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ポカリくんの一文字本音 作者:千柄

窓際のポカリくん

 彼は今日も、窓の外を見つめている。

 窓際、後ろから三列目の席で気だるそうに頬杖をつく男の子。
 休み時間で騒がしい教室の中、賑やかにおしゃべりしているクラスのみんなにちらとも視線を向けることなく、彼は退屈そうに窓の外を眺めている。
 爽やかな初夏の風に鬱陶しそうにそよぐ黒髪。どいつもこいつも子供っぽい、本当にくだらない、なんて呆れ返っていそうな背中。

 そばの席でふざけていた男子のひとりが、よろけて彼の机にぶつかる。
 ガタンと大きく揺れた机に、外を見ていた彼はぴくりと肩を揺らし、訝しげに振り返った。
 『ヤベッ』と焦った様子の男子が慌ててごめんと謝るのを、胡乱げに見上げる彼。くだらねえことやってんじゃねえよとでも言いたげな無表情に、相手はたじたじと後ずさる。
 そのまま気まずそうに友達の輪に戻っていくクラスメイトをクールに見やるその眼差しは、ったくガキみてえに騒ぎやがってとかいつまで中学生気分でいやがんだよとか、そんなことを思っていそうに醒めきっていて。

 だけど、本当のところは――。


「ねーちょっと夏帆(なつほ)、コレマジアホくない?」
 私の机に雑誌を広げていた亜矢が、ケラケラ笑いながらそんなことを言った。

「え、何?」
「ラメ入りアイプチだって。ふつーアイプチって隠れるもんじゃん、そこ光らせてどーすんの的な。何これウケる」
 ぶくく、と笑いながらラインストーンの光る爪で雑誌をトントンと叩く亜矢。覗いてみれば、見開きの紙面に『キラキラデカ目イリュージョン!』というキラキラした字とキラキラしたアイメイクグッズが所狭しと並んでいた。
「へー、そんなのあるんだ」
「見りゃ分かっちゃうもんじゃんね、アイプチってさ。そこラメらしたら余計目立つじゃん」
 『マジウケる』と可愛い丸文字を頭上に浮かべ、巻き髪をクルクルと弄びながら雑誌を眺めて彼女は言う。
 染髪もパーマもピアスも自由だからとこの高校を選んだだけあって、入学してから二カ月足らずでそのヘアカラーは三回あまり変わっている。先週染め直したばかりだと言う赤みの強いブラウンは、濃い目の色だけど全く決して地味ではない。つけまつげもバッチリ盛ってアイラインもガンガン引いたメイクと言い、着崩した制服に指定外のリボンやらでっかいシュシュやらピアスやらネイルと言い、どこからどう見ても派手派手のギャルなのだが、これでも中学なかばまでは大人しそうで清楚そうな子だったのだ。
 あくまでも大人しそうで清楚そうなだけ(・・)だったということは、よーく知っているのだけど。

 枝毛を探しつつ雑誌を見ていた彼女は、ふいに何かを思いついたらしい。『ちょい待ち』と数秒間制止したかと思えば、頭上にピコーンと豆電球を光らせた。
「ねね、もしかしてさ、ラメのキラキラでアイプチっぽさを誤魔化す的なそういう狙い? え、なんかそれだとアリじゃね?」
「ああ、なるほど、これはラメ入りアイシャドウですみたいな」
「なるよね? そーなるよね? 多少はみ出しても平気っつかむしろガンガンはみ出せみたいな? あーアリかもアリかも。買っちゃおっかなー。あ、でもちょっと高いなぁコレ。今月香水いっぱい買ったしなー。どうしよ」
「いいんじゃない。買えば」
「うわマジ他人事。もとから二重マジムカツク」
「遺伝だからね」
「あははムカツク。あ、ねえこれも良くない? 紫系のシャドウ欲しいんだよねー。あとはー、チークとー、つけまとー」
 頭上に音符を飛ばして機嫌よさそうに雑誌を捲る亜矢にふんふんと相槌を打ちつつ、私はまた、ちらりと窓際に視線を向ける。

 さきほどと変わらない、退屈そうに頬杖をついて窓の外を眺める背中。
 ギャーギャーうるせえんだよガキどもがとか、田舎マジうぜーとか思っていそうな気だるい雰囲気。


 だけど、私には見えるのだ。

 彼の頭上にふよふよと浮かぶ、心細げな『寂』の文字が。

 机に男子がぶつかったときの『驚』も、ごめんと話しかけられたときの『嬉』も、その後なんと言ったらいいかわからないらしい『困』も、気まずげに去っていく背中を見送るときの『悲』も。

