挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
エンタク第1話【始まりのMonday】《完》 作者:筆龍

Monday②「パンダ」

今年は王暦2012年。
世界は『平和』という簡単な言葉で表すことはまだ出来そうにない。
少なくともオレはそう思う。

事実あちこちで戦争や紛争は起こっているし、ランダムに選んだ2つの国の間にも多かれ少なかれいざこざはある。
叩けば埃が出るなんて言うけど、どんなに平和を訴えている国であっても、過去には残虐な行いをしてきた歴史を持っていたりする。

今は友好関係を築けていても、過去の遺恨はなかなか消せるものではない。
もしかしたら永久に消えないかもしれない。

汚れ・・・・これは世界が抱える『埃』だ。

ただもちろん世界がそんな『埃』ばかりに塗れているわけではない。
違う『ほこり』だって持っている。

そう、どの国にも『誇り』という名の自慢があるものだ。
そして国民は自国の築き上げてきた文化、伝統を誇らしく感じ、それを守ろうとするのである。
これは別に悪いことではないし、むしろ大切なことだ。

また自分の国が一番良い、最も優れていると考えるのも自然なことだし、そう思うこと自体に何の落ち度もない。
そうやって国同士が切磋琢磨することは自国だけでなく、他国の利益ともなるだろう。

誇りが正常に作用しているなら何ら問題はないのだ。

しかし、誇りと埃は表裏一体みたいなものだ。

誇りが行き過ぎて『埃』となってしまった場合は要注意である。
自分たちは優秀、それ以外の民族はそれより下、劣っていると考えてしまうところまでいくと、民族・国の誇りはすっかり塵芥となってしまうのだ。

しかもその塵芥はよく燃える。
溜まれば溜まるほど一度火がつくと、なかなか消えない。

これはまるで『爆弾』を抱えているのと同じだ。
例え戦争にまでは発展しなかったとしても、いつそうなってもおかしくない『爆弾』を持つことになってしまう。


大昔には『埃』が世界中に蔓延し、些細なきっかけで火がつき、『爆弾』が世界各地で爆発したことがあったらしい。
後世に深々と刻まれる大戦争にまで発展したという。
その名も・・・・何だっけ?まあ、いいや。

その大戦争は世界を二分するほどの規模だった。
世界各国が二者択一を迫られ、望まずともどちらかにつかざるを得ない状況だったという。

そうして争われた結果、犠牲者の数は推定すら出来ないくらいの数に及んだ。
どの国も疲弊し、真の意味で勝利した国などなかったと今の歴史学者は分析している。

戦争はどの時代でも歴史を変える大きな出来事である。
この戦争もまさに時代の色を変えてしまったのだ。

いうなれば白から黒へ。

それまでが必ずしも平和だったとは言い切れないが、少なくとも戦争勃発前と後では、同じ世界なのに正反対の様相だった。

まるで表から裏へ。

それ程に、歴史が変わった出来事だったのだ。

当時の様子を表すこんなフレーズが残っている。

「『太陽』は我々を見捨てたんだ・・・昨日は曇り・・・・今日は冷たい雨・・・・明日は赤い雨が降る・・・・」

これは別に天気が悪いってわけじゃない。
その当時の人々の顔を明るく照らす『太陽』がなかった。つまり人々の顔に笑顔はなかったということを言っている。

だからみんないつまでたっても曇りのまま。一向に晴れることがないし、その気配すらない。
時には涙という名の雨が降り続いていたのだろう。

しかも『赤い雨』っていうのは・・・・血の雨のことだ。
いつ死んでもおかしくない、いつ殺されても不思議じゃない状況だったということが想像できる。


ブルっ・・・・
オレは身震いしてしまった。

オレはそんな戦争を経験していないから、その事実を聞いてもただ『悲惨』とか『酷い』という月並みな感想しか持てない。
というよりあまり考えたくなかった。

でも実はそれは幸せなことなのかもしれない。

その戦争を経験した、悲劇の時代を生きた先人たちには悪いが、オレたちはその悲しみの事実を頭に入れても、それを自分の身に置き換えることはしたくない。
そんな悲劇は誰もが経験したくないものだ。

