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起源前 ―Blue Note― 作者:芥木章

第4章 グッドモーニング、ベトナム

第7話 波紋

 テロリストを一網打尽した「沈黙シリーズ大作戦」から一月経つというのに、報道熱は冷めやらず、
私たちのことを必死に探していた。

 犯人たちはほとんどが逮捕されて収監された。そのせいで、私たちの情報がもっとたくさん流れてしまったことも事実。



「というわけで、シャンティ、ヘアカラー剤を買ってきて。カラーは黒。3人分でよろしく」
「ミナ様、報道されている人相と激似なのがそんなに気に食わないわけ?」
「と、当然でしょ。誤解されたら困るじゃん」
「誤解ねぇ…」


 シャンティに買ってきてもらったヘアカラーで女3人は髪染め。


「こういう時、つくづくアルカードとクリシュナは羨ましいよねー」
「そうねぇ。二人とも変身できるものね。クライドはもとから黒髪だし」
「うぅ…臭い…」



 3人で文句を言いながらなんとか髪染を終えた。



「さすがにミナちゃんは東洋人だから黒髪似合うわね」
「や、でもミラーカ様も似合ってるよ。高級娼婦みたいだよ」
「ボニー? 殺されたいの?」
「・・・すいません」

 3人でキャッキャ話しながらリビングに下りていくと、クライドさんが駆け寄ってきた。

「3人とも似合うじゃん! ボニー超イカす!」
「へへー。クライドとお揃いー!」
「それにしても、くせーな!」
「やっぱり?」


 クライドさんは顔の前でパタパタと手を振る。その仕草に若干傷ついたけど、でも実際吸血鬼の嗅覚にはキツイ臭さだ。


「多分1週間もすれば気にならなくなると思うんですけどね…」


 髪の束をつまんでそう言うと、クライドさんが髪をひょいっとつまみ上げる。

「てゆーか、ミナは切った方がいいんじゃねーの? 一番人相われてんのミナじゃん」
「うーん…でも、ここまで伸ばすと切るのが勿体ないと言うか。」

 3年かけて伸ばした腰まである髪。実際ここまで伸ばすと切るのがもったいなさすぎる。むしろどこまで伸びるのか見たいくらいだ。


「お前しょっちゅう髪の毛あちこち挟んでるじゃねーか。切れって」
「でも私自分で髪切ったことないしなぁ・・・」
「じゃぁ、俺が切ってやるよ」

 クライドさんはナイフをパチンと開いて、ニヤリと笑う。

「えっ!? ソレで!? 絶対ヤダ!」
「俺意外と得意なんだって」
「クライドさんってだけで嫌なのにナイフで切るとかありえないし!」
「だーいじょーぶだって」

そう言ってクライドさんはヘラヘラしながら持っていた毛束をさくっと切る。

「ギャァァ! 何するんですか!」
「危ねーぞ。動くなよ」
「危ないのはクライドさんでしょ!? 絶対嫌だ!」


 クライドさんの手を振り払って、後ずさりすると、クライドさんは持っていたナイフを逆手に持ち替えて、だぁいじょーぶだってぇと、ニヤニヤしながらにじり寄ってくる。明らかに悪ふざけしてる顔だ。

「ウソだ! 絶対大丈夫じゃない! 絶対イヤ! ていうか、二人ともクライドさんを止めて!」
「えー? ヤダ」
「いいじゃない」
「なんで!?」


 誰も頼りにならないと判断してリビングから逃げ出すと、待て! コルァァ!とナイフをかざしながら、それはもう楽しそうにクライドさんが追いかけてきた。


「クライドさん! 刃物振り回さないでー!!」
「なら待てって! 逃げんなって!」
「逃げるわ!!」


 一気に4階まで階段を駆け上がる。こういう時頼りになるのはアルカードさんしかいない! そう思って一直線にアルカードさんの部屋に駆け込む。怒られるの覚悟で、バァン! と勢いよくドアを開け放つと、部屋には誰もいなかった。


「ウソォォォ!!」


 狼狽えているうちにもクライドさんは近づいてくる。とりあえず隠れようと、部屋のデスクの下に身を潜めると、ガチャッとドアがいて足音が近づいてきた。
 クライドさんが別の方向を向いた隙をついて逃げ出せばなんとか…そう思ってデスクからそぉっと顔を覗かせた。


「みぃつけたぁ」
「ギャァァァ!」


 涙目で訴えて拒否してるのに、完全に無視されて、首根っこを掴まれてデスクの下から引きずり出され、椅子に座らされる。


「大丈夫だって! 俺本当にこういうの得意だから! ナイフは冗談! ハサミあっかなー?」

 クライドさんがデスクの引き出しを漁り出して、今だ! と逃げようとすると、首元にナイフを当てて逃げたら刺す、と脅されてしまい、渋々椅子に座りなおす。


「ほら、動くんじゃねーよ。可愛くしてやっから」

シャキン、シャキン

 ハサミが髪を切る音が響く。あぁ、結構切られたな。こんだけ切られたらもう諦めるしかない…

シャキン、シャキシャキ



待つこと10分。

「ほい、出来上がり! こっち向け!」


 クライドさんに椅子をグルンと回されて無理やりむかされる。

「おぉ! 我ながら上出来! ちゃんと可愛いぞ」
「えぇ? 本当ですか?」
「マジだって! サニタリー行って鏡見てみろよ」
「いや、映んないじゃないですか・・・」
「あ、そうだな」

 クライドさんは微妙な顔とかしてないし、本当にうまく切れたのかなぁ…髪に手を伸ばしてみると、肩にもつかない程短い。まごうことなきショート。
 これは、自分の目で何とかして確かめるまで不安だぞ。そう思っていたらガチャッとドアが開いてアルカードさんが帰ってきた。