 見えてるんです。ハッキリと。

 ……あ、『寂』が『友』に変わった。それでもって『欲』に変わった。


「ねー夏帆、コレどっちの色がいいと思うー?」
「え? 何?」
「コレコレ。グロス。ピンクかオレンジどっちかなー。ピンクってちょい可愛すぎな気ぃするけど、オレンジって塗ったらなんか地味なんだよねー。あんたならどっち買う?」
「いいんじゃない、どっちでも」
「ちげーよどっち買うか聞いてんのよ」
「あ、ねえ、今日のお昼購買行きたいんだけど」
「聞けっつの人の話を」
「グロスはいいよ。メンソレータムで十分だよ」
「いまどき小学生でも色つきニベアだっつーの。チョイスがイモいわ」

 亜矢にぶーぶー言われながらも、窓際の彼――穂刈(ほかり) 慎一郎(しんいちろう)くんを見やり、今日も私はこっそり思うのだった。

 がんばれ、ポカリくん。と。



 ***



 私は人の心が読める。

 言っておくけど中二病ではない。


 が、しかし、心が読めるという表現にはちょっとばかり語弊がある。
 ふつう心が読めると言うと、人が考えていることが頭の中に流れ込んでくるとか、思ってることが声になって聞こえてくるとか、そういう感じを想像すると思うのだけど、私の場合はなんか違った。

 どう言ったらいいのか分からないが、見える。その人の心が、文字になって浮かんで見える。
 と言うとなんかやっぱりスゴイことのように聞こえるのだけど、その表現と実情とはまたちょっと趣が違って、私に見えるその人の心は、だいたいが一言だ。考えてることとか今の気持ちとかをおおざっぱにまとめた感じの一言が、みんなの頭上に浮かんで見える。
 どんな言葉が見えるのかというと、『楽しい』とか『眠い』とか『ムカツク』とか『お腹痛い』とか、ほんと一言。文字だけじゃなくて、ハートマークとか音符とか絵文字混じりの場合もある。マンガでよくある、モノローグになるまでもない心の吹き出しが見える感じと言えばいいのかも。
 たまに『田中さん大好きだ!』とか『数学当たりませんように!』とかいった文章が見えることもあるけど、そういう場合は文字で見るまでもなく本人から駄々漏れてるのがほとんどで、それでなくともその人を見ればああ楽しいんだな眠いんだなムカついてるんだな調子悪いんだなってすぐ分かっちゃうようなことばかり。
 要するに、ものすごく便利そうに思えてあんまりそうでもない能力である。

 なにゆえ私にそんな力が備わっているのかと言うと、星に選ばれし運命の乙女だからとか、この世の全ての悲しみを救うべく天から授かったとかいうことはなく、遺伝だ。お母さん譲りである。
 母の家系にはたまにそんな力を持った子が生まれるらしい。母本人もそうだけど、四つ上の兄も似たような力を持っている。
 母も兄も私とは違う感じで人の心を読むのだけど、やっぱりどっちも言葉通りに他人の心を読み取るようなものじゃなく、使いどころがいまひとつ分からないという点においては三人とも同じだった。

 心を読むと表現するには抵抗のある中途半端さではあるし、めちゃくちゃ便利とは言えないけど、普通の人づきあいやら日常生活を送るぶんにはけっこう役に立ってると思う。
 人間関係のトラブルに巻き込まれることはほとんどないし、キャッチセールスやらナンパやらに乗せられることもないし、困ってるふうに見えるおばあちゃんが本当に困ってるのか宗教の勧誘員なのかも見分けられる。見える言葉がおおざっぱ、かつ見れば分かる程度のものということもあって、人の心を覗き見しているという罪悪感もそんなには覚えない。
 母曰く、人よりちょっと感受性が豊かで人の心の機微に聡いだけよということらしいけど、それはちょっと違うような気がしないでもないような、でも実際その程度な感じがするようなしないような……。

 とまあだいたいそんな感じで、スゴイように思えてそんなに大したことはない能力なのだ。
 これが人を見ただけでその胸の内のすべてが分かる力とかだったりすればいいのになあ、と特にテスト前に先生を見ていて思うけど、そんな力があったらあったでものすごく大変そうなので、身の丈に合ってると言えばそうなのかも知れない。
 いや身の丈とはちょっと違うかもだけど、とにかくこの力のせいで心に傷を持ってたり人間不信だったりするようなことはない。母や兄や同じ力を持つ母方の親戚を見る限り、力があるゆえの危機に瀕したりすることもまずなさそう。世界征服はおろか、新興宗教が立ちあげられそうなレベルの能力でもない。

