響が数珠つなぎに連なった。  鍔迫り合いが解かれたのである。その秒那に応酬させた激烈な剣戟に、鍛えに鍛えたサム ラウィッチの技を発揮させて、二人は己の背後へ等距離を飛び退る。二人とも無傷だ。  彼我の剣は揃って危険な位置についた。フォクシィは飛び立たんとする鷹のように左右へ 広げ、ウルスラは弦月のように頭上へ翳す。   「なら、先ずはこいつで語るとしようか。――余計な茶々を入れるんじゃない!」    急にウルスラが一喝したのは、遠巻きに二人を取り囲んだゾンビ兵がウルスラへ加勢する 動きを見せたからだ。   「サムラウィッチの戦に腐れ肉なんざ邪魔なだけさね。お前達は将軍様の助太刀にでも行く がいい」    死びとは人語を発しない。しゅうしゅうと洩れる吐息が彼らの返答だ。それを口々に交わ し、周囲のゾンビ兵は潮が引くように姿を消した。  辺りに静寂が落ちた。  天も地も闇に包まれた中で、得物を構えたまま佇む二人だけは、万物と隔てられた違う時 空にあるかのようだ。  この静寂はまた、凄絶なまでの緊張感を帯びている。既に闘争状態に突入した二人のサム ラウィッチが発する剣気、その不可視のせめぎ合いゆえであった。       何が切っ掛けだったのかは余人には判断し難い。兎も角も二人の血闘者は同時に動いた。  刃の届く距離ではない。だが寸毫のずれもなく、共に己が術名を叫びつ剣を揮う。     「サザンクロス――ハイドラ・プレッシャー=I」 「空浪(ソラナミ)=I」      フォクシィは×の字、ウルスラは斜め一文字。各々の斬撃の軌跡をなぞり、黒と紫の魔光 が放たれた。一片の長さが数メートルに及ぶ、通常とは桁違いの出力のブレード光波だ。  神速で駆ける魔光は両者の中間地点で激突した。眩い光芒と爆風を発しての対消滅に先ん じて、フォクシィは高々と跳躍している。  飛ぶ鳥の、或いは泳ぐ魚のようにフォクシィは対手目掛けて翔ける。そのすぐ足元を、新 たなブレード光波がなぞるように薙いでいく。―― 一撃目と同等の威力を持った、ウルスラ の第二撃だ。  ウルスラが最初に放ったブレード光波は、相殺されることを前提とした攻撃だったのだ。 間を置かずの二撃目こそ本命手と読んだフォクシィは、そのブレード光波を飛び越す形で仕 掛けたのである。    俄然、フォクシィの瞳が見開かれた。  全身が硬直する。フォクシィの体は空中で静止した。    ウルスラの真っ赤な唇が嗤笑を刻む。  悩ましい首筋も、豊かな胸も、すらりとした手足も、フォクシィの全身は地面からぴんと そそり立つ黒く細い線――ウルスラへ繋がる七条の髪剣に串刺しにされていた。  女の命たる毛髪を自在に伸縮させて操る蛇剣髪槍=B二撃目のブレード光波の下を潜航 するように、地表すれすれを這い寄ってきたのだ。二撃目も囮だったのである。  光を失った翡翠の瞳が揺れる。つう、と麗人の口元から垂れたひとしずくの血は、透き通 るような喉まで朱の線を引いた。           ――馬上から揮われた矛を、大太刀が迎撃した。すくい上げるような逆袈裟だ。  馬の首を切り飛ばした上に騎兵の華やかな胸甲をも割って、人馬を諸共に横転させた。  大太刀は止まらない。右に左にと描いた袈裟掛けの軌道で、左右を走り抜けた騎兵たちの 頭蓋を爆ぜさせてから、サムラインは大太刀を右脇構えにつけた。   剣尖の約十メートル先には馬上のザスタードがある。旗本隊を蹴散らしつつ、サムライン はザスタード軍の陣中深くまでを押し進み、遂にその本陣まで辿りついたのである。    同じ異邦の存在でありながら、共に漆黒の武者鎧に身を包んだ人と魔はここに相対した。   「――斬る」     端的に宣言し、サムラインは一直線に奔る。颶風の速さだった。  ザスタードは「小癪な!」と叫んで魔馬の脇腹を蹴った。何たる凄まじい瞬発力なのか、 ほんのひと呼吸で最高速に達する突撃(チャージ)だ。  これに対し、サムラインは疾駆の速度を維持したまま跳躍した。宙にえがく斬殺弧が真っ 向から人馬の突進と重なろうとした時、ザスタードは腰の陣太刀を抜き打ちの光芒に変えた。    金属同士が噛み合う電閃を盛大に走らせ、二人の武者は掛け違って離れる。  跳ね飛ばされたのはサムラインだ。空中で姿勢を崩しながら、着地した時には隙のない構 えを執っている。  さしもの飛鳥の薙ぎつけも、黒い砲弾のような突撃には押し負けたようだ。またザスター ドの陣太刀も、『一文字暗黒星』と競り合って刃こぼれ一つしていない。地獄で鍛えられた 銘刀なのだろう。    見る間にザスタードはサムラインから離れてゆく。大きくカーブを描いてターンしながら、 ザスタードは独語のように口にした。相当距離があるにも係わらず、奇怪にもその呟き声は サムラインの耳元へもはっきりと届いていた。     「――うぬら、今一度死ねい」      サムラインは両眉を跳ね上げた。  雑多な音が響き渡る。数百を残していた死びとの軍勢が、次から次へと倒れてゆくのであ る。まだ何の攻撃も受けていないものまで武器を取り落とし、不様に落馬しては地べたに転 がる。――まるで糸を解かれた操り人形だ。   