「お前ら、ここで何をしている? ミナ? 髪切ったのか?」
「俺がね! 上手くね!?」
「クライドにそんな才能があったとはな。中々上手いじゃないか」

 アルカードさんはそう言うと私に近づいてくる。


「ホントに? おかしくないですか?」
「あぁ。普通だ」
「・・・普通ですか」
「なんだ、おかしい方がよか・・・」

 アルカードさんは話の途中で急に言葉を止める。その顔は驚愕からだんだん怒りになってきた。

「あ、アルカードさん? どうしましたか?」
「・・・何故ここで切る必要があったんだ?」

その言葉にハッとして床を見ると私の髪が散乱していることに気付いた。


「あ、ごめんなさい。クライドさんがナイフ持って追いかけまわすから、アルカードさんに助けてもらおうと思って、ここに隠れたら、見つかって…あの、ごめんなさい」
「―――――――で、なぜここで散髪する必要があったんだ? クライド」
「え? あれ? なんでかな?」


 とぼけるクライドさんにアルカードさんは無表情で歩み寄る。

「私が納得できる理由を100文字以内で述べれば許す」


 そう言いながらアルカードさんはデスクの上に置きっぱなしていたクライドさんのナイフを手に取り、指先でくるくる回し始める。


「え、えっとぉ、なんとなく・・・」
「よくわかった」


ザクッ

「いってぇぇぇぇ!」


 クライドさんはナイフが刺さった手の甲を抑えて悶絶してしまった。



「何も刺すことないだろ!?」
「何もここで切ることないだろう」


 涙目で抗議するクライドさんを見て、とりあえず私怒られなくてよかった、と心底安心した。


「とりあえず、お前ら二人で掃除しておけ。私が戻るまでに、だ。わかったな」
「・・・はい」

 返事を聞いたアルカードさんはそのまま部屋から出て行った。

「クライドさん、大丈夫ですか?」
「うーん、もうそろそろ治りそう。にしても酷くね!?」
「そうですね、ごめんなさい。まぁ、自業自得だとは思いますけど」
「なんでミナが謝んの?ていうか同情ぐらいしてよ。」
「そんなことより、アルカードさんいつ帰ってくるかわかんないから、さっさとやっちゃいましょ!」
「ミナって何気にヒドイよな」


 クライドさんと二人、箒と掃除機を駆使して掃除するも、カーペットに入り込んだ髪の毛はなかなか取れない。

「あー、コロコロがほしい…」

ボヤキながら諦めて手作業に切り替えると、「実は俺、新技体得したぜ!」とクライドさんが自慢げにふんぞり返っていた。


「その新技…掃除の役に立ちます?」
「多分な。ちょっと見てろよ」

 そう言うと、クライドさんは壁に向かう。どうするのかと見ていたら、壁に手をついて、そのまま壁を登り始めた。

「え!? すごーい!」
「だろ? だろ?」

拍手でクライドさんを迎えるとヘヘン! と自慢げに鼻をこする。

「いつの間にそんなの覚えたんですか?」
「こないだのテロん時に、慌てて隠れようとしたらできた」
「すごいですねー。じゃぁその吸着力でパパッとお願いします!」


早く! と急かすと、クライドさんはペタペタと床に手を着いて行く。


「すごーい! めっちゃとれてるじゃないですかぁ!」
「もっと褒めろ!」
「まぁ、クライドさんがやったことですからね。後始末して当然ですよね」
「ミナってたまに俺に冷たいよな」
「そんなことないですよぉ!」






「終わったぁ!」

 二人で背伸びをしていると、ちょうどドアが開いてアルカードさんが帰ってきた。

「アルカードさんすいませんでした! 終わりました!」
「あぁ。次やったらお前ら二人ともバスカヴィルの餌だ」
「・・・本当にすみませんでした」


 クライドさんと二人、深々と頭を下げて退室する。

「ミナがアルカードの部屋になんか逃げるから・・・」
「何言うんですか! クライドさんが切ったんでしょ!」


 クライドさんとリビングに戻ると、ミラーカさんとボニーさんが顔をほころばせて駆け寄ってきた。

「ミナちゃん可愛いじゃない!」
「クライドが切ったの? ウマー!」

 女性陣からの評判は上々。アルカードさんも普通って言ってたしクライドさんの腕は信用に足るようだ。


「クリシュナにも見てもらったらどうかしら? きっと惚れ直すわよ。」

 ミラーカさんがそう言ってクリシュナを探そうとするけど、待って!と引き留める。

「その前に北都にチェックしてもらいます!」

 掌をカリッと噛んで北都を呼び出すと、ポコッと音を立てて北都が湧き上がってきた。


「あれ? お姉ちゃん髪の毛切ったの? 可愛い!」
「本当? 北都が言うなら間違いないね!」
「うん! ぼく、こっちのお姉ちゃんの方が好きかも!」
「ありがとう!」

 北都のお墨付きも戴けば、大丈夫だ。


「そういえば、クリシュナは?」

 逃げている間もリビングの周りでも見かけない。ミラーカさんは手を頬にあてて考えるような仕草をする。

「夕方はいたと思うんだけど、二人は何か聞いてる?」


 ミラーカさんに尋ねられたボニーさんとクライドさんは、知らなーい、と首を横に振る。

「どっかに出かけたんじゃないの?」
「ですかね? じゃぁ、その内帰ってきますね」




でも、結局朝方まで待っても、その日はクリシュナは帰ってこなかった。


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