 至って微妙。そして地味。
 でもそれなりに役に立つ。
 そんな力を地味なところで使いつつ、私は至って平和に毎日を過ごしているのだった。



 ***



 ……さて、そんな私の最近の楽しみは、同じクラスのポカリくんこと、穂刈くんを観察することである。

 穂刈くんは、イケメンだ。
 流行りのキラキラした美少年顔ではないけれど、端整でありつつも精悍な、ストイックかつノーブルな雰囲気の凛々しいお顔立ちでいらっしゃる。よく分からないかも知れないが、まあとにかくイケメンだ。

 入学後、頭髪自由の風に乗って茶髪金髪パーマの波が続々と男子生徒を飲み込む中、そんなの男じゃねえとばかりに我道を駆けゆく夜闇のごときぬばたまの髪。ハードワックスのプロデュースによる量産型無造作ヘアーとは一線を画すナチュラルボーン無造作感が、今日も注ぐ明るい日差しをお呼びじゃねえよと跳ね返す。
 太すぎも細すぎもしない形のいい眉に二重のくっきりした目元、ほどよく通った鼻筋に厚くも薄くもない唇、すらりとした長身に、細身だけれどほどよく筋肉がついた(ように見える)体。
 テレビの向こうで歌ったり踊ったりしてるよりはオシャレ男子の愛読雑誌でやたら高いネルシャツのシンプルコーデを披露していそうな感じというか、デザイナーズ自転車で登校して放課後には行きつけのカフェで馴染みの店員さんとおしゃべりするよというよりは河原の道を徒歩通学して帰りがけに古本屋で買ったバイク雑誌のバックナンバーを叔父の経営する喫茶店でモカマタリを飲みつつ捲ったりしてそうな感じというかなんというか……。
 なんというか、とにかくこう、いまどきではないけどなんだかカッコイイのである。オシャレ要素をはらんでなくともオシャレ感に取り巻かれているのである。正統かつ純粋な、ナチュラルボーン・イケてるメンズなのである。


 しかしそんなイケメンは、クラスではなんとなく遠巻きにされていた。

 いじめられたりハブられたりしているわけでは決してない。なんせイケメンなので、どちらかといえばみんな仲良くなりたいと思っている。

 けれども、彼は極端に無口だった。
 さらには、極端に無表情だった。
 それでもって、無駄に目力があった。

 結果、やたらと怖かった。
 『穂刈を怒らせたらいったいどうなるんだろう……』とみんながドキドキしてしまうほどに、なんていうか、日頃から怖かった。

 そう、あれはほんの二か月前、桜舞い踊る入学式の日のこと。
 すごいイケメンが同じクラスにいるなあと思いつつ見渡した教室のみんなの頭上に軒並み浮かぶ『イケメン』の文字に吹き出しかける中、いかにも人懐っこく明るい感じの男子生徒、中原くんが穂刈くんに声を掛けた。

「なあなあ、お前どこ中? 俺、南中だったんだ。バスケ部でさぁ」

 入学初日、初対面のクラスメイトに掛けるのに何ら不思議のない言葉。
 頬杖をついて座っていた穂刈くんは、朗らかに投げかけられたそんな言葉に顔を上げた。にこにこと人当たりのいい笑みを浮かべる中原くんを、穂刈くんは無言で見つめる。

 無言で見つめる。

 無言で見つめる。

 無言で見つめる。

「……そのー、部活とか、やってた?」

 無言で見つめる。

「えーと……」

 無言で見つめる。

 無言で見つめる……。

「……あの、まあ、俺、高校でもバスケやるつもりだから、お前もさ、えー、興味あったらバスケ部入れよ! 背高そうだし! じゃ!」
 中原くんは、勇気ある撤退を選んだ。
 そそくさと友人の元に戻っていく彼を、穂刈くんはひたすら無言で見つめていた。

 これが後に、第一次穂刈ショックと呼ばれるようになる出来事である。
 冗談である。

 その後も、穂刈くんの周りにはあらゆる人々が吸い寄せられるように集まった。
 中原くんと筆頭とするクラスの賑やかな男子グループ、北中のマドンナと言われた(らしい)西野さん率いるきらめき女子グループ、学校一美人の先輩、イケメン王国と呼ばれている(らしい)男子テニス部の部長副部長、ヴィジュアル路線の軽音部のボーカル、普通に用事のあるクラスメイト、その他諸々バラエティに富んだ人々。