「これは……!?」と呻くサムラインは更なる異常に気づいた。  辺り一帯の気温がひどく低下している。時を同じく地表付近に忍び寄り始めたのは、狭霧 とも陽炎ともつかぬ、薄っすらとした白いガス状の気体だ。先の電撃による噴煙ではない。  サムラインは見た。その気体の中に浮かぶ、数も知れぬ人の貌を確かに見た。  原野をびょうびょうと吹き渡るのは、既に風音ではなかった。無数の貌が怨み、嘆き、恐 怖する叫喚だった。  サムラインは慄然と立ちすくんだ。見間違えようもない。白い気体は、全て動かぬゾンビ 兵の骸から立ち昇っていた。    風が走る、風が哭く。  白い気体は異様な速さで渦を巻き、ある一点目掛けて流入していった。――数十メートル 先で魔馬を立ち止らせた幽鬼将軍へ。面頬の奥で、地獄へ通ずる洞のように開いた口の中へ。      がちん、と歯を鳴らして大口が閉じ、風の慟哭は絶えた。  既に膨大な白い気体は影も形もない。全てを吸い込み終えたザスタードの唇が、笑いの形 に吊り上がる。  およそ人間なら等しく顔を背ける形相だった。悪魔の笑みだ。   「死して我が血となれ、我が肉(しし)となれ。我が怨霊砲の弾薬(たま)となれ」    ザスタードは立ち上がりながら鐙(あぶみ)を蹴った。獣の剽悍さで鞍上から飛び降り、 地響きを立てて着地する。  がちゃり、と機動甲冑の背中にマウントされた二門の機関砲が動いた。左右の肩を通して 突き出された砲身は、既に全力疾走で肉迫して来る女武者を睨む。  先ず、右の砲口が閃光を迸らせた。  甲高い残響を引いて撃ち出されたのは砲弾ではなく、青くまばゆい光条だった。驀進し続 けるサムラインの至近距離で炸裂する。爆炎もまた青色だ。  着弾箇所の土砂と、巻き添えを食らったゾンビ兵や魔馬の肉塊が雨のように降って来る。 が、少しよろめいただけでサムラインは止まらない。青い火柱と黒煙を背に、黒い矢の如く 駆け抜ける。    また風が哭いている。爆発の余波に混じるのは――先程の白い気体が奏でたのと同じ、数 え切れぬ怨嗟の咆哮だ。兜の下の美しい顔が叫ぶ。   「外道め――自分の兵の霊魂を喰らったのか!?」    ――先に生じた白いガス状の気体は、ゾンビ兵たちから抜け出た霊魂だったのだ。怨霊化 して繋ぎとめられ、腐った肉体を稼働させていた麾下の全霊魂を、ザスタードは召し上げ、 吸収した。己の魔力に変換・集束させた砲弾――怨霊砲として発射する為に。    左の砲口からも青い妖光が吐き出された。また右、今度は左、そして右。  霊魂製の砲弾は次々に着弾し、爆発した。青々とした炎の上に更なる炎が重ねられ、怨霊 の怨嗟が狂いさんざめく。天を焦がし、数多の屍ごと原野に燃え広がる鬼火の連なりは、蒼 ざめた長城が構築されたかのようだ。  つんざき続ける閃光と爆発音の只中を、黒い速影はひたすらに突き進む。一秒たりとも止 まらない。    ザスタードまであと十メートルに迫った時、爆発が起こった。  これまでで最も近い距離だ。爆風で大きく飛ばされ、地面に叩きつけられる。  呻きを押し殺しつつ、何度も転がる勢いを利して立ち上がったサムラインを次弾が襲った。  炸裂した。湧き起こる爆煙と青い焔が混ざり合い、黒い甲冑の姿を覆い隠した。          七匹の黒蛇が蠢動した。  蛇剣髪槍≠ナ空中に架されたままのフォクシィは、更に高く吊り上げられる。――遠方 で上がる爆発音と青い火柱は、サムラインとザスタードの戦闘のものだ。その青い爆炎に照 らし出され、鮮血に塗れたサムラウィッチの肢体は妖しく輝く。  敵の死に様をじっくり観察せんと、身を乗り出したウルスラの嘲笑が強張った。下げよう としていた長巻の刃を、凄まじい勢いで跳ね上がらせる。  正確には跳ね上がらせようとした所で止まった。    無理もなかったろう。ウルスラの喉笛と脾腹は、ふた振りの小太刀が抉っていたから。  傍から飛びかかってきた人影の両手が、二刀を牙を突き立てるが如き双手突きに構えてい る。――フォクシィである。  今の今、蛇剣髪槍≠ェ惨殺したとんがり帽子の魔女はそこにはない。代わりに七条の髪 剣が貫いているのは、一匹の小さな蝙蝠だった。  きいきいと嘲るような鳴き声を上げ、蝙蝠は微細な粒子状に分解されて消滅した。まるで 夢まぼろしであったかのように。  白目を剥いてわななく対手へ、フォクシィはとどめの二刀を深々と押し込む。    電瞬――押し込もうとしたフォクシィの左手だけが別の生き物のように動いた。  首の後ろに回された左の『鬼食狐火』の刀身が、どこからともなく撃ち込まれたブレード 光波を阻む。太刀捌きの神妙さよ、刀身は魔光を弾くのみならず、それを放った当人へと跳 ね返したのである。  右の『鬼食狐火』を眺め、フォクシィは眉を少しだけ寄せる。  今の今、『大和・鬼食狐火』が刺殺したダーク・サムラウィッチの姿はそこにはない。右 の小太刀が貫いているのは、緑色をした一匹の蛇だった。  髪剣が貫いた蝙蝠と全く同じ経過をなぞり、蛇もまた消滅した。まるで夢まぼろしであっ たかのように。      