それよりも今、オレたちがすべきことは二度と悲劇を繰り返さないことだ。
そうすることが先人たちの犠牲を無駄にせず、そして最大の弔いになるんじゃないだろうか。

・・・・と、何か重たい話になっちゃったけどこれは昔も昔、大昔の話だ。
もはや歴史の教科書に載っているような古典でしかない。

それにこの物語はそんな悲劇ばっかりに彩られたものなんかじゃないから、途中で読むのを止めないでくれよ。

ただ今のところ我が国では爆弾が爆発しそうな気配はない。
裏では何かあるかもしれないけど、そんなこと考えながら毎日を生きていくのはオレの性に合わない。

だから一応、オレの周りは平和ということだ。

今はそんなに重く考える必要もないし、この話はまたおいおい語ることになると思う。

それよりももっと大切なことがあるからね。それはもう大っ事なことが目の前で今か今かと待ち構えているんだ。

え?それは何かって?おいおい何を言っているのかね。

分かっているんだよ、オレは。今、君たちが一番気になっていることが何であるかを。
君たちが今、頭の中で「知りたい!」という欲求が今にも爆発しそうなのをオレは分かっているんだよ。

さあ!ドンと聞きたまえ!

・・・・・・・


あの・・・無視っすか・・・・お~~~い・・・・

あの・・・今君たちが一番知りたいことってオレのことだろ?
オレが一体どんな男なのか知りたくてしょうがないんじゃなかったのか?

チェッ・・・いいよ、いいよ!勝手に自己紹介するから!

オレの名前はランス。健康な一男子学生だ。

趣味は読書に音楽鑑賞、それとスポーツも少々嗜む。

小説はミステリーから歴史小説、純文学までいろんなジャンルを読んできた。
音楽はナヨナヨしたアニソンやくだらないポップ・ミュージックなんかではなく、伝統の味たっぷりで奥ゆかしいクラシックしか聴かない。

かといって家の中に閉じこもっているインドア派ではなく、スポーツも大得意だ。
ベースボールやフットボールはもちろんバスケットボールだってこなす。

どれもこれもエースでベースボールなら4番でエースピッチャー、フットボールなら9番でエースストライカー、バスケットボールなら4番でエースフォワードさ。

そりゃもう女子からの黄色い声援を独り占めするくらいのモテモテ・・・・・・

・・・・・・だったらいいのになぁって思っている一男子学生だ。

・・・・いいだろ!ちょっとカッコつけたって!

そうだよ!オレはどこにでもいる一男子学生だよ!

犬好きであり、アイドル『アーテ』のファンでもあるただの一少年だよ!


オレは鏡台の前に立ち、映る自分の姿と対峙した。

鏡を見たのはそこに映る自分に対して己の未熟さを憂いたり、反省したりするわけではない。

もちろん化粧をしようというのでもないし、鏡の自分にうっとりするためでもない。

名誉のために言っておくが、オレはナルシストでは断じてないぞ。
オレはいわゆる美少年でもイケメンでも何でもないし、自分の見た目にコンプレックスだってある。

でも、それはみんなにもあるだろ?ない?うそつけ!