 そのすべてを、穂刈くんは見つめるだけで撃退した。
 何も言わず、表情も変えず、ただただ無言で見返すだけ。稀に返事をするにしても、「ああ」とか「うん」とか「いや」とか一言。相槌にすらなっていない、マジ一言。
 私も何度か目の当たりにしたけれど、これが何ともいえず怖い。
 イケメンなだけあって無表情でも妙に迫力があるというか、イケメンであるがゆえに無表情だとなんかめっちゃ怒ってるように見えるというか、目鼻立ちがハッキリしてるせいで目に力がありすぎるというか、ただ見てるだけでも睨んでるようにしか見えないというかむしろ睨んでるんだよねコレ的な……。

 まあなんというか、よくわかんないけどとりあえず怖い。
 『穂刈くんってなんか怖い』という認識がみんなの中に出来上がるまで、そう時間はかからなかった。

 いつも無表情で、ほとんど喋らなくて、クラスのみんなにも興味がなさそうで、話しかけても鬱陶しそう。

 そんなわけで、みんなからなんとなく距離を置かれている穂刈くんなのだけど。


 そんな彼の心の声は、実は全くそんな感じじゃなかった。


 入学式の日、周囲のみんなの頭上に『イケメン』の文字が踊る中、穂刈くんの頭上に浮かぶんでいたのは『怖』の一文字。『怖』ってなんだと私はちょっぴり混乱した。
 中原くんに話しかけられた瞬間、その文字は『嬉』に変わり、『悩』に変わり、彼が去れば『悲』に変わり、『寂』に変わった。凍りついたような無表情とはまったく一致してなかった。
 西野さんに話しかけられれば『嬉』『困』『怖』を行き来し、テニス部部長に話しかけられれば『驚』『?』『困』が踊り、クラスメイトに話しかけられれば『喜』『嬉』『困』が乱舞する。
 物怖じしない中原くんが「穂刈って名字変わってるよな。ポカリみたい。なあポカリって呼んでいい?」と言ったときには『嬉』『喜』が大炸裂したが、嬉しすぎたのかただでさえ硬い表情がさらに強張り、誰が見てもブチ切れ寸前みたいな感じになってた。クラス中に緊張が走った。中原くんは慌てて「わ、悪い。バカにして言ったわけじゃないんだ。ごめんそんなん呼ばないから、ええと、じゃあ」と撤退した。『悲』『寂』が踊り狂った。

 最初のうちは、一文字の人って初めて見たなあ、無口な人って心の声まで短いんだなあ、などとどうでもいい感心をしていただけの私だけど、そんな一文字劇場が毎日繰り広げられるのを見ているうちに、いやちょっと待て穂刈くんって毎日困ってるだけじゃない? と気がついた。

 誰かに話しかけられたとき、穂刈くんの頭上に浮かぶのは、決まって『嬉』とか『喜』とかの嬉しそうな文字。無言で相手を見つめるときには、『困』とか『悩』とかの困惑げな文字。相手が去っていってしまったら、『悲』やら『寂』やらの悲しげな文字。
 それって要するに、話しかけられたら嬉しくて、無言なのは緊張してうまく言葉が出てこないだけで、決して怒ってるわけでも鬱陶しがってるわけでもなく、むしろみんなと仲良くなりたいと思ってるってことなんだよね? ほんとはポカリって呼ばれて嬉しかったんだよね? 呼ばれたいんだよね?

 そうと気付けば、あの能面のごとき無表情はどんな顔をしていいか分からない、プラスちょっと顔筋が硬いだけで、ガン付けにも等しい無言の注視は緊張して何を言ったらいいか分からないだけで、毎日退屈そうで気だるそうにしているのは友達がいなくて寂しいからだと分かるわけで。

 それからというもの、こっそり穂刈くんを観察するのが毎日の楽しみになった。
 表面上は全く変化のない無表情を見つめつつ、今日は誰かと話せるといいねとか、今だ頑張れ話しかけるんだとか、ドンマイ次があるよとか、ひそかなエールを送るのだ。


 ああ、今日も、彼は『寂』の文字を浮かべ、窓の外を見つめている。
 鬱陶しそうに揺れる髪、退屈そうな後姿。マジだりぃとかやってらんねーとか思っていそうな気だるい背中。

 そして今日も、私は思う。



 ――がんばれ、ポカリくん。と。
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