悠然と二刀を血振りして、フォクシィは背後に向き直る。  ウルスラがいた。七メートルほど離れて立っている。  返された己のブレード光波を長巻の剣尖で散らせた魔女の額には、僅かに汗の珠が滲んで いた。       二人のサムラウィッチは、同じ言葉を、同じように苦々しげに発する。「――変わり身」      己の似姿を取らせた使い魔を囮とし、本体たる己は一瞬裡に敵の攻撃から逃れ去る幻術で ある。フォクシィもウルスラも、あわやという土壇場にこの術を使ったのだ。    「意外とせこい手を使うじゃないか、鬼食流」 「貴女に言われたくないわね」    フォクシィは物憂げに続けた。   「で――詰まる所、そちらの道場は何が目的なのかしら。『教会』から、私の首でも依頼さ れた訳じゃないでしょう?」 「決まってるだろう」ウルスラは目を細めた。「あんたが持つ、例の『結晶』。是非ともあ れを貰い受けたくてねえ」    フォクシィは煩わしそうに首を振り、   「あの聖遺物(アーティファクト)の力は折り紙つきよ。ダーク・サムラウィッチ風情に御 しきれるものではないわ」 「甘くみるんじゃないよ。――逆理の暴君≠ノ破天冥王=Bあのお歴々のお出ましとな れば、こっちも気張ろうってものさ」    ウルスラが低い声で言い、フォクシィは「そう辛くもなそうね」とまぜっ返しながら顔を 硬くする。  それは別世界の強大なる魔――魔王の座に列せられし存在たちの一団、『魔同盟』の中で も特に比類なき魔王の名であった。   「悪魔≠ニ皇帝=\―奥義書の記述通りなら、彼らが現れるのはまだ先の筈よ」 「ふん。預言(スケジュール)が前倒しになったんだろうよ」 「なぜ」と、フォクシィは小首をかしげた。「貴女がそれを知っているのかしら?」    ウルスラは答えない。薄く、邪悪に笑った。   「あの『結晶』の力があれば、この莫迦げた混沌化(カオシック)の中でも上手いこと立ち 回れるだろう。  そうなれば、こんなちっぽけな戦じゃない、世界を滅ぼすような戦だって愉しめる。もっ ともっと殺せるって寸法さ」    浮き浮きとした口調でウルスラは言った。この女は愉しくてならないのだろう。人殺しが。  ウルスラは表情を消した。  対手の口の隅に憫笑が刷かれているのを見たのである。完璧なフォルムの唇が「お話にな らないわね」と一蹴した。   「世界の秘密を明かすには、それに相応しい時と場と、何より人が欠かせないわ。今はどの 因子も揃っていない。特に人が駄目だもの」 「――そうかい。じゃ、ゾンビになったあんたに、その秘密とやらをとっくりと教えて貰う としよう」        ぞわり、と髪剣のひと房が持ち上がる。続く高速のしなりは大気の破裂音を伴っていた。  フォクシィは構えを崩さない。髪剣が伸びたのは全く出鱈目な方向だった。いくら伸縮自 在とはいえ、自分へ届きはしない。    そう見切った筈の攻撃が、忽然と襲いかかって来ようとは。   「――ッ!」    背後から鞭のように叩きつけられる髪剣を、フォクシィは横に跳んでかわした。  次が来た。今度も髪剣、左右から三つ四つと息もつかせぬ刺突だ。先手への回避位置をも 予測した上での連鎖攻撃が絶妙なら、それを更に見越し、後方宙返りを連続させて避けたフ ォクシィもまた尋常ではない。    宙返りの着地から大きく飛び下がりつつ、フォクシィは不可解な攻撃の出どころを視認し ている。ウルスラから直接伸びて来たのではない。  一瞬前にフォクシィがいた地点の周囲で、小さな穴とも翳りともつかぬ黒い澱みが複数発 生していた。髪剣はその穴から放たれたのだ。  翻ってウルスラ本人を見れば、七条の髪剣はそれぞれ伸び、空中でぷつりと切れている。  いや、それも正確ではない。やはり周囲の空中に生じた幾つもの黒い穴、そこへすっぽり と埋没しているのだ。その髪剣の先端だけがフォクシィの至近距離で出現し、襲って来た。 ――そうとしか言いようがない、奇怪な光景だった。    またもフォクシィの前後左右で黒い穴が発生した。  文字通り間髪入れず、そこから幾条もの髪剣が飛び出る。突き刺し、薙ぎ払ってくる刃尖 へ寧ろ向かって、フォクシィは大きく身を捻った。体ごとの旋回だ。彩なす二刀の銀光が舞 姫の装束代わりに棚引いて、片っ端から髪剣を弾き落とす。      独楽のような回転斬りはぴたりと止まった。  フォクシィは逆手構えの『鬼食狐火』を、胸の前で交差させる。引き戻された七つの髪剣 ごと黒い穴も消え、攻撃も熄んでいた。  ちらと右手首の辺りに視線を落とす。手首の傷から流れる血汐が、じんわりと垂れ始めた。  ごく浅傷だ。しかしこの戦闘が始まってから、フォクシィが初めて負った傷だった。     「見たか。厭一刀流奥技――甕割(カメワリ)=v      絶大なる自信を込めて、ウルスラは己が流派の秘剣の名を告げた。    甕とは水や食物を納める容器だけでなく、神聖な儀式に使われる祭器を謂う。転じてこの 世界そのものを指す言葉である。  ウルスラの攻撃は甕≠――この三次元空間に疵をつけ、割ったのだ。髪剣は微細なそ の疵を通じて亜空間を渡り、離れた場所にまで斬撃を渡らせる。