鏡台には大きな鏡が真ん中にドンと置いてある。顔全体だけでなく、上半身までも映すことが出来るサイズだ。

オレは身だしなみのチェックを開始した。
これから登校するのだから、恥ずかしくないようにきちんとした格好をしなければならない。

そういえばこの前、エレに「相変わらずだらしないわね」なんて冷ややかに言われたっけ。
あれはけっこうショックだったな。

しかも「相変わらず」ってことは「いつも」ってことだ。
このショックは2倍、3倍どころじゃない。

もう二度とあいつにまるで汚いものを見るような、軽蔑をたっぷり含んだ目で見られたくないからな。

だからネクタイが曲がっていないかとか、制服にゴミがついていないかといったことを何度もチェックした。
制服にコロコロをかけるのも、もちろん忘れない。

鏡に映るもう一人の自分と何度も「これで大丈夫か?」と会話でもするように念入りに確認し合った。


『パンダ』

突然、何だ?と思ったかもしれないけど、この言葉を聞いて何を想像する?

普通思い浮かぶのは、そう、動物園にいるあれだ。
白と黒のツートンカラーで、大きくて、竹とか竹の子とかをむしゃむしゃ食べるあいつだ。

まあ、レッサーパンダもパンダとつくけど、一般的に『パンダ』っていったらやっぱりモノクロのほうを指す。

あいつらは動物園の人気者だ。

あの転がるところんと音がしそうな丸い体と、竹をむしゃむしゃ食べる姿に子供たちだけでなく、大人まで「カワイイ」と言うに違いない。

耳は黒くて、目の周りもまるで隈が出来たみたいにこれまた黒い。
一見するとその黒い隈が大きな目みたいに見える。

余談だけど、いわゆる『パンダ』であるジャイアントパンダは遺伝子的には熊に近い種類らしい。
分類的には『クマ科』なんだそうだ。

だから『くま』があるのだ!なんてくだらないギャグは言わないぞ。
こんなオヤジギャグにすら入れない、どうしようもないネタはエレくらいにしか言えないからな。

あいつはこんなことでも面白可笑しそうに笑うからな。
どうも笑うツボというか閾値というか、少し一般人よりズレているらしいんだ。

まあ、生まれを考えれば納得もするけど。

それはいいとして、一般的に『パンダ』という言葉やその意味に何らマイナスの感じは受けない。

それを覚えておいて欲しい。


オレは鏡に映る自分の顔をじっと見る。もちろんナルシストじゃないからそれに見とれたり、うっとりして「ふぅ・・・」なんて言ったりなんかはしないぞ。

服装の次は髪や顔のチェックだ。

オレの髪は真っ黒い。ちょっとくせ毛だけど、ちぢれてはいない。
特に乱れてもいないし、寝癖もついていない。真っ白い前髪も長さはちょうどいい。

顔にもへんな痕はついてないし、顔色も健康そのもの。

よし!オーケー!どこにも変なところはない!

・・・・・・

え?なんだって?何かおかしいところでもあったか?

どこがおかしいんだよ?あははは・・・・

え?・・・・パンダみたい?