間合いの一切を無に帰し、 あり得ぬ軌道で、避けようのない死角から。  ただの剣技、ただの妖術に非ず。二つの技術を真に融合させた、ダーク・サムラウィッチ が妖術剣技(ソード・アンド・ソーサリー)の精髄であった。      十メートル近い距離を隔てて、長巻は電撃の速度で一閃した。  タイムラグなしでフォクシィの首筋を鋭い斬撃が襲う。髪剣と同じく、長巻の刃だけが亜 空間跳躍したのだ。  首をかしげる動きでフォクシィはこれを回避し、更に飛び退いた。即座に襲って来る髪剣 を小太刀で捌く最中、フォクシィの喉笛を裂き損ねた長巻の刃は、すっと引かれて亜空の穴 と一緒に消失した。  ――髪剣もだが、亜空間跳躍は長時間持続できる訳ではないらしい。いかなる妖術の原理 がそれを許さぬのか、全ての剣戟は精々ふたつかみっつの呼吸で亜空の穴から引き抜かれ、 一旦戻されている。  その制限があっても、ウルスラは攻め手を巧みに配置し、途切れない刃の連環を生じせし めていた。斯くも隙のない連撃を浴びせられ続けては、距離を詰め、或いはブレード光波で 反撃する暇もない。    鮮血が散った。  ひとつではなかった。ふたつ、みっつと血の霧はふり撒かれた。   「どうした、鬼食流。攻めの太刀とかいう大層な売り文句は、ありゃ誇大広告かい」    こたえられぬ、といった顔でウルスラが嗤う。  肩口や太腿、フォクシィの白い肌があちこちで朱に染まっている。妖剣が刻んだ傷だ。  フォクシィは敵の嘲笑をまっすぐに撥ね返した。総身の負傷が嘘のような、冴え渡った表 情である。その頬から口元にかけて、こびりついた乱れ髪がひと筋。  凄艶この上ないフォクシィの美身であった。男なら誰でも、いや女だろうと官能の生唾を 飲み込むに違いない。――現にウルスラの眼の中では、暗い欲情の炎がちろちろと燃え出し ていた。喘ぐように、   「いいよ、私ごのみの化粧になってきたじゃないか。お前の血みどろの屍、私の舌と指で清 めてあげるよ。念入りにね」 「いいご趣味だこと」    フォクシィの口調は対照的に冷え切っている。  神出鬼没の亜空間斬法をここまで避け得たのは鬼食流なればこそだ。例え相当の使い手で も、何の反撃も出来ぬまま斃されていただろう。だが、今のままでは――。  と――勝ち誇るウルスラは気づかなかったかもしれない。  先程から、フォクシィが防ぎに専念させているのは左の小太刀のみであることに。そして 右の小太刀は目の前に翳し、ゆらゆらと刃先を揺らせていることに。    跳躍(ワープ)して来た長巻がさかしまの妖風を巻いた。  合わせた左の小太刀が必殺の力点を崩し、明後日の方向へいなす。その一合の隙に割り込 んで、同じく亜空間を越えた三条の髪剣が烈風となった。  フォクシィに素早くかわされた薙ぎ払いの二手は陽動に過ぎない。最後の一手は違う。精 密機械のような刺突が、無慈悲に心臓を貫く。   「蝿声(さばえ)なす剣神パン・ダンよ! 今ここに鬼食の剣を御身へ捧げん!」    勝利を確信し、ウルスラが異界の邪神への聖句を叫んだ時――。    大気を灼く凄絶な唸り、刃金同士の衝突音、そして肉が貫かれる音と苦悶の声が続けざま に起こった。  その中を、黒く広がった影が斜め上空に飛んだ。        ――空に飛んだ黒い影の正体は、フォクシィのとんがり帽子だ。  フォクシィの心臓を穿つ筈だった髪剣は大きく逸れ、とんがり帽子だけを跳ね飛ばしたの である。折しも強さを増した夜風が、帽子を高く高く舞い上がらせる。    二人のサムラウィッチは、どちらも動きを止めている。フォクシィの方には新たにつけら れた傷はない。  ウルスラはのろのろと、自分の胸元を見た。  一本の刀が刺さっていた。ちょうど胸部分の鎧を突き破り、位置は心臓の真上。  鬼食の小太刀だ。傷口から止めどなく溢れる血汐が、刀身を伝って地面に染みをつける。    ――よろめくウルスラの眼は、瞬きの間に何が起こったのかを余さず認識していた。  この小太刀は単に投じられたものではない。それなら避けられぬ彼女ではない。  小太刀は、自分の制御下にある亜空間の穴から飛び出したのだ。フォクシィへの致命打と なる筈だった髪剣、それが通過していた穴から入れ違いに。   「今の技は」ウルスラは口の端から血泡をこぼした。「正伝一刀流切落(キリオトシ) ――! 莫迦な、あの秘太刀を何故お前が……!?」      切落≠ニは表流の一刀流に伝わりし奥技の一つである。襲い来る対手の剣を、ひと呼吸 先んじて放った己の剣で弾き落とし、斬り込んで勝つ。正しく攻防一体の剛剣だ。  これを成功させるには、刃筋と刃筋を合わせて猶弾き得る唯一の角度とタイミングを見切 らねばならない。それを見誤れば即ち斬られて死ぬ。  この剣理を、フォクシィは投擲剣に応用してのけた。それも妖術剣技の射出口を先読みし た上で、その亜空間径路を使ったのだ。  拝み打ちに投じられた『大和・鬼食狐火』の片割れは、必殺の髪剣を弾き、押しのけなが ら亜空間を通り抜けた。而して彼方のウルスラを膺懲したのであった。      ウルスラは呻いた。自身を貫く小太刀の柄に力が籠められたのだ。  柄を握ったのは持ち主だった。何時の間にか、眼前にフォクシィがいる。もう一歩と半踏 み込めば、蠱惑的に濡れ光る互いの唇が触れ合う近さだ。  石火の暇(いとま)に間合いを詰めたこの挙動は、サムラウィッチ特有の転移方術(テレ ポート)――縮地である。通常は抜刀術と組み合わせて使う技だ。  血走った双眸がフォクシィを射た。   「敢えて表の、正道の剣で……我ら裏の殺人剣を凌ぐか……! しゃらくさい真似を……!」 「剣の正邪は関係ないわ」    フォクシィはウルスラの耳朶に顔を寄せた。  と、ウルスラを貫く『鬼食狐火』の刀身が薄緑色の光を纏い出す。光が輝きを増すごとに ウルスラの苦悶も強まった。   「私が貴女より強かった。それだけ。そして――Ite missa est.(コレデオシマイ)」 「――雌狐ぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」      血を吐く絶叫と共に長巻が、蛇剣髪槍≠ェ、剣の濁流となる。  そして虚空だけを斬り刻み、或いは穿った。    噴き上がった血飛沫がどす黒い放物線を夜空にえがいた時、一瞬で掻き消えたフォクシィ が残心する姿は、ウルスラの背後数メートルの地点に顕現していた。今一度、縮地によって 断末魔の猛撃をかわし、貫いたままの『鬼食狐火』を圧し斬りざまに抜刀したのだ。ウルス ラの肉体という鞘から。    フォクシィの全身至る所につけられた傷が、一斉に薄緑色の光を帯びる。  すぐにその光が消え去ると、無数の傷もまた失せていた。血の汚れすらも揮発し、白磁の 肌には痕跡一つとどめていない。  吸い取った敵の生命力で己の傷を癒す闇の魔女術(ウィッチクラフト)、恐るべき肝食 い≠フ効果だ。零距離からの縮地抜刀は、ウルスラの生命力を残らず奪っていたのである。  どっと崩れ落ちる対手を振り返らず、フォクシィは夜空に片手を上げた。  風の気まぐれだろう、丁度ゆらゆらと落ちて来たとんがり帽子を掴み取り、鬼をも食む魔 女はそっと被り直した。          ――原野が燃えている。  ただし、この燎原の火は青い鬼火だ。夜闇の底で青い業火が燃え狂う様は、ここが既に冥 府と地続きになったかと錯覚させる。     むくむくと膨れ上がった爆煙が風に吹き過ぎていく。次第に露になる爆心地の光景に、ザ スタードは「ほう」と感嘆の声を発した。  白煙を纏わりつかせながら、サムラインは厳然と立っていた。大太刀『一文字暗黒星』を 眼前に横たえ、掲げるようにして。  美しい顔は煤で汚れ、体もあちこち負傷しているようだが、甲冑自体に目立ったダメージ はない。強大な魔砲の直撃を受けながら、驚異的な防御力といえた。   「うぬの太刀と具足、それは闇の魔力で造られしものよな。違う次元の産物だが判る。その 魔力で怨霊砲の威力を減じさせたか」    ザスタードは感心したように言った。   「あの魔女めはサムラウィッチの理とやらで刃向うのであろうが、うぬがそれに与するのは 何ゆえだ。雇われでもしたか」 「理由の二つ目は、一飯の恩返し」    構えを崩さぬまま、サムラインは対手には意味不明な答えを返した。   「それと――あの街へ流れ着く前、私はお前が襲った跡を見た。それが一つ目よ」 「どこの砦か村か知らぬが、あれを見たかよ」    くく、とザスタードは含み笑う。   「老いも若きも男も女も、苦しみ抜いた挙句に死んでいたであろう? 強い負の感情を抱い て死んだ魂ほど、良質な怨霊砲の弾薬になるのでな。なればこそ、最高の苦痛と汚辱と恐怖 を与えた上で嬲り殺してやったのよ。ああまで解体するには実に手間暇が――」    鬼畜の所業を誇る笑い声は止まった。  サムラインの双眸が勁烈な光を宿したのである。それはさしもの魔人すらたじろがせた。   「異なことよ、その眼」ザスタードは不快げに言った。「闇の武具を使いながら、うぬの眼 は真逆の光を指しておる。人間ばらが正義などと称する、唾棄すべき白い光じゃ」 「あんな地獄を繰り返させない為に私は――私達『ヒーロー』はいる。たとえこの異世界で ろうとも、天魔外道の悪業は、同じ天魔外道の力にて誅す……」    大太刀は緩やかに動き、青眼へついた。深々と剣気が漲っていく。   「――おん首、頂戴仕る」    妖刀『一文字暗黒星』。闇黒の甲冑『殺糸威(あやいとおどし)』。魔性の武具の担い手 となりながらも、闇の力がいざなう破壊と殺戮の衝動に打ち克ち、悪を懲らす。  それが惑星テラの護剣のひと振り、殲国剣侠サムラインの選んだ道なのだ。       「で、あるか」と、ザスタードは引っ裂けるように笑う。笑いながら怒号した。     「高言なり! 怨霊砲――惨(サン)・弾(ダン)・撃(ウチ)!!」      左右の砲口が放った青き光は、先程までの一本に集束された光線とは違った。妖光は発射 後、一転して拡散したのである。ぶち撒けられる数十数百の細い光は複雑怪奇な幾何学模様 を織り成し、横幅数十メートルに渡る地面を出鱈目に抉り取った。そこら中に転がったゾン ビ兵が切り分けられて消し炭となる。