な、何を言ってるんだ・・・パンダみたいって・・・・オレはそんなに可愛らしくなんてないぞ。

体だって丸々と太ってなんかないし、ましてや竹を貪ったりもしない。

それに女の子からならともかく男どもから「カワイイ」なんて言われたらそれは恥以外の何物でもない。

て、照れてなんかないぞ・・・


・・・・はぁ・・・・・・

そうさ・・・オレの髪はちょっと特殊なんだ。言っておくが『変』なんじゃないぞ、あくまで『特殊』なんだ。
ここは大事なところだからな。

そう、オレの髪は基本的に真っ黒なんだけど、前髪の部分だけ真っ白という、それこそパンダみたいな頭なんだ。

別にわざとそうしているわけじゃないんだ。生まれつきこうなんだからどうしようもないだろ。

さっき誰にだってコンプレックスはあるって言ったけど、オレの一番のそれはこの髪の色なんだ。

こう言うと、必ず「じゃあ染めればいいじゃないか」と言う奴が出てくるんだ。

確かに髪の色を白か黒か一色に染め直せばことは簡単だし、一発で問題解決、コンプレックスともさようなら~・・・・ってことになるかもしれない。

だが、よく考えて欲しい。

染めるには当然、美容院などに行かなければならない。
自分でヘアカラーリング剤を使って染めるのは技術的にも、完成度的にも避けたいからだ。

実際、近所の高校生が自分で髪を染めたって威張っていたけど、かなりムラがあって正直みっともなかったからな。
あの二の舞にはなりたくない。

そして美容師に染めてもらうには当然お金がかかる。しかもこれがなかなか見過ごせない額ではないか。

これまで何度も言ってきたが、家の財政は決して潤ってはいない。
完全に枯渇しているわけではないが、無駄遣いが許される状況ではないのだ。

染髪・・・この行為は今のオレにとっては贅沢なふるまいに他ならないのだ。
・・・・洗髪なら安上がりなんだけど・・・・コホン!

しかも髪の毛はすぐにまた伸びる。伸びたらまた染め直し、また伸びたら染め直すを繰り返したらこれまた無視できない出費になる。

だからオレはこれまで一度も髪を染めようとはしなかった。


「パンダ」

今までに何度もこの言葉を浴びせられた。

小さい頃、町のほうに遊びに行けば、同じくらいのガキどもに何度もそう揶揄された。

もちろんオレもそのまま手をこまねいていたわけじゃない。「デブ」とか「ブタ」とかそいつらに相応しい悪口を「パンダ」と言われた回数の何倍も叫んだ。

そして必ずといっていいほど、どちらからともなく喧嘩になった。
もちろん殴ったり、蹴ったりの原始的な戦い方である。怪我人は出るかもしれないが、所詮掠り傷程度だし、ましてや死人なんか出やしない。

それなのに周りは子供の喧嘩だからと優しく見守る・・・・なんて心温まる雰囲気を決して作らなかった。

それはオレにも原因があるかもしれない。

この喧嘩は大抵、相手が泣き出して逃げ出すことで第1ラウンドが終わる。つまりはオレの勝ちってことに一応はなる。

オレは自慢じゃないが喧嘩はけっこう強いほうだ。だから同年代同士なら多少の数的不利でも問題じゃない。

3、4人までなら何とかなる自信はある。

でも相手が同じガキじゃなかったら、殴る相手がオレより年上に変わったら、それは難しくなる。
体格差や力の差がもろに出てくるわけで、オレは相手に手も足も出なくなってしまう。