――触れる一切を切り刻み、超高熱で灼き尽くす。点 ではなく面で根こそぎ破壊する波状攻撃だ。  通常の光学兵器ならこんな運用は不可能だろう。霊魂と兵器、二つの属性を恣(ほしいま ま)に操る魔人ならではの地獄の機械であった。    逡巡する様子は欠片もなかった。サムラインは軽やかに地を蹴った。  前方に、天地を劫略して迫る拡散光に向かって飛び出す。斜め上へ五メートルは跳んでい るが、押し寄せる怨霊砲の面≠跳び越えるには至らない。絶望的に高度が足らない。  夜闇よりもなお昏い大太刀と甲冑は、なす術もなく青い光の渦中に呑みこまれた――そう 見えたのはほんの僅かの間だった。    ザスタードが「ぬうッ!?」と驚愕の叫びを上げる。  サムラインは人外の速度で跳ね上がったのだ。長い黒髪を龍の尾の如く振り乱し、稲妻状 の軌跡をえがいて。      ――怨霊砲の光渦に巻き込まれる瞬間、サムラインは『一文字暗黒星』を揮っていた。  この斬撃は無数の光条を断つ為のものではない。凝集した剣圧と武具に備わる闇の魔力と を併せ、一瞬だけ妖光を弾く。その際に生じる魔的反発力に逆らわず、サムラインは自分自 身を上空へと押し上げたのだ。  勿論、そうなるように斬り込みを調節した結果である。続く刹那の中の刹那、大太刀の柄 頭で、蹴り足で同じく妖光を弾き、跳弾のように怨霊砲の面≠サのものを駆け上がった。 ――対手と同じ、闇の魔力を帯びた武具だからこそ通せた無茶だったろう。  当然無傷では済まない。妖光の超高熱は『殺糸威』が防いではいるが、それでも甲冑の下 には火傷を負った筈だ。      そんな傷など意に介さず、サムラインは天高く躍り上がる。怨霊砲の光撃を完全に飛び越 し、ザスタードの遥か頭上へ達した。  怨霊砲の筒先はこれを追っている。左右の砲が放った青い光線は、のたうちながら絡み合 い、一本の奔流となった。宙空に在る黒い甲冑目掛け、一匹の蛇体のように合した妖光は逆 流れに仰角を昇る。  突然、サムラインの兜の両内側から面頬(フェイスガード)がせり出した。瞬間的に美貌 を半ば覆い隠した面頬は、牙剥く鬼を象っていた。   「……おおおおおおおおおおッ!!」    大気にひびが入った。そう錯覚させるほどの気合一声、大上段に振りかぶられた大太刀が 剣尖から鍔元まで紫電を吐いた。  うねり、轟く雷の剣気を彗星の如く引き、たばしるはサムライン最強最大の必殺技――。     「天鼓雷音剣(てんくらいおんけん)――稲妻メガ・グラビトン崩しぃぃぃぃぃぃッ!!」      天から振り下ろされる魔にして破魔の太刀――これ以上ないほど大上段からの真っ向唐竹 割りは、地上から天へと攻め昇る怨霊どもの光と激突した。  そして二つに断った。  落下に沿って青き妖光を切り拓きながら、サムラインは全身全霊でザスタードへ迫撃する。    大海も割れよと落ち来る一刀を、振り上げた陣太刀でがっきと防ぎ得たのは、流石に地獄 の大将軍だった。『一文字暗黒星』から噴き出る雷光が、いずれ譲らぬ剣と剣との静止相を 影絵のように照らし出す。  ぴしり、と鋭い響きが両者の鼓膜を打った。  ザスタードの顔が醜く歪む。己の陣太刀に亀裂が走ったのである。  歯ぎしりと共に、加速度的に広がる亀裂が刀身の全てに及んだ時――。      大太刀が喚んだ万雷は、遂に爆発的な火柱となって人と魔双方を呑み込んでいった。            ――ふと、フォクシィは立ち止まった。夜風に耳を傾ける。    静かだった。つい先程、離れた地点で大きな爆発――というよりは落雷のような轟音が鳴 り渡って以降、平原に戦場の騒擾はなくなった。遠くではザスタードが放った鬼火が一面で 燃えているが、どうやら下火になっているようだ。――本人が死んだか、或いはこの場を去 ったかで魔力の供給を断たれた為だろう、とフォクシィは判断する。  死びとの軍勢は、全て死体に戻っていた。平原のあちこちに、点々と黒い染みのように横 たわってもう動くことはない。砲火を生き延びた騎馬隊の魔馬も幾らかいた筈だが、姿はな かった。逃げたのだろう。    黒のとんがり帽子が揺れ始める。  歩みを再開したフォクシィは、何時の間にか黒いマントを羽織っている。『鬼食狐火』の 方は影も形もない。  代わりに、片手に大きな箒を下げていた。  仰向けに倒れたままのウルスラの骸の傍で、フォクシィは身をかがめた。  骸の乱れた髪を整えてやり、その脇に箒を静かに横たえる。――これはウルスラの箒だ。 離れた所に落ちていたのを拾って来たのである。    片掌だけ上げて、フォクシィは己が斃した対手を拝んだ。葬送せしものへの、サムラウィ ッチの作法なのだ。     「その箒、あいつの?」    背後からかけられた声に、フォクシィは立ち上がり、振り返った。  近づいて来るのはサムライン――赤ジャージの女だ。大太刀も黒い甲冑も身につけていな い。ポニーテールに結った髪も赤に戻っている。  ジャージ姿はあちこち汚れ、いくぶん負傷もしていると思しい。フォクシィは小さく頷く。   「サムラウィッチなら、箒なしでは格好がつかないでしょうからね。