第二ラウンドはいつもそんな感じだった。

オレを「パンダ」などとからかっていた奴らは、逃げただけでなく、すぐに心強い味方、つまり親や兄弟を連れてくるのだ。

さっきまでベソかいていた喧嘩相手は今度は得意げな顔をしながら、頼もしい味方の陰に隠れるのだ。

そして再び「パンダ!」と言葉の暴力を振るう。

しかし、オレの目の前には高い壁がそびえることになる。もはやオレは拳も口も使えなくなってしまうのだ。

こうなったとき決まってオレは悪者扱いされた。

当然か。
オレはピンピンしているのに相手は殴られ、蹴られて体中アザ付きなのだから。
その場だけを見ればどっちが『悪い』かなんて論ずるまでもない。

オレがいじめっ子だという結論にしかならないからな。

最終ラウンドではオレは『パンダ』呼ばわりした奴らの親兄弟にいつも叱られた。

どうして?なんでオレだけが?・・・・って何度も思ったっけ・・・・
すごい悔しかったけど、オレに『味方』は誰もいなかったからどうしようもなかったんだ。


オレは鏡から天井へ目を映した。

長らく掃除していなかったせいか、埃がたまっている。それは何も天井だけでなく、床も壁も同じで決して綺麗ではなかった。

「そろそろ掃除しないとな・・・面倒だけど」

掃除はまったくしていないわけではない。一応、定期的にやっているつもりだ。

でも面倒ですぐに途中でやめてしまうことが多々あった。

そのせいで埃の溜まり具合にも場所によって差があり、あまり使わない部屋は酷かった。

オレは何とはなく部屋を見渡しているうちにふと壁に架かっている時計で目線が止まった。
長身は11を短針は8を指していた。

つまり8時5分前ってことか・・・・って、

「エエェェーーーーーー!!!」

オレは素っ頓狂な悲鳴をあげた。

「もうそんな時間かよ!まいったな・・・朝飯ゆっくり食べる時間ないな」

オレは急いでとっくに焼きあがりもう硬くなっていたトーストにジャムをべったりつけてかじり付いた。

わずかに温かみが残るパンをガリガリ噛み砕きながら、オレはテレビ画面に目を移した。


ちょうど占いが始まるところで、画面には『本日の星座占い』と映っていた。

オレは4月の生まれだから星座はおひつじ座だ。だから星座占いではいつも最初に紹介されることになる。

『今日は月曜日。皆さん、今日から1週間がんばりましょう!それでは本日の運勢を見てみましょう!』

女性キャスターが笑顔でそう言うと、いつの間にか隣に座っていた一人の女性を紹介した。

『本日はこの方!アルカナさん、よろしくお願いします!』

テロップには『カザニア=アルカナ』とあった。いつものインチキ占い師だ。

どれくらいインチキかというと、この前おひつじ座の恋愛運は12星座中トップで、新たな出会いとか恋の予感とかほざいておきながら、その日は出会いの『で』の字も無かった。
代わりに野良犬のボスと道でバッタリ出くわし、一緒に鬼ごっこしてしまったんだ。

もちろんこれだけじゃない。

それより前には『金運は絶好調!思わぬ大金が転がり込んでくるかも!』なんて陽気に言いやがった。
無垢なオレはそれを鵜呑みにして、朝から「こりゃあ何かあるかも・・・・」なんて期待もした。

・・・・・・でもその日は財布を落として大損失だった。

大金どころかスズメの涙ほどのお金でさえも転がっていってしまったのだ。

オレが憎悪と侮蔑の目を向けているなか、画面上のカザニアはずっと黙ったままだった。
体こそカメラのほうを向いているが、その目線はカメラよりもやや上方を見ているようだった。


・・・・・・おかしい。

瞬時にそう感じたオレは残りのトーストを飲み込むと、テレビ画面に集中した。

さっきも言ったがカザニアはいいかげんな占い師であり、自分の占星術の力を見せびらかすのが好きなロクでもない奴だ。

そのためいつもなら甲高い声で、上から目線でスラスラっと適当なことを述べていくはずなのに今日はそれがまだなかった。

まず身なりからして違った。

普段ならそのホラで儲けた金で買ったのであろう指輪やネックレスといったアクセサリーをジャラジャラといくつも身にまとっているのだが、画面に映る彼女はずいぶん質素な格好をしていた。
全身を赤紫のローブに身を包み、煌びやかな飾りは一切無く、座り方もどこか行儀よく見えた。

まるで別人だった。

何かあったのだろうか。
心を入れ替えて「これからは真面目にがんばります」とでも宣言しようとしているのだろうか。

『あ、あの・・・カザニアさん。占いをお願いします・・・』

オレは呆気に取られていたが、女性キャスターのほうは気まずい顔で、隣に座る無口な占い師に小声で必死に呼びかけている。

女性キャスターが慌てるのも無理はない。
朝の占いは番組終了5分前から始まるから時間的余裕はほとんどない。
スムーズに最初のおひつじ座から最後のうお座まで、『恋愛運』『仕事運』『金運』の3項目を紹介しなければならないのだ。

慌てているのはキャスターだけではなかった。
画面から伝わってくる雰囲気だけでも、画面外で周りのスタッフがあたふたしているのがよく分かった。


そのまま30秒くらい経ったところで、これまで微動だにしなかったカザニアはその目をどこともない方角からようやくカメラに向けた。

『・・・許しが出ました。はじめましょう・・・』

とても透き通った声だった。

決して大きな声で喋ったわけではないのに、なぜかよく聞き取れた。
まるで耳に直接囁かれているような感じだった。

オレは思わず、寒くもないのに体がブルッと震えた。何だか耳打ちされているようなくすぐったい感じがしたからだ。
それはオレだけではなかったらしい。

『あ!そ、そうですか!お、お願いします!』

涙目になりかけていた女性キャスターは震えた声で言うと、ようやくやる気になってくれた占い師を見ながら、テレビに映っていることも忘れて大きな安堵のため息をついていた。

その隣でカザニアはまるで澄みきった空気を吐き出すかのように、カメラ目線を一度も崩さずに、そして原稿を一切読まずに占いの内容を読み上げ始めた。


『まず、おひつじ座・・・この方には運命の出会いがあるでしょう。寄り道してみるとよいかもしれません。また、約束したことはきちんと守らなければならないでしょう。さもないと大事なものを失ってしまうかもしれません。仕事運ですが、なかなか目標を達成するのは難しそうです。金運は並です。特にこれといって支出も収入もないでしょう。そして・・・』

カチッ・・・・・

なんだ・・・・またか。

オレはこれ以上、実も蓋もないデタラメを聴くのに耐えられず、テレビのスイッチを切った。

「何が運命の出会いだ!寄り道だ!適当なこと言いやがって!」

今日は何か雰囲気が違うからまともなことを言うかと思って期待したオレが馬鹿だった。

やっぱりあの占い師はいいかげんだ。
というか占い自体胡散臭くて信じるほうがどうかしている。

カザニアへの批判だけでなく、占い自体にまで怒りの矛先を向けたオレだったが、そんなことまったく気にしていなかった。

大体、この前だってあいつが新たな出会いがあるとか言ったから、いつもはあまり行かないゲームセンターに入ったんだ。

そうすれば、『女の子が周りに集まってくるでしょう』とか言っていたからだ。

そこでオレは期待しながら得意な格闘ゲームをやっていたのだ。そしたら集まるわ集まるわ何人も見物人が。

そりゃあ確かに集まったさ、人は。でも当たったのはそこまで。


その後「すご~い」とか「つよ~い」なんて黄色い声で騒がれるならオレはカザニアを批判したりなんかしなかっただろう。
むしろ信者になってしまったかもしれない。

しかし、前述のとおりオレはこのインチキ占い師は大嫌いだ。
結局、その実態は「すげえ」とか「強いぜ、こいつ」とか言いながらぞろぞろとむさいゲーマー男どもが集まってくるという結末。

中には「弟子にしてくだせぇ」なんて言ってくる気持ち悪い男まで出てくる始末。

むさい男どもに尊敬されても全然嬉しくないし、オレにそんな趣味は断じて無い!

結局ゲームセンター内にいた女の子はみんな友達や彼氏と一緒に楽しそうにクレーンゲームやリズム系のゲームに夢中だった。

彼氏が取った景品のぬいぐるみをもらってうれしそうにはしゃいだり、人目も気にせず抱きついたり・・・

まったく!けしからん!!そして、うらやましい!!

オレは憤怒と嫉妬を糧に、集まってきたゲーマーどもをコテンパンに叩き伏せてやったのだ。

そのときの虚しさといったら・・・・
まあ、その後『鬼ごっこ』する羽目になったわけだ。

・・・・はあ・・・・

え?だったらお前もクレーンゲームをやれって?


・・・・駄目なんだ。

オレは、格闘ゲームは大得意なんだけど、クレーンゲームやダンスゲームの類は大の苦手なんだ。

クレーンゲームはお金をゲームセンターに寄付するようなものだし、ダンスゲームはあまりの凄まじさに人だかりが出来てしまうのだ。
挙句、あまりに取れないから店員が気を使って、景品をわざと取りやすい位置にしてくれたこともあったし、ダンスが終わった後には、周囲で見ていた奴らはお笑いライブを見た後のような顔をしていた。

あのときはそばに穴があったら間違いなく即行ダイブ決めていたな。

嫌な思い出はこれだけじゃない。

寄り道もそうだ。寄り道なんかしたら、遅刻しちまうだろうが!