これから闇黒界(クリ フォト)の底に堕ちるのだから、猶のことよ」 「ふうん。これで優しい所もある、と」 「――ザスタードの方は?」 「……もう少しってとこで逃げられた。面目ない」    赤ジャージの女は顔をしかめた。  フォクシィに倣い、骸の前で経文らしい文句をむにゃむにゃと呟く。その表情が次第に訝 しげになった。   「妙だね。さっきと顔が違う」    服装はそのままに、ウルスラの死に顔だけは全く別の女に変わっていた。苦悶に歪んだ形 相を差し引いても明らかだ。  フォクシィは「元々、この女はウルスラ本人じゃないもの」とあっさり認めた。   「幻術で擬態していた影武者(カゲムシャ)よ。恐らくは、奥技を伝授されたウルスラの高 弟の一人。狡猾で用心深いという噂は本当らしいわね。  それより貴女、傷の方は大丈夫なの?」 「ま、何とかね。あの鎧の力で、徐々に治るんだ」 「そう。――今更だけれど、サムラインでよかったかしら?」    赤ジャージの女は「そりゃ源氏名みたいなもんでね」と苦笑した。   「麟子(りんこ)。本名は柳生麟子だよ。あんたのことはフォクシィって呼んでいい?」 「ご随意に。――さて。これで一応の目的は達したわね。ザスタードは兵力のほとんどを失 った。当面は、あの街がどうこうされる危険はないでしょう。  麟子、貴女はこれからどうする? 元の世界に帰る方法なら教えるわよ」 「そりゃありがたい。でもその前に、やることがひとつ出来たよ」    赤ジャージの女――柳生麟子はさらりと言った。  口調は軽いが、双眸には揺るがぬ決意が宿っている。   「私はザスタードを追う。あの手合いはきちんと始末をつけとかないと、他所でまた同じ外 道をやらかすからね。今度こそ止めてみせる」 「……創造神は人選を誤らなかったようね」と、小声でフォクシィは呟く。眩しいものでも 見るような視線を麟子に注いでいた。       「近場の街までで良ければ、送るわ」    フォクシィはマントの懐から魔女の箒を取り出した。もう見慣れたのか、麟子は驚かず、   「あ、助かるなあ。何しろ右も左も判らなくて」 「その代わり、ひとつ頼まれてくれないかしら?」 「ん、何?」    フォクシィは口元をほころばせ、髪をかき上げる。   「――ヨザクラ。そういう名のサムラウィッチがいるの。私もまだ逢ったことはないけれど」 「その名前、どこかで聞いたな。確か……ああ、さっきの屋台の爺さんと話してなかったっ け? あっちこっちで人助けしたっていう噂の」 「ええ。もし、貴女がその娘と出逢うことがあったら、手合わせして欲しいのよ。真剣で」 「――そりゃまたどうして?」    麟子は目を丸くする。フォクシィはどこか遠くを見るような眼差しになった。   「汝、剣の魔女なれば、世界を救う器たるや否や。――その適性を測る為よ。何しろ、まだ まだ新米で甘ちゃんのようだから。  ソフィアの弟子たる彼女こそが、いずれ全次元の混沌化を修復する鍵となる可能性がある。 でも世界の秘密を――あの結晶≠託すに値せぬ者ならば、或いは……」    謎めいた言辞の後半は、思索の内に沈むような独り言になった。麟子は首をひねる。   「……なんだかよく判らないけど、そのヨザクラって娘が今後のキーだかキモだかになるっ てことか。サムラウィッチの予言ってやつ?」 「いいえ、純然たる女の勘」 「あ、そりゃ確かな線だわ。……いいよ。どっかで逢えたらね」      ――五分後、二人の姿は夜空の上にあった。滑るように飛ぶフォクシィの箒に、二人して 跨っている。  上空は風も強い。どちらの赤い髪も大いに煽られる。  鳥の視点から見渡す周囲一帯に動く影はないが、まだ鬼火があちこちで煌々と灯り、噴煙 も薄っすらとわだかまっていた。点在する無数の小さな染みは、動かぬゾンビ兵の骸だ。    森の端近くに差しかかった所で、箒の速度が落とされた。高度も下がっていく。  俯瞰する下方に大きな影がある。さながら要塞のように、こんもりと盛り上がっている。  フォクシィは箒を空中で静止させ、麟子と共にそれをじっと見下ろした。――戦火をくぐ り抜けた彼女たちの愛機、ブロックバスターの残骸だった。  重機動大型ロボは、しゃがみ込むような姿勢で大破している。カーキ色だった装甲の大半 は焼け焦げ、黒ずんでいた。ネクロ・セクトラスのマグマ弾を受け切った結果である。   「――お疲れさん」    麟子がぎこちない敬礼を送る。物言わぬロボットとの、それが別れの挨拶になった。  フォクシィは無言で箒を浮上させた。斜めに天を衝く七百ミリライフル砲の砲身が、鈍く 夜光を反射した。        何時の間にか、夜空は雲で埋まっていた。風が運ぶまま、何かに急かされるかのように後 ろへ流れてゆく。天を仰いだ麟子はぼやくように、   「こりゃ嵐が来るなあ」 「ええ」と、フォクシィは顔を前に向けたまま言った。向かい風が強まる中、闇天をついて 箒は飛ぶ。「知ってるわ――」       【→THE SAMURAWITCH RISING Original Story=z       ■設定■ サムラウィッチ サムライ+魔女というよく分からないジョブ 外見上の特徴として杖の代わりに刀や槍を持っていたり鎧を着ていたりする 距離に関係なく斬撃を当ててくるので敵に回したくない 熟練者の中には居合と攻撃魔法を組み合わせて恐るべき破壊力を生み出す者もいる 当然ながらこのジョブは女性限定     ■設定■ フォクシィ・ザ・オーガイーター 長い間封印されていた魔女、見た目20代、実年齢800歳超 ロングでストレートの赤髪に緑の瞳のツリ目 露出度の高いミニスカドレスに黒マントと大きな鍔を持ったとんがり帽子が特徴 1999年に復活する予定だったが封印が解けるのがちょっと遅れた そのため目覚めたのは2049年 電脳や義体が広く普及し国境すら曖昧になった未来社会 しかしそんな社会でも争いは絶えなかった 自分を封印した「教会」に復讐するため 彼女は高周波ブレード「大和・鬼食狐火」を手に入れ“サムラウィッチ”になるのだった     ■武器設定■ 大和・鬼食狐火(やまと・おにはみきつねび) 2振りで1組の短刀を模した高周波ブレード、全長約70cm 1本の鞘に前後から切っ先が向き合うように収まっているのが特徴 バッテリーの容量が少ないが鞘に戻してフル充電されるスピードは最速 鞘にハードポイントが設けられており柄をはめ込み槍のような形にすることも可能 両手に持って二刀流として使うもよし 一方を投擲して牽制するもよし 槍のようにポールウェポンとして使うもよし 前後に刃をつけてダブルブレードにするもよし 使い手によりスタイルがガラリと変わる技の武器である ●使用者募集(シリーズ、非シリーズ問わず)/被り可     ■設定■ ダーク・サムラウィッチ 悪堕ちしたサムラウィッチ ただでさえサムライ+魔女というよく分からないジョブが更にピンボケになっている そもそも魔女だから既に悪堕ちしてるんじゃねーの? って声も無きにしも非ず 外見上の特徴として肌の露出が多くなり防御力ガン無視な甲冑を身に纏う 距離に関係なく斬撃を当てる点は同じだがこちらは悪魔や邪神と契約している そのため定期的に生贄を捧げないといけない もしその行為を怠ればたちまち地獄に引きずり込まれ永遠に苦しむこととなる しかし闇よりの使者は彼女たちに無限の魔力を授け召喚に応じ絶大な破壊と殺戮をもたらす ●便乗歓迎(シリーズ、非シリーズ問わず)/女性限定/被り可     ■設定■ ウルスラ・ハインド 人斬りの快楽に魅せられて剣の邪神と契約したダーク・サムラウィッチ 外見20代後半 ロングの黒髪と妖艶なボディに露出度の高い鱗のような軽甲冑を身につける 冷酷な性格で人斬りを楽しむ為ならどんな外道な手段も厭わない 得物は両端に刃がついた長巻 長い後ろ髪は七房に細く編んでおり先端には槍の穂先がつけられている この七房を魔力で蛇のように操ったり長く伸ばしたりして自在に攻撃する 邪神からの加護はこの髪の毛に宿っているので髪を切られると魔力が弱体化してしまう また同じ邪神を崇める若きダーク・サムラウィッチたちを弟子にしており 金で殺しを請け負う暗殺団のような流派を結成している     ■モンスター■ 幽鬼将軍ザスタード 霊魂と兵器、異なる二つの力を備えた魔人。 高名な騎士や歴戦の戦士のゾンビ軍団を従える地獄の将軍。 黒い機械鎧を纏い、霊魂を収束させて打ち出す「怨霊砲」で、闇夜を青い鬼火で燃え上がらせる。     ■FRONT■ 重機動兵器「ブロックバスター」 同盟軍がパリス大戦線に投入した大型ロボ、全長30m超 機体色はカーキ色でシャークマウスのペイントが施されている ボックス状の胴体に武器腕と逆関節の脚部を有する コックピットは爆撃機のものと酷似しており並列複座式の2人乗り 頭部のようなものはなく胸部にあるキャノピーと機体下部のカメラで視界を確保している バックパックの右側に700mmライフル砲1門、左側に多連装大型ミサイルランチャーを装備 腕部は肘から先が60mmガトリング砲と連装ロケット砲を内蔵したプラットフォームになっている その巨体故後方からの遠距離支援に徹するしかなく敵の接近を許せば瞬く間に擱座してしまう しかも金食い虫で製造、維持、整備、運用全てに莫大な資金がかかるため3機しか生産されていない ●パイロット募集/性別問わず(でもロリショタは勘弁な)     ■バトルヒーローズ■ 殲国剣侠サムライン(せんごくけんきょう‐) 侍大将を思わせる黒くメタリックな兜や鎧を装着した巨乳美女 赤髪ポニーテールの女体育教師、柳生 麟子(やぎゅう りんこ)が変身した姿 武器は大太刀・一文字暗黒星(いちもんじあんこくせい) 通常の戦闘時には顔は露出しているが、剣気を集中させ天空高く跳躍、凄まじい雷光とともに 斬り下ろす必殺技・天鼓雷音剣(てんくらいおんけん)を放つ時には、牙を剥いた鬼のような 面頬が兜の中からせり出し、フェイスガードする   元は大昔に悪の妖術師が作った魔の武具・殺糸威(あやいとおどし)で、身につけた者は 邪悪な心に支配されてしまう代物だったが、ふとした切っ掛けでこれを装着した麟子は 持ち前の精神力で何とか破壊衝動を抑えこみ、人助けの為に使っている