オレは初登校の日にいきなり遅刻して先生やクラスメイトから冷たい視線のシャワーを浴びてしまったことがある。

もちろんわざと遅刻したわけではないんだ。ちゃんとした理由があったんだ。
でも事情を説明してもみんな信じてくれないし、自己紹介してもしばらくは「ああ!あの初日から遅刻したやつね」なんて言われた。

あの『遅刻者』のレッテルを払拭するのにどれだけ苦労したか・・・・

それに『何が約束は守りましょう』だ!小学校の先生か!お前は!

そんなことお前に言われなくても分かってるんだよ!

はぁ・・・・はぁ・・・・・

疲れた。

どっと押し寄せる疲労が体中に蔓延し、オレは乱れた呼吸を整えながらもう一度壁を見た。

長針はすでに12を回っていた。
もうそろそろ家を出たほうがいいな。もう『シャワー』を浴びるのはこりごりだ。


オレは鏡台の上にぽつんと置いてあった白いリボンを掴んだ。
ちょっと痛んでいるけどまだまだ使える。

それをシュルっと慣れた手つきで後ろ髪に巻きつけ、キッと結んだ。これでよし!

鞄をひょいと背負うと、オレは戸棚に手を入れて、袋をひとつ取り出し、鞄のポケットに突っ込んだ。
これは朝食用だ。ろくに食べられなかったから後でゆっくり食べるとしよう。

ドアをガチャっと開けると、眩しい光が目に飛び込んできた。

最近は雨が多かったから、日の光を朝から浴びるのは久しぶりだった。

振り返ってドアを閉めようとしたとき、ふと誰もいない部屋に目が止まった。

「何だか薄暗いな・・・・」

日の光のおかげで電気をつける必要のないくらいの明るさを得ているはずなのに、オレはなぜかそう感じた。

なぜ?何でそう感じてしまうのだろう?

なかなかドアを閉められなかった。

なんだか悲しいような虚しい気持ちがゆっくりとせり上がるように心に侵入してきた。

「誰も見送ってくれないってのは、やっぱ寂しいもんだな・・・・別に『いってらっしゃいませ。ご主人様』とか『いってらっしゃい。ア・ナ・タ』とかはいらないからさ・・・・そうだ!せめてペットでもいたら、また違ってくるのにな・・・・」

ペットがいれば、飼い主が出かけようとすれば、玄関まで見送ってくれるだろう。

それが犬なら、きっと尻尾を振りながら『いってらっしゃい』という意味を込めて鳴いてくれるだろう。

犬っていってもあのときのボス犬みたいな野蛮な奴じゃない。
やっぱり小さくってかわいいのが一番だよなぁ~・・・・あははは。

そんな幸せな光景に身を置けたら、心躍る気分で出発できるだろう。
1週間の始めである月曜日でも気合が入るってもんだ。


「やっぱり犬でも飼おうかな。でも『これ』のほうがな・・・」

オレは親指と人差し指で輪を作った。

それを見てため息ひとつ。

そういえば占いでも金運は並だった。仕事運さえも喜ばしい結果じゃなかった気がする。
今日は何も期待はできないな。

散々にこきおどしていながら、オレは朝の星座占いに期待している自分に気づき、ため息ふたつ。

気持ちは沈むばかりだった。それなのに・・・

ドキン、ドキン・・・・・・

それなのにオレの胸はオレの意思に反して、何かを期待するように鳴り続けていた。

ガチャン、カチッ。

ドアとカギを閉めても、気持ちを切り替えても、胸を叩く音だけは止めることは出来なかった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